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2006年1月28日 (土)

やってしまった…自己嫌悪

やってしまった…、TO君の頭を平手だったがたたいてしまった。そしてかなりきつい言い方で怒ってしまった。
かなり久しぶりのことだった。TO君が自閉症という診断を受けてから、たたいてもしかたない、怒るよりも注意する、TO君にして欲しいこと、して欲しくないことをTO君が少しでもインプットしやすいよう、私達夫婦はしてきたつもりだ。

以前は始終怒ってないと物事が前に進まなかった。ゲンコツもしたが良い方向には向かわない。それが、自分達の対応を変えること、そう意識するようにして、かなり怒ることも少なくなったし、たたくこともなかったのだ。いろんな場面で好転しているところがある。

今日のTO君はかなり眠かったのだろう。寝る前のおしっこの時はかなり機嫌が悪くなっていて、ズボンを脱いだりが上手く出来なかったことで、チョー不機嫌になり、KO君にあたりだした。時々、こんなふうにKO君にあたりだす。その時のTO君の顔つきやうなり声は、私はとてもイヤなのだ。機嫌が良い時のTO君はニコニコ本当にかわいいのに…。

なにも何の罪もないKO君にあたることはないのに。眠くて機嫌が悪いなら、お父さんにあたればよいのに。KO君がかわいそうだ。それでつい手が出てしまった。TO君は大好きなお父さんからたたかれ怒られて、とても悲しそうにむせび泣いた。

あぁー! もう自己嫌悪だ。何て許容範囲の狭い父親、大人なのだろう。

子供が生まれる前、幼児虐待のニュースや新聞記事を耳にすると、「何てことするのだろう。うちに生まれてくればそんなことは絶対ないのに…。」と思っていた。でもいざ自分に子供ができてみて、虐待する親の気持ちが少しは理解できるような気がするのだ。いろんな場合はあって、一概には言えないし、決して虐待が許されるものではないのだろうが、もし、子供にも何らかの病気みたいなものがあったとして、それが原因で言動や行動が異常で、そして親がその病気に気づかなかったとしたら…、最初は軽くたたいていたものが、どんどんエスカレートしていくのではないだろうか。

私は、自分の子供なのに、「この子さえいなければ…。」と思うことがある。最低最悪の父親だと思う…。

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2006年1月26日 (木)

療育

広汎性発達障害のTO君の療育のことで、妻が発達支援センターの巡回相談に行ってきた。本当は私も行きたいのだが、そんなに頻繁に仕事を休むわけにもいかない。とりあえず今のところ親との相談の段階なので、妻が一人で行っている。TO君を連れていく時は私も一緒に行こうと考えている。

今後の療育の進め方、スケジュール、幼稚園との話し合いの方法等、妻が一人で決めてきたが全て完璧だった! さすがだ! よく勉強しているからだと思うし、TO君のことをわかってあげてるからだ。

センターは、先日の病院からTO君の検査・診断結果を聴いていることになっているが、センターでも再度テストをして、TO君の状態を見て療育を計画・始めていこうということになった。必要かどうかわからない療育を始めて、それがTO君に強くインプットされてしまうと、もしそれが必要のない療育だったら、なかなか途中で止めるわけにいかなくなるかもしれないからだ。TO君の性格から考えても正解だと思う。

センターでは、これから幼稚園、小学校、中学校、更に高校まで、学校側との相談に一緒に立ち会っていただけるとのこと、とても心強い、安心だ。親も勉強しなければならないし、子供の状態や対応の仕方等を学校側に伝えることはできると思うが、やはり親なので、どうしても感情的になる部分があると思うし、学校側も親の言うことだから…というところが出てくると思う。そこに専門の機関の方が同席していただけるのは本当にありがたいことだと思う。

しかし、妻、結婚当初はどこかに電話したりするのも私にさせてたし、一人では何も決められなかったのに、子供のこととなると変わりますね。やはり、当たり前のことだけど、母は強くなるのですねぇ。
これは冗談だけど…、学生時代にそれだけ勉強していたら、あなたの人生変わってたかも?(それはお互い様?)

