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「双子・KO君とTO君(自閉症)の子育て記録」
へようこそ。

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このページは、メニューページになっています。写真は我が家の中庭に植えたイロハモミジ…新緑の頃と紅葉の様子です。

blog には、サイドメニューがあって、バックナンバーやカテゴリー別、人気記事ランキング等がありますが、自分なりに気に入っている記事、自分で読み返したい記事、是非読んで欲しい記事ってのもあります。
そこで、いくつかピックアップしてみることにしました。まだ上手くまとめられていませんが、これから少しずつ修正していきたいと思っています。

注) 私と面識のある方、この blog は時々、毒吐いてますので、個別でご紹介した以外、他の方にアドレス等を教えるのはご遠慮くださいね。私は本音や愚痴を、自分の日記として書いているだけですが、皆が共感してくれるわけではないでしょうし、不愉快な気持ちになる方もいるかもしれませんので、どうかお願いします。
m(_ _)m

それから、内容的に過激な発言、意見のものもあって、「このお父さんは学校の先生と上手くやっているのだろうか?」…などと心配して下さる方もいらっしゃるかもしれませんが、blog 以外では「大きな大きなネコ?(クマ?、トド?、ゾウ?)のぬいぐるみ」をかぶって、先生方とはニコニコと和やかに対応させていただいております。単に blog の中でのみ、本当に訴えたいこと等を書いているだけですのでご心配なく…(真に伝えないといけないことは言わせていただきます)。
親の自己満足にならないよう、全ては「子供のため」、今成すべき最善のことを考えて、言・行動したいと、夫婦で話し合いながらやってま~す。

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保育所のお別れ会
 …私達夫婦の間で、この日の出来事を“原点”と呼んでいます。

障害受容
 …(2)(3)(4)とシリーズ化? “受容=全てを受け入れる”って全てを受け入れることなんてできるか! TO君に障害があって良かったなんて思えるはずは絶対にありません。

最低目標と最高目標
 …私達夫婦のうち、どちらか最後に死ぬ方が責任もってみとどけたいと思います。この目標が達成出来なった時は、私達の子育てが間違っていた・・・という覚悟で子育てしてます。

サヴァン
 …自閉症を持つ人には、みんな何か特別な能力がある?・・・なんてことはありません。TO君に、そんな特別な能力はなくていいから、普通に社会で生きていける“力”を付けさせてあげたい。

きょうだい児
 …KO君へのフォロー、気を遣います。でも気を遣わなければならないのです。大切です。

「輪の中」に入れたら…そして医師の役割
 …保護者、支援者、各関係機関、お互いに勉強して高め合いましょうよ!

受診
  …自己の「特性理解」は大切ですね。自分の「強さ」と「弱さ」(得手・不得手)を充分認識した上で、時に必要があれば、専門医の助けを借り、薬と上手に付 き合いながら、自己を管理=コントロールしていくことは必要なのだと思います。いずれTO君にも必要な時が来ると思います。…受診(2)

「愛情」ということばで片付けないで
  …障害を持つ子供を育てるために必要なものは、「愛情」より、その時その時必要な支援をしていくための知識と技術を身につける努力を惜しまないことだと、私は思います。子供に「愛情」のない親なんていません。

告知・カミングアウト…とりあえず今思うこと
  …「告知」も「カミングアウト」も、仕方ないから・どうしようもないからするものではなく、前に進むためにしたい…、今のところは、そう考えています。

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2015年3月29日 (日)

学位取得

大学院博士後期課程を無事修了し、博士号の学位を取得することができました。
過ぎてしまえば、アッと言う間? 8年くらい前から目標にしてきたことなので、取得できて良かった…とは言え、もう少し「学生」身分も味わいたかったかなぁ??? こんなことを言うと妻に怒られてしまいます。

久しぶりの学生身分は、まず、修了に必要な単位を取得するため、受講する講義等の登録から始まりました。20数年ぶりの学生身分ですが、今はこの作業を全て大学の専用サイトを利用して行わなければならず、間違えると、修正期間はあるものの、その後一切受け付けられないというシビアなものになっていました。いや~緊張しました。何度も確認しました。
さらに、聞き慣れない用語もあって…、「シラバスを確認して」ってシラバスって何? 私が学生の頃はそんな言葉はなかったように思います。サイトで確認して見ると、講義ごとに概要が示されています。昔はこんなに親切ではなかったよなぁ。

