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2006年11月 6日 (月)

障害受容(3)

まだこの話題で書くの?って感じですが…、

「障害受容」ということについて、現在の自分の気持ちを一度整理しておきたかった気持ちもありました。将来、このblogを読み返してどう思うか、変わっているのか、変わっていないのか…。

ただ、今回の記事で、読んでいただいた方にお辛い気持ちを抱かせてしまったのではないかと、少し反省もしているところです。

また更に、今回、同期に声をかけてもらったことを素直に感謝できない自分がいること…、結局普通・健常・メインストリームの子供を持つ人達には、障害を持つ親の気持ちなんてわかってもらえない(当たり前なんだけど…)。そんな気持ちで少しナーバスになっている自分がいることに気付かされました。
じゃぁ、KO君、TO君に障害がなかったら、おまえ(=私)はこの「発達障害」について理解していたか? 障害を持つ親の気持ちなんて考えようとしたことあったか? 同期の者と同じように、ドキュメンタリー番組を見て涙を流し、感動していただけじゃないのか?

そのとおりだと思います。人は結局、自分の身に降りかかったことしか真剣には考えられない。そんな身勝手な(というと語弊はあるかなぁ)生き物なのかもしれません。

ただ、だからと言って何も言う資格はないとは言えないと思います。知った者だからこそ、真実を訴え、本音を訴えていかなければならないのかもしれません。

それで、もう一言。この「受容」という言葉、私はあまり好きにはなれません。
以前、発達支援センターと幼稚園の打ち合わせの時に、センターの方が、「親御さん達(私達夫婦のこと)は障害について勉強されある程度理解されている。私達はこれから親御さん達に“障害受容”という作業を行っていく…」ようなことを幼稚園に説明されていた。
私は傍らで聴いていて、その時は「“障害受容”? ちゃんとできているよ」と思い、「何を言っているんだ?このセンターの人は?」…みたいな本当に安易な気持ちを持っていました。
そして今、先日から書いているように、“障害受容”なんて出来ないと言っている。やっと“障害受容”の意味が少しわかってきたのかもしれません。本当の“障害受容”の定義が何なのか知りませんが、もし全てを受け入れるということであるならば、私には到底できるものではないと思っています。
先日から書いているように、子供の障害を認め、親としてできる限りのサポートを前向きにしていく…そこまでなら“受容”?できますが、「障害があって良かった」とかは思えないし、やっぱり障害はない方がどんなにいいかと思います。
“障害受容”…親にとってはやはり厳しいことだと思います。
ですから、療育等を行っていただく専門家の方々にも、親に向かって“障害受容”を促すことは言って欲しくない。できれば、「子供の障害を認める」、それを理解し共に前向きに生きていく…ということだけの理解だけではいけないものでしょうか。わざわざ“受容”という言葉を使わずにはできないものなのでしょうか。
単なる言葉の問題なのかもしれませんが、何か釈然としない気持ちが、私にはあります。

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コメント

はじめましてm(^^)m
奥さまのブログからおじゃましました。

受容って難しいですね。
えじそんくらぶ代表の高山先生の講習会に参加したとき、「障害受容とは、子供の限界を知ること」だとおっしゃってました。が、頭では理解できるんですけどね…
幼稚園行事に行くと他の子と比べてしまい、やっぱりこの子には障害があるんだ、って凹んでばかりです。子供に必要な療育を考えるので精一杯で「障害があって生まれてよかった」なんて気持ちには、なれそうにありません。

P.S.
背景、可愛いですね。
この緑色が落ち着いていていいですね。

投稿: しまりー | 2006年11月 7日 (火) 22時00分

> しまりーさん

コメントありがとうございます。
「障害受容とは、子供の限界を知ること」ですか…、それも辛いことですね。でも、しまりーさん同様、いろんな行事や日々の問題行動を見て、それを障害と認識する時、「あーわかってないんだ。できないんだ。」とかなり限界を認識しているつもりです…。
「受容」…永遠のテーマかもしれません。
これからも妻共々よろしくお願いします。

背景は、100%ORANGEさんの「9月のドライブ」という題名のですね。何かそのラブリングのお陰で、最近、アクセス数が伸びてます。ありがたや~。

投稿: たけpon | 2006年11月 7日 (火) 23時13分

たけponさん こんにちは!
いつも拝見させて頂き、色々と参考にさせてもらってます!
『受容』すごく難しいですね 最近になって、受容できてると思っていた自分から、受容は出来ないんじゃないか?に考えが変わりました。ちょうど記事に書こうと思っていた事だったので、私も改めて考えたのですが・・・答えはでません。
お時間のあるときにでも、遊びに来てください。まとまっていませんが・・・^ ^;

投稿: ema | 2006年11月 9日 (木) 17時32分

お久しぶりです。
人から受容って言葉を口にされると、居心地わるくなりますね。
発達センターの方に(あんたに言われたくないね〜ょ)と口には出しませんが思います(笑)。そんな不快感も手伝っているのでは?(違ったらゴメンナサイ)。

