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2006年7月29日 (土)

無事退院

昨日、無事、予定どおり退院しました。
妻が迎えに来てくれて、久しぶりに外の空気を吸いました。
入院した頃はいつまでも開けない梅雨で、グレーがかった風景が、一変、夏空ときつい太陽の照り返しがまぶしい季節になっていました。

夕方、妻と二人で幼稚園へ双子達を迎えに行きました。
退院することは言ってはありましたが、子供達を驚かせたいということと、自分自身、早く子供達の顔を見たい気持ちでした。
なぜか、TO君よりKO君の方がうれしそう? TO君はそういうことより、今自分が楽しんでいる遊びに夢中という感じでした。

幼稚園の先生方にも、入院中、登園時間を大目に見てくれたり、妻が私の病院に行かなければならない日など、お迎えの時間を延長していただいたり、ご協力していただいて、本当にありがとうございました。

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2006年7月27日 (木)

散歩

寝てばかりいると、夜に眠れなくなるし、腰も痛くなる。
それで、病院内を散歩している。
そしてお決まりの場所(X線検査受付窓口前、吹き抜けがあって明るく開放感がある)で休憩がてらの読書が最近の日課。
明日からはもう出来ない贅沢な日課である。

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2006年7月26日 (水)

お風呂

入院6日目、やっと入浴可能となった。
入浴といってもシャワーだけど、傷口が濡れないようにシールをして入った。
気持ち良かった。

術後の体調も傷口の状態も良く、28日(金)には退院となりそうだ。

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2006年7月25日 (火)

病棟

今回入院している病棟は、実は前回の検査時とは別の階。
担当科も前回はちゃんと外科病棟だったのだが、今回患者が多くベッドがないということで、耳鼻咽喉科病棟でお世話になっている。
中には整形外科や内科の患者さんもいる様子。
それに夏休みになったこともあって、子供が多い(ほとんど扁桃腺の手術のようだ)。
…で、最近外科の主治医の先生が私のところに来ることが、めっきり減ってしまった。
確かに外科病棟は医師も看護師も忙しい様子だったから、そっちがたいへんなのだろう。それに私の状態も安定しているので、心配ないということだろう。

…念のため、耳鼻咽喉科病棟の看護師さんが暇そうということ意味では決してありません。看護師さんへの感謝についてはまた、落ち着いて書くつもり。

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2006年7月24日 (月)

部屋替え

今日部屋替えがあった。
実は今朝まで個室にいた。大部屋(4人)が空いていなかったということもあるが、病棟の看護師長さんが、手術直後は個室が良いだろうと気をきかせてくれたのだった。

確かに個室は人に気兼ねせずにいられる。術後は確かに個室で良かったと思う。が、身体が元気になれば寂しい気もするし、なんせ1日5千円はちと高い。
これからいろいろ物入りなので贅沢はダメダメ。

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2006年7月23日 (日)

自由の身

夕方、腕にしていた点滴がはずれ、スタンドと歩かずに済み、自由の身になった。
後は、背中に差してある痛み止めのチューブが抜けると本当に楽になれる。それも明日には抜く予定。

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2006年7月22日 (土)

術後順調

今日は尿の管もはずれ自力で歩行を始めた。
ベッドから起きる時に傷口が痛むのだが、それでも自由になれただけマシ。
ずっと寝たきりだと腰が痛くてたまらなかったのだ。
夕飯から食事も出た。このまま順調にいけば、早く退院できるかも。

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2006年7月21日 (金)

とりあえず

とりあえず手術は無事終了。
まだ寝たきりではあるものの、こうしてblog更新してるということは、比較的元気な証拠。
前回の検査入院時は家に電話する気力もなかったから…

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2006年7月20日 (木)

再入院

今日から再入院。
明日は、いよいよ腹腔鏡下胆嚢摘出の手術です。
無事終わることを祈るだけです。

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2006年7月19日 (水)

