« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »

2007年11月27日 (火)

字義どおり

「何回言わすっとかーっ!」っと怒られたら、普通返事はどんな言葉になるでしょう?

「ごめんなさい。」 「もうしません。」

ですよねぇ。
KO君は私に怒られると、涙目になりながらこう言って謝ります。

でも、TO君は…、

目を泳がせながら、しばらく間をおいて…、そしてはっきりと、

「1回。」
(場合によっては「2回。」 また場合によっては、しばらく考えて「何回だったっけ?」)

こう言われると、怒る気力も失せて、こけてしまいます。おもわず吹き出してしまいます。

最近では、「何回言わすっとかーっ!」と怒った後、さて、TO君が「何回」と答えるだろうか?、ちゃんと数えてるだろうか? と怒りながらもこのような返事を期待している自分がいます。
本人(TO君)、怒られているという自覚はあるようなのですが、どうしてもこのような返答しか頭に浮かんでこないんでしょうねぇ。
でも、来年から小学校ですよ。学校の先生にこのように怒られて、先生の虫の居所が悪い時なんかは、たたきまわしたくなるでしょうね。まだない先の話ですが、謝っておきますよ。担任になる先生様!。←言わないように教えないとですね。

話はちょっと違うかもしれませんが、
大好きなアニメを見ていて、二人とも楽しそうにはしているのですが、
楽しみ方が微妙に違うような気がします。

例えば、最近、「機動戦士ガンダム SEED」や「SEED DESTINY」を親子ではまって見ていますが、
見終わった後思い出したように、TO君が言います。

「ねぇねぇ、おもしろいっちゃが、ガンダムSEEDで、アスランがキラのことを『あいつはバカなんですよ』って言うよね。」

一同、???

また、それとは別に、KO君とブロック遊び(ガンダム作ったり、戦闘機作ったり)しながら、

「あんたたちは、また戦争がしたいのかー!」と絶叫。←これは確かシン・アスカの台詞だっと思います。

どうも、アニメの台詞に酔いしれているようです。

KO君は、アニメのストーリー自体をちゃんと理解しているようです。
アスランがキラのことを『あいつはバカなんですよ』って言うことも、アスランもキラもプラントで幼なじみの友人、同じコーディネーターなのに、ナチュラルの地球軍と一緒にザフト軍と戦うキラのことを、本当は好きで敵として戦いたくない、そんなジレンマをかかえて「あいつはバカだ」と言っているだけ…。←ガンダムSEEDを知らない方はすみません。
KO君は、もちろんそこまで詳しく理解しているわけではないけど、
「KO君はわかってる?」と聞くと、「ちゃんとわかってるよ。」と自信ありげに答えてくれます。

TO君はおそらく、「バカ」という言葉に反応して、それをおもしろがっているだけ…。

以前から、何か気に入ったアニメの台詞があると、それを連呼していました。
前も blog に書きましたが、まだ診断前に『ラマになった王様』を見て、「あんたクビね」を何度も何度も言われた時は、激怒しました。
「おー、おまえの世話なんて、二度としてやるもんか!」←大人げない。
でも、本人(TO君)は、「お父さんは何を怒っているの?」って感じでキョトンとしていました。
笑い話では済まされないか…。こういうところからきちんと理解できるようにしなければいけませんね。

そうそう、「あんたたちは、また戦争がしたいのかー!」と絶叫した後、悟りきったように、こうも言うんです。
「戦争なんて、止めればいいのにね。」←そうだよね。そうすれば世界中のみんなが幸せに暮らせるのにね。
「だって、ムシも生きてるんだよ。」←TO君はバッタが大好きです。

| | コメント (3)

2007年11月26日 (月)

教えてー

TO君は、双子の兄弟であるKO君(一応、兄)にこだわりがあります。
幼稚園でも家でも、KO君と一緒、同じことをしたがるし、順番もKO君の次でなければいけません。あぁ、でも、家では順番を無視し我先にします…。

