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2006年3月30日 (木)

キャスバル兄さん!

「キャスバル兄さん!」と聞いて、それが何のことかわかる人が何人いるのだろうか?
答えは、「ガンダム」に登場する「アムロ」の宿敵?、「シャア・アズナブル」の本名、「キャスバル・レム・ダイクン」。妹のセイラ(本名、アルティシア)が、兄のことを言う時に、この「キャスバル兄さん!」というセリフが出てくる。

1stガンダムのシャアは、ジオン軍にいながら父を葬ったザビ家に復仇を誓い、「赤い彗星」という異名を持ちながら味方をも欺き目的を達していく。特別なガンダムファンでなくても、このシャアのファンだった方は多いのだろう。私はちょうどガンダムを見ていた頃は、まだ自分自身が幼かったのか、やはり正義の味方的存在のガンダム方=連邦軍が好きだった。でも実はそんな単純な「正義と悪」という図式の物語ではなかったということを最近知ったのだが…。

ガンダムファンからすれば、シャア=キャスバルは当然のことで話題にすることでもないのかもしれない。
いつも前置きが長いが、うちのTO君、シャアが出てくると(スカパーで1stガンダムが放送中)必ず、「キャスバル兄さん!」と叫んでいる。「シャア!」ではない。先日買った「ガンダム図鑑」の中のシャアを見てもやはり「キャスバル兄さん!」という。
KO君の方は、ちょうど放送間のCM前後の「シャア」という叫び?に合わせて同じように「シャア」というだけで、決してシャアのことをキャスバル兄さんとは言わない。
私自身その当時、どれだけ理解して見ていたのか思い出せない。シャアがセイラの兄さんということは覚えていたが、セイラがシャアのことをキャスバル兄さんと呼んでいたことを、その当時そんなに意識していた覚えはない。

これもTO君の症状特有の気に入った音へのこだわりなのか? それとも考えすぎか? 自閉症の子は自分が気に入ったことであれば、ものすごい興味、関心を持ち、それだけに異常な記憶力等を示すことがあるらしい。TO君はガンダムシリーズにはまるのだろうか??? それは今後の経過を見てみないとわからない。
それにしても「ガンダム図鑑」を見ると、ガンダムっていろんなのがありますなぁ。

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2006年3月29日 (水)

TO君の自閉症状(4)

「三つ組」障害の3つめは、「想像力(イマジネーション)」の障害。
私達はあまり意識したことはないが、常に想像力を働かせて生活しているらしい。想像力(イマジネーション)と言うと、何か芸術的な創作や、建築物、ビジネスの世界での企画・立案のような創造性を意味するようについ思ってしまうが、私達は常に今よりちょっと先のことを想像し、その未来がいろんな場合、パターンがあって、状況によりそれに合った対応をしながら生活をしている。だから、AパターンだったらB、CパターンだったらDというようにその時に最善の方法をとるよう自然に対応している。こう考えると人間てすごいなぁと感心する。

でも感心している場合ではない。私達が普通にやっている、できていることが、TO君にはできないのだ。それこそ、日常生活で困ることだらけなのだ。日常生活で、何かTO君が不機嫌になったり、不安になったりしている状態は、もしかしたら、この想像力の障害が原因なのかもしれない。それが普通の子供の愚図りと同じものなのか、障害特有の症状なのかは、日常生活を日々こなしていると、わけがわからない。私達夫婦もついTO君が愚図っていると、「なに!」と声を荒げてしまう(いかん、いかん)。とても、どれが、どの行為が自閉症状なのか、ここで書いていくことはできない。ただ、何かイベント的なこと、例えば、「おしまい」で書いたが、いつまでも楽しいことが続く、終わるという想像(予測)ができなかったり、先日の「保育所のお別れ会」のように今まで経験がないことは、これからどうなるか未来が想像できず対応できなかったりと、そんなTO君を見るとよくわかる。

今までの生活の中で何でだ?と思っていたことで、医師から「自閉症の想像力の障害からくる言動・行動でしょうね」と言われて納得したことがある。
一つは、「ドライブはお好き?」でも書いたが、TO君は機嫌が悪い時、車に乗ってすぐに動きださないと「何で動かないんだ」、信号が赤で止まると「あぁもう止まっちゃった」、止まっている時に隣に大きなトラック等がきたりすると「何でトラックがくるんだ」などとブツブツ文句を言ったり、「あぁ!、もう!」と声をあらげたり。走行中も何かと文句を言い出していた。
医師から「また動きだす」という未来への想像力が欠けるか、「もう二度と動かないのではないか」という不安があるのではないかと言われた。

それから、妻が保育所へ迎えに行くと、道の白線の上を歩くことにしている(こだわる)TO君は、帰り道の白線上に寄せて停めてある車があると、そこから先に進めなくなる。車をよけることにも、妻がダッコすることもダメで本当に異常なほど愚図っていたそうだ。
それも医師から「白線が車の向こうまで続いている」という想像ができないか、「車の向こうに白線がないのではないか、道がないのではないか」という不安があるのではないかと言われた。

最近はこの2つの症状とも落ちついたみたいだが、TO君から見えるこの世の中はどんな世界なのだろう。とても怖いもののような気がする。

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2006年3月28日 (火)

久しぶりに妻がキレた

TO君のことで、久しぶりに妻がキレた。妻もちょっと神経質なところがあるのだが、TO君がいろんなことに、もたもたしていることに腹を立てていた。少し経ってTO君もお母さんに謝ったのだが、その後がいけない…。
妻もTO君に怒りすぎたと謝ったのだが、TO君の態度は耳をふさいで「うるさ~い」。この言葉に妻がキレた。「もうしらん! もうあんたのことなんかしらん! 何もしてやらん!」と捨てゼリフ。

妻がここまでキレたのには複線がある。保育所のお別れ会のことは書いたが、卒園証書授与式で妻に付き添われていたTO君、実は普段の保育所生活で上手くいってない子供(M君)と席が隣だった。M君は3歳児さん、以前おもちゃを取り合ってケンカした。TO君はM君に手を噛まれ、M君につかみかかったらしい。保育所の先生からはTO君よりM君が小さいから、おもちゃを譲るように言われたらしい。それからTO君はM君のことがダメ。それにしては、保育所に行くたびに「M君がねぇ…」と話すのだが…。前も別のT君とケンカしていた。でも今は仲良しで、保育所でいっしょに遊ぶことを楽しみにしている。子供は、特に男の子はケンカしながら友達になっていくのだろうと思う。だが、M君とは、TO君にとってまだそこまで時間の経過が経ってなかったようだ。