色々カード

自閉症の症状として、人の気持ちを察するとか、人の顔色をうかがうというのは苦手とされる。人の顔色をうかがわないというのは、自分の気持ちに真っ正直ということで、考えようによっては良いことのような気もしないではないが、相手がうれしいのか、悲しいのか、困っているのか、怒っているのかという感情を理解できない、そして、その状況で、自分のしたいことをしたり、言いたいことを言って相手を傷付けたりするのであれば、それは決して良いことではない。

TO君もこの手のことは大の苦手らしい…。お父さん、お母さんに何度注意されても、ニヘラニヘラと笑いながら、何度もしてはいけないことをする。まるでわざと怒られるようなことをしているようだ。私達も忍耐強く注意するのだが、最終的に大きなカミナリを落とされてしまう。

このTO君の苦手さに気付いた妻が、TO君に「あなた、お母さん達が怒ってるということがわからないでしょ。」と聞くと、TO君も「わからない」と言う。それで作ったのが『色々カード』。

『色々カード』とは、黄色、水色、青色、赤色の4色のカード、それにそれぞれマジックで簡単な顔の表情の絵が書いてある。
つまり、黄色は『うれしい』表情、意味を表す『うれしいカード』、TO君が私達の言うことをきいてくれた時等に、「TO君、言うことをきいてくれて、お父さん、お母さんはうれしいよ。」と言いながら出すカード。
水色は『悲しい』表情、意味を表す『悲しいカード』、TO君が私達の言うことをきいてくれない時等に、「TO君が言うことをきいてくれないので、お父さん、お母さんは悲しい。」と言いながら出すカード。
青色は『困った』表情、意味を表す『困ったカード』、TO君が更に私達の言うことをきいてくれない時等に、「TO君が言うことをきかないので、お父さん、お母さんは困ってます。」と言いながら出すカード。
そして、赤色は『怒った』表情、意味を表す『怒ったカード』、TO君が全く私達の言うことをきいてくれず、私達が我慢の限界に達しようとした時等に、「TO君、怒るよ。」とか「お父さん、お母さんは怒っています。」と言いながら出すカード。

これがとても効果あり! 今まで、「おまえ! ふざけてるのか?!」と何度も切れそうになっていたTO君の行動に、「TO君、お父さん、お母さんは困ってるんだけど。」と青色カードを出すと、その行動をやめるようになるし、「TO君、そろそろ赤色カードを出そうかな。」と言うだけで、TO君も「いや、いや」と言って問題行動を止めるようになった。その後は、黄色のカードを出して、「TO君が言うことをきいてくれて、お父さん、お母さんはうれしいよ。」と言ってあげる。TO君もうれしそうだ。これでTO君を怒る回数が激減している。私達も気分がいい。

自閉症には、物事を言葉にして伝えるだけではダメで、できるだけ絵や写真にした方がいいらしい。今回、私達の気持ちを色のついたカードと絵で表すことで、TO君に伝わりやすくなったようだ。
すると、今度はTO君が、そのカードを幼稚園に持っていくと言う。今度は自分の気持ちを相手に伝えるために、そのカードを使いたいというのだ。
う~ん、TO君、それはとてもいいアイデアなんだけど、このカードの意味を相手の幼稚園児が理解しておく必要があるんだよなぁ? 幼稚園の先生にも理解を求める必要があるし…。ちょっと検討してみましょう。

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2006年7月17日 (月)

葬儀

おじさん(恩人)の葬儀が行われた。

「恩人の死」で書き忘れていたが、私が大学を卒業し就職するに際し帰郷した頃でも、このおじさんのお宅を私達母と息子が訪ねるたびに、「あんた達親子は、お互い“子離れ”“親離れ”してないねぇ」と言っていた。

その時、私自身としては、立派に“親離れ”はしているつもりで、母だけがまだ私を子供扱いというか、おせっかいをやくというか、“子離れ”しておらず、おじさんは何を冗談言っているのだろうと感じていた。