KO君とTO君は全く違った発達をすると思うし、障害受容って違いを理解することとつながっているのかもしれません。

『みんなとはちがった人たち〜自閉症の英雄のこと〜』
スペクトラム出版社
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4902082063

自閉症の有名人の伝記です。有名なテンプル・グランディンさんや、私の好きなグレン・グールドなど、こんな人まで?とビックリしますが。
この本に出てくる人、皆に言えることですが「好きなこと」が鍵みたいです。

投稿: ja12c | 2006年11月 9日 (木) 19時06分

はじめまして。
ひげぞうと申します。7歳の自閉っこの母です。
いろいろ旅してこのブログにたどり着きました。
「受容」・・・むずかしですね。 私は定型発達の子どもをもつママに「私ならひげぞうさんのような事は出来ないわ。大変ね。えらいわ。」(その方も私を励ましているつもりらしい)と言われて何か違うって違和感を感じました。そして思わず「誰だってそうだったらやるよ!きっとあなただって必死に何かするよ!!」・・・
他の方(発達障害の子どもを持つママ)からは「まだまだ修行が足りないのよ」・・・わかってるよ!でもわざわざ言うな!
まだまだ「受容」できてないみたいですね。
勝手な書き込みをしてすみません。 またお邪魔させてくださいね。

投稿: ひげぞう | 2006年11月12日 (日) 02時28分

> emaさん

コメントありがとうございます。私もemaさんのblog、upされた時は必ず拝見させていただいてますよ。
『受容』…ってどこまで受け入れなければならないのか、その定義は?答えは?どこかに書いてあるのかな? とにかく、何もかも受け入れなければならない…なんてことは、私には到底できないですね。
emaさんのblog読ませてもらって、コメントしますね。

投稿: たけpon | 2006年11月14日 (火) 01時53分

> ja12cさん

お久しぶりです。コメントありがとうございます。
発達センターの方がどういう意味で『受容』という言葉を使っているのか?
親にとって、子に障害があることを認め、その上で障害と子を理解しようと努め、その子が少しでも生きやすいように何らかの支援をする、また、他の方に支援していただけるよう理解を求めていく…それだけで立派な『受容』だと思うのです。
その時点で、その子のありのままを受け入れたのではあるけれども、親としては、少しでも好転して欲しい、普通になって欲しい、もしも夢ならば…って思いたくなるのは心情でしょう。それを『受容』していない→だから『受容』するようにしなければ…ということであれば、それはちょっと???と思ってしまいます。
あぁ、もちろん支援センターの方から、無理にそのようなことを言われたわけではないのです。こちらの支援センターの方は、うちの家のことは妻が一生懸命やっているから大丈夫と思っているのか、あんまり手を出してきません(遠方なのもありますが、妻がセンターの巡回相談で定期的に相談に行ってます)。
ただ、ちょっと簡単に『受容』という言葉を使って欲しくないなぁと思ってですね。

投稿: たけpon | 2006年11月14日 (火) 01時55分

> ひげぞうさん

はじめまして、コメントありがとうございます。

> 「誰だってそうだったらやるよ!きっとあなただって必死に何かするよ!!」
そうですよね。親なら、何でもするはずですよね。
> 「私なら…のような事は出来ないわ。大変ね。えらいわ。」
の違和感…、わかるような気がします。私が同期から言われたことも、そんな違和感なんですよね。所詮人事…、そう人事…、当たり前なんだけどね。それも気にしないようにしなきゃならないんだろうね。
> 「まだまだ修行が足りないのよ」
…かぁ。“ぐっさり”胸に刺さりますね。そうかも…。もっと強くならなきゃならないんだろうなぁ。

投稿: たけpon | 2006年11月14日 (火) 01時56分

はじめまして!突然すみません。私は福祉学科のある大学に通う大学生です。最近障害受容について考えていて、たけponさんのブログに出会いました。
障害受容について調べていると、確か本かなんかで見たのですが、「あの親は障害受容できていないから」などというひどい医者などもいるようで・・・。そもそも障害受容されているとされる基準はなんなんだろう・・・とか色々疑問に思うことがあります。その基準なんて人それぞれ違うと思いますし、なんでそんなこと言っちゃうんだろう、おかしいなぁって思います。実際に障害を持っている子どもを育てられてる家族の方々と、専門家の方々とに「障害受容」の考えかた、というか障害受容のとらえ方にずれがあるのではないかと思います。
たけponさんは自分が思っていた障害受容と専門家の方から言われた障害受容についてずれを感じたことはありますか?
そして「障害受容」という言葉をどういうふうにとらえていますか?お答え頂けたらうれしいです。

投稿: フー | 2007年12月 6日 (木) 01時30分

> フーさん

コメントありがとうございます。そして、お返事がたいへん遅くなって、本当に本当に申し訳ありません。
今月はとても忙しくて…、単なるいいわけにしかなりませんけど…。
コメントへの回答はせっかくですので、別記事で書かせていただきます。
福祉学科のある大学に通われているとのこと、是非、障害者本人と家族の気持ちに寄り添える支援者になっていただけることをご期待いたします。

投稿: たけpon | 2007年12月24日 (月) 15時10分

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