講義は夏季中に集中講義の形で行われました。1講義は4日間くらいの日程で16コマ(90分/1コマ、各教授が1~2コマを担当)を行うパターンで、その後、レポート提出するという形でした。
社会人の身としては、朝から夕方まで、ずっと座りっぱなしで教授の話を聴くっていうのは、思った以上にしんどかった(辛かった)です。それも、半数くらいの教授は「英語」で講義されました。私の専門外の教授ばかりが英語の授業だったので、内容は「ちんぷんかんぷん」です。講義はパワーポイントを使って進められますが、話す内容をほとんど全て英文で書いてあれば、「なんとなく、こんなこと言ってるのかなぁ(ほんの少しですが)」って感じなのでしたが、それもない授業は聞き取れず「ちんぷんかんぷん」でした。これまでの人生、英語は出来るだけ逃げてきた私にとっては、辛い気持ちと反省ばかりでした。
ある現役と思しき学生さん(修士課程から上がってきたと思われる、いかにも若者)に、「今の大学院の授業って、英語ばっかりなの? みんなわかってるの?」って聞いたら、その学生さんは「修士はそんなことありませんでした。僕もわかりませんよ。」と答えてくれましたが、別の学生さんは教授の質問にも英語でちゃんと答えてたし、みんないろいろだなぁと思いました。「どうか、私には質問しないで!」って祈ってましたけど、数回質問されました。ははっ(笑)と笑うしかない??
ある専門の講義では、外部の大学教授が講師として来られてました。講義は基本、日本語でしてくれましたが、講義資料はパワーポイントの日本語版と英語版が配られ、「今日日、博士後期課程で、日本語で講義する大学はあまりありません。」と言われていました。「私は、ここにいていいのか?」とくじけそうでした。

レポートは、もちろん日本語で講義をしてくれた教授の分を選択しました。しかし、短い締め切り期間しかなく、帰宅して、夜遅くからKO君の机を借りてレポートを書きました。幾度、椅子に座ったまま朝を迎えたことでしょう。
レポートの書き方も、決まっているのは「A4用紙に2ページ」とされているだけ。文字フォントサイズ、文字数も指定はありません。章立てみたいなのも特に決まりはありません。単に、「○○○について」書くこと…というお題だけ示されました。20数年公務員してると、その環境に汚染されてます。公務員の世界では「サイズは12ポイント、文字数○○以内、目的、事業内容、これまでの経緯等々」決められていることばかり、その欄を埋めていく作業がほとんどです。
これが大学院の学生というものかと思いながら、図書館や今は便利なネットを活用し、7月末から9月中旬の間に、他の課題や業務もこなしながら、8つのレポートを提出しました。ホントに疲れました。「コピペ」はしてませんよ(笑)。

英語の講義は、わからなければそれまでですが、英語の発表もすることも修了要件でした。発表だけなら練習すれば、なんとかなりますが、質疑応答も英語です。それも2回。今度は専門のことなので、何を質問されているかくらいは、ある程度わかるのですが、それにどう答えていいかが、とっさに出てきません。もう恥をかくだけでした。

9月の上旬には学会での発表もしなければなりませんでした。
ホントにこの間、よく身体がもったなぁと思います。いや、実際には集中講義がなかったお盆の間にとった夏期休暇の間、ぶっ倒れてました。学会からもどった時も、どっと疲れが出ましたね。

やっとのことで修了要件の単位をとりました(でも、全て「秀」でしたよ)が、それだけでは修了も学位取得もできません。学位論文を仕上げなければなりません。
これは、既に4月から準備を少しずつ進めていました。10月くらいまでには一通り書き上げるように指導教授から指導されていて、その通りにおおよそ書き上げてはいました。結構、時間かけて、いろいろ調べ、頑張ったつもりでした。しかし、指導教授から、バッサリ「ここはダメ、書き直し」と1章分まるまる書き直しを指示されたところもありました。とほほ。
12月初旬の提出締め切りまで、この時もまた、KO君の机を借り、眠たくなったら椅子に座ったまま寝て、はたと目を覚ましては論文を書くという生活を繰り返しました。

そうそう、10月頃は、尿路結石にも苦しみました。病院でレントゲンを撮ると、かなり大きなものだったのですが、おそらく、そのまま排出されるから…という医師の診断により、体調不良に耐えながらの論文執筆作業でした。この苦しみには、ちょうど1ヶ月悩まされることになりました。石はやっとのことで排出されましたが、とても、とても、とても痛かったです。しかし、手術を受けることなく、自然排出されたので良しとするしかありません。今年はともかく、手術&入院なんかしている時間はありませんでした。

論文提出後は、査読の始まりです。私の論文を審査して下さる先生方に、論文を読んでもらい、それぞれの先生から御指摘を受け、その御指摘がもっともなら修正していかなければなりません。無理難題をおっしゃる先生はいませんでしたので、修正はそうたいへんではなかったのですが(それぞれの先生に、修正箇所を回答する際は気を遣いましたが)、巻末の引用文献との番号の整合性を保つのは、とてもたいへんでした。EndNoteやMendeley等の引用文献を管理できるソフトウェアの存在を知ってはいましたが、上手く使いこなせていませんでした。論文を書き終わってから、わかってきたかなぁ。また、今後、活用したいと思っています。

論文修正と併せて、公聴会と最終試験が行われました。私が1時間、論文の内容をパワーポイントを使って発表した後、審査者の先生方から質疑応答を受けるというものでした。本番の前日、リハーサルで指導教授にこっぴどく叱られました。理由は、ごもっともではあったと思います。もう少し前にリハーサルしておけば良かったです。前日だと、最低限の修正しかできず、私も何か納得?、いや満足できる発表が出来なかったような感覚が今でも残っています。審査者の先生の一人からは、「落ち着いていて立派な発表だった」とおっしゃってはいただけましたが、ちょっと心残りかなぁ。叱られたことは、良かったと思ってはいます。それも勉強だと思います。あまり完璧は求めてはいけない…そうは思うようにしていますが、おそらく、これからもずっと思い出すだろうなぁ。幼稚園の頃からずっと、褒められたことより、叱られたこと、失敗したことの記憶をずっと引きずってるのです。しかし、これからの研究生活の肥やしにするしかない…です。