話が元に戻るが、授与式の間TO君は、「何でM君が隣にいるんだ。お父さんがM君に取られちゃう~(???)」と終始機嫌が悪かったらしい。妻もなだめたらしいが、M君もお母さんに付き添われていたので、TO君の発言が聞こえているのではといたたまれなかったらしい。ほかの出席していたお母さん、お父さんはTO君の障害について気付かれたかどうかわからないが、もしM君のお母さんがTO君の発言を聞いていたら「この子(TO君)は何か変だ」と思うに違いない。
妻としては、こんなことで自閉症の症状が出て、不機嫌、不安になり、練習した成果を発揮できないTO君のことを想い泣いていた(M君と隣でなくても、大勢の人でもう何もできなかったとは思うが…)。そして、授与式の間、隣に付き添ったのは自分なのに、お父さんを求めるTO君、それもTO君のこだわりなのだからと仕方ないと、グッとこらえていたらしいのだ。

それなのに、TO君の耳をふさいで(お母さんの言うことに)「うるさ~い」。これでキレてしまったのだ。TO君も寝る前でもう眠くて仕方なかったのだろう。そのまま、TO君とKO君は私が寝かせ付けた。

後で私が起きてきて、妻をなだめた。以前の私なら「あんなことを子供に言ったらいかん!」と妻を怒っただけだっただろうが、妻の普段の努力を認めているので、なだめながら話をした。妻も少し冷静になっていたし、私からわかってもらったということで大丈夫だった。私が怒っただけなら、「もう家を出ていく!」が始まっただろうが…。

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2006年3月27日 (月)

TO君の自閉症状(3)

TO君の自閉症状(2)で書いた、「三つ組」障害のうちの「社会性」の障害は分類すると、「孤立型」「受け身型」「積極・奇異型」に分類されるらしい。今のTO君をこの分類当てはめると「積極・奇異型」だろうか? 時に受け身的であったり、孤立的であったりはするが…。初対面の人にいきなり話しかける等はしないが、慣れてくると延々と自分の興味ある話をし始める。ものすごくしつこい場合もあるのだが、何て人なつっこい子だろうと思ってしまえば、TO君をいわゆる自閉症だとは思わないだろう。

2つ目の障害は「コミュニケーション」の障害。TO君の自閉症状(1)で書いたように、言葉の問題がある。以前受診した言語療法の発達テストで10ヶ月から1年程度の遅れを指摘されたが、「言葉の教室」の甲斐あって、少しずつ語彙力も伸びてきている。
ただ、オウム返しは以前として多い。専門用語?では「エコラリア」と言うらしく、「相手が言ったことばをくり返すこと」の意味。エコラリアには、相手から言われたそのときに同じ言葉をくり返す「即時のエコラリア」と、以前言われたことをくり返す「遅延のエコラリア」があるらしい。「即時のエコラリア」は同じことばをくり返すということで、=(イコール)「わからない」、自分は言われたことをわかっていないという意味をもつ場合もあってそれはそれで意味がある。しかし、「遅延のエコラリア」はさまざまで、例えば、信号を見れば必ず「赤は止まれ」と言うとか、何かが終わる時に「先生さようなら、みなさんさようなら」と保育所等の帰りのあいさつや決まっセリフを言う等があるらしい。実際TO君もやってる。
こう考えると、積極・奇異型でべらべらとしゃべり始めるTO君だが、話しているほどに理解はしていないということに気付かされる。だから、さまざまな指示が伝わらない。
言葉のことだと、あとパターン的な言い回しも多い。誰かの言い回しをパターン的に用いる場合もあるようで、TO君の場合、おそらく母親や保育所の先生が女性なので、「わたし、○○なのよー」と女っぽい言い方をしていた。これは治るのか本当に心配していたが、最近やっと言わなくなった。少しホッとしている。

言葉以外だと、小さい時から目線を合わせることがほとんどなかった。こちらがわざと目を合わせようとしても、そむけるばかり。今は何かを言い聞かせようとする時は、「お父さんの目はどこ?」と言ったり、にらめっこ遊び等をして目を合わせるよう努めている。

それから、「指さし」。最近はほんとに減ったが、例えば絵本を読んでいて、「コレ何?」と言うのに、自分で指さしをするのではなく、わざわざ親の指をつかんで「指さし」をする。これにはほとほとまいった。

「コミュニケーション」の障害も出ては軽くなっているものもある。でも、これから年を重ねるごとに、微妙なニュアンスを獲得しなくてはならない状況で、不都合なことが多くなっていくに違いない。TO君の障害のことを考えると、人間は何て“微妙な世界”で暮らしているのだろう。特に日本人ははっきりものを言わない、私達はいろんな場面を“暗黙の了解”という不確かな意思確認の中で生活をしていることに気付かされる。TO君にとってはこれが苦手となるに違いない。

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2006年3月26日 (日)

保育所のお別れ会

昨日は保育所のお別れ会が行われた。うちの双子達も約1年半くらいの一時保育という形での通所だったが、みんなと一緒に送り出してくれるということで家族4人で参加した。

今月の保育所はほとんどこのお別れ会の練習だったようで、保育所から帰ってくると双子達が、覚えたばかりの「お別れ会らしい歌」を口ずさんでいた。どんなことするんだろう、KO君、特にTO君は大丈夫だろうか。ワクワク、ドキドキの本番の日を迎えた。

案の定、TO君は保育所に到着するなり、お父さんダッコ状態…。いつも遊んでいるお友達ばかりなのだが、今日はそのお母さん、お父さんが大勢いる。お母さん、お父さんだってたまにはお友達のお迎えで見てるはずなのだが、こんなにいっぺんに大勢いて、それにいつもとまったく雰囲気が違うし、いつもと違うザワザワ感…。

最初は親子といっしょにいろんなゲームをすることから始まった。TO君を安心させようと、いろいろと言葉かけをする。TO君も必死に頑張ろうとしている様子だった。でも、次々と会が進行していくので、TO君自身落ちつく暇がなかったようだった。
それでも気分転換に外での宝探しゲームで少し復活、保育所の先生方による人形を使ったお芝居の時はお父さんから離れて見ることができた。これで上手くいくか?!