でも、実際、おじさんの言うとおり、最近までちゃんと、この親子は、“子離れ”“親離れ”していなかった。おじさんが正解だったのだ。
そのおじさんに今度こそちゃんと、この親子関係の清算を相談したいと考えていたのだが、もうそれはできない。

おじさんは、今日、家族、親類、そして、もう数少なくなってしまった友人達、これまでおじさんがいろいろと世話をし恩義を受けた人達に見送られながら、冥土の道へ旅立っていった。
おじさんは、商工会議所で中小企業の方の支援の仕事をされていた。おじさんの次男が、「父は家族のことはどうかわからないけど、人の相談には熱心にのっていた。そんな人でした」と言っていた。
次男の方も、つい最近、おじさん(お父さん)と口ゲンカをして、ケンカ別れをした状態での別れだったらしい。
人の死は本当に突然だ。私もできれば母とこのような状態でいることは、良くないことだと思うのだが…。

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2006年7月16日 (日)

恩人の死

七五三の宮参り、写真撮影を済ませ、いつものスーパーで買い物をしていると、ケータイに突然の訃報が入った。

もう20数年前、私の実家が、バカな父親のせいでとんでもないことになった時に、いろいろと相談にのって頂き、お世話をしていただいた、そして、それからずっと母子共々に良き相談相手となって頂いていた恩人の死だった。

20数年前、まだ中学生の私には、苦しんでいる母子家庭の家に上がり込んで、好き放題のことを言うこのおっさん(恩人)は好きにはなれなかった。私に向かって「この子もオヤジさんのようにきっとなる」とも言ったの覚えている。この人は何でこんなことを言うのだろう? 結局、この答えを聞くこともなかったが、私は当時、学校生活の中で良い子で甘ちゃんだったので、このおじさん(恩人)を見て、世の中にはいろんな大人がいることを学んでいったような気がしている。

買い物を途中で止め、とにかくお宅へ伺った。
おじさんは、自宅の布団の上で、まだ寝ているだけのような穏やかな顔をしていた。夜中の1時頃に亡くなったのだろうということで、朝いつもの時間に起きてこないことでわかったらしい。
自宅での死にもかかわらず、家族にも看取られずの死、何か可哀想でもあり、妙な言い方だが、おじさんらしい死でもあったような想いがした。

実は、先週、私が1泊2日の出張をしていて不在の時に、私の自宅アパートにこのおじさんから久しぶりに電話があったのだ。用件は、「おばさん(私の母のこと)に電話しても出ないけど、またどっかに行っとるのか?」。
おじさんには、私達夫婦の結納時に、遠方の妻の実家に行っていただいたこともあり、この電話で妻の両親とも久しぶりに会話することができた。この時はいつものように元気のいい声だったらしい。
翌日、その話を聞いた私は、夕方7時頃におじさんに電話を入れたのだが、誰も電話に出られなかった。おじさんは結構早く寝るので、もう寝たのかなと思って受話器を置いたのだった。

本当は、数ヶ月前からおじさんに連絡を取りたいと思っていたのは私の方だった。そう、母とのこの不毛な現状、私だって、この現状を良いとは思っていない。このような相談ができるのは、もうおじさんしかいない。ただ、私の方がなかなか時間がなかった。このような話だから電話ではなく、自宅を訪ねてゆっくり話をしたいと思っていたのだ。
もっと早くに相談に行っておけば良かった。とても悔やまれる。

私の子供達が生まれた時、その命名は私がしたのだが、もちろん何も考えていたわけではないが、偶然にもおじさんの姓の音2文字と、名の音2文字が、それぞれ双子の名の2文字にあてられており、おじさんから、「俺の氏名から、それぞれ名をとってもらって、とてもうれしい」と、もちろん冗談まじりに言われたのを覚えている。
そんな冗談とも本気とも言えない、ちょっとひねくれたおじさんの話がもう2度と聞けないと思うと、悲しくてたまらない。

