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2006年5月31日 (水)

みんなに説明?

事故から帰った後、私に事故の状況を説明するために妻が書いた図入りメモ(「駐車場がこんな形で、うちの隣に車がこんなふうにあって、私が出たらここが当たったのよ。」)

このメモを大事そうに握りしめるTO君…(?)

何をするのかと思ったら、次の日、幼稚園へ持参。幼稚園の先生方(お友達もかなぁ?)へ事故状況を説明したらしい。
妻が幼稚園に迎えに行くと、幼稚園の先生から「たいへんでしたね。」と言葉をかけられたそうだ…。

ちなみに、土曜日の音楽教室が終わり、私の母のところでも、TO君はお婆ちゃんに説明。みんなに説明しないと気が済まないのかな?

自宅でもあんまりしつこく事故のことを言うので、妻がたまりかねて…、
「ねぇ、TO君、お母さんもあんまり言われると、傷つくんだけど…。もう言わないでもらえるかなぁ。」

「あぁ、わかった、ごめん!」とTO君。
それから事故のことは何一つ言わなくなった。おぉ!成長してるじゃん!

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2006年5月30日 (火)

事故しちゃった

うちには1台しか車がない。なので、言葉の教室など妻が用事がある時は、私を職場まで送ってもらってから妻が車を使うことになる。

先週の言葉の教室の水曜日、私が仕事をしていると突然(当たり前か…)ケータイが鳴った。妻からの電話だった。
「事故しちゃった…。」

言葉の教室の会場のある駐車場で、車を出す際、隣の車の左前部角とうちの車の右後部車輪あたりが接触したらしい…。この会場の駐車場はもともと狭いのだが、妻はよくこういうニアミス事故を起こす…。
それで、当てた車の持ち主がいなくてわからないから、しばらく待ってるので、KO君の迎えに間に合わないとのこと。→はいはい、迎えに行きます。

(私)「それで、TO君は大丈夫なの?」
(妻)「なんか、ぶつぶつ言ってる。」
(私)「じゃぁ、代わって!」
(私)「もしもし、お父さんだけど…、お母さんがお隣の車にぶつけてたいへんだから、あんまり、お母さんにいろいろ言ったらダメだよ。おとなしくお母さんの言うこと聞くんだよ。そしたら約束どおりお買い物にも行けるからね。」と言い聞かせた。
TO君も「わかった!」と、ものわかりの良い返事。

無事、事故処理を済ませて帰ってきた妻…、ひどく落ち込んでいた。
「お疲れさん、人に当てたわけじゃぁないのだから、良かったと思うしかないよ。」
車の持ち主は、奥さんだったらしいのだが、事故のことは旦那に電話して欲しいということで、妻が電話した。

とても感じの良い旦那様だったらしく、
「当てたままにしていく人もいるのに、待っていてくれただけで結構ですよ。車の方は保険で修理させてもらいますから、もう気にされなくていいですよ。そちらさんはケガなどはなかったんですか?」
と、こちらの心配までしてくださったとのこと。
妻は、「いい方で良かった。私が当てられたら、こんなこと言えるだろうか? 見習いたい。世の中捨てた物じゃぁない。」とホッとした様子だった。

TO君も、ちょっとだけ愚図りはしたものの、事故処理等の間、車の中で良い子に待っていてくれたようだった。
まぁ、これくらいの事故で済んで本当に良かった。また保険料が高くなるが…とケチくさい?…そのための保険だから仕方なしっと。

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2006年5月29日 (月)

「ハートをつなごう」

NHK教育テレビの新番組「ハートをつなごう」、今週のテーマは「発達障害」で今日から4夜連続で放送されている。

NHK放送に望むことは、このような番組を正しく、数多く放送していただくことで、「発達障害」(もちろん他のこともなんだけど)への理解を広めてもらいたいということです。

今日の放送でもありましたが、普通の人と障害を持った人がお互い歩み寄れば、障害を持った人は少しでも楽に生きられるのだと思います。普通の人通しでもそうですが、お互いを尊重し、理解しあうことが大切なのだとつくづく思います。
障害を持った人の身になって考えてみる。そうすれば、障害を持った人は少しでも救われます。「発達障害」はあくまで脳の機能障害で、その人が怠けているとか、できるのにしないとか、そういうことではない。どうしても理解ができなかったりするだけで、ただ普通の人が少し工夫してあげたり思い遣ったりすれば、結構理解してくれるようになれる人もいるのだと思います。やっぱりお互い“歩み寄る”ことが大事なのでしょう。

うちのTO君のことも、もっと早く気付いてやれば、あんなに怒らなくても、たたかなくても済んだのに…。あの頃のことを思いだすと、つい涙ぐんで、自分がしたことを悔やんでしまいます。
あの頃のTO君の顔…、家族の中でも誰も自分のことを理解してくれる人がいなくて、とても不安だったのだと思います。今はとてもにこやかに笑っています。KO君とも幼稚園から帰ってかなり長い時間、二人っきりで遊べるようになりました。それは私達夫婦もいろいろと勉強しましたが、TO君の身になって、今日の放送の中でも同様のことをおっしゃっているお父さんがいらっしゃいましたが、私達夫婦の場合も「TO君的に考えてやる」と、本人も周りも楽になれる気がします。
今、うちの家は今までになく、穏やかな日々を送っています。でも、これから先、年齢を重ね、小学校、中学校と進学、そして成人した時のことを考えると、将来不安なことばかりです。

私達が望むことは、療育等の相談など、専門的な支援をしていただける施設や体制も整備してもらいたいことではありますが、普通の教育課程において、普通のお子さんと共に、生活、教育がなされる環境になるのが、この障害の理解と支援には最良のことのように思っています。そこからまた周囲の理解が広がっていけばと思います。
そのために、保育園・幼稚園の幼児教育、小学校・中学校の義務教育に携わる教育機関、そして保育士や教師の、この障害への理解と指導力などの役割は大きいのだと思います。是非、保育士や教師の方々が十分な理解者となり、障害を持つ子供をサポートできる教育体制になると良いなぁと願っています。

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ズル休み?

ちょっと先週ネタになるのだが…、
先週の水曜日、久しぶりにTO君の『言葉の教室』があった。その月曜日からどうもKO君の様子がおかしい…。確かに前日の日曜日の夜から咳が出てはいたが熱もない。でも、何か朝起きてからぐだぐだとしている。

「幼稚園どうするの?」と聞くと、「休む!」とKO君。
まぁ、咳も出てるし大事を取っておくか…、と休ませた。TO君だけ私と一緒に幼稚園へ。しかし、昼休み家に戻ってみると、KO君はとても元気そう?