いよいよ、卒園証書授与式。卒園する子供は前で座って待つことになるだが、一人では行けないと結局、妻が隣に付き添うことになった。何人か3歳さんの子はそういう親御さんもいた。KO君は「なんでお母さんここにいるの? お母さんはあっちだよ」。
授与式では、名前を呼ばれた子が自分が座っている椅子から順番に園長先生の前に出て行き、卒園証書を受け取る。そして、出席者の方に向きなおして、卒園後「○○幼稚園に行きます。大きくなったら□□になります。」と大きな声で言うことになっている。そう言えば、保育園から帰った時、そんな動作もしてたし、そのようなことも言っていた。
最初は一番大きな5歳児の女の子、みんなに見本をみせるように完璧だった。それから4歳児さん、次の女の子はいつも元気な子なのに、突然涙ぐんでしまった。普通の子供でも何か雰囲気が違ったり、突然何か不安になったり、実はこれは生活し慣れた保育所、先生、お友達と別れる寂しい瞬間であることに気付いたりするのかもしれない。

うちの双子達は今か今かとドキドキだったが、一時保育のため3歳児さんも終わった後だった。KO君は、名前を呼ばれ、「は~い」と大きなお返事。大きく腕を振り園長先生の前へ。ちゃんとお辞儀をして卒園証書を受け取り「ありがとうございます」。出席者の方を向きなおし、「幼稚園に行きます! 大きくなったらアンパンマンになります!」。親の欲目ながら、5歳児の女の子の次によくできたと思う。
そしていよいよTO君の番、名前を呼ばれても返事もできず、妻とKO君までもが付き添い園長先生の前へ。やっとのことで卒園証書を受け取り、何とか卒園後のことを言ってもらおうとしたが、小声で何を言っているかわからなかった。
以前、専門病院の医師に「軽度だけど、症状が出た時は“深い”」と言われたが、そのとおりの症状だったと思う。

卒園証書の授与が終わり、みんなでお別れの歌を歌った。そこでもKO君は練習どおり、一人で前を向き、大きな口をあけ大きな声で一生懸命歌っていた。ほんとに5歳児の女の子の声とKO君の声しか聞こえないくらいだった。家ではいつもお母さんに甘えてばかりの子がこんなに成長していたなんて…。
涙が出てきた。ふと妻を見るとやっぱり泣いていた。でも、この涙の意味は複雑だ。健常な子供の親なら、このような子供の成長を認識し、喜びに涙する。しかし、その隣に今日一日、普通の子と比べれば、KO君と比べれば、何一つまともにできなかったTO君がいるのだ。これからずっとこうかもしれない。TO君にとって辛い想いを何度くり返すのだろうと、KO君の成長に喜びながら、不憫なTO君のことを想い、涙が出てくるのだ。
ただ、普通の子と比べたら…何一つできなかった。と書いたが、TO君は甘えてわがままをしていたわけではない。TO君だって必死にこの不安な状況と闘い、耐え、パニックを起こすこともなく頑張ったのだ。自閉症のTO君にとって、それがどれだけたいへんなことかなんて、親だってわからない。ホントにホントにこの子は苦しんで過ごしたのだと思ってやるしかないのだ。

保育所から帰ってからは二人とも機嫌が良かったのだが、夜、TO君は少し機嫌が悪かった。そして、トイレに行ってパジャマの着替えの時にKO君が先に着替えてしまったのをきっかけに、「また、負けちゃった」と顔をゆがめ、少し頭をたたきながら(自傷行為)、むせび泣き始めた。私が「競争してないよ」と声をかけダッコしてやると、「くやしかった」と泣き続けた。おそらく、今日のお別れ会でちゃんと出来なかったことを、この子はこの子なりに気にして、KO君と同じように上手くやれなかったことがくやしかったのだろう。彼は彼なりに、頑張ろう、努力しようとしているのだ。それだけは、私達夫婦はわかってあげなくてはならない。

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2006年3月24日 (金)

TO君の自閉症状(2)

自閉症の障害は、「社会性」・「コミュニケーション」・「想像力」の三領域に障害を持つというのが特徴で、これを「三つ組」の障害と呼ぶそうだ。

TO君の場合、「社会性」の障害としては、現在の発達段階において、人、特に同年代の子供=友達とのかかわりが下手だということがあると思う。

以前、保育所の友達と、「バカー!」とかなり激しい言い合いのケンカをしてしまい、その後、「ボク、ひとりぼっち」と言いだして保育所に行かなくなってしまったことがある。保育所の中でのことはあまりよくわからないが、友達と一緒に自由に遊ぶということができず、また、TO君の気に入った、こだわりの遊びには、周囲の友達がついていけず、一人で遊ぶことが多いということだった。
これについては、保育所の先生に相談して、ある遊びをみんなでする「全員遊び」の時間を増やしていただくなどして、何とか保育所に行けるようになった。

また、まだ自閉症と診断される前、ちょうど言葉が出だした頃に、それまでただ不機嫌で何と言っているかわからなかったTO君が、実は「赤ちゃんキライ、コワイ」と言っている。この言葉には私達夫婦は仰天した。特に風邪等で小児科に連れていった時、身体の調子も悪いからなのだろうが「赤ちゃんイヤー、何で赤ちゃんがいるんだ」等とブツブツ言ったり、赤ちゃんが近づいてくると攻撃的態度をみせる。おもちゃ売り場でお気に入りのものを買ってあげるからと選んでいる時に、他の子供がただのぞいているだけなのに、「コレ、ボクのだから」と今にも手を出しそうな勢い! 更に、KO君が隣で泣きだしただけなのに、「うるさい!」と言って怒ったり、たたいたりする。