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七五三

「七五三」をいつ行うか!? 我が家のここ数年の懸案事項だった。
毎年、うちの子達の誕生月である10月付近に、妻の両親がうちにやってきて約1月半ほど我が家(自宅アパート)の狭い四畳半に滞在する。だから、その時期がちょうど良いのだが、その時は私が仕事の関係上とても忙しいし、これまで双子達の状態(特にTO君の障害のためだったろうか…)を振り返ると無理だったように思う。

今年は、私の胆石症手術の関係で、妻の両親の滞在が今の時期になってしまった。遠方なのでとてもまた10月頃に来るのは難しい。そこで、またお流れになってしまっても仕方がない。せっかくご両親も来ているので…ということで、本来なら男の子は数え年で5歳(3歳か5歳)で年も違うし、普通11月15日近辺だがこの季節はずれの時期にやってしまおうということになった。
もうこの暑さの中なので、着物なんか着せないで、入園式&弟の結婚式で着たスーツを着せ、宮参りと記念の写真撮影だけ済ませようということで決まった。

ところが、妻の両親もとても楽しみにされていたのだが、梅雨の雨がおさまり、急に暑くなったためだろうか、義父の体調が前日になってよくないということ。だが、宮参りも写真撮影も予約していたので、妻の両親との写真撮影は後日行おうということで、昨日決行することになった。

写真撮影は午前中の方が、子供達も機嫌がいいだろうということで、11時頃から撮影をスタートさせた。このスタジオは以前、私の弟が結婚の前撮しをしたスタジオ。その時は見知らぬ人が大勢いて、TO君が固まってしまった。それをTO君自身も覚えており、この話が出るたびに「いっぱい人いるの?」と不安げだった。もちろん、「大丈夫、今度はそんなに人はいないし、楽しかったでしょ」と声掛けもしたが、妻がこの日機嫌がよくなった後の子供達のスナップ写真を見せてやることで、不安解消を図っておいた。
その効果があってか、スタジオに着いても何も固まることなく、スムーズに着替えをして撮影に入ることができた。

子供達は撮影が進むにつれかなり疲れて、なかなか大人が考えているようなポーズをとってくれない。まぁ、でも何とか主役の役を機嫌良くやり終えてくれたと思う。
私の本音は、もっと聞き分けよくできると思っていた。妻には「それは甘い。こんなもんよ」と言われた。子供達より親の方が、とても機嫌の良い顔が出来たか不安である。出来上がった写真の顔は引きつっているのではなかろうか…。
悲しかったのは、私がついつい厳しい態度を子供達に向けるので、TO君がすねてしまい、とうとう私の隣で写真を撮ることができなかった。ずっと妻の方へ逃げてしまった。

お昼の軽い食事を済ませ、今度は宮参りへ。宮参りのことも、「変な格好をした人が、前で何かわけのわからないことを言ったりするけど、何も怖いことはしないから、大丈夫だよ。」と何度もTO君には説明しておいた。
少し、おしゃべりはあったものの、ちゃんとお座りして良い子にしていたと思う。
つきなみだが、これから二人とも大した病気やケガもなく、健康に育って欲しいと思う。そして、TO君の障害についても、できるだけ良い方向で成長していって欲しいと願う。

この宮参りでは、ついでに私の胆嚢摘出手術に向けて、病気平癒の祈祷もしていただいた。私の勤務する職場では、このところ、「山の神」の神事を行った後に、職員親睦のためのミニバレー大会でアキレス腱を切る者、私が前回検査入院して入院が長引いたこと、その間に、一人は尿管結石で入院、一人は急性虫垂炎で入院した。そして、隣家の火事で自宅倉庫を全焼した者もいる。災難続きなので、御祓いしてもらおうということになったのだ。御祓いの甲斐があり無事手術が成功し、予定どおりの日程で退院できることを祈りたい。

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2006年7月15日 (土)

過去の記憶はいつのこと?