次の日の火曜日、やはり何かぐだぐだとしているKO君。
「今日も幼稚園休むの?」と聞くと、「休む!」とKO君。
夜中も咳して辛そうなことは辛そうだし、明日は必ず幼稚園に行ってもらわないと、TO君の言葉の教室があるから…、と休ませた。今日もTO君だけ私と幼稚園へ。しかし、昼休み帰ってみると、やっぱりKO君はとても元気そう??

当日の水曜日、また、何かぐだぐだとしているKO君。
「また休みたいの?」と聞くと、「休む!」とKO君。
でも、この日は許さなかった。最初は妻が、TO君の言葉の教室があるから、KO君はそれには連れて行けないと説明したが、納得できない様子…。
終いには、私が切れ、「毎日元気そうだろう! わがまま言うな!」と、無理矢理着替えさせ食事をさせて、幼稚園へ連れて行った。
幼稚園へ行く道々、私にダッコされたまま泣きじゃくるKO君。私も切れてはみたものの、KO君の気持ちも何となくわかるつもり…。
ダッコしながら、「TO君がお母さんと、どっか行くのがうらやましいだろう。」
泣きながら、「ウン、ウン」とうなずくKO君。
「お父さんも、お母さんもKO君の気持ちはわかってるよ。」となだめながらの登園。

幼稚園の先生も、いつも元気に登園してくるKO君が大泣きしているのでびっくり。事情を簡単に説明し、先生にバトンタッチ。先生もわかった様子で、「しばらくして、お友達と遊べば大丈夫でしょう。」

GW明け初めての言葉の教室、それまでは保育所の時からこの日は、一人で登園していたKO君だが、久しぶりなのと幼稚園へ環境が変わり、5月も中盤を過ぎそろそろ慣れてきたものの疲れも出る頃、気持ちの上で何か不安になったのだろう。
KO君には知らず知らずにいろいろと我慢をさせているような気がする。たまにはわがままも仕方がない…。

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2006年5月26日 (金)

スペクトラムの意味と願い

自閉症スペクトラム(autistic spectrum)とは…
Wing, L.(1996)が提唱した言葉で、自閉症(カナータイプ、カナー症候群ともいう)とアスペルガー症候群(アスペルガータイプともいう)は、例えば、虹でいえば赤色と黄色のようにまったく別のものに見える、でも実は光という意味では連続的なものだという意味あいで、Wingは対応の方針を決めるうえで大切なのは、「三つ組」の障害があるかどうか(=自閉症スペクトラムかどうか)であって、そのうちのカナー症候群かアスペルガー症候群かを区別することにはあまり意味がないとも主張している
…とある(blog左下欄「読んだ本・お薦めの本」で紹介、「「その子らしさ」を生かす子育て」、この本はやさしい言葉でわかりやすく、しかも専門的に自閉症スペクトラムについての知識と、子育てへの対応、ヒントについて書かれています)。

私も「三つ組」障害があれば自閉症及びその仲間だと理解し、TO君が自閉症なのか、アスペルガー症候群なのかは、特に問題視しなくて良いのだと考えていました。
しかし、やはり「読んだ本・お薦めの本」で紹介している「アクロニムで覚える」を読んで、たいへん参考になりました。
この本では、自閉症スペクトラムには2つの意味合いがあり、例えば光のスペクトラムで近い波長はほとんど似たような色に感じられる連続性があるのと同時に、だんだん波長が違っていけば赤と青に感じられるように、離れた極では質的に明らかな違いが生じる。つまり、一つはアスペルガー障害と自閉症は連続体なのだから、本質的なちがいがないという考え方。もう一つは、スペクトラムの両極は質的にも違うものになることから、やはり両者は基本的に異なる障害だとする考え方。Asperger, H.(1944)が、Kannar, L.(1943)の報告した「古典的自閉症」と多くの類似点と別に、相違点を特徴づけている点から言ってもそのとおりなのだろうだと思います。
このような考え方により、この本では、自閉症には自閉症の、アスペルガー症候群にはアスペルガー症候群の、共通するものについては共通する、それぞれの対応の仕方を「アクロニム(acronym)、複数の単語や短い文などの頭文字をつないで作ったことば」で表現しています。もちろん自閉症と診断されたら必ず自閉症のアクロニムを実践しなければいけないとは、この本も言っておらず、子供にあった方の対応をするべきともあり、その点でやはり、自閉症スペクトラムは前者の意味合い=つまり連続性であり本質的なちがいがない点もあると思います。

話が変わりますが、「メインストリーム」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
直訳すると「主流」という意味になり、「多数派」という意味もあるそうです。つまり、障害のない(ないと思われる)一応健常と判断される人達のことになるのだと思います。
しかし、これは私のちょっとした思いつきで、専門家でもないし、根拠もないのですが、「スペクトラム」の意味を自閉症という障害にだけ適応するのではなく、メインストリームも含めて考えた時(すみません、自閉症以外の障害については考えてません。)、ある一方には健常=正常なものがあって、一応どこかの範囲まではメインストリームでくくれるものの、どこからかグレーゾーンを通って、自閉症スペクトラムに入っていくのではないかと私なりに考えています。
人間の誕生において、完璧に生まれてくる可能性というのはどれくらいあるものなのでしょうか? 自閉症が生まれつきの脳の機能障害ということであれば、もしかしたら人間は誰しもそうそうは完璧に生まれてくるのではなくどこか不完全であり、まぁここまでは一応正常=メインストリームだろうとくくられてはいるものの、そのメインストリームの中もスペクトラム的に考えられ、いろんな状態(ちょっとアスペ的等)の人もいるのではないでしょうか?

「常識」とは何なのでしょう。おそらく多数派の意見というだけです。世の中の決まり事が多数派の人達だけで考えられているだけで、少数派の意見が通らないだけの話なのではないでしょうか?
そう考えると、自閉症スペクトラムとのつき合い方は、変わってくると思います。多数派(メインストリーム)が少数派(自閉症スペクトラム)の意見を知らなかったり、例え知っていても「あいつら変な奴だから相手にしない」と思い込んでいては、世の中うまくいかないのではないでしょうか。そしてもしからしたら、そのメインストリームの中にもいろんな意見があるのではないでしょうか。
「自閉症の息子ダダくん11の不思議」の「違う☆(星)から来た息子」という言葉には、そう言った違う文化(異文化)を理解して欲しい、受け入れて欲しい、メインストリームの人達にそう考えて欲しいという想いが込められているのではないでしょうか。

確かにこの世の中である程度適応して生きていくためには、少数派=自閉症スペクトラムの方も適応できるところはしていく必要もあるのだと思います。しかし、多数派=メインストリームの人達も、意見、文化を押しつけるのではなく、少数派の意見、文化を理解し、お互いが歩み寄れる社会になるといいのだと思います。

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発表-怖い~!