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2006年1月25日 (水)

幼稚園に向けて

昨年の今頃は幼稚園の入園願書が郵送され、確か1月末締め切りだったのだが、今年はまだ届かない。妻が「うちの子達忘れられてるのでは?」と心配になり、教育委員会に電話した。

うちの場合、TO君の病気のことがあるので、幼稚園が引き受けてくれるのか、もし引き受けてくれる場合も前もって相談したいことがある。KO君とのこともあるし、少しあせっていた。KO君のことを考えると受け入れてもらいたい。でも幼稚園にその能力や意志がないのであれば、TO君にとっては厳しい環境になるので諦めざるを得ない。

電話してみると、今年1月1日で市町村合併したため、いろいろな処理が遅れ気味らしく、まだこれから願書の準備をするということだった。そして、広汎性発達障害を持つTO君の受け入れについて、いったん「協議させてください。」とのことだったが(2~3日かかるのだと思ったら)、すぐ折り返しの電話があり、「ほかの子と何の変わりなく、受け入れます。」との回答だったそうだ。昨年の担当者と違って(?)、対応はとても良かったらしい。市町村合併のための異動で元隣の役場出身なのだそうだ(市町村合併の効果!)。

実は昨年の入園申込時、うちは幼稚園側と一悶着あった。昨年は、双子のため育児に欠けオムツをはずしきれなかったので、前もって相談したいと幼稚園に電話したら、「忙しいので相談の時間はとれない。オムツは入園までにはずしてください。お母さん頑張んなさい。」と言われた。入園の条件にオムツをはずすことなどどこにも書いてない。いろんな人に聞くと、何人もオムツがはずれてなくて入園させている。そこで教育委員会に電話すると、「現場(幼稚園)に任せてます。」(教育委員会にもムカ!) 事情を話し、幼稚園側に事実関係を確認してもらうと、「そんなこと(オムツをはずすように)は言ってない。」と幼稚園側は教育委員会に言ったらしい。そして、幼稚園の1日入園(兼保護者参観日&入園説明会)でも幼稚園側は「言ってませんよねぇ。」 私達夫婦は激怒した。教育者がウソつくか?

うちの妻は専業主婦だ。だから何がなんでも昨年幼稚園に入れたかったわけではない。しかし、妻の育児疲れのこと、保育所から幼稚園にあげることで子供達の成長・発達を促すことになるのではないかと考えたから、幼稚園入園を検討した。ただ、オムツをはずすことができなかったので(それはうちの責任)、幼稚園側に迷惑をかける。それでも受け入れてもらえるものなのか相談したかっただけだ。幼稚園側が、「お母さん双子で大変でしょうけど、幼稚園もいろんな事情でできればオムツをはずして来て欲しい。」と言ってくれれば、そして教育委員会に「ウソ」をつかなければ、私達夫婦の気持ちを逆なでなかったのに。

とりあえず、今回の電話で受け入れるとの回答をもらいホッとしたが、こんな幼稚園なのでまだ安心はできない。発達支援センターの方と相談をしながら、ちゃんと幼稚園と話をしていきたいと思う。

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2006年1月24日 (火)

おめでとう(?)

お互い、「誕生日おめでとう!」と大きな声では言えない年齢になってきたが、それでも誕生日はその人にとって少なからず特別な日。
そう今日は妻の誕生日。

私達夫婦、誕生日には相手にプレゼントをすることにしている。…が、ここ数年自分もそうだが、特に欲しいものがない。妻も同じ。「プレゼント何がいい?」と尋ねても、「ん~。考えとく。」…で、結局その日が来てしまう。それで、そのままなし崩し…。

前はアクセサリーとかの要望もあったが、特に子供が出来てそんなものを付けている暇もないし、付けて行く用事もない。
おそらく、今妻が一番欲しいものは、子供達と数日離れる「休み」かもしれない。1泊2日くらいならそのプレゼントかなえてあげてもいいと言うのだが、妻も「別に行くとこないし…、気兼ねなく遊べる友達もいないし…(県外者のため)、後のKO君のグズりを考えるととてもできない。」 TO君もお父さん子とは言え、お母さんはいて当然の対象だから、お母さんがいなくなったら、とんでもない騒ぎだろう。

とりあえず今日はビールでも買ってきて少しだけ御祝いする。何度も言うけど、ここは田舎なので、まともなケーキを売っている店はない。ケーキを買っての御祝いは今度の土曜日かな? 子供達も楽しみにしている。ケーキを?