やれやれ、これで全て終わったのかと思いきや、これから○○会議や△△会議とやらに2回も、私の学位取得について採決にかけられるのだそうです。最終的な結果が出るのは、この最終試験の約1月後、もう私にも、指導教授にも何もできることはありません。ただ待つのみです。この間、論文の細かい見直しはずっとしていました。いろんな人に見てもらうと、やっぱり違います。自分では正しいと思い込んでいるので、間違いに気がつきません。

2月下旬、ようやく学位取得の合格判定がありました。

それからは、論文の印刷、製本、大学への提出(pdfファイル)など、細々とした作業でした。製本したものは、査読をして頂いた先生方に贈るもので、それと一緒に渡す送り状など、いろいろと気を遣いました。
指導教授の分は、「送り状なんかもらっても、無くしてしまうから、自分の分だけは、製本の見開きのところに2~3行何か書いてくれればいいから。」と言うことでした。2~3行なんてとんでもない。言葉は足りなかったかもしれませんが、この先生への感謝の気持ちを精一杯記させて頂きました。本当に長い間、御指導いただき感謝です。

学位論文の最後には、「謝辞」を記すところがあります。
もちろん、この研究・論文を遂行する上で、お世話になった方々、上記のように研究の指導や論文の査読でお世話になった先生方に感謝の気持ちを記しました。

博士号という学位取得、ただの公務員に必要か?…と問われると、「不要でしょう」と答えるかもしれません。でも、私は今の業務、公設試験場の研究員として、私が担当している対象物の生産に携わっている生産者及び関係者の方々と話をするのに、学位取得も必要であると考えました。研究員であるため、学会で発表することもあります。その際は、他の公設試験場や民間企業の研究者の方々、大学の先生とも話すこともあります。私は、これらの機会に得られた情報を、生産者へフィードバックすることも、公設試験場の研究員の役割だと思います。だから、学位取得を決意しました。

これは表向きの重要な理由の一つです。もう一つは私個人の「挑戦」でしょうか。現役の大学生時代、不真面目だったつもりはありませんが、それでも私にとって大学は、就職するために通る一つの過程に過ぎませんでした。ですので、卒業論文は書くには書きましたが、それは卒業するために仕方なく書いたもので、その内容を研究したいと思ってしたものではなかったと思います。そんな自分が、公設試験場の研究員をやっているのですから、ベースになるものが自分にはありません。出来れば研究員として長く勤めていたいと願う私にとって、学位取得は私個人に自信を与えるための「挑戦」だったと思います。

そして、もう一つの重要な理由…。親バカかもしれませんが、KO君は優秀だと思います。おそらく私よりも絶対「頭が良い」です。計算も速いし、理解力も高い。難を言えば、気が小さく、あまり貪欲なところがなく、とてもおっちょこちょいでニアミスを連発することですが、私がこのままのほほんとしていると、おそらく、そう遠くない時期に抜かれてしまいそうでした。
息子は必ず父親を乗り越えていくべき者、父親は乗り越えられることを喜ぶべきとは思いますが、「超えるべき壁」は高い方が良いと思います。別に将来、博士号を取って欲しいわけではありませんが、タダの大卒ではKO君の「超えるべき壁」としては低すぎる気がしてました。私の超えるべき壁は、低すぎました。…というか、超えようとした気もありません。ただ、平坦な道を歩けばそれで良かったですから…。

謝辞の最後…、こう記しました。
「最後に、家庭を守り、私の挑戦を支えてくれた妻 ○○○に感謝の気持ちを伝えます。双子の息子達 KO君とTO君には、父の悪戦苦闘ぶりがあなた方の人生の刺激になればうれしい。」

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2014年7月16日 (水)

命日(7月16日)

今日(7月16日)は、祖母の命日である。
3年前、2011年7月16日(土)、午前5時5分(医師が確認した時間午前5時35分)に祖母は亡くなった。

この話を書き出すと長くなるなぁ。
今年は大学院に行っていて、英語で論文書けだの、英語で口頭発表だの(それも2回)、今月末から集中講義を受講してレポート提出しなきゃならないのだのと、とても忙しいので、とりあえず、これ以上書かないことにする。

とりあえず、仕事を定時で切り上げ、ちょっこっと遠回りをして墓参りだけして帰宅しました。
最近のカーステのBGMは、もっぱら、中孝介の「夏夕空」なんだけど、今日の頭の中は、「トイレの神様」と「千の風になって」がグルグルまわってます。

想う日を大事にしたいです。

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2014年3月 5日 (水)

課題は何なのか

地元の大学等教育機関で構成されるコンソーシアムがあります。その事業の一環として、学部生の卒業論文テーマを公募しており、私が所属する職場からも研究テーマを提案していて(…て、私が考えたものですが)、某大学が提案を受けて研究してくれていました。先日、その成果発表会があったので参加してきました。

私が提案したテーマについては、発表会の前から何度もメール交換していたので、内容は十分理解していたので、あまり気になっていませんでした。

それより発表会の案内があった時から気になっていたのは…、
「発達障害児と健常児が共に育つための地域社会づくりに向けた調査」…という内容の発表…(テーマ名は適当に変えてあります)。

これはどこの団体が応募して、コンソーシアムに加盟内のどこの研究機関が担当したのだろう?
どんな調査をして、どんな結果が出たのだろう?
自分が提案したテーマのことより、そっちの方が気になって会場に到着するなり、配布された発表資料のこのテーマのページをチェックしました。

テーマを提案したのは某市町村役場、研究を受けたのは某大学の医学部看護学科。

ふ~ん、市町村からの提案だったんだ? この市町村はこの課題に対して問題意識が高いのだろうか? 理解が深いのだろうか? どうにかしたいという想いがあるのだろうか?