TO君が何かを思いだして、私達に訴えてきたりする。その時いつも、TO君から出る言葉は「さっきよ、さっき」。
「さっき」って、私達はTO君やKO君が、「ついさっき」何をしていたかや、何を言っていたかなどに思いをめぐらし、TO君が何を求めているかなど考える。でも、どうしても思いつかない。
よくよくTO君の訴えを聴いたりしていると、その「さっき」の出来事は、往往にして昨日のことだったり、数日前だったり、数週間、数ヶ月、1年くらい前だったりする。TO君の場合、それら全ての時系列概念が「さっき」なのである。

KO君の場合、「昨日、今日、明日」くらいはだいたいわかるようになってきた。ほぼ毎日カレンダーを見て、「今日はどこ?」と興味津々だ。「一昨日(おととい)」などは教えていないが、私達がわかりやすいようにと「昨日の昨日」と言っているので、KO君もそのとおりにおとといあったことは「昨日の昨日」とちゃんと言える。もちろん、数週間、数ヶ月前のことを、「さっき」とは言わない。

TO君は、「昨日、今日、明日」等の時系列概念や言葉の遅れが影響しているのかなぁと思ったりしていたが、どうもそれだけではないような気がしている。
TO君には、ある場面を写真のように鮮明に記憶する特性(よく言えば特技だけど)があるようで、全ての自閉症ではないだろうがそういう特性を持った人は多いと聞く。
もしかしたら、TO君にとって、過去の記憶は写真のように鮮明に残され、何かと結びつくとその記憶がさも「さっき」あったことのように、思い出されるのではないだろうか? まるで、気に入った写真がアルバムに閉じられ、何かのキーワードによって瞬時にそのページが開かれているようだ…。それはパソコンで画像閲覧ソフトを使い、ファイル名等で検索された状態に似ているが、そこに日付(タイムスタンプ情報)の概念はないようだ。

先日、夕方、妻は子供達の幼稚園の洗い物をし、私は夕飯の準備をしていた。子供達は最近は二人で仲良く遊んで待っているのだが、その時は疲れていたのか、ビデオを見たいというので、リクエストにより「かいけつゾロリ」を見せていた。
夕飯の準備ができ、夕飯を食べ終わって、今度はその片付け等でバタバタしていたので、子供達に「“つづき”でも見ておいて」と言うと、いきなりTO君が「そうだ! Zガンダム見なくちゃ!」と言う??? “つづき”は「かいけつぞろり」では?
実は、その前日は私が1泊2日の出張で不在だったので、妻がいろいろな準備をするのにビデオを見せていたそうだ。それが「Zガンダム」、そしてそれが途中で終わっていたらしい。“つづき”というキーワードで、前日の“つづき”が検索されたらしい。
こんなのは前日のことだから、そんなに不思議なことではないかもしれないが、こんなことが長期のスパンでよくあるのだ。

もちろん、これは何の確証もないので推測でしかない。確かめるには、もう少しTO君が成長して話を十分に聴いてあげないとわからない。

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2006年7月13日 (木)

お疲れさまでした

11~12日は久しぶりに1泊2日の出張でした。
内容は私が担当している作物「○○○」の、あるメーカー主催の生産者研修会で、講師は私の師匠であるK氏でした。

当初の予定では、この週には胆嚢摘出手術を入れるつもりでしたから、研修会への参加もK氏の話を聴くこともできないなぁと思っていました。

K氏の15年間という長きに渡る経験と探究心、熱意に裏付けされた講演内容は、本当に聴けて良かったと思いました。…と同時に、自分自身、もっと勉強しなくてはと反省もしました。

残念だったのは、K氏及び生産者の皆さんと同じところに宿泊すれば懇親会もあり、夜をとおして、もっと○○○談義の続きができたのですが、今回は胆石手術前の自分の身体のことを優先させ、別のところに宿泊しました。