さて、家での毎日のお片づけの時間…、
最近、特に要領のよくなったKO君は、「お片づけしてねぇ~」の言葉に、サッサッサッと片付けてしまいます。そして、いつも取り残され、一人TO君…、

「あー、もう、オレばっかり、いっつも一人で片づけしなくちゃいけない。」
などと、ブツブツ文句タレながら、かなりの時間を要しながら片づけします。

新築の我が家(二世帯住宅)…、
私達家族の居室は2階にあり、妻の両親の居室が1階にあります。子供部屋は、1階の居室にうるさくないようにとの設計士さんの気配りにより、居室をさけ、お風呂場や脱衣室等の上に設けてあります。
せっかくの設計なのですが、なぜか? 双子達は、子供部屋はおもちゃや絵本を収納する部屋で、主な遊び場は40cm高く作られた畳リビングにおもちゃを持ち込んで飛び回って遊んでいます。もろ、1階居室の真上です。
夜になったら、両親は早くお休みするので、「静かにしろー」と言ってあるのですが、イマイチ理解をしておりません。妻の両親も「うるさいのも、一緒に住んでいる証拠」と寛大なお言葉をおっしゃってくださっておりますが…(遠方から来たので、いつも孫に会えたわけではないのです)。

ある日、お風呂に子供達と3人で入っていた時でした。
TO君が、「お父さん、話したいことがあるんだけど…」←何ですか? あらたまって…。
「ご飯食べる時ー、時計でここまでに食べようって言うでしょー」←TO君の食べるのがあまりにも遅いので、時計の長い針がここまでに食べようねって言ってあります。ほぼそれまでに食べてしまえませんが…。
つづいて…、「お片づけの時もー、時計でここまでってしてー。」
「そしたら、早く片付けられるようになるかもしれないからー。」

おー、えらいじゃん! 自分から視覚支援の要求ですか!
それでも、なかなか時間までに片付けられませんけどね。片付けながら、その片付けているおもちゃを手にとって、気に入っているものだといつの間にか遊びに代わってしまいます。

また、また、ある日、今度はKO君に…、
「ねぇねぇ、KO君、ボクいっつも一人で片付けてるとよ。」←なぜか、とっても理不尽だと言わんばかりの口調でです。
「片付けかた、教えてー。」

ほほー、えらいえらい、自分の弱いところを分かって、相手に支援を求めている。

KO君も、こう頼まれれば、いい気分です。←自称、『よくできた、お兄ちゃん』
「ボクはね。(子供部屋に)運ぶ前に、まとめてるとよ。」
「そしてから、運ぶとよ。」「ねぇ、TO君! わかった!?」 「聞いてる!? TO君!」

ただし、このKO君の説明に対し、「片付けかた、教えてー。」と言った本人・TO君は、そう言ったことだけで満足しているのか? すでにパニくっているのか? 上の空状態です。

そして、今日のお片づけの時間…、
一生懸命、片付け方を教えるKO君の言うことなど、何も聞いちゃいないTO君がいるのでした。

| | コメント (0)

2007年11月25日 (日)

「お父さんは?」

新居に引っ越ししてから、半年が過ぎました。
以前は、職場も近かったことと、TO君の私=お父さんへのこだわりもあり、幼稚園へ歩いても10分もかからないというのに、家族4人、私の通勤途中の車に乗って通園という毎日を過ごしておりました。

私は性格上、何でも『ギリギリ』というのは嫌いな質(たち)でして、朝も『バタバタ』準備するのも嫌で、家を出る1時間半前くらいからは起き出して用意をします。本当は出勤時刻にも余裕をもちたいのですが、あの頃は毎朝、子供達を起こし、トイレに連れて行き、着替えさせ、ご飯を食べさせてから、やっとこさ幼稚園に連れて行っていましたので、職場の始業チャイムと同時に駆け込むこともしばしばでした。

