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2006年7月16日 (日)

恩人の死

七五三の宮参り、写真撮影を済ませ、いつものスーパーで買い物をしていると、ケータイに突然の訃報が入った。

もう20数年前、私の実家が、バカな父親のせいでとんでもないことになった時に、いろいろと相談にのって頂き、お世話をしていただいた、そして、それからずっと母子共々に良き相談相手となって頂いていた恩人の死だった。

20数年前、まだ中学生の私には、苦しんでいる母子家庭の家に上がり込んで、好き放題のことを言うこのおっさん(恩人)は好きにはなれなかった。私に向かって「この子もオヤジさんのようにきっとなる」とも言ったの覚えている。この人は何でこんなことを言うのだろう? 結局、この答えを聞くこともなかったが、私は当時、学校生活の中で良い子で甘ちゃんだったので、このおじさん(恩人)を見て、世の中にはいろんな大人がいることを学んでいったような気がしている。

買い物を途中で止め、とにかくお宅へ伺った。
おじさんは、自宅の布団の上で、まだ寝ているだけのような穏やかな顔をしていた。夜中の1時頃に亡くなったのだろうということで、朝いつもの時間に起きてこないことでわかったらしい。
自宅での死にもかかわらず、家族にも看取られずの死、何か可哀想でもあり、妙な言い方だが、おじさんらしい死でもあったような想いがした。

実は、先週、私が1泊2日の出張をしていて不在の時に、私の自宅アパートにこのおじさんから久しぶりに電話があったのだ。用件は、「おばさん(私の母のこと)に電話しても出ないけど、またどっかに行っとるのか?」。
おじさんには、私達夫婦の結納時に、遠方の妻の実家に行っていただいたこともあり、この電話で妻の両親とも久しぶりに会話することができた。この時はいつものように元気のいい声だったらしい。
翌日、その話を聞いた私は、夕方7時頃におじさんに電話を入れたのだが、誰も電話に出られなかった。おじさんは結構早く寝るので、もう寝たのかなと思って受話器を置いたのだった。

本当は、数ヶ月前からおじさんに連絡を取りたいと思っていたのは私の方だった。そう、母とのこの不毛な現状、私だって、この現状を良いとは思っていない。このような相談ができるのは、もうおじさんしかいない。ただ、私の方がなかなか時間がなかった。このような話だから電話ではなく、自宅を訪ねてゆっくり話をしたいと思っていたのだ。
もっと早くに相談に行っておけば良かった。とても悔やまれる。

私の子供達が生まれた時、その命名は私がしたのだが、もちろん何も考えていたわけではないが、偶然にもおじさんの姓の音2文字と、名の音2文字が、それぞれ双子の名の2文字にあてられており、おじさんから、「俺の氏名から、それぞれ名をとってもらって、とてもうれしい」と、もちろん冗談まじりに言われたのを覚えている。
そんな冗談とも本気とも言えない、ちょっとひねくれたおじさんの話がもう2度と聞けないと思うと、悲しくてたまらない。

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