妻にはそれでも「おめでとう。」と言いたい。そして、この1年大した病気もせず、妻にとって良いことが多い年でありますように祈りたい。

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2006年1月22日 (日)

体験レッスン

音楽教室で、次のコースの体験レッスンがあった。実際には5月からとなるのだが、どんなことをするのか説明がてら、早めに進級者の予約をとる目的もあるのだろう。
次のコースは、鍵盤をちゃんと楽器として扱うようになる。最初は「ド」の位置はどこ?などから始めるらしいが、2年間のコースで最終的には両手で曲を弾くようにしていくとのこと。週1回のレッスンだが自宅で宿題も出るらしい。
うちの双子達にできるだろうか。今のコースですら、まともにやってない。できることなら、もう1年間同じコースでしたいくらいだ。でもそういうわけにはいかない。

ほかの子(男の子)のお母さん、「うちは先にお姉ちゃんを行かせてましたけど、無我夢中で連れてきて、何とか弾けるようになりました。」… うちの双子達も何とかなるのだろうか???

悩んでる… といいつつ、この日進級を申し込んできた。うちの双子達、何もしないくせに音楽教室に来るのは嫌がっていない、むしろ楽しみにしている。本人達が辛くて行くのがイヤだーと言い出さない限り、連れて行くしかないだろう。それと、妻は少しピアノを習ったことがあるらしいが、私は全くの未経験。どうせ親も一緒に行かなければいけないのだから、親も教えてもらうつもりで行こう。何か付属して別の目的、価値を見いださなければ月謝がもったいない。

それは半分冗談として、双子達には、ホントにピアノが上手に弾けるようにならなくても、少しくらいたたけたり、楽器に対する抵抗感をもたなかったり、歌うこと=声を出すことを恥ずかしがったりしないようになって欲しいという気持ちだ。
私と妻は合唱で知り合った。合唱といっても二人とも本格的なものではない。今は田舎で子育ても忙しい…、また合唱はしたいという気持ちはあるが、歌えればいいという感じ。私が合唱してて良かったことは、職場等での飲み会でカラオケの時に、少し優越感を感じながら歌えること。カラオケなんて自己満足の局地ではあるのだが、周りから「上手いねぇ。」と言われるとそれはそれで気持ちがいい。
私もどちらかというと引っ込み思案な性格と自分では思っているのだが、合唱していて歌うということに関して、またそれ以外のことも含めて、人前に出たりすることを嫌がらずにできるようになったと思っている。子供達にもそんな効果があれば良いなと思っている。

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2006年1月21日 (土)

「たたきさがして…」

「たたきさがして…」、何のことかわかるだろうか?
「ヒモがな~い!」で、アパートの子供部屋・居間・寝室等兼用の6畳空間の話をしたが、子供部屋→寝室にするのは一苦労だ。双子の悪魔達は次から次へとおもちゃをばらまき、部屋中に散らかっている。それを片付けてからでないと布団は敷けない。

そこで最近出てくる言葉が、「また、こんなに『たたきさがして』、少しは自分達で片付けなさい!」なのだ。
おそらく「たたきさがして」=「散らかして」かなぁ? 実は祖母の田舎の言葉で、私達兄弟がよく言われていたので、自分が親になってつい出てしまったのだ。隣で聞いていた妻は「何、それ?」(特に妻は県外者)。

祖母の田舎は、私の田舎と同じ市内といっても、「島」なので独特の言葉遣いがある。おそらく島以外の市内の方で、こんな言葉は使わないと思う。ほかにもいろいろ「何、それ?」という言葉はあるが、私も使ったことはなかった。それが自分が親になって、つい出てしまうとは…。

しかし、子供達、一つの遊びが終わったらそのおもちゃ等を片付けてから、次の遊びのためのおもちゃを出していくということは出来ないのだろうか? 保育所ではそうしてるはずだ。 家では甘えが出るのだろうが、少しずつそうするように躾も必要かな。

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2006年1月20日 (金)

ヒモがな~い!