私がプレゼンする前日、妻に「発表が○時まであるから、帰りは△時くらいかなぁ」と言うと、突然TO君が、「はっぴょう、いやー、こわい~!、おとうさん、はっぴょうしないでー!」と泣き始めた。

最初は何のことかわからなかったのだが、どうも幼稚園で毎週月曜日にみんなの前で、土・日曜に何をしたか発表させられるらしい。
自分のしゃべりたいことや事実、テレビ等で見たことなどをベラベラと話すのは得意なTO君だが、自分の気持ちや自分の経験を、自分の言葉で表現するのは苦手らしい。これも自閉症スペクトラムという障害の特徴なのだろう。
ちなみにKO君は、発表大好きらしい…。

「そうかぁ、TO君はみんなの前で発表するのは怖いんだねぇ。」
「お父さんは、話すこと決めてるから大丈夫だよ。怖くないよ~。」
「TO君も、発表をつづけてれば、いつか怖くなくなるよ。」
「じゃぁ、発表することを、今度いっしょに考えようか。」

そう言って、先日の日曜日の夕飯時…
「明日は、何て発表しようか? そうだ、土曜日は音楽教室に行って、日曜日はKO君とTO君とお父さんと3人で、エビと黄色いピーマンとキノコのスパゲティーを作った、って言ったら?」
「うん、わかった」とTO君。

次の日(月曜日)、KO君が風邪をひいていたので、私が幼稚園にTO君を迎えに行った。
帰る途中、「今日は発表どうだった?」
「エビときいろピーマンとキノコのスパゲティーつくった、っていったよ~。」とTO君。
少し恐怖心も消えたようだった。しばらく自信がつくまで、いっしょに考えてあげないといけないかな。

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2006年5月25日 (木)

言い訳(2)

私の仕事は以前、blogで書いた。最近は、「産学官(今は官と言わず、公らしい)」連携での試験・研究が流行りで、私も少しはそんなこともしている。
先日、その試験・研究のこれまでの実績と今後の計画について、プレゼンテーションがあった。総会を兼ねたその席は、大勢の出席者の前での発表で、私はトップバッターだった。

話はさかのぼるが、実はこの発表を誰がするかで、私が所属する産学公チームでいろいろあった。要は他の発表者のほとんどが、「学」つまり大学の先生ばかりなので、「箔があった方がいい」ということで、最初は私の職場の上司か、別の機関の部長の名前があがっていたのだが、二人ともやりたがらない…。私は実際試験をやったのは自分だし、どうせ資料は自分が作らなければならないのだから、発表くらい自分でやっていいと思ってはいた。もちろん「箔」はないが…。…で、「長」のつく人が二人ともやりたがらないので、結局私がすることになった。

私のプレゼンは、つたない発表だったかもしれないが、まぁ自分なりには満足いくものであったと思っている。
ただ、次のプレゼンからは、大学の先生もしくは企業の代表者の方の発表ばかり。「箔の違い」は確かにあったと思う。
箔の違いに加え、相手は特許取得件数がどうのこうのと試験の成果も素晴らしいものばかりだったので、ちょっと気持ち的に落ち込みはしたが、こっちも出来る限りのことはやっていての成果だから仕方がない。
ただ、今回私が(というか私の職場が)プレゼンしたことは、このチームの試験内容や、私の職場のPRをするのには良かったのではないだろうか、今後、大学の先生等さまざまな方々と連携をしていくためには、良かったのではないかと自分自身は前向きにとらえようとは思っている。

プレゼンの後、懇親会が催された。発表した人は無料で参加可能と勧められたがのだが、何せ遠いところまで帰らなくてはならないし、もしもお酒を飲んだりしたら、それこそ帰宅できなくなってしまう。
いろんな方と交流を深めたい気持ちをグッと抑えて帰途についた。積極的に仕事へ取り組みたいなら、自腹を切って泊まってまで参加するべきかも…。でも、またいつかこんな機会も訪れることだろう。…と、これも言い訳かも。

次の日、私の上司は、私には言わない(言えない)のだが、「(私のプレゼンはトップバッターで)最初は結構上手に話していて良かったと思ったが、後のプレゼンを聞いたら大学の先生ばかりだったから、自分がした方が良かったかなぁ。」と言っていたそうだ。それにプレゼン前にも同じ産学公のチームの人に、「どうしても(私が)発表したいっていうものだから…。」と、自分がしなかった言い訳をしていたそうだ。
あぁー、もう! だから「箔」の問題があるから「長」がつく人がいいって話だったろうが! 自分の保身のためだけに動く上司は最低だ! むかつく!

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2006年5月24日 (水)

言い訳?

私の職場には、職場通しを結ぶネットワークが形成されていて、メールのやりとりはもちろん、「掲示板」というみんなへのお知らせを掲載するものがある。
その掲示板に昨年の途中からある方の提案で、持ち回りで職員一人一人がそれぞれの職場で、どのような仕事に従事しているか、職場のPR、日々仕事をしていて思うこと、それから自らのPRなどを表現したものが定期的に掲載されるようになった。私の知っている方の投稿もあり、また、一緒に働かせてもらった尊敬する上司の投稿もあったり、これに投稿する人はすごいなぁと感じていた。
しかし、ちょっと疑問もあった。掲示板には、「頭角を現す者はとかく他の人から憎まれ邪魔をされる」という意味の表題と通しナンバーが付いているのだが、投稿はどれも当たり障りない「良い子的」なものばかりで批判的なものはほとんどない。断っておくが、ここで「批判的」と表現するが、ただ単に「ダメだ」の批判ではなく、あくまで本来はこうあるべきだとか、次につなげられる「建設的批判」のこと。

先日、私と同じ職種で同期の者の投稿があった(同じ職種の中でそいつが初投稿)。そいつは同期の中で私も一目置いている存在。現在担当している業務のPRなど、わかりやすく丁寧にされていてさすがだなぁと思った。でもやはり批判的な表現はない。話をすると結構批判的なことを言うのに…。
別の用件で、そいつと電話した際、その話題になった。「良い子的」という意見に、そいつは、○自分も最近少し大人になって、以前は売り言葉に買い言葉的で言っていたが、一呼吸置いて物を言えるようになったこと、○実はこれに投稿するメンバーは別にメーリングリストがあって、そこでは言いたいことを結構書いたりしてること、○メンバーには元気の良い人が多いこと、○メーリングリストは登録制なので、良かったら紹介すること、などを話してくれた。