自閉症は「感覚障害」も伴うらしく、TO君の場合、「聴覚過敏」があるのではないかと思うが、赤ちゃんの声、泣き声が異常に不快な不安な音に聞こえたり(役場の有線放送もダメ)、赤ちゃんの行動等が予測の付かないものだったりするから不快・不安なのかもしれない。また、保育所の先生によると、保育所内でTO君より小さい子には、先生からおもちゃを譲るように注意されたりすることが、このような言動・行動をとらせるのではないかと推察している。そして相手の感情に気付いてやったり、実感することができない、相手を想いやれない=自閉症独特の社会性の障害、人とのかかわり方の質的障害があるのだろう。

現在では、「赤ちゃんコワイ」の言動は少しおさまったような気がする。障害の症状も出ては消え、また新たな症状が出ては消えするのかもしれない。ただ、普通の健常な子が年齢とともに備える社会性を一つ一つ教えてやり、訓練して身につけさせ、好ましくない社会性をできるだけインプットされないように教えていかなければならない。たいへんなことだぁ~。

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2006年3月23日 (木)

TO君の自閉症状(1)

TO君の自閉症の症状として、まず、言葉の問題、つまり言葉の遅延やオウム返し、不適切な使い方等がある。

「お気に入りはアニメのセリフ」でも書いたように、耳に残ったお気に入りのセリフを、意味をほとんど理解せずに覚えてしまい、とにかくその場に適していようがなかろうが、言いまくってしまうところもある。

言葉の遅れも、KO君と比べただけでも顕著だ。KO君は多分年齢相応に言葉を獲得し、その意味も理解して自らも使っているようだ。一方、TO君は言葉の獲得自体明らかに遅れているし、相手から問われた質問の意味等がわからないと、そのまま質問された言葉を返したり(オウム返し)、アニメのセリフ同様過去に覚えた言葉やその場面に似た時にセットで覚えた言葉を使うことが多々ある。
明らかに遅延=幼稚性がうかがえるかと思うと、セットで覚えた言葉等でその場面にちょうど適した場合には、KO君より物言いがはっきりしており、大人びた印象さえ与える言葉使いをすることもある。この時、TO君のことを知らない人なら、一瞬は「しっかりした子供」と勘違いするだろう。しかし、ちょっと奇妙?、ちょっと変わってる?とも思うかもしれない。

月2回の「言葉の教室」、それでも先生のお陰もあって、かなり習熟度は伸びてきているとも思う。先生も「だいぶん、良くなってきているし、表情も変わってきた」と言ってくださっている。しかし、言葉の獲得は進んでも、それをいろんな場面や相手によって使い分ける等の微妙な点はまた自閉症の人は苦手らしい。他人との正常な関わりを保つために、これから一つ一つ教えていかなければならない。

昨日の「言葉の教室」では、ガンダム(1st ガンダム、スカパーで放送中)の歌を先生の前で披露したらしい。先生はとても感動したということだ。自閉症の人はあまり歌は得意でない人が多いらしいのだが、TO君はKO君よりは上手いと思う。

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2006年3月21日 (火)

自らを恥じた本

昨日のblogで母への感謝の気持ちを書いたが、母へは言っておかないといけないことがまだある。

母が子離れできない理由の一つは、当たり前だけど、私をまだ自分の子供、息子としか見ていない。従順な従属者としてしか見ていないということだ。一人の大人の男、(妻からみて)夫、(子供達からみて)父親だということを、本当の意味で理解していない。私は母にとって、いつまでも、何でも話を聞き理解のある従順な僕(しもべ)なのである。

自分の息子のことも認めていないのだから、私の妻のことなどはもちろん認めているわけがない。よくある嫁姑の関係なのかもしれないが、私の母の場合、一見ものわかりの良い姑を演じているからタチが悪い。

ここで、母がしてきた妻への仕打ちを挙げ連ねても仕方がないので、書くのは止めにしようと思う。ただ、母には他人を認め、自分とは違う価値観を認め、他人の気持ちになって考えることができなければダメだということを言っておきたい。あなたがしようとしている人生の課題への挑戦も、おそらく、あなたの自己中心的な考え方だけでは、あなたのことを理解してくれる人も、あなたに付いてくる人もいずれいなくなると思う。くだらない本を読むより、その辺りのことを真剣に考えてみるべきだ。

この辺りが、以前blogで書いた「嫉み」の部分につながるのだと思う。自分の従順な僕(しもべ)を、私の妻にとられてしまった気持ちでいるのではないだろうか。

あと「プライド」の部分。これは医療従事者だったというプライド。母本人は気付いていないのだろうか。子供達の病気が発覚する度に、妻の方が先に見つけて病院へ連れて行っていた。妻が母に「これ何でしょう?」と尋ねても「何でもないんじゃない」ようなことを言っておいて、いざ病院で診断されると「あの時はよく見えなかった」と言い訳をする。TO君のこともそうだった。妻が「TO君は育てにくい、何かある」と訴えているのに「TO君の個性よ」と言っていた。しかし、病院で診断されると「TO君は笑わない子と思っていたのよ」「こだわりが強いと思ったのよ」と言い訳する。

このプライドは早く捨てた方がいいと思う。見ていて聞いていてあまりにも滑稽だから。それから、自分は子育てを(私達兄弟にとって)祖母に任せていたためか、今度は自分が子育てにしゃしゃり出たいようだ。自分が私達兄弟の子育てをしていないから、孫の世話をしたいのだろう。でも子育てへの参加が中途半端なのだ。結局、自己中心的な人だから、自分の都合の良い時に来て、無理矢理子育てに参加しようとする。妻が迷惑だと思う時に来て無理矢理何かしようとする。祖母は自らを犠牲にして私達兄弟を育ててくれたのだ。子育てへの参加の質が違う。それに私の妻は専業主婦だから、働いていた母が私達兄弟の子育てを祖母に任せていたそれとは状況が違うのだ。

双子の子供達を一番よく見ているのは妻なのだ。双子の子供達にとっての母親なのだ。「プライド」に関しても言えることだが、その母親(妻)に、母性という存在として、人生の先輩として、孫達の祖母として、元医療従事者として、「勝ちたい!」のかもしれないが、所詮無理な話なのだ。