「ヒモ」といっても、子供用の敷き布団にしているシーツ(柄はアンパンマン etc.)の四隅にある、布団にひっかけるようになっているもののこと。わかります?
TO君は小さい時から寝るとき、この「ヒモ」を握ったり、腕に絡ませたりして眠る。

うちはアパートなので寝室は6畳しかない。寝室といってもある時は子供部屋や居間、夫婦の部屋等の空間を兼ねる。6畳空間に子供達のおもちゃ、テレビ、本棚、鏡台が存在するので、布団は3枚しか敷けない。1枚は子供用で、双子の子供達は産まれた時から布団を縦に使わず横に並んで寝かされていた。今も同じ。隣に親がいて欲しいので、その子らの間に妻は寝る。自分の布団には足だけ?の状態。しかし、子供用の布団なので、かなり薄くなってきており、私も妻がいっしょに寝られない時に何度かそこで寝たことがあるが、とても安らかに眠れるものではない。
そこで、妻の布団を子供の布団の場所に持ってきて、その布団に子供とその間に妻が寝ることにした(足の方は子供布団)。これで妻も安らかに眠れることだろう。

しかし、私はさっさといびきをかいて寝ていたらしいが、その晩、TO君が「ヒモがな~い!」と言ってグズったらしい。帰宅してみると、妻が自分の布団のカバーに似たような「ヒモ」を付けていた。
子供って変なものにこだわりを持つ。KO君の寝るときのこだわりは、「黄色いクッション」。もうこれもよれて捨てたいくらいなのだが、それを夏でも腹の上にのせたり、顔の上にのせたりして眠る。私の実家なのでこれがないと、まるで赤ちゃんの夜泣きのように「クッションがな~い!」と言って泣き出す。

TO君にはほかにも変なクセがある。腕や足を敷き布団の下に潜らせる。何度踏みつけそうになったかしれない。いつかこんなこだわりはなくなるのだろうか?

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2006年1月19日 (木)

写真の整理

早朝、弟の前撮りの写真を整理・印刷した。弟にはすぐに印刷、CD-Rに焼いて送っていたのだが、おふくろ用と祖母用を用意した。
祖母は訳あって90過ぎにもなるのに一人で暮らしている。正月に弟は顔を見せ結婚の報告をしたが、お嫁さんの顔を見せる時間はなかった。
おふくろは、実は先日自宅で滑って腰を強打し、何とか言う骨を折って入院中だ。

印刷しながら、弟と彼女が幸せになってくれること、そして生まれくる子供の健康を祈る。なんて、まるで親みたいな心境だ。彼女には、どうか弟を支えてやって欲しい、弟が間違った方向へ進まないよう導いて欲しいとお願いしたい。

ふと、自分たちのことを振り返る。結婚した時は何か「幸せいっぱい!」って感じだったけど、それから14年間はいろいろあったよなぁ。おそらく、お互い「何でこんなヤツと結婚したんだろう!?」とか、「別れたい!」とか思ったに違いない。
それでもまだ一緒にいられるのは何なのだろう。いろいろ「あきらめ」に近いものもあるのだろうが、「やめる、終わりにする」は簡単、だけど、キライになってどうしてもイヤになったのなら仕方ないが、「努力して、お互い幸せになりたい!」と思うから、そう思える相手だから?かなぁ? よくわからんが…。

そういえば、自分たちの結婚式の写真など全然整理していない。あの頃デジカメがあればなぁ。スキャナで読み込みたいが、そんな時間も気力もない…。

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2006年1月18日 (水)

お母さんと行くー!