「メーリングリストに紹介する」という申出には、「自分はblogをやっていて、そこで言いたいことを書いている」と言って、曖昧なまま断った形で電話を切った。
この掲示板の投稿に出てくる方達は、メンバーや投稿内容を見ても、将来、この地方公共団体を背負って立つ方ばかりだと思う。それぞれの部署や立場で中心的な役割を担っていく方達ばかりだろう(既にそういう方もいらっしゃる)。
私はこのメンバーの中に積極的に自ら入っていくことはできないと感じた。こんなことをblogに書いていること自体、「いつか自分もここに投稿したいなぁ」とも考えていたことは事実だし、同期の投稿に少し「悔しさ」を感じているのも事実。
しかし、もともとこの投稿が「友達の輪」的にまわっているものと思っていたので、登録制のメーリングリストという形への抵抗もある。それに、自らの才覚や技量、自らがおかれている家庭の事情を考えると、とても積極的にメンバーに入ることはできない。

何をぐだぐだと、女々しく(←差別用語?)言い訳?じみたことを書いているのか。家庭の事情を持ち込んで、仕事が思うようにできないというのは、本当に言い訳かもしれない。でも、自分は何もかも、どれもこれも、器用に頑張れることはできない。何が一番自分にとって大切なことかと言えば、もちろん仕事は仕事で頑張るけれど、今は、家庭を守ること、TO君の障害のこと、そしてKO君、妻のことを考えることが一番なのだと思う。
「それでいいじゃないか!」そう自分自身を納得させている。今でも仕事を怠けているとは自分自身思っていない。やれることを精一杯やっているつもりだ。もしかしたら、いつか余裕ができ、もっと積極的に仕事に頑張れる時がくるかもしれない(無理かなぁ?!)。

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2006年5月23日 (火)

お手伝い(2)

日曜日の夕食は、小エビとパプリカ(黄色)とブナシメジの「クリームスープ・スパゲティー」、TO君のリクエストだった。

何を気に入ったのかしらないが、それまで食卓に上ったことがないのに、あるファミレスでTO君が突然オーダーし、それ以来はまっている。

私が台所に立つと、二人とも「お手伝いする、3人で作ろう」とやってくる。妻は料理があまり得意でないので、二人がやってくると混乱しすぐ怒りだすので、子供達はお母さんが料理する時はあまり近づかない…。
私は適当にあしらいながら、包丁使う時は「ちょっと離れて、見るだけ!」、使い終わった菜箸とかザルを「これ食器カゴに持っていって!」、卵をボールで割りほぐす時など、ちょっとだけかき混ぜるマネをさせたり、一応「お手伝い」のマネごとをさせるので、すぐやってくる。

私は子供の頃から料理に興味があった。祖母は昔の人だったから、最初は「男子厨房に入らず…」という感じだったのだが、いつしか「今日は何にしようか? あんた何か作らんけ?」と言われ、作っていた。
私の料理は、適当な料理が多い。基本的に冷蔵庫にあるもの、余っているもので何か作ることが好き(今回のメニューはTO君から食材を含めてのご指定なので、エビとパプリカとブナシメジは買ってくるしかない…)。料理している時は何もつまらないことを考えなくてよいので、一番気分の良い時かもしれない…。
料理は女性より男性の方が練習しておいた方が何かと役に立つと言うのが持論。だって一般的に一人暮らしする期間が長いのは男性の方だし、例え結婚して奥様が料理したとしても、何かあった時(赤ちゃんができてつわりがひどかったり、風邪ひいて倒れたり…)にとても役に立つし感謝もされる。うちのように家事の中で料理が一番苦手な妻を持つと、1食作っただけでとても感謝される。
ただ料理好きの欠点は、自分で何でも作るけど、ついつい多めに作ってしまうので太ってしまうことだろう。

うちの子供達が将来料理をするようになるかどうかはわからないが、家のことをよく見て、何にでも興味をもってくれるとよいと思う。

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2006年5月22日 (月)

お手伝い

最近のKO君(おそらく定型発達)の流行は「お手伝い」。食事を済ませると、まず、自分が使った食器を流し台までいそいろと運ぶ。これは良いことだと、TO君(広汎性発達障害)にも同じように持っていくようにはさせている。

しかし、KO君の方は、今度はその食器を勝手に洗い始めた。何も教えないのに、スポンジに洗剤をつけ食器をこすり、蛇口から水を出しながら食器をすすいでいる(よく大人がしていることを見てるなぁ)。しかも楽しそうに…。
一応、その姿はカメラには収めた。

その頃、TO君の方は、と言うと、最近買ってもらったばかりの、食べ物がいっぱい載っている「あいうえお」の本を、おそらく、「あいうえお」の方じゃなくて、食べ物の方を一生懸命見ている。しかもかなり集中して…。
一応、この姿もカメラには収めた。

KO君とTO君ではこんなに違うものだと感心しながら見ていた。二人ともすると言うとややこしくなるのだが、お手伝いをすすんですることは良いことなので、TO君もいずれKO君を見習って(よい見本にして)、「お手伝い」してくれるようになるといいと思う。

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2006年5月20日 (土)

「お見合い国営で」?

5月19日の朝日新聞に、…猪口少子化担当相が、「少子化対策」として政府の責任で「お見合いパーティー」など、独身男女の出会いの場を設ける案を閣内で打診…という記事が掲載されていた。

私は「少子化対策」などに関連して詳細なデータを持ち合わせていないから、自らの体験と勝手な感想になってしまうが、また、無駄なことにお金を使うのか?、そんなことをしても、少子化対策にはならない、と思う。この猪口少子化担当相、以前も「出産費無料化」などという、これまた訳の分からないことを少子化対策の一環として考えていくと言っている。
正直言って、憤りさえ感じる。他人の経歴やプライベートに触れることや、批判することはいけないことかもしれないが、「この人、本当に女性なのか? 結婚してちゃんと子育てしたことあるのか?」とつい思ってしまう。「お見合いパーティー」や「出産費無料化」なんてことは、子育てに関わったこともない男の言うことだろう。