K氏には本当にお疲れさまでした。もちろん講演もですが、15年間の仕事に対してもお疲れさまでした。でも、これからも私が困った時は、いろんな意味で師匠でいてくださいね。
それから、これから○○○とは直接関係のない仕事内容をされることになるかもしれませんが、おそらくK氏のことですから、K氏らしい仕事ぶりを発揮されると確信もしています。私が言うのもおこがましいのですが、これからのご活躍を期待しています。

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2006年7月 9日 (日)

OPEN HOUSE 見学(2)

今日は(既に日付が替わっているが)、私達が自宅の設計を依頼している建築家の方が設計したお宅の OPEN HOUSE に行ってきた。

梅雨真っ直中と台風3号が近づき、このところずっと雨ばかりだったのだが、今日は意外にも晴れ間の見える天気だった。でも、いろいろと用事(子供達の音楽教室や散髪)を済ませ、午後3時過ぎに伺う頃になると雲行きがあやしくなりそうだった。

OPEN HOUSE のお宅について詳細を述べるのは控えようと思うが、その建築家の方らしい、施主の暮らし易さを熟慮した、それでいて随所に建築家のセンスを感じさせるいいお家だったと思う。
その建築家の方は、お宅毎に専用のblogを立ち上げていらっしゃる。建築家の方としては工事監理日誌としてということであるが、施主にとっては最終的に写真付の工事監理報告書としてプレゼント用にということで、とても細かな心遣いで、すごくいいプレゼントだと思う。今日はそれが印刷され、きれいにクリアブックに綴じ込まれていた。
家は建ってしまえば、その外観とか内装にしか目がいかないが、その家を建てた場所がどんな場所で、神事もこんな感じでやって、基礎や木工事がこんなふうに出来ていって、この時こんな問題が発生して…それでこうやって解決してなどなど、思い出や建築家の側も施主側も両方の家に対する“想い”が残されて、本当にいい『家創り』の軌跡になると思う。
「うちもお願い!」と、暗に?(あからさまに?)お願いしてきた。

ところで、今日は、一緒に女性の方がいらっしゃったのだが、その方がお施主様だったとは後で気付いた。どなただろう?と不思議に思っただけで何のご挨拶もせず失礼をしてしまった。大切な入居前のお宅に子供達と上がり込んできて、傷付けはしないか等、さぞご心配だったのではないだろうか。
お施主様、「素敵なお家を拝見させていただき、本当にありがとうございました。周囲に立ち並んだお家の中で、一際センスの光るお宅で良かったです。」
私達の家も、建築家の方のお力をお借りして、こんな素敵な家になればいいと思った。

自宅アパートへの帰途、運転しながら OPEN HOUSE 見学で興奮さめやらぬ私は、妻に私達の家の設計上の懸案事項について話をしていたのだが、ここ最近、私の胆石症検査のための入院等でお疲れ&寝不足の妻は、何か意味不明なうわごとを最後に助手席で寝てしまった。
仕方ないですね。また今度にしましょう。

とにかく、ai様仏様(失礼?女神様にしましょうか)、よろしくお願いしま~す。

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2006年7月 7日 (金)

入院中に読んだ本

入院中に読んだ本を、blog左下欄の「読んだ本・お薦めの本」に追加しました。

『読んで学べるADHDのペアレントトレーニング むずかしい子にやさしい子育て』シンシア・ウィッタム著/上林 靖子〔ほか〕訳/中田 洋二郎監訳

あなたがして欲しい行動をふやすためには「ほめる」。あなたがしてほしくない行動を減らすためには、その行動を「無視する」。「ほめる」ことは実践できそうですが、して欲しくない行動を今していたら、それを「無視する」というのはなかなか難しい…。
協力をひきだすための、よりよい行動のためのチャート(Better Behavior Chart:BBC)はおもしろそう、是非実践してみたい。

『自閉症児のための絵で見る構造化 (学研のヒューマンケアブックス)TEACCHビジュアル図鑑』佐々木 正美監修・指導・文/宮原 一郎画

内容的には小学校就学以上を対象だったようで、うちのTO君にはちょっと早かったようでした。でも、今の日常生活に役立ちそうなヒントもあったので、考えてみようと思う。

2泊3日の入院予定だったので、あまり暇つぶしの本は持っていってなかった。上記のような本を読んでいたら、看護師さんには何している人かと思われていたらしい…。教師か何かと間違えられたかな?