このテーマを医学部看護学科が受けていたことにも、ちょっとびっくりしました。
でも、どこでもいいです。この課題に関心を持って、研究や調査をしてくれることはとても良いことだと、私は思いました。

研究発表内容については…、
質問したいことがたくさんありすぎて困りました。
その前に、自分が質問するかどうかも迷っていました。
発表が終わると、お一人挙手されている方がいらっしゃいました。この方もこのテーマとは全く異なることを研究されている某研究機関の方だったのですが、「自分の子供が自閉症です。保護者です。」と断った上で質問されました。

私は、同じ職場の者もいてこの話をしていない者もいたので、同じように断った上での質問はできませんでしたが、この方が質問したことに勇気をもらって、自分も質問させて頂きました(…て、ここで質問すればバレバレかもしれないけど…)。

発表の中で、「小学校教諭が、『健常児が障害について理解できないこと』、『授業の遅れ』などに対する困り感を抱いている」…との調査結果が報告されていました。
私の方からは…、「小学校教諭の“困り感”についての報告がありましたが、障害児自身の“困り感”について何が困っていたのかを調査していますか? また、その“困り感”についてどのように解決したか等の調査はしていますか?」…という主旨の質問をさせてもらいました。

発表者の学生さん達が答えに窮していたので、発表内容にもなかったし、おそらく、いや確実に調査してないだろうな…とは思っていたので、
「いえ、いいです…」と断って、「つまり、教師の“困り感”は、『障害児自身が持つ“困り感”に対する障害児の反応』に困っているわけだから、障害児自身の“困り感”にアプローチしていかなければ、教師の“困り感”の解決はないと思いますよ。」
…と、ちょっと厳しい指摘をしつつ、それでも学生さん達がめげないように、「今回のこのような研究課題に取り組んだことはとても良いことだと思います」…みないなフォローを入れて私の発言を切り上げました。

でも、司会をされていた某大学の先生が、やっぱり学生に何かしゃべらせたいと考えたのだと思うんだけど、「今の意見に対して何か感じたことはありますか?」と学生さんに振って下さりました。学生さんも「御意見ありがとうございました。今後、検討していきたいと思います。」という感じで発表を終えました。

他の発表が一段落したところで、「ちょっと言い過ぎたかなぁ」という気持ちもあり、発表された学生さん達と指導教員のところに行って、「先ほどはちょっと厳しい質問してすみません。立場を申し上げていなかったですが、私も発達障害児を持つ父親です。看護学科の学生さん達にあのような質問をするのは筋違いだったかもしれません。小学校の先生達には物申したいことは山のようにあるのですが…。」

発表された学生さん達も指導教員も、穏やかに「いえ、こちらこそ御意見ありがとうございました。今後の研究の方向性が見えてきました。」と言って下さいました。

もっと話したい…と思いました。発表内容にも質問したいことがたくさんありました。
「一見して立派そうなシステムなど必要ないと思います。全くいらないとまでは言えないかもしれませんが、要は保護者も教育・保育に携わる者も、その対象者=子供をしっかり見ているかどうか」が問題なのだと思います。「専門知識を修得しないと何もできないのではない。もちろん、知識と技術はあった方が良いけど、自分の都合だけを考えず、子供をしっかり見ていれば課題は何のか見えてくる。」 
でも、懇親会があるわけでもなかったので、その当たりの本音は言えず終いでした。今後、研究内容が深まることを期待したいです。

ところで、私のテーマについて発表してくれた学生さん達…、何と! 最優秀賞に輝きました。
ごめんなさい。「まさか!」…でした。予想も期待もしていなかったです。本人達もびっくりしてたようですが…。まぁ、内容はともかく学生さん達は、私らの好き勝手な意見にめげず、実験や報告書等のまとめ、発表の練習と一生懸命取り組んだことは間違いありません。評価されて本当に良かったです。

今回の発表会、どの発表も「何が問題なのか、問題解決のための手法、そして何が明らかになって何がまだわからないのか、今後の課題」等について、自分達なりの答えを出していたと思います。とても刺激を受けた発表会でした。私も自分の研究を頑張ろうと思います。

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2014年3月 2日 (日)

合格発表

1月末にあった大学院博士後期課程の入学試験…、
先週に合格発表がありました。

結果は…「合格」でした。よっしゃー!
ホッとしました。
4月から大学院生です。オリエンテーションに出てみないと詳しいことはわからないのですが、社会人入学なので仕事をしながら、必要に応じて大学に通うことになります。
およそ2周りは年齢差のある若者達と勉学を共にすることになります。