まだまだ言い尽くせないことはあるが、この辺のことを母には理解して欲しい。

それで話が長くなったが、タイトルの「自らを恥じた本」の紹介。こう言っている私も、ちゃんと親離れができていなかった時、妻のことを本当に理解してやっていなかったと思う。この本を読んで自らを恥じ、妻が、私達親子(母と息子)の関係、妻と母との関係、双子の子育てに、本当に苦しんでいることに気付かされた。
本当に理解ある人は読む必要はないが、全ての人が読むと、もしかしたら少しでも周囲の人にやさしくなれるのではないだろうか。基本的には子育てをしている母親を取り巻くことではあるが、もちろん母親本人、夫、その両親(実・義、問わず)、親類、友人、職場の上司、同僚が読んで理解してもらえると、母親は少しでも救われると思う。文字の大きな本なのでそんなに時間はかからない。

『この子はこの子でいいんだ。私は私でいいんだ―これで、子どもの未来が輝く』
明橋 大二 著
1万年堂出版

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2006年3月20日 (月)

母への感謝

ここ数日、母への悪口をblogに書いているようにみえるが、本当は母には感謝している。

まともでない父の代わりに、我が家の大黒柱として働き生計を立て、父が作った借金を返済し、私達兄弟を大学まで行かせてくれた。女手一つ、それは並大抵なことではなかったに違いない。

離婚後、いや、その前から、母はいかに家族を守るか、そのために働き、また、いろんなことに最善を尽くしてくれていたのだと思う。その姿は私達兄弟がちゃんと受け止め、認め、感謝し、自分達の家庭へ引き継ごうとしている。

母へ
あなたが果たした役割は大きかったと思います。それに対してあなたの息子二人はちゃんと感謝しています。ただ、私達兄弟はもう、あなたにとってだけの子供(息子)ではありません。二人とも一生を共にしようとする伴侶を見つけ、それぞれの家庭を作り上げようとしている男であり、夫であり、父親です。
あなたには、今までできなかった、やり残してきた人生の課題があるのでしょう。まずはそれをやり遂げるべきです。残りの人生そう長くはないですよ。それをやり遂げれば、また、あなたの息子二人、そして今度は孫達が、「母はすごい」「お婆ちゃんすごい」と思い、自らの心に何某かの想いを、「生きる」という意味を刻むことになるのではないでしょうか。
私達兄弟の家族にとって、また別の役割があるのではないでしょうか。

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2006年3月19日 (日)

子離れ、親離れ

私達親子(母と息子)はつい最近まで、ちゃんと子離れ、親離れをしていなかったと思う。

うちは祖母(父方の母)、父、母、私、弟の5人家族だった。物心つく頃から、うちは父親が病気がちで時々家で臥せることがあり、母が外で働き生計を立てている。うちは経済的余裕はないのだと、あまりわがままを言わなかったと思う。もともと、弟が母のお腹にいる時から、「あなたはお兄ちゃんになるからね」と育てられた私は、お兄ちゃんの自覚が早くから芽生えたのか、ずっと「いい子」だったと思う。
また、母が外で働いていたので、私達兄弟はほとんど祖母に育てられた。祖母は昔の人だから躾には厳しかったが、長男第一主義的なところがあり、私は「いい子」であれば祖母はよく私を褒めてもくれた。
今更、父のことはあまり書きたくないが、元気な時は頭の良い人でもあったし、子供にはやさしい人だったのだろう。有り体に言えば子供心に尊敬もしていた。おそらく母がそう子供が思うように、父の情けないところを隠してきたのだろう。
うちは経済的には貧しいが、家族5人、幸せで普通の家庭なのだろうと思ってきた。

それが、私が中学3年の頃、母に関して本当の事実を知り、父の実際の姿を知ることになる(これらについてはblogでは公開できない)。私の父への尊敬心は一挙に憤りと化していく。そして、母に「離婚しなければ、俺が家を出ていく」、そう言って両親を離婚させた。高校1年の時、フラッと家に戻って居間でテレビを見ていた父に向かって、「何してるんだ! 出ていけ!」と追い出した。それ以来父には会っていない。「うちは普通の幸せな家庭」どころではなかった。ウソで塗り固められた家庭だったかもしれない。
この頃のうちはもう最悪の状態だった。いろんな電話や、家に来て母や祖母、私達兄弟にまで聞くに堪えないことを言う人もいた。
そんな中で、私は少しでも母に協力的でいなければならないと思い、母の苦労がわかるので反抗期もなく、私自身の正義感も手伝ってか、更に「いい子」だったと思う。

それはそれで仕方のないことでもあり、助け合う良い親子関係でもあったと思うのだが、どこかで、この母と息子は、お互いに子離れ、親離れをしなければならなかった。それが、私が愛する女性と結婚してもなお、母は息子を頼り、息子は母の言うことに多分に協力的過ぎた。
今、私に双子の子供が生まれ、子育てをする中で、やっと私自身は、母と親離れをしようと努力している。今度は母に、息子から子離れをしてもらう番だと思う。

とりあえず、このことについて本の紹介。私自身はこの本を読むまで、自分は充分親離れしている気でいた。ただ、薄々は?という気持ちも多少あったからこの本を読んだのだが、この本を読んで、親離れしていないことに気づき、やっと母の呪縛から解かれようとしている。タイトルは「息子」になっているが「娘」と読みかえても問題ないと思う。

『なぜ、母親は息子を「ダメ男」にしてしまうのか』
岩月 謙司著
講談社プラスアルファ新書

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2006年3月17日 (金)

デザインを変更してみた

このblogの「名前」と「デザイン」を変更してみた。
前のデザイン(音符とカップ)も好きだったのだが、たまには変えてみようかなと思って。
本当は別の話を書こうとパソコンの前に座ったのだが、以前からデザインの変更が気になっていた。
今度のデザインには、「コドモノセカイ」というタイトルが付いていた。TO君の自閉症児の世界、自分にはわかってあげられるだろうか…。

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2006年3月16日 (木)

発達支援センターへ行って来た

昨日、発達支援センターへ行って来た。約束は11時。ちょっと出発が遅くなったので、途中高速道路(と言っても、片側1車線・70km/h制限)を使用し、約2時間ちょっとで着いた。ここは市内(県庁所在地)のはずれで、周囲には国立大学、今は独立大学法人というのかな?、などがあり、教育関係施設とその周辺に新興住宅が建ち並ぶ教育ゾーン。

