« フラッシュバック? | トップページ | イベント盛りだくさん »

2006年10月 7日 (土)

「きらっといきる」を見て…

私が読んでいる双子ママのblogに、次の番組が紹介されていた。
最近忙しくて、リアルタイムに放送番組を見ることができない。ビデオに録画して先日やっと見ることができた。

NHK教育テレビ 「きらっといきる」
9月23日(土) 20:00~20:29
『通園施設は今 ~障害者自立支援法と家族の思い~』

「障害者自立支援法」については、asahi.comに次のようにあった。

障害者の地域での自立や、身体、知的、精神の障害別で提供されてきた福祉サービスの一元化が目的。利用者が福祉サービスを自由に選べる「支援費制度」が財政破綻したため、導入された。所得を基本とした「応能負担」に加え、利用したサービス量で利用料が決まる「応益負担」の仕組みを取り入れた。4月から本人1割負担に続き、10月からは障害の程度を6段階に区分する認定制度も始まる。

私もまだまだ勉強不足ですが、結局、本音は財政が破綻したから障害者にも相応の負担をしてもらいましょうということですかね? ネットでいろんな記事を読むと、例えば、札幌テレビ放送

実家を離れグループホームに入居して作業所に通って働くという自立した生活を送っていた障害者の方が、月1万円の収入を得るために1万3千円を支払わなければならない-といった現象が起き、自立生活を諦めることも考えている。

とのことで、こんな現象が起きているのでは何のための「自立支援法」なのか疑問ですよね(asahi.comの記事には負担軽減策を4割の自治体が導入するということで、地域格差も指摘されている)。それも同法の本格施行に伴い、児童福祉法も改正され、障害児施設の利用料も保護者の所得に応じた負担からサービス利用料の一割と給食費を負担する仕組みに変わったようです。
うちのTO君の場合、今のところこのような通園施設に通わせているわけではありませんが、今後どのようになるかわからない中で人ごとではありません。そもそも「自立」していない、できない児童を対象にその保護者に負担増を迫るというのはどういうことなのでしょう?
それも、その通園施設が利用契約制度に移行するとのこと、国は「発達障害者支援法」の中で、障害が疑われる子どもの早期発見と適切な早期療育を謳っているのに、そういった早期発見と早期療育の場を提供する通園施設を利用契約制度にすることはおかしいのではないでしょうか? 矛盾していると思います。

テレビでインタビューを受けていたお母さんも同様のことをおっしゃっていましたが、我が子が障害があるのかどうか、もしかしたらあるのかもと薄々は感じ、頭の中ではある程度、疑問が確信に変わりつつあり「障害受容」をしよう、しなければと葛藤している。だが、気持ちとしてはまだまだ整理ができていないこの時期に、医療や保育、療育機関の方々の勧めで通園施設などに通いながら、我が子の障害について少しずつ受け入れ前向きに生きていこうとしている親に対し、まず「障害受容」ありき、そしてその上で施設との利用契約という心理的負担、そして経済的負担というのはあまりにも酷な制度だと私も思います。

小学校? それとも中学校の頃だったかな? 社会科の授業で、「成熟した国家は、福祉国家を目指す」ようなことを学んだ記憶があります。その頃子供だった私は、日本は先進国で経済大国なので、当然「福祉国家」なのだと錯覚していました。
日本という国が貧しい国で、本当にお金もありません、だから国際的にも分不相応なことはできません=国連の常任理事国入りなんて求めません、自衛隊もどこにも派遣できる余裕なんか私達の国にはありません…と言っているなら、国内の福祉行政の在り方自体が貧しい考え方でも国民は納得するかもしれません。しかしそうではありません。外向きには、いかにも「えー格好しー」です。
それでもって、日本国民、それも弱者にばかり負担を強いるような国は、もちろん福祉国家とは言えないし、成熟した国家でもないのでしょう。
欧米では、発達障害等を持つ障害児は一定の割合で生まれてくるという考え方が定着しており、それを社会全体でカバーしていくため行政面や財政面でのバックアップが大きく保証されているそうです。これこそ福祉国家の有り様だと思います。

いつの間にか安倍さんが首相になっていました。「教育基本法」の改正や、「美しい国 日本」創りが語られました。
安倍さんには安倍さんの想いもあるのでしょうが、「日本を、世界の人々が憧れと尊敬を抱く国にする」以前に、(それは同時かもしれませんが)日本国民が自分の生まれてきた国に対し、この国に生まれてきて本当に良かったと思える国を目指してもらいたい。本来、「愛国心」とは国民一人一人がこの国に生まれてきて良かったと心から思った時、そういう誇りがあればこそ自然に生まれてくる心情なのではないのかと私は思います。
政治家は、国民一人一人がそう思える国を創ることが、「仕事=志」だと思います。

国民誰もが、そりゃー個人の努力は必要だけれども、それでも誰かと寄り添いながら、助けを借りながら(サポートを受けながら)、このNHK番組のタイトルのように「きらっと生きたい」と思っているのです。それは障害の有無にかかわらず、生まれてきた全ての人の願いです。

|

« フラッシュバック? | トップページ | イベント盛りだくさん »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« フラッシュバック? | トップページ | イベント盛りだくさん »