ついていけるかな? それより、仕事との両立ができるかな?
いろいろ不安はありますが、無事に卒業=博士号取得に向け頑張ろうと思います。

ところで、この「合格発表」…私はニュースやドラマで見るような、受験校の掲示板に張り出されている受験番号を確認に行ったことがありません。
高校入試の時は、卒業した中学校に集められ、3年の担任から「合格した者は名前を呼ぶから、名前を呼ばれたら教室の外に出てそのまま帰っていい」と言われました。
ちょっと話は逸れるけど、この時、同じクラスだった親友がしばらく出て来ず(複数名がいた)、とても心配したことを今でもはっきり覚えています。

大学受験の時は、自分達から複数校受験が可能になった年、しかし、共通一次(時代が古いなぁ、今はセンター試験?)を受験する前に(つまり、共通一次の自己採点を確認しないまま)志望校に願書を提出しなければならないという受験制度の下(年齢がわかる?)、2校とも遠方だったために、1校は大学生達がおそらくサークル等の資金稼ぎでやっていた電報を頼み、1校は試験の時に知り合った地元の受験生に電話をもらいました。
電報は「サクラ・チル」だったし、電話も「残念だったけど番号はなかった」というものでした。しばらくして、前述の受験制度の混乱から、定員に達しなかった方の大学から「追加合格」の電話をもらい、その大学に行ったわけです。
思い出すだけでも辛い時期だったなぁ。

…なので、今度こそは地元の大学だし、仕事休んで見にいこうかなぁと考えていたのですが、指導教官から「来なくていいよ、休みがもったいない、どうせ郵便で通知が来るんだから」…と言われ、でも、だからと言って教官は自分が見て連絡してやるから…などとは言ってくれず(お忙しい先生なので仕方ないですが…)、本当に合格発表の日には何の連絡もなく…、
結局今回も、発表の翌日に大学から送られてきた郵便を確認して「合格」を知りました。ちょっと後悔はあるけど、地元と言っても結構遠いので、まぁいいや。今回はすんなり合格できたし。

掲示板に張り出されている自分の受験番号を確認する感動を味わってみたかったのだけど…、それは3年後、KO君とTO君の高校受験の時に二人の番号を見にいこうかな? いや、それは過保護? それとも怖くて見にいけないかな? 特にTO君のは…今回の自分の発表よりは確実に心配することになるだろうなぁ。
あぁ、怖い、怖い。今から想像して心配するのはやめよう。まずは自分がきちんと卒業することを考えよう!

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2014年1月 3日 (金)

教師が変われば、子供は変わる

今回は久々TO君ネタです。
別に小学校の通知票にこだわっているわけではありませんが、TO君の2学期の通知票…主要4科目(もちろん国語、算数、理科、社会)の全て、3段階評価の「3」をもらってきました。
KO君の通知票ではありません。KO君はもちろん主要4科目は全て「3」です。KO君本人は、「3」の数では上回ったものの、主要4科目が何でTO君と同じなのかと不満そうですが…(笑)。

そりゃ、細かく教科毎の評価(◎、○、△)の数の違いを見れば(△はなかった、あれば「2」なんでしょうね)、同じ「3」でもKO君とTO君のそれには“差”はあります。TO君の「3」は、限りなく「2」に近い「3」かもしれません。KO君とTO君は別々のクラスなのでメンバーも違えば、評価した先生も異なります。
でも、それはそれでも、TO君が得意とする図工ではなく、主要4科目が「3」だったのです。

確かに、2学期の単元毎のテスト結果は良かったです。苦手な算数でも結構100点をとって来てました。TO君自身も手応えは感じていたようでした。
普段の算数の宿題をするにしても、KO君には教えてもらっているようでしたが、私が一から丁寧に(決して優しくはない)教えないと問題を解くことができない…なんてことはほぼなくなっていました。時間はかかりますけどね(KO君は速攻です)。

今年度(6年)の担任教師については、本当に感謝です。でも、そんなにTO君だけに手をかけられているわけではないようです。3年時にKO君の担任(新任)だった先生ですが、その時から、この先生は本当に子供が好きで、でも甘やかすわけではなく、メリハリをつけて子供と接することができる「小学校の先生」らしい先生との印象でした。だから、ケース会議や面談で話す時も、TO君に特別何かをしているわけではない…とおっしゃっています。自分のクラスの子供達にとって、今何が必要か、どうしたら自分の意図がきちんと伝えられるか、自然に出来る先生なのだと感じています。
小学校最後の学年で、良い先生に出会えて卒業できることは良かったです。

しかし…、以前のことをほじくり返しても仕方ないのですが、5年時の交流学級担任はやはり小学校教師には向いてないのです。まぁ、この教師のことを今更非難しても仕方ないので、もう書きません。名前や顔を思い出しただけでも怒りが込み上げてきますが、少なくとも私は会う確率は低いのでいいです(今年度1回も会ったことない。向こうも避けているのかもしれませんが…)。TO君は学校で時々出くわして、声かけられたりするので、その度に帰宅して文句言ってます。
普段なら「そんなふうに言わないの」とか諭したりしますが、この教師に対してはTO君の気持ちはわかるので少しくらいは文句を言わせてます。それくらい、TO君は辛い想いをしたのだから良いでしょう。そのうち忘れるようになります。