「お見合いパーティー」については、それに参加して結婚するのか? 結婚=(イコール)出産とどうしてとらえられるのか? そもそもこんな出会いの場を国営でお金を出してまでやるべきことなのか?
「出産費無料化」については、そんなことするより出産した後の経済的負担を軽くすることの方が先だろう。また、どうしても子供が欲しいのに、長期間にわたり不妊治療で悩んでいる夫婦に支援をするべきだろう。出産だけ安価に安易にできてしまって、とりあえず子供が増えれば良いのだろうか?
とにかく、結婚についても、出産についても、それに対し夢や希望のない社会を作り出しておいて、それを放っておいて、この対策はないだろう。
結婚して子供が多くできても、子育てしやすい社会、環境だったら…、例えば、○子供をいろんな家庭の事情に考慮して預けたりできる保育環境、○働きたい女性が結婚して子供ができ、子育てが一段落した頃にまた仕事に復帰しやすい環境、○夫婦揃って育児ができる環境、つまり、夫婦のどちらの仕事環境でも、育児休暇や育児休業などが当然のこととして取得できる環境…etc. そんな環境が整えば、自然と結婚し子供をもうける夫婦は増えるのではないだろうか?
私は、その中でも、父親が育児を母親と共にできる社会環境を創ることが一番大切なことのように思う。「この子はこの子でいいんだ。私は私でいいんだ」の明橋大二氏の言葉を借りれば、「子どもを守ろうとするならまず、お母さんをささえなければなりません」。そのためにまず先頭に立たなければならないのは、父親だと思う。
男女共同参画社会と言われて久しいが、私の偏見からすると、どちらかというと、この言葉には、女性の社会的地位が低いから、もっと女性の社会的立場に考慮する必要があるという意味合いが強いような気がする。それはそれで大事なことではあるが、それならそれで、男性の地域社会(子育てや学校、地域)での役割を大切にすることはあまり触れられていないような気がする。
なぜ、男性は地域社会に関われない、関わらないのだろうか? それは仕事をしないと食っていけない、妻、子供を養っていけない、仕事で成功を収め出世したい、子育てや学校、地域のことなど面倒くさい…etc. いろいろ理由はあるのだろうが、ここできちんとした方針と政策を出さなければ、少子化だけではない、子供を取り巻く環境そのものにいろんな影響が…って既にその影響が表面化しているのだろう(学級崩壊、いじめ、不登校、引きこもり、犯罪の低年齢化、自殺)。

以下、以前私の職場であった「子育て関するアンケート」に記入した私の意見です。
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 このアンケートに回答する機会を与えていただき感謝します。
 私は、双子の父親です。幸せにも双子をもったがゆえに、子育てに積極的にならざるを得ません。私は、子育ては、父親、母親ともに両親そろってするのが当然と考えます。父親ができるだけ育児に参加するとか、協力するとか、そんな無責任な態度ではいけないと考えます。
 ですから、職員の配偶者が専業主婦(主夫)か共働きかに関わらず、育児休業や育児に関する休暇、そしてそれに関する経済的支援等の制度は充実させるべきと考えます。
 専業主婦に関して、育児ノイローゼになりやすい等の傾向があることが、各種調査で言われていますが、少子化や育児、青少年の非行等における専業主婦の役割は大きいと考えます。かつて、ある方から、「奥様が育児に悩んでいるようなら、奥様も働いたらいい」と言われたことがありますが、それはただ単に育児から逃げの場を作っているだけではないかと考えます。大事なのは、専業主婦か共働きかに関わらず、男性(父親)も女性(母親)も共に育児をする・できる社会環境にすることではないかと考えます。
 「男女共同参画」という言葉が叫ばれ久しいと思いますが、このことについて、私自身、そんなに理解をしているわけではないのに無責任なことを言うかもしれませんが、個人的な偏見からすると、「男女共同参画」には、現在、女性の職場等における社会的立場が低いから、男性と同等の立場を確立していきましょうという意味合いが、どちらかというと強いような気がします。ならば、男性も同じように、子育てや地域等における社会活動の場で、女性と同等の立場を確立し、役割を担うべきであると考えますし、そのための方策を国や地方公共団体は進めなければならないと考えます。
 そのために、都市部でない地方の公共団体としては、民間事業体の育児休業等制度導入の先導役としても、自らの職員への育児休業等制度等を義務化すべきと考えます。
 「制度の義務化」が本当に必要かというとそうではないかもしれません。一番良いのは、職場や上司の意識改革が進み、本人の意志で制度取得をするのが良いとは思います。
 しかし…、私の妻は専業主婦ですので、双子が病気のときの看護休暇は制度上取得できません。もちろん年次休暇で対応するわけですが、私の出張が連続し、1歳にならない双子が両方熱を出し入院、妻も育児疲れで倒れた時、たった3日休んだだけなのに、上司から言われた言葉は、「誰か面倒見てくれる人はいないのか!」でした。
 私は、このような状況で父親が子供の看病をするため、病院に泊まり込むのは当然と考えますが、私がおかしいのでしょうか? こんな上司が存在する職場の意識改革をすることは困難だと思います。50代の古い考え方しか持たない管理職、上司は即刻辞めるか、今の職を辞して頂かなければ、職場の意識改革をすることは無理ではないでしょうか。
 上司の「誰か面倒見てくれる人はいないのか!」という言葉には、そういう上司達の育児経験がそのまま現れていると私は思います。普通、子供が一人ずつ誕生し、自分たちの生活の場の近くに、両親の親(子供にとって祖父母)が生活されていれば、おそらく父親の出番はあまりなかったでしょう。また、その父親は、「仕事が忙しい」を口実に育児から逃げるでしょう。母親は、協力してくれない父親をアテにせず、自分の両親に協力を求めていきます。でも、それができない家庭、つまり、家庭の事情や、異動等で両親の親と離れて生活し、両親だけで育児をしている家庭は、育児に携われる大人は、父親と、母親だけです。「両親がともに育児をする」、核家族化が進んだ現在、当たり前のことではないでしょうか。それとも両親の親(子供にとって祖父母)を、子育ての必要人員としてアテにするのが当然なのでしょうか?
 女性の子育て経験者(既に育児を終えた方)の中にも、「私たちも同じ経験をしてきたのよ」という人がいます。同じように苦しい経験をしてきたのなら、なぜ、次の世代の母親に同じ苦しみを味わわせないように、理解しようとしてくれないのか?
 私は、育児休業や各種休暇を義務化して欲しいと思いますが、決して仕事をできるだけ休みたいとか怠けたいとか思っているわけではありません。本気で子育てをした経験がある父親ならわかると思いますが、子育てするより、仕事してた方がよっぽど楽です。私もできることなら「仕事が忙しい」と言って子育てから逃げたい。でも、母親も同じです。母親も子育てから逃げたい時もある、でも逃げられません。喜びを分かち合おうと夫婦になったのなら、苦しみも半分ずつ背負わなければならないのではないでしょうか。
 人生に、1~2度しか訪れない子育ての時期、そのために一時期、休業したり、休暇を取る日数が増えたりすることが、なぜ、ためらいが必要だったり、出世に影響したり、職場復帰しずらかったりするのでしょう。子供をつくったのであれば、その子供を両親そろって育てることが、社会に対する責任なのではないでしょうか。極端な話、子供がいるのに、育児休業も取得せず、出世したような人がいれば、非難されるような世の中になればよいと思います。
 今回のアンケートが、ただ、アンケートをしたという実績だけにならないよう、子供を待つ職員、そして、今後結婚し子供をもうける職員に対して「やさしい方策」がとられることを願っています。
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2006年5月18日 (木)