話が横道にそれるが、国立大学を独法化してどうするのだろう。この国は国の存亡にかかわる教育をどう考えているのだろうと不思議に思う。何が大切なことなのか、全く理念のない国だと思う。

TO君は最初は初めての場所、初めての人に会ったので、いつものようにお父さんにダッコ状態。でも心理士の方から、写真入りで今日の日程について説明してもらったら、最後の方に「おやつ(チョコレート)」→「遊ぶ(アンパンマンの絵のついたトランポリン)」→「帰る」を気に入ったのか、「楽しみ」もあるという先の見通しがたったのか、すぐに立ち直り一人で検査室へ行った。
ほっとした。前回の病院では、私が検査室に付き添わざるを得なかった。そしたら、私に依存して(あまえて)「クレーン現象」が多発していたから、できれば、付き添わずに行って欲しかった。その方が実力を発揮できるのではないかと考えていたからだ。
この写真入りの日程表はいい。うちでも工夫して作ってみよう。

1時間半の検査が終わり、おやつ→遊ぶ→帰ると何も愚図らずに、無事終了することができた。今日の検査結果はTO君の状態をビデオ撮影しており、センターの方で複数の方で診ながら判断していくらしい。その後、私達夫婦への説明、4月から行くことになっている幼稚園への説明となっていく。そして療育の方法。
それから、私の母や妻の両親への説明もしていただくようにお願いしてきた。私の母はどうしても息子夫婦の言うことには耳を傾けないようだし、専門家の方からの説明の方が納得できるだろうと思ったからだ。センターの方の話だと、孫かわいさにどうしても認めたくないという、おじいちゃん、おばあちゃんは多いということだった。

お昼ご飯は遅い時間になってしまった。せっかく県庁所在地まで来ているので、TO君もKO君も頑張ったご褒美に、空港に連れて行き、飛行機を見せながら食事をした。二人とも上機嫌だった。でも、最後にKO君がもっと近くに行って飛行機を見たいと愚図ったが…。いつか乗れる時が来るまで待っときなさい。

自宅アパートへは、午後7時半頃に帰宅。昨晩ちょっと寝不足だったので、かなり疲れた。明日はまた仕事だ。頑張らねば。

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2006年3月14日 (火)

ケンカの原因

私の母は、TO君のことを「普通だ。普通よねぇ。」と会うたびに言う。それに対し、私達が「違う」と否定をする。母も負けじと応戦しようとする。この対峙がケンカの原因だ。これは誠に不幸な対立だし、TO君にとっても大人達の対応がはっきりしないということは自閉症っ子にとっては困惑の元、不安の元なので、できれば早く改善したい。
そうするためには、私の母が妙なプライド、嫉みを捨てることだと思う(これについては後日書こう)。

今回のケンカの引き金は、母との電話で私がTO君のことについて、「将来、結婚できるかわからない」「私達夫婦はTO君より先に死ぬ。自立だけでもできるように療育していきたい」「KO君の対応が難しい」などと、母にとっては悲観的に聞こえることを話したことから始まった。
これに対し、母は「結婚できないなんて、TO君にも将来の夢や希望を持たせないと…」「音楽教室で歌ったりしてるんでしょ。それなら大丈夫よ」「KO君には早く成長してもらって…」・・・あーもう、何のために自閉症関係の本を買ってやったのか! これが元医療従事者の言うことなのか! 最低だ!

TO君は現時点では「軽度」という診断を受けた。でも医師から「軽度だけど、自閉の症状が現れた時は症状は“深い”ですね」と言われた。本によると幼い頃に自閉症と診断されると、ほとんどの方が結婚されていないそうだ。思い込みやこだわりの強い自閉症の人に、夢や希望を与え、それが達成できなかった時の本人の苦しみを考えているのだろうか! それにこれから、LD(学習障害)等の症状が合併して出てこないという保証はどこにもない。

音楽教室で歌えるからといって何が大丈夫なのか、私達夫婦だって何でもいいから刺激になればと音楽教室へも連れて行っている。だからと言って、それで何が大丈夫なのか、何の保証もない。私達夫婦は、日々TO君が正常に社会性等を身につけてもらうよう対応し、気が抜けない毎日を送っている。

私達夫婦はいずれTO君やKO君より先に死ぬ。そうでなければいけない。それに対して、母から出た言葉は「あんた達は長生きせんといかん」。絶句である。いずれKO君にTO君のことをお願いしなければならない。でも、本によると「小さな療育者にすることはいけないこと」とある。そして、大人達が障害を持つ子供ばかりに気をとられていると、正常な方の子供はいずれ家を離れていったり、兄弟仲が悪くなるケースが多いということだ。私達夫婦はだからKO君への対応が難しいと言っているのだ。KO君がやさしく素直なことをいいことに、早くお兄ちゃんにして、また、私と同じように生きさせるのか。私は私と同じ想い、苦しみをKO君にはさせたくない。

私達が母に理解して欲しくて自閉症関係の本を買ってやっているのに、母から紹介された本のタイトルは、(確か)「精神病は病気ではない」…。もうどうしようもない。
自閉症は精神、心の病気ではない。親の育て方でもない。先天的、もしくは出生時の脳の機能障害なのだ。私は医療従事者ではないので、表現が適切ではないかもしれないが、「自閉症は身体障害者」に近い障害だと思う。それが見た目どこにも障害が見あたらないので、すぐに精神病や心の病とごっちゃにされやすいのだ。

こんな不毛な争いは早く止めにして、みんなでTO君、KO君のことを育てていきたいのに…。

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はがゆいこと

障害を持つ家庭にとって、「はがゆい」ことはいくらでもあるだろう。うちもこれから、幼稚園、小学校と進むにつれて、いろいろと「はがゆい」想いをさせられることになるのだろう。
しかし、その中でも、身内に理解が得られないことは、とても「はがゆく」、辛いことの一つではないだろうか。

先日、法事があり親類が集まった。人数は少なかったが、その席でTO君の障害のことを話し理解を求めた。「自閉症」という障害に対し、それぞれが自分の体験も含め、いろんなことを言う。かなり誤解もあった。それに対し、一つ一つ私が勉強した限りのことで説明をしたが、説明しつくせなかったと思う。ただ、親類などには、ちゃんと自閉症のことを正確に理解して欲しい、TO君のことをわかって欲しいなどとは考えていない。せめて、「私達家族がたいへんなんだ」ということくらいわかってもらえれば、それでいいと思って話した。