もっと腹が立つのは、私達が「この教師を指導して欲しい」とお願いし続けた管理職教師です。
今年はTO君のことで何も問題がなく、ケース会議も比較的和やかに話し合いが出来ているからか、今度は手のひらを返したように私に…、

「TO君は誠実な子供ですねぇ。」

…と、感心したように話しかけてくるのです。

私は内心…、
「何を言っている? 5年時はあれだけTO君に問題があるような話ばかりしていたクセに…。カミングアウトもしろと言ったよな。 あんたは5年時の担任の指導は何もしなかっただろう! 教師が変われば、これだけ子供は自分の能力を発揮できるんだぞ! 本当にわかってんのか?!」

私は、この管理職教師のことだけは許さない。正直なところ、どうにかしてこの管理職教師に鉄槌を下すか、いろいろ考えたりもします。具体的には言わないけど、それくらい許し難い、こんな教師がいるから、学校が上手く行かず、子供達が犠牲になっているのだと思っています。
本当はケース会議に出てきてもらいたくない。顔も合わせたくない。この管理職教師に会わないといけないと思うと、ケース会議の日程が近づくたびに憂鬱になります。
なんで、こんなやつが教育の現場で管理職になったりしているんだ? そもそも何でこいつが教育者なんだ? なんで、こんなやつにこちらが頭下げないといけないんだ?

たぶん私達は、この6年間で教師に対する考え方が変わりました。私達がよく知る支援者側の教師の方々は尊敬できる先生方だし、もちろん今年の担任のように良い先生もいます。
だけど、一般論として…、

「教師は信用出来ない、教師には頼れない、お願いできない。教師は自分が変わる気はない。教師側・学校側の都合を押しつけるだけ。だから親がしっかりして、子供とともにどんな教師に対しても対応できるようにしないといけない。」

…そんな想いを強くしながら、小学校最後の学期を迎えようとしつつ、中学校への進学準備を考えています。

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2014年1月 2日 (木)

遅ればせながら、Linux…

新しい年が明けました。
今年は私の受験(上手くいけば…)や双子らの中学校への進学と、たいへん忙しくなりそうです。
家族みんな体調に気をつけながら、頑張っていきたいと思います。

…で、今回の記事はパソコン関係です。
記事名にあるとおり、遅ればせながら Linux導入に挑戦し、悪戦苦闘の末、何とか自分好みの環境を構築できました。

Linux導入を検討するに至った理由は大きく3つ。
一つは、LenovoのノートPCを購入した後、置き去りになっている EeePC(中古)がもったいないなぁと、ずっと気にかかっていたこと。
一つは、その EeePC の OS である WindowsXP のサポートが近々切れること。
一つは、最近、ケータイをスマホ(iPhone)にしたことで、PC も Mac にするもいいかも?と思い始め…、しかし、職場環境を考えると難しいなぁと思いつつ…、それに先立つものもないし…、前々から「Linux ってどんなんやろ?」と興味をもっていたこと。

こんなとこでしょうか。
パソコン関係にとても詳しい職場の若い同僚らと同じような話(CD等からでも起動可能、無料)をしたこともあったり、そう言えば、以前、大学の時の友人が「Linuxは使いやすい」と言ってたなぁということもあって、入試勉強でそれどころではないはずなのに、正月休みくらい好きなことをしようと思い立って始めてしまいました。

導入にあたる経緯を、つらつらと自分の備忘録程度に残しておこうと思います。

まず、「Linuxと言っても何をどうすればいい?」…で、ネット検索。
すると、「LinuxBean」(Ubuntu派生)というディストリビューションのサイトにたどり着きました。「軽くて速くて、日本語が使え、Linux初心者向け、古いPCの再生に向いている」
これいいじゃん! …と、早速CDに.iso形式ファイルを焼き、ライブCDとやらを作成しました。
EeePCに外付けのCD/DVDドライブを接続、Boot設定をして、ネットに紹介されていたとおりにしていくと、ちゃんとCDからLinuxBeanが起動しました。その後、HDD(私のEeePCはSSDか)にインストール開始…しかし、なんか途中で止まってる?…感じ。
近頃は Linuxの中でも、Ubuntu というディストリビューションが主流のようで、その中でも軽そうなの…ということで、Lubuntu というのも試しましたが、やはりインストール途中で止まってるようでした。
いろいろ調べてみると、EeePCのSSD容量が足りないようでした(たぶん)。私の EeePC は 4GB の容量しかありません。それに対して上記の Linux ディストリビューションは展開後の容量で 3.8GBとか5GB、6GB くらい必要のようでした。はは(笑)全然足りないじゃん! CDに焼けるくらいだから、Linuxってどれも容量が小さくて良いものと思い込んでいました。
PCのHDD容量やメモリに余裕があれば、Ubuntu は見た目ほとんど Windows と変わりないように操作ができそうで良さそうなんだけど…。

それからまたネット検索…「軽量ディストリビューション」と検索したところ、今度は VineLinux というディストリビューションにたどり着きました。少々、インストール時の設定に戸惑ったものの(画面サイズが大きければ何の問題もない)、今度は無事インストール出来ました。ネット接続も問題なく、これは使えそう。ただ、試しに統計ツールの R をインストールしてみましたが、ちょっと苦労しました。それにインストールは出来たものの(必要最低限)、SSDの空き容量がほんのわずか。それでも何とか動けばいいかと思いながらも、起動に結構時間がかかるので納得いかず…。

