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2007年8月30日 (木)

妻への支援

自身の特性について、とうとうカミングアウトした妻に対し、はやり『支援』が必要だろうか?

『支援』というより、『理解』だろうなぁ…。

結婚生活 丸15年が経とうとしているが、当初“好き”で結婚したはずが、少しずつ見えてくるお互いのアラ、気持ちのズレ、行動・言動に対する不満、習慣の違い…、もともと他人だった男女が結婚して一緒に暮らし始めるということは、相当の我慢、気力、体力、精神力、etc.…が必要です。
『恋は盲目』と言いますが、恋愛期間は、そういった“ズレ”のようなものを感じないように麻痺させている麻薬のようなもの、それが“恋”なのでしょうか?…。
最近は当たり前になってるのかもしれませんが、私は結婚する前に『同棲すること』をお勧めします。

なんか、ここまで書くと、妻との結婚生活を後悔しているように聞こえますかね? また妻に怒られてしまいます。

いや、何が言いたいかと言うと、そういった“ズレ”のような感覚を、お互い尊重し、理解してあげること、それができるかどうかが実は『結婚』とういう人生の一大事業を成し遂げられるかどうかということではないかと思うのです。
その人にはその人の、持って生まれた特性があり、環境も手伝って、その人の“個”というものが形成されています。その“個”を一緒に生活する中で尊重し会える存在が夫婦なのだと思います。

???
何か話がずれてる気がするなぁ。今回の『支援=理解』と、結婚生活や恋の話を一緒にするからいけないのかな?
なんしか、私は妻の個を尊重し、妻は私の個を尊重してくれて、関わり合っている>関わっていこうとしている>関わってるつもり…なのです。

私達の中には、この15年で(というか最近TO君のことで勉強したことで)獲得したルールがあります。
それは、妻の行動で、私が変だ? 何でそんなことするんだ? 何をそんなことで怒らなきゃならないんだ? ということがあります。
以前だったら、「何でそんなことする必要があるんだ!」と心の中で怒り(…私は怒鳴ったりするより、無言になります)、不機嫌になっていました。
しかし、最近では、私が不機嫌になるかもしくはその前に、妻から「これ私のこだわりだから…」と言ってもらうようにしています。
これを言ってもらうと、私も「いつもの妻のこだわりなら仕方ない」と諦め、自らも不機嫌な気持ちを抱かずにいられるようになりました。
これでお互い、怒ったり、怒られたり、不満を抱いたりせず、安らかな幸せな気持ちで生活ができるというものです。
相手の特性の理解…自分の特性も理解し合って、仲良く生活する…共白髪まで…長生きできるといいですが…。

と書いたはいいけれど、
これを書いた後日に、久々に大きな夫婦ゲンカをしました。
時々やるんですよねぇ。うちの夫婦は…。とんでもない大きなケンカを…。
お互い想いやっているつもりなんだけど、その日の体調もあるし、ちょっとした何気ない言葉、行動が相手を傷つけることもある。
だいたい、自分はこれだけ「してやっている」という気持ちはいけませんね。
うちの夫婦はお互い血が上りやすいからなぁ。それと同い年なので、どっちも謝らないし…。
しかし、以前はこの夫婦ゲンカを見ていた双子達は、心配してか?近くに寄ってきて、「なに?なに?どうしたの?何があったの?」って感じだったけど、今回は二人で仲良く遊んでたなぁ。「この二人はケンカしても、どうせ後で仲直りするんだ。好きにさせとけ!」とでも思ったかな? それとも呆れられたかな?

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2007年8月14日 (火)

自分の特性を知ること

妻が自身の blog において、自分の特性についてカミングアウトしました。
専門医に診てもらったわけではなく、あくまで自己診断です。
しかし、おそらくその診断は間違っていない、と思っています。

TO君の自閉症という障害について、ここ数年、夫婦共々様々な書籍を読み、夜中(明け方)までネットをさまよい、この『発達障害』について勉強してきたつもり…。
そしてふっと、気づくのは、「これって、自分にも当てはまるかも…」。

きっとそう…、
本当に真から『定型発達』者でない限り、誰しも何某か少しは、“何か”を持ち合わせているのではないでしょうか?