そう言えば、ちょっと思い出しましたが、小学校の2年生の時、まぁちょっと変わった先生だったんですけど、いつも早く登校する私に、「えらいなぁ」の一言もなく、「間に合えばいいとぞ」と言われたのにはびっくりしました。その先生、まだ若かったはずなんですけどねぇ。数年後にアル中で亡くなってしまいました。結構、おもしろい先生で好きだったんですけどね。残念でした。お葬式には当時のクラス代表が選ばれて行ったんで、私は行ってないですけどね。

話は元に戻ります。
私にとっての遠距離通勤(片道40分・自家用車)が始まり、余裕をもって家を出ようとする関係で、私は子供達がまだ寝ている間に家を出ます。
すると、TO君の起床第一声は、毎日のように…

「お父さんは?」

…らしいです。
妻が、「お父さんは、もう仕事行ったよ」と言うと…

「はぁ~あぁ~」
と大きな溜息とともに、脱力し、とても寂しいお顔をされるそうです。
「いやぁ、愛されてますねぇ。」
って悠長なことは言えません。残された妻のことを思うと不憫ですね。これまで私と二人がかりで双子の世話をしていたのに、今は一人で世話しなくちゃいけませんからね。それもこのようなTO君相手ですからたいへんです。
お父さんに朝会えなかった現実から立ち直れないで、いつも以上に行動が遅いですから…。

こんな感じで妻がとった対策は、私が職場に着いた頃に電話すること。毎日決まった時間に電話があり、まずTO君と、
「おはよう。いってらっしゃい。」のご挨拶。そして「お父さん、大好き!」
朝からあついねぇ。ありがとうございます。
そしてKO君…、

どうでもいいように、「おはよう。いってらっしゃい。」…おしまいです。とてもクールです。

たまたま、私の出勤前にTO君が起きた時は、階段のところまで出てきて、『バイバイタッチ』と『いってらっしゃいタッチ』をして、私の姿が見えなくなるまで、「バイバイ、いってらっしゃい」を連呼します。

ふーっ!、早くは死ねませんねぇ~。

| | コメント (0)

2007年11月21日 (水)

安全保障

この言葉も、『インクルーシブ教育』について書いてあった本にありました。

『国会の安全保障』については、日本でも大きな問題として政治家がよく言及しますが…
との書き出しで、これも国連が提唱する新しい考え方なのだそうです。

ノーベル賞を受賞した経済学者アマルティア・セン教授は、その著『人間の安全保障』(集英社新書)で、なによりも読み・書き・計算の大切さを指摘している。さらに読み・書きできない場合に、人は自分の権利を理解できず、訴えることも困難になる、だから人間生活の“不利益をこうむるリスク”からの回避こそ教育の目的だ。したがって初等教育の普及が大事だと強調している。
自らの権利を守る“武器”としての教育が、人間の安全を保証するという点で、まさに障害児教育と一致している。

と書いてありました。

まさに、私達親の願いに通じるものです。
TO君に、TO君という人間が人とかかわり、社会で生きていくために最低限でもいいから必要な『読み・書き・計算』…それだけできれば何とか生きていける能力をつけさせる、そのための小学校教育をTO君にとって良い環境で受けさせてあげたい。
また、そういう小学校教育であって欲しいと願います。

この本についても紹介させていただきます。前記事の分から、ほとんど引用させていただいているのがバレバレですが、中身はまだこれから読んでいきます。

授業をたのしく支援する 教えてみよう算数
小笠 毅・著
日本評論社

| | コメント (0)

2007年11月18日 (日)

インクルーシブ教育

ある本の序章を読んでいました。
『特別教育を支援する』と題した、その序章には、『インクルーシブ教育』という、聴き慣れない言葉が書かれており、私は興味をひかれました。