しかし、これが私の母が対象となると話は別だ。
母のところには、ほとんど週一回は双子達の顔を見せに行く。少なからずTO君、KO君に影響を及ぼす対象だ。TO君にとって、母の家はご機嫌がチョーいいところ。だからかもしれないが、母はついついTO君を普通の子だと強調する、そう思い込みたい傾向がある。私達がいつものTO君の症状を説明したり、自閉症関連の書籍を買って読んで理解して欲しい…そして実際読んでも、ぜんぜん理解してくれていない。
母は数年前定年するまでは、医療従事者だったのだ。そういう人が、「(自閉症等は)専門外だったのよ。だからわからないの。」と言う。本当に医療従事者だったのか? もしそうなら、私達から書籍を読んでなどと言われる前に、自ら何らかの手段で調べて、「自閉症はこんな病気だから…」などと、逆に私達に教えてくれても良いのではないか?

いやいや、そこまでなくてもいい。それは期待しすぎかもしれない。だけど、せめて、親類に期待するように、私達夫婦がたいへんなことを理解して、私達家族を暖かく見守って欲しい…、ただそれだけなのだ。

身内の恥をさらすようだが、母とも良い関係を保ちたいので、これから、このこともブログに書きとめていきたいと思う。

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2006年3月11日 (土)

実施設計打ち合わせ

久しぶりに自宅建築のための実施設計打ち合わせ。お昼から建築家の方の自宅兼アトリエに伺った。

旦那様は年度末で忙しくお仕事で出かけられており、今回は、今春小学校に入学する息子さん=きれいお家(うち)のトーマスのお兄ちゃん(双子達が息子さんのことをいう時の通称)が、双子達のお相手をしてくれた。
1時半頃に伺って、アッという間に3時間が経過、子供達ももう遊び疲れ気味。何かほかの遊びはとお絵描きを始めた時に事件は勃発! お兄ちゃんが描き始めた らくがき帳に、KO君が参加。お兄ちゃんは、紙全体を使って描きたいものがあったらしく、泣き出してしまった。KO君…ちょっといけませんでしたねぇ。お兄ちゃん、ごめんね。

…と、今度はTO君が、「(プラレールの)トーマスで遊んでない」とブツブツ言い始めた。そんなに遊びたかったのなら、来てすぐに遊んどけばいいのに、今更…、ふー(ため息)。何とかなだめて、5時過ぎ頃失礼することに…。
TO君はその後行ったスーパーでもブツブツ言っていた(こだわり=これも症状の一つですね)。

打ち合わせ…いくつか検討しなければならない部分はあったものの、私達の要望はほぼ盛り込んで頂いており満足満足。この建築家の方は、打ち合わせもテキパキとされるし、お話も楽しいので、時間がたつのがアッという間。私は最近、仕事が忙しくお疲れ気味なのだが、この建築家の方とお話しすると疲れが吹っ飛ぶ気がする。
自宅アパートへの1時間余りの帰途は、妻と検討事項について、あーでもない、こーでもない…、少し興奮気味で帰ったのでこれもまたアッという間だった。
双子達は、もちろん遊び疲れてグーグー寝ていた。

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2006年3月10日 (金)

花粉症???

最近、双子達が咳ばかりする。ひどくはないが鼻水もでる。そう言えば、少し前、目やにがひどかった。目が赤いとか、目がかゆいような素振りはないのだが、私達両親が咳やタンに悩まされ、花粉症と診断されたので、一度診てもらうことにした。

かかりつけの小児科に電話すると、検査をしてくれるという。しかし、血液を採っての検査となる。KO君はインフルエンザの予防接種でも泣かずにできるので心配ないが、問題はTO君だ。

小児科で大泣きしたりしないよう、昨日から、「ちゃんと我慢できたら、ご褒美にトーマス(スーパーにあるお気に入りの乗り物)に乗せてやるよ」。本人もトーマスに乗りたいので、頑張る気満々だったようだ。

しかし、案の定、KO君は全然大丈夫。看護婦さん(今は看護師っていうのかな)に「強いねー」と褒められ得意げ。そのカーテンの向こうでTO君は、される前から固まっていた。刺される前は「もうダメ、もうダメぇー、ぇー」と半べそ状態。腕をそっくり返し固まっているので、先生も上手く針を刺すことができず、2カ所も刺されてしまった。あとは久しぶりにTO君節の泣き声「はわわ、はわわ」で大泣き状態。

妻は「やっぱりそう来たか」。
実は私、その間、のんきに歯の治療をしていたのであった。ちゃんちゃん。

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2006年3月 9日 (木)

お気に入りはアニメのセリフ

TO君のことで今、困っていることは、何の脈絡もなく「お気に入りのアニメのセリフ」を言うこと。
TO君はセリフを覚えるのが大好きだし得意。KO君はあまりそんなことはない。

おもしろい、楽しいセリフならまだマシなのだが、それでも突然言ったり、場違いなところで言ったりするので、誤解をまねくおそれがある。
TO君がしゃべった時で意味がわからない時に、「それ何のこと?」と尋ねると、「○○のセリフよー」と答えが返ってくることが多い。

機嫌が悪い時に頻発するのは「あんたのせいよー」。周りにいる人をいっきに不愉快にさせる。何のアニメか未だに不明なのだが、おそらく何かのセリフだろう(現在探索中)。

そう言えば、以前(障害がわかる前)、ディズニーの「ラマになった王様」を見てて、その王様のセリフの「あんたクビね!」をTO君がインプットしてしまった。一生懸命世話している親に向かって、突然「あんたクビね!」と言われると、本人はおそらく「クビ」の意味はわかっていいと思うけど、言われた私達は頭にカチーンとくる。
どんなに止めろ!と怒鳴っても、怒って世話しない!と言っても、その時は怒られていることに、「ゴメンなさい」と言うものの、しばらくすると「あんたクビね!」。ブームが去ったのか、今はそのセリフは言うことなくなったが、「あんたのせいよー」は早く止めさせたい。

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2006年3月 7日 (火)

