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2006年6月14日 (水)

節度ある新しい人間らしさ

マサさんのコメントに、ノーベル文学賞作家の大江健三郎さんと息子さんの話がありましたので、とても前の記事になるのですが、今の私達夫婦の気持ちに合うので紹介したいと思います。

記事は、2006年4月18日(火)の朝日新聞「定義集」に掲載されていたものです。引用の仕方、私の読解力の無さで誤解があるといけません。もしご興味のある方は、原文をお探しください。

大江氏の長男光さんは、知的な障害を持っていらっしゃる。
氏と光さんは、光さんの肥満と歩行訓練を兼ね、毎日1時間の散歩を行っている。ある日、光さんが散歩の途中、転がっていた石に足をとられて倒れてしまう。
その時に自転車でやって来た壮年の婦人が、「大丈夫?」と声をかけながら光さんの肩に手をあてる。
光さんがもっとも望まないことは、見知らぬ人に身体をさわられることと、犬に吠えられること。氏は、自分が十分に粗野な老人であることを承知の上で、しばらくほうって置いていただくよう強くいう。
すると、婦人は憤慨して立ち去る。
その後、氏は、距離を置いてやはり自転車をとめ、自分達をじっと見ている高校生らしい少女に気付く。その少女は、ポケットからケータイをのぞかせて、氏に示すようにしただけで注意深く見ている。
光さんが立ち上がると、少女は会釈して、自転車を走らせて行く。
氏は、この少女のメッセージを、「自分はここであなたたちを見守っている、救急車なり家族なりへの連絡が必要なら、ケータイで協力する」という呼びかけと言っています。
そして、最後に「不幸な人間への好奇心だけ盛んな社会で、私はあの少女の注意深くかつ節度もある振る舞いに、生活になじんだ新しい人間らしさを見出す気がします。好奇心は誰にもありますが、注意深い目がそれを純化するのです。」と結んでいます。

氏ももちろん、「壮年の婦人も評価する人間らしさの持ち主」と断っていますが、私には、氏から「しばらくほうって置いて欲しい」と強く言われた後、憤慨して立ち去る婦人の姿は、やはり自分勝手な正義感やお節介さだけを振りかざし、「私はあなたのことを心配してやってます。助けてあげます。…だから私ってすごいでしょ。いい人でしょ。そう感謝してよね。」という良心の押し売りに思え、そして、それが、私の母の言動、行動とダブってしまいます。
私の母も、「TO君のことを手伝いたい」と言ったことがありますが、自閉症のことを「病気になった(自閉症は病気ではありません、生まれつきの脳の機能障害です。“なった”わけでもなければ、“治る”ものでもありません)」と言い、『精神病は病ではない』という本を紹介する(自閉症は精神病ではありません、周囲の不理解で二次的精神障害を伴うことはあるようです)ような理解のない者に、手伝ってもらうことはありません。そして、私達が「理解する気がないのなら、もう何も言わないでくれ!」と言うと、さも自分の好意を無駄にした、私達夫婦が悪いかのように憤慨するのです。
本来なら、自分の理解のなさ、対応のまずさを反省するべきです。それよりも、自分が障害についてちゃんと理解していないのであれば、「必要があれば、いつでも必要なことをできる準備はありますよ。」と見守ってくれている方(女子高生らしい少女)が「節度がある」のだと思います。

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