『インクルーシブ』とは、『包括的な』と訳せるそうです。
北欧諸国のスウェーデンやデンマークなどでは、住み慣れた地域の学校に、すべての子どもが通えるシステムになっている…そうです。この考え方の前提には、障害のある子どもも、できる限り教育環境を整備して、みんなと同じ学校で遊び、学ぶ権利があるのだという、しっかりとした権利観に基づいている…とのこと、また、障害のある子どもだけでなく、移民や難民で移住してきた子どもなども、差別や選別をしてはいけない。むしろ通常の教育環境より手厚く教育を保障する…のだそうです。

なんてしっかりとした考え方、観念なのでしょう。
『インクルーシブ』=『包括的な』と訳せると書きましたが、実は適当な日本語がない…とも書いてありました。
日本という国は、昔から身分を分け、自分より『下』の人間を作り、自分と違う者を差別し、また、隔離し、排除し続けた歴史を繰り返していると、私は解釈しています。このような国・日本には、『インクルーシブ』という言葉の意味する考え方に該当する概念さえも、持ち合わせていないのかもしれません。

この北欧諸国を中心にした教育・社会の統合化が国連をも動かし、1994年6月にスペインの旧都サラマンカでのユネスコを中心とした教育者会議がまとめあげた『サラマンカ宣言』という形になっている…とのことです。
『サラマンカ宣言』では、障害の有無だけではなく、『特別な教育のニーズのあるすべての子ども』の教育のあり方を、“インクルーシブな教育”という視点から捉えなおし、いちばん教育の必要な子どもに、何を、どう教えていくかが大切なテーマになっている…のだそうです。
そして、2006年12月に国連総会で全会一致で採択された『障害者の権利条約』でも、『インクルーシブ教育』を原則にするよう締約国に求めており、日本政府も批准への検討を進めている…とのことです(2007年5月18日・毎日新聞)。

さて、2007年4月から全国の学校で、従来の『特殊教育』に代わって、『特別支援教育』が実施されています(…はずですよね)。
私は、何か制度が変わる時、実際のその制度変更の良否は別にして、それに携わった“人の想い”が込められていると信じています(…信じたいです)。この『特別支援教育』の場合、文部科学省の担当者の方の“想い”が必ずあったはずです。それが完璧なものか、現場に受け入れられ浸透するかはまた別の問題になるのですが…公務員の仕事は、行政施策等の継続性をうたっていながら、実際はそうはいきません。当たり前ですよね。仕事は“人”がやっているのですから…。せめてあるプロジェクトや制度が軌道に乗るまで担当者を異動させなければいいのにと思いますが…、異動があった方が良い場合もあるから難しいところでしょうか…。異動に限らず、その制度を末端にまで浸透させるには、単に明文化すれば良いだけではなく、理想とされるモデルを作り、それが成功事例として認識され、皆がその効果を実感したいと欲するまで、時間も必要ですし、関係者の努力が必要になると思います。

話が『愚痴ログ』にそれてしまいそうなので元に戻します。
更に、この本の序章には、『特別支援教育』と『特殊教育』の違いについて、いままでの『特殊教育』の(分離・隔離された)“場”から、一人ひとりの“子ども”への支援(通常学級にいる学習困難時の支援も視野に入れている)が、学校教育法の改正によって明確化し、法定化された…という意味のことが書かれてありました。
しかし、残念ながら『サラマンカ宣言』の趣旨とは異なり、改訂前の学校教育法で「第6章 特殊教育」といった分野の、特別な学校や学級の統廃合化が中心になってしまい、すべての子どもの教育のニーズに応じたものではなくなったしまったことも否めず、更なる改善が必要な制度でもある。それでも一歩前進とも言える…と書いてありました。

私も blog の中で、子供達の小学校就学前に、この『特別支援教育』が実施されている(ことになっている)ことに感謝していると時々書いています。“お冠”かもしれませんが、法律に書いてあるのと書いてないのとでは違いますからね。

