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2006年3月21日 (火)

自らを恥じた本

昨日のblogで母への感謝の気持ちを書いたが、母へは言っておかないといけないことがまだある。

母が子離れできない理由の一つは、当たり前だけど、私をまだ自分の子供、息子としか見ていない。従順な従属者としてしか見ていないということだ。一人の大人の男、(妻からみて)夫、(子供達からみて)父親だということを、本当の意味で理解していない。私は母にとって、いつまでも、何でも話を聞き理解のある従順な僕(しもべ)なのである。

自分の息子のことも認めていないのだから、私の妻のことなどはもちろん認めているわけがない。よくある嫁姑の関係なのかもしれないが、私の母の場合、一見ものわかりの良い姑を演じているからタチが悪い。

ここで、母がしてきた妻への仕打ちを挙げ連ねても仕方がないので、書くのは止めにしようと思う。ただ、母には他人を認め、自分とは違う価値観を認め、他人の気持ちになって考えることができなければダメだということを言っておきたい。あなたがしようとしている人生の課題への挑戦も、おそらく、あなたの自己中心的な考え方だけでは、あなたのことを理解してくれる人も、あなたに付いてくる人もいずれいなくなると思う。くだらない本を読むより、その辺りのことを真剣に考えてみるべきだ。

この辺りが、以前blogで書いた「嫉み」の部分につながるのだと思う。自分の従順な僕(しもべ)を、私の妻にとられてしまった気持ちでいるのではないだろうか。

あと「プライド」の部分。これは医療従事者だったというプライド。母本人は気付いていないのだろうか。子供達の病気が発覚する度に、妻の方が先に見つけて病院へ連れて行っていた。妻が母に「これ何でしょう?」と尋ねても「何でもないんじゃない」ようなことを言っておいて、いざ病院で診断されると「あの時はよく見えなかった」と言い訳をする。TO君のこともそうだった。妻が「TO君は育てにくい、何かある」と訴えているのに「TO君の個性よ」と言っていた。しかし、病院で診断されると「TO君は笑わない子と思っていたのよ」「こだわりが強いと思ったのよ」と言い訳する。

このプライドは早く捨てた方がいいと思う。見ていて聞いていてあまりにも滑稽だから。それから、自分は子育てを(私達兄弟にとって)祖母に任せていたためか、今度は自分が子育てにしゃしゃり出たいようだ。自分が私達兄弟の子育てをしていないから、孫の世話をしたいのだろう。でも子育てへの参加が中途半端なのだ。結局、自己中心的な人だから、自分の都合の良い時に来て、無理矢理子育てに参加しようとする。妻が迷惑だと思う時に来て無理矢理何かしようとする。祖母は自らを犠牲にして私達兄弟を育ててくれたのだ。子育てへの参加の質が違う。それに私の妻は専業主婦だから、働いていた母が私達兄弟の子育てを祖母に任せていたそれとは状況が違うのだ。

双子の子供達を一番よく見ているのは妻なのだ。双子の子供達にとっての母親なのだ。「プライド」に関しても言えることだが、その母親(妻)に、母性という存在として、人生の先輩として、孫達の祖母として、元医療従事者として、「勝ちたい!」のかもしれないが、所詮無理な話なのだ。

まだまだ言い尽くせないことはあるが、この辺のことを母には理解して欲しい。

それで話が長くなったが、タイトルの「自らを恥じた本」の紹介。こう言っている私も、ちゃんと親離れができていなかった時、妻のことを本当に理解してやっていなかったと思う。この本を読んで自らを恥じ、妻が、私達親子(母と息子)の関係、妻と母との関係、双子の子育てに、本当に苦しんでいることに気付かされた。
本当に理解ある人は読む必要はないが、全ての人が読むと、もしかしたら少しでも周囲の人にやさしくなれるのではないだろうか。基本的には子育てをしている母親を取り巻くことではあるが、もちろん母親本人、夫、その両親(実・義、問わず)、親類、友人、職場の上司、同僚が読んで理解してもらえると、母親は少しでも救われると思う。文字の大きな本なのでそんなに時間はかからない。

『この子はこの子でいいんだ。私は私でいいんだ―これで、子どもの未来が輝く』
明橋 大二 著
1万年堂出版

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