次に検討したのは、PuppyLinux というディストリビューション、これも無事インストール完了し、日本語化も出来ました。デスクトップがかわいらしいイメージで好み?だったのですが、EeePC の画面が小さく扱いにくいことや、画面がチラチラするため、これもやむなく諦めることにしました。

そして、(一応)最後にたどり着いたのが、TinyCore というディストリビューション、CorePlusという日本語対応のものをインストールしました。アプリを起動させる wbar というのが何とも格好いいです。Mac みたい。イメージサイズは80MBほどで、起動時間も気になりません。WiFi接続も問題ありませんでした。起動のたびに接続設定をしないといけないのですが、CUI 画面が DOS 窓みたいです。MS-DOSが懐かしい…。
ただし、この TinyCore は初期状態では、ブラウザもメーラーも何も入っていないので、後で自力でアプリをインストールしていかなければいけません。それでもおすすめアプリやそのインストール方法を紹介しているサイトもあるので、自分好みのアプリを入れて PC をカスタマイズしていく楽しみもあります。
統計ツールの R のインストールは、今のところ上手くいっていませんが(メジャーなディストリビューションなら簡単そう?、まぁこれも勉強、勉強!)、この EeePC を使って統計分析することもないだろうと、とりあえず途中で諦め、ネット検索と動画再生を主な目的で使えるくらいに環境を整えました。元々 EeePC はネットブックなんだから、そういう使い方が本来でしょう。
復活した EeePC…今後、子ども達に使わせることもできるでしょう。

今回、参考にさせてもらったサイトは以下のとおりです。お世話になりました。

○ Vine Linux
  http://vinelinux.org/
○ VineLinuxでRを使うための情報:RjpWiki
  http://www.okada.jp.org/RWiki/?VineLinux
○ 大学生のためのLinux 3. RとESSのインストール:空飛ぶカボチャ
  http://anchoret.seesaa.net/article/43070123.html
○ Tiny Core Linux-JP
  https://sites.google.com/site/tinycorelinuxjp/home
○ XPサポート終了→初心者でも使えるLinux OS TinyCoreの活用術:予知ダス
  http://blogs.yahoo.co.jp/yochidas/63704999.html

今回は、Linux に触るとてもいい機会になり、勉強になりました。これ以上やると、他のやるべきことが疎かになるので、とりあえずこれくらいにしておこうと思います。

《修正》
やるべきことをせずに、TinyCore をいじり過ぎてたら、何か調子が悪くなってしまいました。OS が悪いわけではなく、よくわかってない者が適当にいじり過ぎたのが良くないのだと思います。

それで再インストールも考えたのですが、いろいろ調べている間に、LinuxBeanもやっぱり軽いということがわかりまして、再度、SSD をさっぱりさせた後、インストールに挑戦してみました。TinyCore に比べるとインストールに時間はかかりましたが、今度はすんなり成功しました。
SSD の残容量にも余裕があります(とりあえず、初期状態ですが…)。起動時間は結構スムーズです。ブラウザやメーラー、他のアプリ等がいくつか初期状態で入っているようです。初心者には良いのかもしれません。
また、しばらく遊んでみようと思います。

参考にしたサイトは、下記のとおりです。

○ Swift Linux、Kona Linux、Linux Beanの軽量度を調べてみた:
http://plaza.rakuten.co.jp/sorriman/diary/201205270000/

○ windowsXPからLinux(UbuntuベースのLinuxBean)へ簡単に移行:Ubuntuを使ったりするブログ
http://jagaimu.blog.shinobi.jp/linux/windowsxp%E3%81%8B%E3%82%89linux%E3%81%B8%E7%B0%A1%E5%8D%98%E3%81%AB%E7%A7%BB%E8%A1%8C%E3%80%80%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AB%E7%B7%A8

○ linuxBean のインストール:金子邦彦研究室
http://www.kkaneko.com/rinkou/linux/linuxbean.html
 

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2013年11月28日 (木)

受験

う~ん、いつから書いてないのだろう?
まぁ、いいや。

早いもので、双子らは小学6年生…最終学年を、昨年の嵐が嘘のように平静な学校生活を送っています。

来春は中学生です。彼らが詰め襟学生服を着る日が近づいています。
記事名の「受験」と言っても、双子らが中学受験するわけではありません。
横道に逸れますが、こんな田舎でも中学受験をするお子様が学年に十数名はいるようです。
この春頃から学校で配られるざら半紙のプリント類に紛れて、県下の私立中学校全ての立派な入学案内のリーフレット、パンフレットを持ち帰るようになりました。
時代は変わったなぁ。自分らが子供の頃は、県外の某有名私立学校1校を誰かが受験するとかしないとか…という噂話くらいだったけど。

ケアレスミスは多いものの、そこそこの成績をとってくるKO君は、友達から「私立受験するの?」とよく聞かれるということでした。
残念ながら、家計の経済的理由により、その期待に応えることはできません。
そもそもKO君に行く気もありませんが…。

TO君? 彼なりに頑張ってますよ。今年は学級担任の先生に感謝こそすれ、文句を言うことなんて一つもありません。いかに5年生時の交流学級担任がとんでもない教師だったか! 私達が今年度、何も言ってないことを、学校管理職はどう考えているのだろう?