ただ、この『サラマンカ宣言』の主旨である『インクルーシブ教育』は、これまで日本が行ってきた差別・排除意識を反省し、現在の格差社会を生んだ施策等を悔い改め、共生社会を実現するためにも、できるだけ早期にその考え方を浸透させていただきたいものだと思います。

そして、この本の後、明石洋子氏著の『ありのままの子育て 自閉症の息子と共に(1)』を読み、ショックを受けました。そこには、自閉症児の母である明石洋子氏が、息子・徹之氏を育てるのに、とにかく、通常学級の子供達と一緒にさせることが、成長を促すことにつながるという信念を貫いてきた子育ての記録が書かれていました。徹之氏は昭和47年生まれ。私とそう変わらない年齢です。ということは、私が生きた時代、自閉症に対する誤った認識と偏見、障害者に対する差別の中を、お母さんお一人の力(もちろんいろんな方のお力は得たようですが…)で乗り越えられてこられたのです。まさに“インクルーシブ教育”をお母さんお一人の力で進めてきたようなものです。例によって、私はほとんど泣きながら読んでしました。

こういった本を読んでしまうと、かなり迷ってしまいます。今、私達はTO君を特別支援級の情緒学級への入学を希望しています。
『インクルーシブ教育』、『明石洋子氏の子育て』…それを見習うならば、TO君を通常学級に在籍させ、子供達、学校の先生、そして親御さん、地域の皆さんの理解を得ながら、TO君を他の子供達と同じ環境で学ばせ、遊ばせ、地域社会にも受け入れてもらえるように、私達親も努力しなければならない…。それが理想なのでしょう…か?…。

しかし、やはりこうも考えるのです。
『インクルーシブ教育』…理想です。でも、その考え方を一番熟知し、実行すべきであろう今の日本の学校教育現場で、その理解は十分に得られてはいないはず…。『インクルーシブ教育』…この言葉をどれほどの教員がご存じなのだろうか?(一度、聴いてみたい)。…というか、幼稚園・小学校・中学校教員の養成課程で、『発達障害』について未だに必修でない日本の教員養成課程で、それを求めることさえも無理な気がします(教育関係者にはすみません。現状への嘆きと、これからへの期待を込めてあえてこう書いています)。

『明石洋子氏の子育て』…明石洋子氏はとてもバイタリティー豊かな方のようです(そうならざるを得なかったのかもしれませんが…)。障害児の母親は皆バイタリティー豊かでなければ、立派に障害児を育ててはいけない、母親に全て責任が重くのしかかる、バイタリティー豊かでない母親の子ども(障害児)はまともな学校生活、社会生活を送れない…そのような社会でいいのでしょうか?
私達夫婦は、おそらく、明石洋子氏の子育ての全てはマネできません。もちろん始めからするつもりはないですし、誰も(もちろん明石氏も)そうしなさいと言っているわけではありません。この本を読んで見習うべきところ、共感できてマネできるところはどんどん取り入れようとは思っています。逆に私達にできないことはできないことで仕方ないと思っています。

う~ん、久しぶりに長々と文章を書いてきて、話の落としどころをどこにもっていこうかわからなくなってしまいました。
実は、11月に入ってから、『インクルーシブ教育』という言葉に出会ってずっと、何か blog に書きたくて思いめぐらしていたのですが、毎週出張やら何やらあって、結局きちんと整理がつかないまま、日数だけが過ぎていってしまいました。
明石洋子氏の本についてもです。2冊目の『自立への子育て』も読んでいる途中です。3冊目の『お仕事がんばります』もあります。
実は今度、近くで(いや、結構遠くでかな?)、明石洋子氏の講演会があります。一応、参加の申込はしました。また、実際のお話を聞いて参考にさせていただきたいと思っています。

| | コメント (2)

2007年11月 4日 (日)

勉強会

就学相談のあった翌日、支援をしてくださる学校の先生や保健師さん方、それから親が集まる会(勉強会)の定例会がありました。
9月の定例会は、ちょうど『北の大地』の出張が入っており、妻のみの参加となりましたが、今回は私も参加する予定で決めていました。