blogいじり…

blog初心者の私…、まだまだ、全然、全く、blogの機能を活かしきっていない。
朝型派の私ですが、朝はいくら早く起きたとしても、記事を投稿するのがやっと(だいたい、一つ一つの記事が長いって…、文章下手なクセに…)。
そこで今日(というか昨晩)は、子供達を寝かせ付けてからそっと起き、いろいろとblogをいじってました。

読んだ本を紹介したくて、「お薦めの本」リストを追加しました。
…実は、これがしたくて、blogのURLを変えることになったのです。
紹介したいHP & blogを、「お薦めリスト」として追加しました(まだ一つですが…)。
ケータイから記事を投稿する練習をしました。

本当は、最近いろいろ想うことがあって、そのことを投稿したかったのですが、もうそろそろ寝ないと、明日の仕事&子育てに影響しますので、そろそろ寝ます。

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ケータイから投稿

ケータイから投稿してみました。
胆石手術のための入院を見越して、練習です。
あ〜、情けない…

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2006年5月16日 (火)

弟の結婚式(6)

まだ、このネタで引っぱりますか?

とりあえず、弟へ…
結婚式&披露宴、そして最近のあなたを見ていて、本当に立派になったと実感している。学年で一つしか違わない兄、そしてお互いもういい歳なので、「立派になった」という言い方もおかしいのかもしれない。
でも、子供の頃、私の後にしか付いてこなかったあなたが、こうして一生の伴侶となる女性を自ら見つけ、結婚式&披露宴を立派にあげたのである。

仕事についても、祖母の言い方(決してよい言い方ではないが)を真似れば、「おまえ(弟)の言うことは、今日一つ、明日一つじゃ。」だったのに、人前で堂々と講義をしている。それも冗談を交え流暢にである。

10歳くらい離れ(見かけはそれくらい離れているように見えるかもしれないが…)、小さい頃から面倒見てきたというほど出来た兄とは違うが、何でも一歩だけ先を歩んでいた私からすれば、あなたの最近の成長は素晴らしいと感じている。

これから、一生を愛する女性と共に、そして生まれてくる子供と、楽しく、お互いを想いやれる、尊重できる家庭を創っていくことを切に望みたい。
本当におめでとう! 頑張れよ!

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2006年5月15日 (月)

弟の結婚式(5)

その後、TO君は限界に近づいていたのではなかろうか? 「ねむ~い。もうだめ」を連発していた。
それで、何度もトイレのついでに会場から出ては、式のあったテラス等に散歩に行き、ビルの窓から外を眺めさせたりして、気分転換させた。

気分転換させながら、その気にさせようと…、
「花束をおじちゃんと、お嫁さんに持っていけるかな?」
「大丈夫!」と力強い返事のTO君。
私のいとこも、ご褒美にTO君の最近お気に入りの「ケロロ軍曹」をお土産に買ってきていると言う。それを聞いたTO君は俄然張りきっていた。

いよいよ双子達の出番!
会場に戻りスタンバイ。披露宴はクライマックスをむかえていた。新婦がお母さんに宛てた手紙を読むところ。気持ちのこもったいい手紙だった…。私もつい涙が出てきた。
さぁ、次はTO君、KO君だ! ガンバレ!

会場の真ん中くらいまで、妻が小さくなって付き添い、そこから前の新郎・新婦の方に。会場や進行はかわいい二人に大声援。みんなにとっては当たり前のことだが、TO君にとってはその騒音は恐怖でいっぱいだっただろう。
TO君は弟・新郎へ、KO君は新婦へ持っていき、渡したとたん走るように妻のところに戻ってきた。
私のところから双子達の表情を見ることはできなかったが、妻曰く、「TO君はかなり我慢してたみたい。もどってくる顔の表情にはそれが出ていた」。という。
そう、最近のTO君は、何か不安やストレスがあると、顔をゆがめるような、そんな表情をすることが多いのだ。

我慢の限界か、TO君は妻に抱きかかえられ、私のところに戻ってきた。「本当によく頑張った。お父さんもお母さんのうれしい。」いっぱい、いっぱい褒めた。

何とか披露宴も無事終わった。TO君は、もうケロロ軍曹がもらいたくて仕方がない。「もうちょっと待て!」それで限界の糸が切れたのか、とうとう泣き始めてしまった。
「わかった、わかった」。いとこに言ってお土産を取りに行ってもらい、それを渡すとそれでご機嫌を取り戻した。

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2006年5月14日 (日)

弟の結婚式(4)

式も、何とかTO君の目立ったパニックもなく無事済み、次は披露宴。その間にソフトドリンクサービスがあり、TO君はオレンジジュースを、KO君はウーロン茶をうれしそうに飲み、機嫌をよくしているようだった。

式場の隣にあるレストランが披露宴会場。ちょっと薄暗い感じの店内、大人達からするととても洒落た雰囲気のいいお店なのだが、TO君にとっては、薄暗さと、マイク音や音楽が響き、かなり苦痛だったのではなかろうか?