1日入園

今日は幼稚園の1日入園&保護者参観日&入園説明会&PTA役員選出の日だった。うちは関係ないが、午後から隣接の小学校、そして中学校も保護者参観日だったようだ。それぞれに関係のあるご家庭は大忙しだったことだろう。よくもまぁこんなに集中してあるなぁと思うけど、共働きのご家庭なら1日お休みをとればいいから、それはそれで都合が良いのだろう。

私も休みをとり幼稚園へ。この4月から子供を入園させる家庭にとっては園の見学&1日入園を兼ねた保護者参観、うちの双子達は保育所で顔見知りもいるはずなのに、なかなか馴染めない様子だった。
その後、子供達は在園児達と遊んでいる状態で、入園説明会(&PTA役員選出)。昨年は結構遊んでいたのに(入園しなかったけど)、今年は二人とも私達親が離れるとダメだった。

…で、結局、私は説明会途中から子供達といっしょに、シーソーや砂場で遊ぶ羽目に…。ほかの在園児達に、「おじ(ぃ)さん、だれ~」と言われ「(ぃ)を付けるな!」、「何してるの~」と言われ「今度入園するKO君とTO君のお父さんよ」、終いには「おじ、デブ!」、(「このクソガキ!」)とは言えずに苦笑い。うちの双子以外の子とも遊ぶことに…。

やっと、うちの双子達を慣れさせて説明会に戻ったがほとんど終わっていた。先日お会いした園長=小学校の校長先生にもお会いし、近所のTO君の事情を知っている奥様方にも励まされ、無事に終わってほっとした1日入園だった。ついでにPTA役員にはならずに済んで、それもほっとした。

4月からの幼稚園、最初は新しいお友達、新しい遊び場等で楽しいと思えるかもしれないけど、特にTO君は慣れた頃からいろいろと問題を起こすから、5月くらいからたいへんなのかなぁ。
来週は、発達支援センターのテストを受け、それから、幼稚園、教育委員会、センターを交えての話し合いを持つことになっている。幼稚園の先生と信頼関係を築けると良いのだが…。

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2006年3月 4日 (土)

オバケがでるよ~

夕食後、私は食器洗い、妻は洗濯、双子達はおもちゃを片付け、終わったら好きなビデオを見せることにしている。ビデオに子守をさせているようで気が引けるのだが、そうしないと子供達も機嫌が悪くなり、こちらも仕事に集中できないから仕方ない。

私の仕事が終わり、布団を敷き、あとは子供達の歯みがき、トイレ、着替えだけ。きりの良いところで「ビデオはおしまいにして、もう寝るよ」と言うと、「続きが見たい」と半泣きで訴えてきた。

もう、遅い時間だったので、「こんな遅い時間になると、寝てない子は食べちゃうぞ~っていうオバケが出てくるよ~」と怖~い声で言ったら、もう二人とも「怖くなってきた~」と、べそかきどころか大泣きになってしまった。
いつも歯みがきは嫌がるのに、今日は早くしろとばかりに泣きながら口を開ける。
トイレも手洗いも、一人ではダメで、まだ一人がおしっこしているのに、もう一人が手を引っ張って手洗いに連れて行こうとする。
着替えも、自分で出来るのに、「早く着替えて寝ないとオバケが出る」と思ったのか、手伝ってくれとばかりに私のそばから離れない。
寝る時は、二人の間でそばに寝ろと訴える。

TO君は横になるなり、私が布団をかける前に既に寝ていた。KO君もいつもは電気を消してもなかなか寝ないのに、すぐに寝てしまった。

軽~い冗談で、言うことをきかないから、ちょっとお仕置き程度のつもりだったのだが、4歳児にはちょっと効き過ぎたかな。

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2006年3月 2日 (木)

園長先生

園長先生=隣接の小学校の校長先生にお会いした。
おそらく、近所の奥さん方から話が伝わったのではないかと思っているが、園長先生の方から「ぜひお会いしたい」と電話があったのだ。私も仕事の休みをとり、妻とTO君とで小学校の校長室を訪ねた。

少しぽっちゃり目の女性の園長先生で、やさしい感じのする先生…。それでも、TO君は校長室に入るなり、お父さんだっこ状態(何かパターン化している…)。でも、園長先生からキャラクターのぬいぐるみを見せられると、そちらに興味をひかれたのか、すぐに落ち着いた様子。体調が良ければ、そして、不安を取り除く何か興味をひくものがあれば、比較的短時間で立ち直れるようだ。

特殊学級を受け持ち、自閉症児を見ていた経験もあるということで、障害についてたいへん理解をされている。小学校の方でも、各学年の担任の先生にクラスの中にいる問題のある子を一人ずつ洗い出すよう、そして、学校全体で対応していく体制を模索されているようだ。ここでいう「問題のある子」というのは、非行とか学力低下とかそういうものではなく、もしかしたら病的障害が起因して問題を起こしているのではないかと考えられる子のこと。「私達教師は医者ではないから病気の診断はできない。でも、その子一人一人にあった教育、対応を実践することはできるはず。」…、それを幼稚園にもちゃんと指導していきますと言ってくださった。

とても理解ある先生で、私も幼稚園への要望等だけをお願いするつもりだったのだが、ほかにもいろいろと話をさせていただき、TO君のこれまでのことや、今後のことを話し出すと、つい涙が出てきてしまった(ちと恥ずかしいのだが…)。
園長先生から開口一番、「TOさんは幸せですね。ご両親が早くから障害に気づきいろいろと対応をされている。気づかれずに苦しんでいる子供はいっぱいいるはずなんです。」と言われた。それでも、そのことに気づくまでの間、「何でだ?!」と、TO君のことを怒ったり、たたいたりしてきた。「虐待」とまではいかないと思うが、どこか1本ネジがゆるんだら、糸が切れたら…もしかしたら…。もっともっと早く気づいてやっていれば、あんなに怒らずに、たたかずに済んだのに…と思う。そのことなどを思い出すと、ついつい涙が出てきてしまう。そしてTO君のこれからのこと…。

泣くばかりでは仕方ないのだが、私達夫婦、TO君、KO君には不安なことばかりなのだ。それを一つ一つ取り除き、クリアし、一歩一歩進んでいかなければならない。

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