しかし、KO君がちょっと体調不良、勉強会は夜7時すぎ~9時くらいまであるので、KO君は連れて行けないということで、妻と一緒にお留守番することになりました。←KO君は完全にお母さん子、妻もKO君に超ー甘いです。
どうせ、妻が家に残るなら、TO君もお留守番してればいいのですが、TO君は「お父さんと一緒に、ラブ・ラブ・デートする~!」…だそうです(TO君が女の子だったら、お父さんはデレデレ・モードなんですけどね)。←TO君はお父さん子です。私もどちらかと言うとTO君に甘いかなぁ。妻に言わせれば、やはり『超ー甘い』です。

勉強会の間、特別支援教育コーディネーターをされている養護学校の先生の娘さん(中学生)が、勉強会に参加する親の子供達の面倒を見てくれます。一人で何人もの子供の相手はたいへんだろうと思うのに、本人も好きで来ているということで、本当に感謝です。ありがとう。

さて勉強会ですが、冒頭、自己紹介を兼ねて一人一人挨拶から始まりました。そして、「最近良かったこと」を発表してくださいとのことです。

…で、私の最近良かったことですが、
仕事関係では、研究成果を公表したところ、いくつかのメディアで取り上げていただけたことです。ただ、そのために、あまり存じ上げない幼稚園のお母さん方や、かかりつけの歯科の衛生士の方にまで、「出てましたね。」と言われて、しばらく妙な行動はできないなぁと思ったところです。まぁ、公務員の不正や交通事故等で出なかったから良かったですけどね。
子供のことでは、運動会でTO君がスケジュールは必要だったものの、私や妻の直接支援なしに全て参加できたことです。昨年の運動会は不安で不安で仕方なく、始まるまで妻が付き添ったりしていたのですが(それでも全てパニくることなく参加できました)、でも、今回は私達も落ち着いて観ることができました。ただ少しはKO君に迷惑かけていたようですが…(運動会、それから誕生日のことは、かなり時機を逸しましたので、妻の blog に譲ります)。

肝心の勉強会の内容ですが、今回のテーマは前回から引き続きでしょうか、『就学や進級』についてです。
うちは、前日、『就学相談』を受けたばかりでしたし、特別支援教育コーディネーターの先生の促しもあって、私からその時の状況を報告しました。それから、『就学相談』時に用意した『両親から見た TO君 の情緒的特性について(A4・2ページ)』も皆さんに見ていただきました。

ある学校の先生から、「就学相談で、養護学校は勧められませんでしたか?」と聞かれました。
相談では養護学校の話は全くでませんでしたが、その先生がこういう質問をした理由というのは…、
「まとめられたものには、お子さんの情緒的な特性や、情緒学級を残して欲しいという親の想い等を書かれているのだけれども、語弊のある言い方かもしれないが、親の方が知識が上だと、これを読んで、“こんなに大変なら養護学校はどうか”と思われるかもしれない。“こういう支援があればできます”等と言ったことを付け加えると良いのではないか。」
ということでした。

「なるほど!」でした。これから小学校等との相談の時は気をつけたいと思います。

それと…、
「お子さんは『積極奇異型』ということであるが、『積極』ということは、自分自身でコミュニケーションを持とうとしていることでもある。その芽を摘むようなことのないよう、より良い方向(環境)にこれから柔軟に対応することはたいせつ。」

更に、「なるほど!」でした。でも、それが一番難しい…。なぜなら、それが一番のTO君の課題だから…。

その他、ほかの参加者のご家族のお子さんのことや、学校の先生方が担当されているお子さんとの関わりのことなど、とても勉強になることばかりでした。

次回は、『感情のコントロール』、『進路』について。
これからもできるだけ参加させてもらおうと思っています。

| | コメント (0)

« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »