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2006年6月13日 (火)

理解して欲しかったこと

先日、私達夫婦は、私の母と決別することを決断した。
ここ数ヶ月、TO君の障害について母に理解を求めてきたが、一向に理解しようとしてくれる気配もない。それどころか、私達夫婦の言うことに耳を傾けず、ひたすら自らの勝手な思い込みや価値観を押しつけてくる。更には、それは自分勝手なものではなく、自閉症の子供を持つ友達からのアドバイスだと言う。私達夫婦の言うことはいっさい聴こうとしないのに、赤の他人のことを信じるということだ。

そして、私達夫婦は、「寝る間を惜しんで専門書等を読み、TO君をどう育てたらいいか勉強している(だから私達の言うことを信じて欲しい)。」…と言うと、(元医療従事者なのに)…「自閉症の専門書なんてない、そんな教科書どおりになるわけがない!」と言い放った。
この言葉には、もう我慢が出来ない。私達夫婦は堪忍袋の緒が切れた。
私の妻は、本当に寝る時間を削り、自らが療育をしないと誰もTO君を助けてはくれないというプレッシャーと闘いながら、TO君のために日々の療育チェック表や見通しをつけるための写真帳等を作ったり、手遊び歌やお絵描き等の遊びを通した療育の勉強をしたり、そして、幼稚園でTO君が何か問題を起こすたびに幼稚園へ手紙を書いたりと、本当にこれ以上したら妻自身が身体を壊してしまうというギリギリの線で、綱渡り状態で毎日を送っているのだ。
「教科書どおりになるわけがない!」…こんな努力をしている者に対して、あびせる言葉だろうか!
母の物言いは、子供は親が愛情を持って接すれば、育て方さえちゃんとしてれば、ちゃんと育つもの。そして、TO君にもこれから成長する以上、ある程度のことは我慢したり苦労はしなければならないという言い方だ。
先日NHK福祉テレビ「ハートをつなごう」を見てもなお、そういう言い方なのだ。

「教科書どおりになるわけがない!」…それはそうかもしれない。だが、TO君の障害がどんなものか知らなければ、TO君をどうやって育てて良いかわからなかった。だからこそ、とにかく自閉症関係の本を読みあさり、TO君の症状がどんな機能障害に起因しているのかを知り、TO君に合った対処法を知り、それを実践してきた。そして、診断を受けた病院や、言葉の教室、発達支援センターにTO君の症状を説明して、適切なアドバイスを受けている。そして幼稚園へ理解を求めてきたからこそ、今、TO君は落ちついた、安心した生活を送っているのだ。
他人ならまだしも、身内にこれ以上、傷つけられるのはもうたくさんだ。こんなに頑張っている妻をもう傷つけたくはない。

人が聞いたら、何ともバカげた親子ゲンカかと思うかもしれない。こんなことまでblogで書かなくてもと思うかもしれない。しかし、あえて私は書くことにした。
その理由の一つ目は、blogがあくまで個人の日記であり、自分の正直な想いを綴って良いのではないかと思うこと、二つ目は、私のblogに訪れる方はおそらくお子様かご本人様がTO君と似たような障害をお持ちの方が多いのだと認識している。もしかしたら同じように家族の不理解に悩んでいる方もいらっしゃるかもしれない(その一事例として紹介したい)。そして、三つ目は自閉症や発達障害の不理解で、こんなこと(親子が決別する)ことが起こりうるという事実を綴っておきたいということからだ。

私は母のことを、女手一つで私達兄弟を育て、大学まで出し、立派に結婚までさせてくれた。本当に感謝しているし、尊敬もしていた。しかし、ことこのことについては、TO君とKO君を守るため、そして、妻を、家族を守るためゆずれるものではない。
誠に悲しく、辛いことではあるが、私の守るべき家族は母ではない。

以下、私達夫婦が母へ理解して欲しかったことを掲載する。

○TO君の診断名は『広汎性発達障害』であるということ。『広汎性発達障害』は自閉症と自閉症に近い障害名を総称するグループ名であり、自閉症の連続体(自閉症スペクトラム)であるということ。

○この障害は、病気でも精神病でもなく、生まれつきの脳の特性から起きる発達の『障害』であること。病気になったのではなく、治ることは絶対にないということ。ただこれから発達をしていく上で、『障害』を持ちながら社会に適応するように育てていき、TO君が少しでも社会に適応出来るよう助けていこうと、私達夫婦は頑張っていること。

○生まれつきの脳の特性から起きる発達の『障害』であるから、TO君は一生、この『障害』を持って生きて行かなければならないということ。それがTO君にとって、これからどれだけ辛いことか理解して欲しいということ。生きることが辛いということはどんなことか分かってほしいということ。

○具体的に言えば、定型発達と言われる普通の子供が、周りを見て理解し、大人達(親、先生など)から言葉で話されてわかることが、この『障害』があるためTO君は、全ては理解できず、自分に求められていることが分からない、自分がすべきことが出来ないということ。また、そんな混乱した不安な毎日を過ごしているため、自分の好きなことに対しての『こだわり』が出てしまい、周囲とその『こだわり』のためトラブルが起きてしまうこと。これは年齢的なものではなく、実際、双子の兄弟であるKO君には見られないことであるということ。

○TO君のそういう特性を理解する為に、寝る間を惜しんで、自閉症関係の本を読み、理解し、療育をどうしたら良いか、TO君にどのように対応れば良いのか、悩み苦しんでいること。

○私達が求めているのは、専門的なアドバイスでも、なんでもなく、ただ、ただ私達が悩み苦しんでいることを理解して欲しい、そして、TO君とKO君の子育て以外は何も出来ないくらい大変で毎日が綱渡りであること。

○私達夫婦の言うことを『悲観的』と批判するが、そのような辛い現実を考えないまま、TO君を育てた後のことを考えて欲しい。夢を見る、良い方に考えることも大切ではあるが、この『障害』の現実を見て、なお前向きに私達夫婦は努力をしているつもりだ。それを理解してもらえなければ私達はとても辛い。

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コメント

うーむ。なんとも厳しすぎる現状、母の不理解、言葉がありません。
現在、闘病中のサイエンスライターの柳澤桂子さんの本やテレビで病気の事を身内が解ってくれないことの悲しさがありました。
ノーベル文学賞作家の大江健三郎さんと息子さんの話と重なりました。
柳澤さんも現状を文書化してそれを読んだある研究者が自分の研究している病気ではないかと手紙をくれて初めて病気であることが判明して自分も周囲も助けられたと。
子供さんのことはご夫婦で調べられたとおりの情報が正しいと思います。最新の専門家の意見、アドバイスに沿ってご家族がより
心から快適に生きていくことが大切ではないでしょうか。
子供も親もお互いに学びあい愛し合い使命を果たしながら互いに助け合い楽しんで生きていくことこそが大事なことですよね。
日常のほんのささいな心震える瞬間瞬間を大切に生きていく。子供さんがいてくれたからこそ深まる家族愛お互いをいつくしみあい励ましあえる今、この時こそが大切ではないでしょうか。
子供さん、奥さんのがんばりを認めてあげて助け合い、はげましあい、つらいときは一緒に涙を流すことたいせつですね。
では、また、かげながら応援しています。

投稿: マサ | 2006年6月13日 (火) 22時14分

マサさん、コメントありがとうございます。
私達夫婦の気持ちをご理解いただき、心癒される想いです。
私達夫婦の役目は、TO君がこの現実社会の中で少しでも生きやすくなるための術を、TO君に身につけさせてやることだと考えております。
そして、子を持つ親なら誰しも考えるように、自分の子供を犯罪やいじめの加害者にも被害者にもさせたくない、他人の迷惑になるようにはさせたくない、更に出来うるならば、将来ある程度の支援を受けられれば自立できるようになることを望むだけなのです。
私達夫婦は、いつかTO君より先に死んでいく、またそうでなければなりません。その時にKO君にTO君のことを頼むという方法もありますが、KO君にはKO君の人生があり、全てをKO君に頼むのはあまりにも酷というものです。
何かの時には、KO君に相談にのってもらうようにと思いますが、TO君にはTO君にできることで精一杯の人生を歩めるようにさせてあげたいのです。
そのために今私達夫婦ができることは、TO君をTO君の障害を理解し、ただ「こうしなさい、こうしなければダメです」と一方的に押しつけるのではなく、TO君がどうして?なぜ?そうなるのかを理解してやり、その不安や原因を取り除いてやる、また、本人にその不安や原因を取り除ける手段を学ばせてやる、そして一歩一歩自信をつけさせてやる。そういう繰り返しの中で、たくさんの経験=手段という引き出しをTO君の中に蓄積させてやることだと考えています。
そのためには、TO君と私達夫婦、KO君と私達夫婦、TO君とKO君、もちろん私と妻との間に信頼関係を築き、将来にわたって仲の良い、助け合える家族にしたいと考えています。

投稿: たけpon | 2006年6月14日 (水) 22時55分

母の理解が無いと言うことは、とても悲しいです。息子夫婦・孫の為を思うなら、現実を受け止める事が大切だと思います。私の義母も、自閉症を信じたくないのか「違う」と言い張ります。これからも大変かと思われますが、一緒に頑張りましょう。

投稿: たっくん | 2006年6月14日 (水) 23時07分

たっくんさん、コメントありがとうございます。
「違う」と思いたいのは親も同じ、だけど、その子のことを本気で考えるから、障害を受け入れ、なお、その子の将来を少しでもよりよいものにしたい、その一心なんですけどね。
励まし、ありがとうございます。お互い頑張りましょう。

投稿: たけpon | 2006年6月14日 (水) 23時17分

はじめまして「ダダくん11の不思議」を検索していて、こちらのブログにたどり着きました。
私も自分の親を「理解がない!」と思っていた口なので書き込みします。
身内ほど受け入れにくいというのが結論です。
お母さんはたけponさんが心配→たけponさんは奥さんが心配→奥さんは息子さんが心配、気持ちが交差しないんですね。
お母さんはいつまでも親、たけponさんも親になった。それぞれに立場がかわり、ボタンの掛け違いにも似た愛情の掛け違いです。親子での埋められないセンスの違いもあります(笑)。

ウチは理解してもらったのかというとそうでもなく、口を出さなくなった程度です(同居です)。
本を渡しても読まない人なので、視覚支援、選択活動、スケジュールを使った息子とのやりとりを見てもらう、そして慣れてもらう(笑)。
私には言いませんが「ハ○○は幸せだね(孫のこと)、私はこんなに子供にかまっていなかった」と妻に漏らしていました。
少しは・・・と思った途端「弟は良かったねぇ、お兄ちゃんと小学校一緒にならなくて、恥ずかしい想いしなくてすむ」筋金入りですな(笑)。
私が息子のサポーターであれば良いという結論です。あとは仲間がいれば問題なしです。
お子さん、今が一番大変だけど、一番かわいい時期ですね。
たけponさんや奥様の努力は自信となって必ず未来を照らしますよ。

投稿: ja12c | 2006年6月15日 (木) 19時14分

ja12cさん、コメントありがとうございます。
ウチの母の場合、「私を心配」ということはないと思います。あぁ、もちろん息子の心配を全くしていない母親はいないと思いますが…。我が息子は不幸な自分(母)を幸せにするための従順な僕(しもべ)と思っているはずです(もちろん無意識ですが…)。
母から言われることは、すぐに愛情論、育て方の問題、何の根拠もない夢や希望論、そして、健常児と思われるKO君を良い子(ここで言う良い子は早く自立させ、何でも親の言うことをきく子供、かつて私がそうだったように…)にして…などと、自閉症児を持った親にとって、苦痛でしかないことばかりなのです。
母には、自閉症関係の本を渡しました。そしてそれを読んだ感想は、「TO君はどれが(どの症状が)当てはまるの? どれも当てはまらないよねぇ。」でした。その時、TO君はパカスカと自分の頭を叩いておりました(自傷行為)。つまり、TO君を、TO君の症状をちゃんと見ていないのです。元医療従事者なのに…。
元医療従事者というのも、私が憤る原因の一つでしょうね。だからといって、専門的アドバイスをして欲しいと願っていたり、それを期待しているわけではないのです。ただ、TO君の障害を理解して欲しい、私達夫婦がどんなことに悩み苦しんでいるのか理解して欲しいだけなのです。
「身内ほど受け入れにくい」…確かにそうなのでしょう。発達支援センターの方からも言われました。母も「心臓病よりマシだと思って、自分を慰めてるのよ。」と暴言を吐いておりました。受け入れられないのは、自分が障害児の孫を持った、可哀想な被害者だという気持ちからくるのでしょう。
それと母は本当にTO君のことを手伝いたい=手を出してあげたいと思っているわけではないですね。ただ「口を出したい」だけだと思います。そして、自分が言ったとおりにしていれば大丈夫だったでしょ、と後で言いたいのだと思います。
ja12cさんのせっかくの励ましのコメントに、なかなか良い方向に考えられない私達で申し訳ないのですが、私達夫婦共々、激高するタイプで、なおかつ私なんかは、「瞬間湯沸かし器&土鍋」タイプとか、「瞬間湯沸かし器&電気で保温」とか妻から言われてますので、しばらくこの母への怒りはおさまらないと思います。
「仲間がいれば問題なし」っていうのは、ja12cさんの場合は、つぼみの会のことですか? そちらの方には、カイパパさん(『ぼくらの発達障害者支援法』読みました)やジョーさんなど、すごい方がいらっしゃって、会も素晴らしい活動をされていていいなぁと思っています。私達も近くにそのような会や仲間がいたらいいなぁと思っているのですが、なんせ辺鄙な田舎に住んでいるものですから…、ただ、blogを通じたネットでいろんな方の情報を知ることも、こうやってコメントもらえる世の中なのでいいですが、やはり近くに仲間は欲しいところですね。
とにかく、私達夫婦は前向きに頑張っていこうと思っています。
今後とも、よろしくお願いいたします。

投稿: たけpon | 2006年6月16日 (金) 07時39分

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