それでもTO君は、「おじちゃんとお嫁さんの結婚式」=楽しいことと、必死に耐えていたようだった。私達夫婦も、ここ数ヶ月間、とにかく、「今度、おじちゃんの結婚式があるからね。楽しみだね。」と言い続け、「花束を渡しに行くことできるかな。」とTO君にイメージさせていた。

披露宴の最初の挨拶の時は、二人とも落ち着かない様子だったが、隠し持っていたガンダムのおもちゃを渡し、それで何とか静かに過ごさせることが出来た。
「乾杯!」はとても大好き、その後の食事もとても喜んでいた。
前日、弟から白ご飯しか食べないTO君のために、白ご飯を用意していこうかという申し出があったのだが、レストランではパンはでるだろうから大丈夫だろうと応えた。そしたら弟は、TO君とKO君が好きなパンを自分が焼いていくと言う。それでリクエストしたTO君が好きなアンパンと、KO君が好きなメロンパンもあり、それに二人とも大満足だった。…弟の気遣いに感謝! ありがとう。披露宴の間TO君がもったのは、おそらく弟のお陰だ。しかし、料理は何一つしなかった弟がパン作りが趣味とは驚いた。

TO君が、料理や弟の手作りのパンに機嫌良くしている間に、兄として、新婦の親類や弟の仕事関係の上司や友人に挨拶に行こうと、ビール片手に動きだした。TO君の機嫌が悪くならないうちに、サッサッと終わらせようと考えていたのだが、途中で妻にダッコ状態のTO君が現れた。「お父さんがいなくなった」と泣きながら、指しゃぶりまでしている。…うわぁー、しまった。せっかく、ここまで何とか機嫌良くしてたのに…。

とりあえず、最低限の兄としての役割を終え、席にもどった。妻がダッコされたTO君を連れてきた。今度はしばらくお父さんにダッコされ、何とか機嫌を取り戻した。

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2006年5月13日 (土)

弟の結婚式(3)

双子達もスーツに身を包み、いざ式場へ。
式場はある建物の5階の一画にあり、ドームのような全天候型のテラスのようなところに設けられていた。私達が到着してしばらくすると式が始まった。

真ん中はスロープ上に徐々に高くなっており、新郎・新婦が入場する赤い絨毯が敷かれている。一番高いところに神父様がいて、その後ろに十字架が立っていた。絨毯の両側には両家の親族や友人達など参加者が座る椅子が段々と置かれていた。

弟から話は聞いてはいたが、周囲にはそのテラスに面したレストランがあり、その時間も大勢のお客さんが食事やお茶を楽しんでいた。
…、おい、こんなところで結婚式するのか? 一般のお客さんからも丸見えじゃん!
正直、絵になる新郎・新婦でないと様にならないと思う…、弟よ、それだけ自身があるってこと? それとも自己満足? まあ、お嫁さんがかわいいのは認めるけど…。

TO君はというと、式が始まる前は何ともなかったのに、式が始まると、周囲の人のざわめきや、神父様のマイクを通した声、時折歌われるコーラスに敏感に反応してしまい、座っている時は何とか椅子に座れていたのだが、立つと不安になるのか、ほとんどお父さんにダッコ状態だった。
時折、「ねむ~い」とこぼしていた。確かにいつもなら昼寝の時間…、つまらなそうな時間は特に症状が出るようだ。

ただ、式の最後に新郎・新婦に花びらをかけるところでは、ダッコされながらも張り切ってやっていた。

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2006年5月12日 (金)

弟の結婚式(2)

いよいよ結婚式当日…、といっても、結婚式は午後3時から。そこでせっかく都会に出てきたのだから買い物しようってことで、午前中は地下鉄に乗って繁華街へ。

昨日の電車は車窓からいろんな景色が見えたのに、今日の電車の車窓は真っ暗。KO君は「お外、真っ暗だよー」…「そうだよ、だって地面の下だもん」。KO君「えっ!」と言って顔が引きつっていた…。「うちの双子達は4歳で地下鉄デビューか、早いなぁ。」って、ここが地元の方なら珍しいことではないのだが…。

地下鉄を降り、まずは披露宴に合わせ遅い朝食をとるためミスドへ行ってドーナツとマフィンを食べた。その後、デパートへ行き、妻はパンツの枚数を間違えたと婦人肌着売り場へ(ちょっと間抜け…)。私と双子達はディズニーショップの入っている階へ直行。
双子達はうれしさのあまり狂喜乱舞…するのかと思いきや、あまり反応はなかった(?)。

うれしくないのか? 実は昨日の水族館も今日のディズニーショップも、結婚式&披露宴に機嫌良く出てもらって、役割=フラワーボーイ(新郎・新婦に花束を渡しにいく役)を果たしてもらうための作戦だったのだ。
KO君はこんなことしなくても大丈夫だろうが、TO君が心配なので、できるだけ楽しいことだというイメージづくりをするためだった。
とりあえず、二人ともバズライトイヤー(トイストーリーのキャラクター)の飛行機を買って満足したようだった。

デパートを出て、今度は私の買い物のため、エディーバウアーのショップへ。バナナの繊維を使ったという色違いのシャツを2着、それに合わせたTシャツを2着買ったのだが、その間にTO君が機嫌が悪くなってしまった。
どうも自分の相手をせずに、お父さんが服を選んだり、ショップの女性の店員さんと話をしていたのが気にくわなかったらしい…。

これまでの苦労が水の泡?
もうちょっとゆっくり選びたかったのだが、さっさと切り上げて、とにかく結婚式の準備のためホテルに戻ることにした。

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2006年5月11日 (木)

弟の結婚式(1)

GW中に私の実弟の結婚式がありました。私達夫婦と双子達は、自家用車で5時間弱(途中休憩有り)かけての民族大移動(2泊3日)でした。

結婚式は2日目で、初日はとりあえず移動のためだったのですが、双子達が何の楽しみもないとおもしろくないだろうと、「良い子にしてたら、楽しいことがあるかもよ」と言い聞かせ、水族館に連れて行きました。水族館の駐車場は混んでて停められないだろうと考え、ホテルに車を置き、その後は電車を乗り継いで行きました。案の定、駐車場は満車で沿線から車の列、電車で行って正解でした。双子達も、昨年の夏は、バスに乗ることも怖がっていたのに、目的地が水族館だったからなのか、電車での移動も全然平気でした。

水族館内…、魚を見に来たのか、人を見に来たのかわからないくらいでしたが、イルカのショー、アシカのショー、ラッコのショーと、タイムスケジュールをこなし、帰りにペンギンとカクレクマノミのぬいぐるみを買って、双子達は大満足だったようです。

私達夫婦は、移動と水族館でへとへと、やっとのことで双子達をお風呂に入れ寝かせ付けました。
明日はいよいよ結婚式本番、双子達頑張ってくれよ!って感じでした。

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まずはお礼を…

日頃から、私のくど~い文章のみのblogにお付き合い頂き、また、GWからこっち更新してないのにアクセスしていただいている大勢の(?、そんなに大勢って書くほどではないですが…)方々にまずは感謝申し上げます。

GWは、弟の結婚式がありちょっと遠出したため、疲れが出てしまい、今週はなかなか朝早く起きることができませんでした。

そろそろ再開したいと思いますので、つたない文章ですが、双子&自閉症児の育児生活を見守ってやって下さい。よろしくお願いします。

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2006年5月 3日 (水)