今日はTO君は「言葉の教室」の日。年明け後はじめて。結構お気に入りらしく、毎回行くのを楽しみにしている。お母さんと二人、車で片道40分のところ。最近は信号で車が止まっても文句を言わなくなった。文句を言うどころか、「交通ルールだからねぇ。」ともっともらしいことを言ったり、私がちょっとスピード出して運転したりすると、「ちょっと速いんじゃな~い。」とか言われる。少しずつ好転しているところもあるようだ。

一方、KO君は、TO君が言葉の教室の日は一人で保育所へ行く。ただ、最近、福祉大学やら病院でTO君がしていたことが楽しそうと思っていて、「ボクもしたい」ようだ。「言葉の教室でもあんな楽しいことをしているに違いない。」…と思ったのか、昨日から「ボクも行くー!」ときかない。
例え一緒に行ったとしても、その間TO君は先生と1対1で指導してもらっているから、KO君はお母さんと待合室で待ちぼうけなのだ。それより保育所でお友達といっぱい遊んだ方が楽しいはず(…と親は思っても、KO君にはその時はそう思えないのだろう…)。何とか説得して保育所に行くことになった。

と、今度は「お母さんと保育所に行くー!」、お父さんとはイヤだと訴えはじめた。言葉の教室の日はいつも私が仕事に行くついでに保育所に連れて行っていた。朝、時間がない時に妻と入れ替わりをするのは時間の無駄…なのだが、今回は親の方がおれた。KO君も寂しいのだろう。TO君ばかり特別扱いをされていると感じるのだろう。お母さん子のKO君としては、一人で頑張って保育所行くから、せめてお母さんに送って欲しかったのだろう。

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2006年1月16日 (月)

自宅で残業

先週12日(木)に18日(水)締め切り、というか18日必着だから実質17日(火)締め切りまでの仕事ができた。
13日(金)は出張&飲み会だったので何もできないので、この仕事は自宅に持ち帰っていた。

でも、14日(土)は音楽教室&週1回のお買い物デーで何もできず、15日(日)に子供達の相手をかわしながらしようと考えていたが、「お父さん、遊ぼー!」の言葉に結局何もできなかった。16日(月)は午前も午後も来客があるので多分何もできない…。

…で、子供を寝かせてから今の時間(16日の午前3時半)までかかって、だいたい仕上げた。明日来客の間か、17日に少し修正すれば何とか送れるだろう。とりあえずホッとしたところ。

夕方の残業はできるだけしたくない(早く帰宅して子育てしないと!)。本音は残業したいのだが、妻がたいへんだから。子供ができなかった時は、月曜日が来るのが嫌で仕方なかったけど、子供が出来てからは土曜日が来るのが怖い(けっして子供が嫌いなわけではないが…)。でも、私は仕事に行っている間、子育てから解放される。ひとときも離れられない妻のことを放っておくわけにはいかない。
喜びを分かち合おうと結婚したのだから、苦しみも半分ずつ。

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2006年1月15日 (日)

音楽教室

月に3回土曜日に音楽教室に連れて行っている。音楽教室と言っても音楽に合わせて声を出したり歌ったり、身体を動かしたり、ちょっとだけエレクトーンを打楽器のような感覚で使う程度。でも結構月謝は高いし、うちは×2なので辛い。

今週の金曜日は出張でその後、新年会で飲み会があった。うちの自宅アパートがあるところはかなり田舎なので、夜遅くなると交通機関がない。結局ホテルに泊まることにしたのだが、先週も風邪で音楽教室を休んでいたため、どうにか今週は行かせてやりたかった(それに月謝ももったいない…)。

飲み会も早く切り上げるつもりだったのだが、なかなかそうもいかず、ホテルにもどったのは日付が変わってから。それでも早朝起きてアパートへ帰り、音楽教室に連れて行くことができた。