読む本もなくなり、テレビにも飽きたので、病院内の売店へ本を探しに行った。小さい売店なのであまり多くの本は置いていない。職場の同僚が 『ダ・ヴィンチ・コード』ダン・ブラウン著/越前敏弥訳 を読んでいたのを思い出し、「これでも読むか」と読み出した。久しぶりにこの手の本を読んだが(私はこのところ、実用書ばかり読んでいる)、結局、退院するまでに上・中・下巻とほとんど読み終えてしまった。結構おもしろかった。でも私はキリスト教や世界史に詳しくないので、小説の中に出てくる記述がどこまでが事実で、どこからが虚構なのかがわからない。それがわかって読むともっとおもしろいのだろうなぁと思った。わからなくても謎解きやそれに向かっていくスリルはおもしろかったけど…。映画も見てみたいけど、そんな暇ないだろうなぁ。

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2006年7月 6日 (木)

お見舞い

双子達にも「2泊3日で帰ってくるから」と、特にTO君に言い聞かせていた。でも1週間以上お父さんに会えないと、またTO君が不安定になるといけないということで、24日(土)に妻が双子達を連れてお見舞いにきた。

すると…、KO君は廊下から私の姿を見つけると、「お父さんだ!」とニコニコしながらやってきて、後はベットの傍らにある椅子やベットの上、私の隣に来ては「もう石とれた?」などと終始ご機嫌というか普通だった。私の姿を見るまでは「入院しているお父さん」という状況はわからなかっただろうが、おそらく、すぐに状況を理解し飲み込めたのだろうと思う。

一方、TO君はやはり廊下から私の姿を見つけ近寄っては来たものの、私のベットの端(入口の方)の方でモジモジしている。そして私を見て「こわい」と言う。
2泊3日で退院するつもりだったのでシェーバーを持ってきていなかった。確かに無精髭が伸び放題、それに点滴もまだはずれていなかった。いつもと違うお父さんに不安があり、それで「こわい」のかな? TO君に「この髭がこわいの?」と聞くと「うん」とうなずく。
いつまでもお父さんに近寄れないTO君に妻も「またしばらく会えないよ、いいの?」と声をかける。少しは機嫌はよくなっていたものの、それでもやっとベットの横に置いてある椅子に座っただけだった。
小一時間いて、やっと最後の方は不安が薄らいだ様子で、少しは私に近寄れたようだった。

帰り際、「もう少ししたら帰るからね」と、KO君にもTO君にも、ホッペをすりつけ無精髭をこすりつけた。二人ともニコニコしながら微笑んでいた。

お父さん子のTO君をいつも世話している私としては、KO君よりも…というと語弊はあるが…、TO君に私との再会を喜んで欲しかった、そういう姿を見たかった。というのが本音。まぁ、それも大人の勝手な都合なのだが…。
でもそういうわけにはいかなかった。これが障害を持つ子と定型発達の子の違いなのだろうかと、3人が帰った後、ベットに横になりしみじみ考えさせられた。

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2006年7月 5日 (水)

胃・大腸カメラ

今回の胆石症の治療に併せ、主治医からついでに胃と大腸のカメラをして、消化器関係を検査をしておきましょうということになった。何度もお腹を開けるのもよくないとのことで、ちゃんと調べて問題があったら、この際いっぺんに片付けましょうということ。