愛のかたち

保育所からいっしょに幼稚園に入ったNちゃん、でも一つ下の年少さんなので、うちの双子達とは同じクラスではない。

保育所ではNちゃんと仲良く遊んでいたKO君だが、幼稚園の預かり保育でクラス関係なくみんなホールで遊ぶ時間もあるのに、未だ一言もNちゃんとお話すらしてないらしい。妻が良く聴くのだが、KO君いわく(?)話すタイミングがないらしい。おそらく、年少さんは女の子が3人しかおらず、それも美女揃い、年少さんの男の子に囲まれ、KO君は近づくこともできないのではなかろうか?
Nちゃんのお母さんの話によると、Nちゃんも「KO君が好き」らしい。相思相愛の仲、でも、お互いに話をできないでいる。何て、ロマンチックな…。

もてなかったお父さんからすると、「幼稚園で彼女? ふざけるな!」と言いたくもなるが…。

対して、TO君…、保育所からのケンカ友達であるMちゃんと、また「バカー」と言い合いして帰ってきた。しかし、こんなTO君も、家に帰って誰が好きなのか聴くと、「Mちゃんがいい!」と応える。

いろんな「愛のかたち」があるもんだ…。

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2006年5月 2日 (火)

こだわったのは…

これは先週の土曜日ネタ…、久しぶりにヤ○ダ電機に行った。ビデオテープやファクシミリ用紙、その他もろもろ電化製品の消耗品を買い求めるためとプリンタの下見のため。

この店の入り口には、ガチャポンが置いてある。目ざといTO君が、お気に入りの「ケロロ軍曹」を見つけた。続いて「ガンダム」。…これがあるから、この店に来るのはめんどくさいんだよなぁ。
…と言いつつ、仏心のお父さんはTO君とKO君に、「今日一日、よい子に買い物付き合ってくれたら、1回ずつしていいよ。」と行って、先に買い物を済ませた。木~金の出張もあったし、その際お土産も買ってこなかったから、「まぁ、これくらいいいか」と思って…。

「どれにする? 1回ずつだよ。」
TO君、KO君とも、300円のガンダムガチャポンを指さし、「ボク、これ!」「ボクもこれ!」…「300円! 高い!(こいつら目が肥えている)」
「じゃぁ、ジャンケンして、どっちが先にする?」…KO君からになった。
KO君は、見事1発でガンダムをゲット! 大喜び!
つづいてTO君、ガチャポンの表紙を見て、「ボクも、これ!」とガンダムを指さしている。「やばい」と思い、「どれが出てくるかわからないんだよ。この表紙に書いてあるどれかが出てくるんだからね(心の中でガンダムが出てくることを祈っていた)。」
出てきたのは、ガンタンク。TO君は「やった!」…あらそう?

これでおしまいのはず…だった。
なんかガンダムが出なかったTO君が可哀想で…、もしもう1回したらガンダムが出たら…。という気持ちが…、と思っていたら、妻が「私もシャアのゲルググが欲しい」と参戦してきた。
結局この後、この店で、私はガンタンクを1つ、妻はギャンを3つも出してしまい、ガンダムは取れなかった。
妻は「『ギャン』って、『マ・クベ』っていうげっそり痩せた病的なキャラの人が乗ってるやつでしょ。嫌だー。」と言って悔しそうだった。…あんたも、よー知ってるねぇ。

あきらめきれない妻は、次に行った店で再挑戦! 私も今度は200円のガチャポンに乗り換えて挑戦! 妻はここで何とか『シャアのゲルググ』をゲットした。私は、ガンダムを続けて2つ…それで止めればいいのに、『グフ(ランバ・ラルが乗ってたやつ)』が欲しくてそれが出るまでやり続けてしまった。結局、またガンダムが1つ増えて、それとZガンダムシリーズの敵キャラ1つ。

こだわってしまったのは、私達夫婦の方だった。その行動と無駄遣いに二人して反省…。でも、子供達はおもちゃが一挙に増えて大喜び! でも、ガンダム1つとグフはお父さんのものだからね。
しかし、TO君…、ガンダムにこだわるかと思ったのに、ガンタンクが出てきても別に何ともなかった。こだわりを見せなかった。成長?なのか、それとも何でも良かったのか? よくわからない。
KO君の300円ガンダム…、200円ガンダムとは比較にならないほどよく出来ている。ほとんどの関節が動くのでいろんなポーズがとれる。KO君は上機嫌。TO君も200円ガンダムとガンタンクで楽しそう。何故かギャン3つは二人とも手にとならない。子供もよくわかっている…。

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2006年5月 1日 (月)

違う☆から来た…

先週ネタ…、木~金の出張の際ちょっと空き時間があったので書店に入った。以前は書店に入るとパソコン関係か仕事のための専門書等の場所に行くことがほとんどだったのだが、最近はまず、特殊教育、障害教育関係の場所に行ってしまう。

うちにはもう既に20数冊、その関係の本があるのだが、書店毎に品揃えが違ったり、新刊が出ていておもしろそう(?)な本はつい買ってみたくなる。特に、自閉症のお子さんを持った親御さんが書いた本には興味がある。
結局、この出張中に7冊も購入してしまった。いつ読むのだろう? これでおそらくうちにはこの関係の本が30冊以上になったに違いない…。

その中の1冊…、
『自閉症の息子 ダダくん11の不思議』
奥平 綾子 著
小学館

帰途の間で読んでしまった(出張中でいけないことかなぁ? でも寝てればいっしょだよね)。バスを待つ間、バスの中で、1ページ1ページ読みながら涙していました。一緒に行った上司や他の方に感づかれやしないかと、それでも涙を拭いながら読みました。うちのTO君にもよく当てはまることばかりでした。
自閉症ダダくんのお母さんが書かれた本で、ダダくんを「違う☆(星)から来た息子」として11の自閉症の特徴を表現しています。そしてその「違う☆から来た息子」の水先案内人として「ハル@スポック船長」=お母さんが日々どのように対応してきたかや、どう思われたか、ダダくんとお友達とのやりとり等を記録したもの(HP)が綴られています。
その中に「自閉症」や「障害」といった言葉は出てきません。それは、あくまで「違う☆から来た…」、この地球という星に住む普通の人とは違うだけであって、そして、みんなそれぞれ違って当たり前ということを表現したかったのだと思います。

「ハル@スポック船長」さん、やさしい本を書いていただき、ありがとうございます。私達夫婦も力を合わせ、「ハル@スポック船長」さんのように、TO君と付き合っていけたらな、そしてTO君と出会う人に付き合ってもらえるようにしていけたらなと思いました。

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