来週は次のステップの体験レッスンをするという。次のステップからはエレクトーンを結構使うようになるのかな? それに月4回になるし月謝もあがる。うちの子供達は今の段階でもまともにやってないような気がするが、音楽教室に行くのは楽しみらしいし、TO君の病気のためにも何か刺激になるのではないかと思っている。

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2006年1月11日 (水)

行って良かった

昨日はTO君の病気のことをもう一度別の病院で診断してもらった。私も仕事を休んで、家族4人で行った。自宅アパートから1時間半はかかるかなぁと思っていたが、1時間強くらいで着いた。

事前準備として、TO君についてのこれまでの経緯や現在の状況(問題行動等)、私達夫婦が実践している対応法等を、A4・5ページにまとめたものを持参した。これは主に妻が夜遅くまでかかって書いたものを、前日少しだけ私が手直しした。妻には本当に頭が下がる。

TO君は前日から熱があり、当日の朝も37.8℃もあった。そのためと、おそらく病院が古くて少し暗い→それが怖いところ?とイメージされたのか? 車の中ではそんなに機嫌は悪くなかったのに、病院に入った途端ぐずり気味。血圧を測るところでまずつまづき、イヤイヤモード、お父さんにダッコ状態。診察室に入って医師の前でも、チョー不機嫌、奇声を発する始末。無理して来たのは失敗だったか?

今度は心理判定のため別の部屋へ。そこでも何もできないくらい機嫌が悪かった。それに検査をしようとすると、TO君ではなく双子の兄KO君が応えてしまう始末。それでKO君と妻は退室して、私だけそばに付き添った。

最初は何でも「わからない」を連発していたが、徐々に場に慣れてきたのか、課題に答えるようになった。なんとか検査を無事終了。再度医師の診察室へ、今度は自分で椅子に座れた。
結果は、前回の病院の診断と変わらず「広汎性発達障害」ということだった。ただ、心理判定員の方から検査内容に照らし合わせて、TO君が現在どのレベルであるのか、今後、どのようにしていけば良いのか、そして今後の療育をどう進めていけばよいのかなど、具体的に詳しく説明をしていただいた。持参したA4・5ページの資料についても、「お母さんよく勉強されてますね。この方向で良いと思います。TO君良い方向に向かうと思います。」と言ってもらい、少し自信が持てた。

前回の病院の診断を疑っていたわけではない。私達夫婦、TO君が双子のKO君と違う、他の子と違う、育てにくい、やっぱりTO君は何かおかしいと思っているのだから。ただ、それでTO君はどのようなレベルなのか、今後何をどうすれば良いのか。今回、詳しく説明を受けられたことは、本当に行って良かったと思う。

TO君は熱があるのによく頑張った。KO君は「ボクもしたい!」と言わずつきあってくれた、よく頑張った。ありがとう。

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2006年1月 8日 (日)

弟のこと

弟は、私とは1歳4ヶ月ほどの違いで、学年だと1つしか違わない。
母曰く、(弟が)お腹にいる時からあなたには「お兄ちゃんになるからねぇ。」と言い聞かせたからね。あなたは弟をホントにかわいがったよ。

思い起こせば、小さい時から近所の友達と遊ぶ時もいっしょ、どこに行くのも私の後をついてきてたような気がする。よくケンカもしたが、体力的にも私が勝っていたので、本気でやり合ったことはない。
弟は3月末生まれというのもあって成長が遅れ気味。そりゃそうだ、4月生まれの子とはほぼ1歳違うのだから。のんびり屋さんの性格もあり、話すことも遅かったし器用でもなかった。
私が比較的手先が器用だったので、弟のおもちゃ(「小学○年生」に付いてくる付録や自作のおもちゃ)もほとんど作ってやったし、母や祖母も私の方にいろんな用事を頼んでいた。そのせいで弟が一人暮らしを始めた頃、きれた蛍光灯の替え方も知らず、実家に電話してきたらしい。

祖母は昔の人だから、長男第一主義。学校や友人の中でも、1学年しか違わないので、弟は何かと私と比較されていたようだ。それでもよくふてずに成長したものだと思う。
大学まで私と同じところを受験したのだが、あえなく失敗。1年間の浪人生活と私とは全然別の進路を見つけた時から弟は変わったのではないだろうか?