前回入院中の退院直前27日(火)に、膵炎の炎症反応が落ち着いているのを確認して、胃カメラをした。
胃カメラは初めてだったのだが、ERCPの内視鏡よりもかなり小さめのカメラだったのにもかかわらず、胃カメラの場合は喉への麻酔と、直前の筋肉弛緩剤の注射だけだったためか、とても苦しいと感じた。
力まず楽にしておけば、そんなに苦しまないらしいのだが…、検査中も苦しく、終わった後もしばらくカメラの管が通った感触が喉と食道に残り、夜は痛み止めの薬を服用してやっと寝付くことができた。

そして昨日、外来で大腸カメラをした。以前…といっても10年くらい前にやったことがあるので、だいたい予想はついていたが、大腸カメラの場合、あの何とも言えない味(ポカリスエット?みたいなんだけど、それほどおいしいわけでもない…)の下剤を2リットルも飲み、トイレに何度も行って、腸の中をきれいに洗浄しなければならない。
カメラを入れられるよりも、この下剤を飲み干す方が苦痛と言えると思う。
カメラは、大腸が曲がった箇所を通過する時は少しお腹が痛むものの、口からではないので何とか我慢できる。

結果は、胃の方はちょっと潰瘍があるとのことで薬をもらい、大腸の方は何も問題ないということで、これで晴れて胆嚢摘出手術に望むことができる。

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2006年7月 4日 (火)

長期入院の理由

退院はしたものの、入院中辛くて寝てばかりいたので、身体がなかなか元どおりになりませんねぇ。残業もせず早く帰り、子供達と結構早い時間に寝ているのだけど、朝もなかなか早くは起きることができません。blogがなかなか更新できません…。

今回の入院は、胆嚢等からのびる胆管内に石があるかどうか、またあれば取り出すというERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)を行うためでした。
診察をした医師からは詳しい内容を聞かされていなかったため、2泊3日の検査入院で簡単に終わるものだろうと考えていました。

ただ、妻が心配してWEBサイトで調べた記事を、検査前日入院ベットで読んでいると、わずかな確率ではあるものの、このERCP等治療法では合併症(出血、膵炎等)を生じること、またまれに死亡することもあることなどが書かれていました。
検査当日にやっと検査を担当する主治医から詳しい説明(WEBサイト同様)を受け、同意書にサインをさせられました(診察の時にちゃんと説明すべきだろう! 怒)。

当日は朝から絶食、右腕から点滴をされました。午後3時頃検査室に呼び出され、内視鏡を入れるために喉に麻酔をし、検査ベットに横になり、最後は眠れるはずの薬を点滴といっしょに投与されたのですが、私には全く効き目はありませんでした。
マウスピースをされ、内視鏡等を口からつっこまれ、胃を通過してと…モニターをちらちら見ながら、主治医等の話も聞きながらと検査の一部始終はわかりました。
1時間程度の検査でしたが、終わって入院ベットに横になっていたらじわじわとお腹が痛くなり始めました。痛み止めを点滴と一緒に投与してもらわないと眠ることができません。吐き気もします。でも食べてないので吐く物もなく、ゲップばかり出てきます。
明日は退院のはず…、それがこんなに長くなろうとは…、この時思いもしませんでした。そう、WEBサイトに書いてあったように、膵炎を起こしていたのです。

それから2~3日はこのような状態が続きました。朝は採血してアミラーゼとかいう値を調べます。これで膵炎の炎症がおさまっているかどうかわかるそうです。
19日(月)に入院、20日(火)に検査して、23日(金)くらいにはお腹の痛みはやわらいできましたが(この時からやっと水分だけ取れるようになりました)、アミラーゼの値がまだ少し高く、結局次の週の26日(月)の朝まで絶食でした。
26日(月)の昼食から食事をとり、27日(火)アミラーゼの結果も正常とのことで、やっと28(水)の退院が決まりました。

予期せぬ長~い入院で、今後の予定がずれてしまいましたが、身体のことなので仕方ありません。今後は胆嚢摘出のための手術がありますが、今回の検査で膵炎を起こしたため、しばらく間をあけて行った方が良いだろうということでした。
さっさと終わらしたい気持ちもあるのですが、これもまた仕方ないですね。

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