それで「受験」とは?
受験することになったのは、私…たけpon です。
年明け1月末頃、大学院の博士課程を受験することになりました。

学部卒でしかない私は、ここ数年間、修士課程修了と同等とみなしてもらうため、学会誌に論文投稿をしてまして、今回、それらについて審査を受け、なんとか入学試験を受けることが認められた…ということです。

入学試験はこれからです。合格したわけではありません。入学することが決まったわけではありません。
合格してから記事にしようかとも思いましたが、ここは自分自身に新たなプレッシャーをかけるため記事にしました。

最近、職場の上司に不満(もうちょっと役職に見合った仕事しろよ!)や、更に上の上司の心ない言葉にストレスを感じ、めげそうになることが多々ありますが、自分自身のスキルアップ、レベルアップにやり甲斐を持ちつつ、TO君にいつも諭しているように、“やり過ごしていこう”と思います。

お受験、頑張るぞ!!

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2013年5月13日 (月)

iPhoneからの投稿テスト

スマホなんて絶対使わない(使えない)…と思っていましたが、いろいろしたいこともあって、結局機種変しちゃいました。
子育てネタから、また逸脱してますが、今回はアプリからの投稿テストです。
本格再開はいつになるやら…。
う〜む、スマホって便利!

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2012年12月11日 (火)

人権週間

毎年12月10日を最終日とする1週間を、「人権週間」としているようです。
TO君がこの人権週間の標語を作るという宿題を持って帰って来たので、私も考えました。TO君は今回はちゃんと自分で考えていきました。真に迫ってて良い出来でした。

…で、私が作ったのは下記のもの…、

***************************
  師が放つ
    ことばで拡がる
        イジメの連鎖
  省みぬ者
       師とは認めぬ
***************************
五七五七七って標語としては長いのかな?


ブログの更新は滞っていますが、この間、TO君にとって、とっても辛く、悲しい出来事がありました。私達親もとても辛かったし、KO君も自分のことのようにTO君のことを心配してました。TO君本人は、本当に生きた心地がしないほどの傷を心に受けたことでしょう。何があったかは後日upしようと思います。

教師不信、学校不信のまま、13日にケース会議を迎えます。
今回は、特別支援学校のコーディネーターに“通訳”に入ってもらいます。
人権啓発が必要なのは、教師の方だ~!

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2012年9月15日 (土)

念願叶う…

「念願叶う…」、もちろん、前記事の交流学級担任のことではありません。
参観日&オープンスクールの最中、私は一人、仕方なく(?)出張に向かいました。
目的は、もちろん仕事で某学会に参加するためです。そして久しぶり(3~4年ぶり?)に口頭発表してきました。あんまり発表しない期間が長くなると(別の学会では毎年してます)、もう出来なくなりそうな気がして、恥かくのを覚悟でやってきました。準備もたいへんだし、お金もかかるし、緊張もするけど、やはり、学会に行くなら発表した方が良いですね。発表することで、今までお付き合いのなかった方とも知り合える機会がありましたし、勉強にもなります。

そしてもう一つの収穫、「念願叶う…」です。
やっと、やっと、見たくて見たくて仕方なかった…、

Gundam01

「1/1ガンダム」にお目にかかることが出来ました。
時間的に厳しいかなぁと思っていたのですが、「今日しかない。行くしかないだろう!」と、上京したその日に、もう遅い時間だったのですが、何とか行ってきました。

やっぱり迫力ありました。全高18mですかね。背の高い男性の約10倍の高さです。高さは10倍ですが、平面=2次元ではなく、立体=3次元ですから、高さに比例して横幅・奥行きも全体的にかなりスケールアップしているように感じます。「もし、これが本物で動くのだったら…」と想像すると、ワクワクするような、怖いような、乗ってみたいような…いろいろな気持ちがわいてきます。

是非とも次回は、お昼とは言わなくても、もう少し明るい時間に見に行けたらいいのだけれど…。
お父さん一人だけ行って、子供達にはとっても悪かったですけど、ショップでいろいろとお土産は買ってきました。

Gundam04

写真は、ショップで買ってきたポストカード、昼間見るとこんなんだろうなぁ。そして、その隣のは、数年前に買って、一晩寝ずに作った「RG(リアルグレード) 1/144 ガンダム」です。組み立ててデカールシール貼って、つや消しラッカーふっただけ…です(もともと昔から色塗りとかしたことないし、そこまで凝る趣味ないし、多分そんなに上手じゃない…絵も同じ、デッサンはそれなりにできるけど、色塗りは下手だったなぁ)。他のRGシリーズで興味のあるものはありますが、今は、ガンプラ作ってる暇も体力も気力もありません。定年したら趣味としてやろうかなぁ。

学会で緊張もありましたけど、発表前日に「1/1ガンダム」を見て、少し大きな気持ちで発表できたかな? 来年の学会はどこだっけ? ん~、ガンダムは拝めそうにないとこだったなぁ~。でも、何か発表ネタが出来たら、頑張ってみよう!

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