私は勤め人だが、弟は自分の実力で仕事を取り、こなしている。それも自分の代わりはいないという。弟は講師のような仕事をしているが、弟が人前で話をするなんて、家族にとっては「まか不思議」なことなのだ。

弟のことを1日分の日記で全て書き尽くせはしないが、とにかく、これから人生を共に生きていく伴侶を弟は見つけた。そして、8月には父親になるらしい。そんな弟にエールを送りたいと思う。そして、私も少しでも先を歩んでいようと頑張ろうと思う。

先日、弟の彼女が実家に来た時、弟が昔のアルバムを見せていた。前々からそうは思っていたがTO君は弟によく似ている。写真によってはそっくりなのだ。TO君もゆっくりでいいから、少しずつ成長してくれたら良いと思う。

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2006年1月 7日 (土)

久しぶりの投稿

久しぶりの投稿になってしまった。
いつものお正月は大晦日に実家に行き、2日には自宅アパートへもどってくるのだが、今年は弟の結納の関係で2日に実家へ。2・3日と家族で酒を飲み、4日はホテルで結納、5日は花嫁衣装の前撮り、夕飯は実家に招いて食事をした。
結納等滞りなく済ますことができ、5日の夜遅くに自宅アパートへもどった。
6日からは仕事、と言っても今日からまた休み…。だが、5日帰った時からおかしかったのだが、どうやらお袋の風邪をもらったらしい。喉が痛く、鼻水・痰が出る。
正月の飲み疲れ、移動疲れ、気疲れなどなどのせいだろう。

そうそう、結納等滞りなくと書いたが、前撮りのスタジオに着いた途端、それまで楽しみにしていたTO君が固まり、お父さんにだっこのまま動かなくなった。弟と彼女には会いたくてたまらなかったらしいが、スタジオにはTO君が見知らぬ人がたくさんいて、それに不安というか恐怖を抱いたのかもしれない。しばらくして、スタジオに置いてあった子供撮影用のおもちゃで気持ちを落ち着かせたらしく普通になった。
5月の披露宴対策を考えなくては…。

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2006年1月 1日 (日)

2006年は忙しいかな

いよいよ2006年の始まり。今年はいろいろ忙しくなりそうだ。

TO君の病気のことで年明けから専門病院へ行って再度診断を受ける。そして発達支援センターと相談して今後の療育等について計画を立てていく。悩みに悩んだが、実は4月からKO君、TO君二人とも幼稚園に入れようと考えている。果たして幼稚園がTO君をすんなり受け入れてくれるだろうか? 確か1月末には入園の願書を出さなくてはいけない。

それから、5月連休中に私の弟が結婚する。それで今度の4日は結納(そんな堅苦しいものではないが、両家の初顔合わせ)。私は一応父親代理(と言っても特別何もしないが…)。5月は一家総出で大移動だ! 車で5時間? 連休中なのでもっとかかるかなぁ? KO君、TO君にも役目があるらしい。 ちゃんとできるだろうか?

そして、今年は人生最大のイベント(?) 『家を創る!』 既に土地は購入済み。設計事務所も決めた。『家』に何を求めるか? それは人それぞれだと思うが、私は子供の頃から「普通の家庭」を持つことが夢だった。中学の卒業文集にもそう書いてあった。読み返して何とチンケな夢だろうと自分でも思う。中学生なのだからもっと大きな夢を描いても良かったのに。でもあの頃はいろいろあったから、子供心にそう考えたのだろう。まぁでも、「普通の家庭を持つ」ことも結構たいへんなことだと思う。予算内で済むかなどの不安はさておいて、その家で家族がどう暮らすか、どう生きていくか、お互いにおもいやりのある家庭を創っていきたい。 それは家がなくてもいっしょだが…。

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