“何か”…それは、
『忘れっぽい』ことだったり、
何かに『こだわり』が強かったり、
環境が変わると、とても『不安』になったり、
いつもと違うと、『落ち着かない』、、
『人の話をあまり聞かない』人、反対に『自分の話ばかり、つい話し続けてしまう』人、
『人と関わるのがちょっと苦手』な人
etc.…

こう考えると、どこからが『発達障害』で、どこまでが『定型発達』なのか? 線引きはどこから?と思ってしまいます。
猫ゆうたさんの blog で似たようなコメントを書きましたが、『発達障害』の割合は学校のクラスでいうと6~8%と言われているそうです。
それじゃぁ、あとの方々は胸を張って『定型発達』者なのでしょうか?

話がちょっとそれますが、ある専門家の方が講演会で、「診断でよく“グレーゾーン”って言葉を使われますが、“グレーゾーン”ってなものはありません。“グレーゾーン”は何か(発達障害)があるってことです。」とおっしゃっていました。それはそれで当たっていると理解しています。
じゃぁ、ここでいうグレーゾーン+ちゃんと診断がつく『発達障害』者は“何か”ある。
じゃぁ、それ以外は『定型』???

私が感じているのは、本当の『定型』も実は数%の範囲なんではないかということです。
そして、それ以外は皆(何%くらいなのかはわかりませんが…)、ホントの意味の“グレーゾーン”なんではないでしょうか。
きっと、おそらく…、そんなに人間は全て完璧な存在で生まれてくるはずないのではないでしょうか…多分。

しかし、自分自身わかってるかわからないでいるかは別にして、自分の特性を補いながら、何とかこのメインストリーム社会の中で日々を送っている。まぁ、そうできる人は、そういう意味では適応力があるので、そういった人も『定型』だとすれば、確かに『定型』の割合は増えるのかもしれません。

いずれにしても、『自分の特性』を知る…それは大切なことだと思います。それは自分の弱点、弱さを知ることにもなり気持ち的にはそんなに良くはないかもしれませんが、それを知ることでその弱さを補うコツさえつかめば、それは自分にとってとても強力な武器になるのではないでしょうか。

私の妻…、確かに自身の blog にもあるようにかなりあやしい特性をお持ちです。でも自分の弱さを補いながら、それを克服しながらこれまで生きてきたようです。知り合った頃や、結婚当初、子供のいない時は、そんなに気になるほどではありませんでした。まぁ、少し精神的ダメージを受けやすいかなぁくらいでしょうか…。しかし、子供ができてからは特に家中、カレンダーに付箋紙とメモするところだらけっていうのは当たりです。

何にしても、妻はそういう特性をお持ちということで、TO君の支援をするにあたって、とても的を得た支援ができます。TO君が今何に困っているのか、何となくわかるようです。事実、これまでTO君にとってとても安心できる支援をしてくれるということで、TO君が妻(母)をとても頼りにするようになりました。それで妻がTO君の信頼を勝ち得たと言っても過言ではないのですから…。これについては私も感謝しています。

かく言う私…、何かバリバリの『定型』らしいことを言っていますが…、
私のとても強い『こだわり』は…、『間違ったことがキライ』なことでしょうか。間違ったことは例え上司でもボスでもケンカ腰で言ってしまいます。
妻にも良く言われます。「何もそこまで怒らなくても…」。子供に対してもやっちゃうんですよねぇ。反省…。
最近では自分でもこの特性のことは理解して、職場でも怒りながら、「あぁ、またオレ、やっちゃってるよ~。」と心の中でブレーキをかけているつもりです。

最後に、話が行ったり来たりしますが、TO君への支援、発達障害者への支援、グレーゾーンへの支援…、ほんの少しでもいいから、その特性を知り理解してやるだけで、その子達は安心して落ち着いて生活ができるようになり、ある程度自分をコントロールできるようになれば、とても生きやすくなるのではないでしょうか。
TO君に対して、そんな支援をしてあげれたらと思っています。

それともう一つ、また話が長くなりそうなので、一言だけですが、世の中、子供達の学力低下が叫ばれているようですが、全国一律の共通学力テストで結果が良かったとか悪かったとか、国語はまぁまぁだけど算数が…なんて評価なんか止めて、発達関係のテストでもして、その子の特性(弱さ・強さ)を伸ばしてやることが真の教育で、そうすれば子供の学力なんてすぐ伸びるんじゃないんでしょうかね?

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