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2006年11月 5日 (日)

障害受容(2)

「障害受容」について、もう少し書きたいと思います。

私の場合、最初の頃(診断がつく前)は、TO君の障害について“否定的”というか“楽観的”というか…、“昔からこんな子いたよ”という気持ちの方が強く、妻に“そんな気にしなくても…”って感じでした。
ただ診断がついてからは、とにかく本やサイトを読みまくり、必死にこの発達障害と対応について、そしてTO君について理解しようと勉強しました。そして妻と二人で話し合い、TO君への対応を改善したり、新たな試みをしていく中で、TO君の状態も落ち着いてきました。

発達障害についての無知というのは恐ろしいものだと感じています。
うちは“虐待”までには至ってないと思いますが、一歩間違えばそうしていたかもしれない。子供が生まれるまで、虐待のニュースを聴くたびに「うちに生まれてくれば虐待なんてしないのに…」と子を望むあまり安易な言葉を吐いていましたが、今では虐待する親の気持ちも少しは理解(もちろんしてはいけないことは確かですが…)できるようになりましたし、その虐待される子供の中にはこの発達障害が関係しているのでは?…と報道があるたびに何とも言えない悲しみを覚えます。

話がズレましたが、子供に障害があることを認め、その障害を理解し、それに合わせた対応を行って、子供と家族と共に前向きにその障害と子供に向き合っていく…、それを「受容」と呼ぶのなら、私も妻も「受容」しているのかもしれません。
しかし、同期の者が見たドキュメンタリー番組がどんなものだったかわかりませんが、確かにドキュメンタリーに出てきた家族は、“無機質な家族”よりは、障害のある子を家族みんなでサポートする“愛に満ちた家族”だったのかもしれません。しかし、それは子供が健常・普通・メインストリームな状態で、“愛に満ちた家族”であった方がもちろんいいわけで、私は決して子供に障害があって良かったとは思えない。
それは生まれてきた子供・TO君を否定するわけではない…この子が生まれて良かったとは思うし、この子はこの子のままでいいと個性を微笑ましく感じられる時もある。しかし、何か一つでも脳の受け取り方が違うだけで、パニックを起こし、お友達と楽しく遊べない、行事に参加できない、普段はできるのに本番で何もできなくなる…、そんなTO君を見ているとやっぱり障害なんてない方がいいに決まっている。TO君に障害があって良かったとは思えない。それは私も妻も同じ気持ちです。

親はそこまで(子に障害があって良かったとまで)“障害受容”をしなければならないのでしょうか? それを「受容」と呼ぶのなら、私達夫婦はできていません。
私はそれはなかなか難しいことだと思うし、私達夫婦にはできそうにありません。
朝、目覚めて「TO君の障害は夢だった」とか、「もしTO君に障害がなかったら…」、「何でTO君に障害なんかあるんだ」と思うのは、当然の親の心理ではないかと思います。ありのままのTO君しかいない、そのTO君を受け入れていながら、それでも障害がなかったら…と思う矛盾は仕方のないことだと私は思っています。

北海道大学の田中康雄先生も講演でおっしゃっていました。
「私達(先生)が親御さんに『もう受容しましょうよ』と言うときは、もう私達側の方が疲れた時に用いる言葉で、親御さん達の方から『私達は受容しました』と言えるものではない。親御さんは受容なんてできるものではない。」…と。

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コメント

おはようございます。
コメント読ませて頂きました。
その通りかもしれません。
軽々しく、「受容」と言う意味を使っていた自分が
恥ずかしく思う次第であります。
ただ、いろいろな事に関して、線を引くと言う作業は
非常に難しくも思うわけであります。
人それぞれ、家族それぞれによって、千差万別であり、
考え方が異なります。
そのことを考慮せずに「受容」と言う線引きを行った自分が
恥ずかしいですね。
このコメントを読んで、気分を害した方がいらしたら、
申し訳ありません。

投稿: ツインパパ | 2006年11月 5日 (日) 09時43分

受容、難しいことかもしれませんね・・・

私の場合は
「この子はこのままでいい」ではなく「この子はこのままなんだ」
というどちらかと言えばあきらめに近いような感情でしょうか。

長くなりそうなのでトラックバックさせていただきます。
と思ったんですが・・・受け入れられてないのかな??
じゃ関連記事として書かせてもらおう・・・

投稿: 猫ゆうた | 2006年11月 5日 (日) 11時42分

たけ父さん、こんにちは^^
先日は私のへこんだ出来事に励ましありがとうございました。
とても嬉しかったです。
本当にありがとうございました。
それから、「受容する」という事
私の場合は「障害を受容する」事と「現実を受け止める」事が
別物になっているような気がします。
療育をさせたり、障害について学んだりしている自分は
受容しているように思えますが
「現実」としてはどうかなと思います。
たけ父さんのように、友達と楽しく遊べないわが子
パニックを起こして行事に参加できなくなるわが子を
見ると、「どうして?」と悔しくてたまりません。
これが?この全てを受け入れる事が「受容する」という事なの?
そうだとしたら、私は受け入れられない。
この子の為にしてあげられる事に対しての努力は惜しまない
だからと言って
この子の行動を邪魔する障害は憎い
受け入れる事はできません。
ただただ、母親として、この子が私の元に生まれてきて
私と共に生きてくれている事、それだけが私の現実であって
その愛する子どもの為にできる事をただやっているだけ
それだけなんです。
私は「障害があってよかった」なんて思えない
母親としては、普通に産んであげたかったと思います。

投稿: おかん | 2006年11月 5日 (日) 15時28分

> ツインパパさん

確かに、考え方は人それぞれ、家族それぞれだと思います。
私も、私の考え方を他人に押しつけるつもりはりません。ただ少し誤解があったようでしたので、このようなコメントをさせていただきました。これからコメントをやりとりする上で誤解があるといけないと思いましたので…。
ツインパパさんこそ、気分を害されたのなら、申し訳ありません。

投稿: たけpon | 2006年11月 6日 (月) 02時45分

> 猫ゆうたさん

「この子はこのままなんだ」というどちらかと言えばあきらめに近いような感情
…そうなんですよね。“あきらめ”の気持ちにもなる。そうでも思わないとやってられない。“受容”という寛大な言葉では到底受け入れられないような気がします。
“あきらめ”…だからと言って、何もしないわけではない。精一杯やれることはやるのです。

トラックバック…、すんませんね。私のblogに関係ないトラックバックがあまりにも多かったので、途中で付けられないように設定してしまいました。
関連記事、楽しみにしています。

投稿: たけpon | 2006年11月 6日 (月) 02時46分

> おかんさん

おかんさんのコメント全てに共感します。

投稿: たけpon | 2006年11月 6日 (月) 02時47分

はじめまして。私のブログでは、体の機能、細胞のアンテナ、とうさ を紹介しています。特に子どもの発達について、自閉症ダウン症児の成長を助ける手がかりとなっています。糖質栄養素を紹介しています。一度遊びにいらしてください。

投稿: てつ | 2006年11月 6日 (月) 10時00分

> てつさん

コメント&情報、ありがとうございます。

投稿: たけpon | 2006年11月 7日 (火) 06時18分

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