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2007年12月29日 (土)

怒濤の12月

12月、それももう月末、2007年が終わろうとしています。
今年の12月は特に忙しかったです(毎年そう思うのかなぁ)。
そのために4日に記事を書いてから、しばらく何も書けないでいました。
おととい(27日)の記事で掲載した療育センターのことも、実は月の始めの頃のことです。

書きたかった記事は、いろいろありました。
まず、第1週目には私の誕生日がありました。
あぁ、とうとう30代最後の1年です。40代に向けてカウントダウンが始まってしまいました。悲しいやら信じられないやら…、気持ちだけは学生の頃と全く変わってないつもりなんですけどねぇ。成長してないってことか…。
でも、その誕生日というのに、仕事で研修の講師を頼まれ、この日は研修施設にお泊まりで、家族からのお祝いもなし。先輩や同僚と仕事の延長のような飲み方をしただけでした。そして、研修施設の寮で一人寂しく寝たのでした。

この週の週末には子供達の幼稚園の発表会がありました。子供達は着飾って、8人のグループで “嵐” の “Happiness” を踊りました。上手でしたよ。子供達は…。他のグループの子供達も一生懸命…。ホント、みんな頑張りました…。
子供達に罪はありません。しかし、何なのでしょうか? この発表会は…。着飾って踊るのが発表会ですかぁ?! まるで大人が職場の忘年会で出し物しているみたいじゃないですか! 私立だから何か特徴だして派手なことでもしたいのでしょうか? 引っ越す前にいた山の中の公立幼稚園の発表会の方が、断然良い発表会でしたよ。幼稚園で子供達みんなと、そして先生方と何をして遊び、また何を学んでいるのか、とてもよくわかり、とても感動した発表会でした。それに比べて今回のは…。う~ん、多くは語るまい…。

次の週は、月曜日から隣県へお泊まり出張でした。それも当初二人で行くはずだったのに急遽先輩が行けなくなり、公用車で一人長距離運転の出張でした。更に、帰ってきたら1日空けて、また、今度は県内ですが、隣県へ行くのとそう変わらない距離のところまでお泊まり出張でした。

その週の週末は、夫婦で講演会を聴きに行きました(これも長距離ですねぇ)。以前の記事にもちょっと書きましたが、明石洋子氏の講演です。この時のことも何も記事にしてないですねぇ。…と思っていたら、妻が blog に書いたようなので、そちらをご覧下さい…『明石洋子氏 講演会』
少しだけコメント…、何と言っても明石洋子氏は『スゴイ』です。とてもマネできるものではありません。マネする必要も、そのつもりもないと言えばないですが、刺激にはなりましたし、見習いたいところがたくさんありました。もっとお話をじっくりとお聞きしたかったですねぇ。

更に次の週は、各研究施設が集まった合同研修会で研究成果の発表をさせられました。もう何回も同じことをしゃべっているので慣れたものですが、やっぱり多少緊張しますし疲れます。
その次の日は月1回の勉強会、そしてその次の日は職場の忘年会、土曜日は子供達を『言葉の教室』に連れて行き…、でもこの3連休かなりお疲れがたまっていたようで、日曜日は夕方3時間轟沈してしまいました。月曜日はクリスマス・イブでしたね。ケーキを買って家族でパーティーでした。

さぁ、いよいよ最後の週です。ただ、この週も様々な雑用に追いまくられながら過ぎていき、しかし、実は地元大学の教授から宿題があったのです(まぁ、このことについては後々書いていこうと思います)。その宿題をやっとのことで、27~28日(午前3時起き)で仕上げてメールしました。
28日、無事仕事納め。今日から年末年始のお休みです。たった6日間で家の仕事や行事も多いですが、家族団らん、ゆっくりしてリフレッシュしたいと思います。

blog をご覧下さいました皆様、この1年、なかなか更新できない blog を読んでいただきましてありがとうございました。来年もよろしかったらお寄りいただければと思います。
それでは、皆様、よいお年をお迎え下さい(ってまだ今年中に書くかもしれませんが…)。

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2007年12月27日 (木)

何故言えないの?

県の児童関係の療育センターというところに行ってきました。
目的は、来春の就学を控え、私達親としては、TO君を特別支援級の情緒クラスへ入学を希望しています。
そのことを踏まえた上での問題が、双子の兄であるKO君、そしてもちろんTO君にその事実をどう伝えるか? どう説明するか?

1つでも学年が離れた『きょうだい』であれば、それほど問題はないのかもしれません。
ただ、うちは双子という関係上、一人(KO君)は通常学級へ、そしてもう一人(TO君)は特別支援級へ在籍することになるのです(あくまでまだ予定)。

KO君は、(親が言うことではありませんが)かしこい子です。なんとなくですが、うすうすTO君が何か自分と、また周囲の同年代の子どもと “違う” ということに気付き始めているようなのです。

TO君にしても、それほどバカではありません(←語弊がありますかね?)。自分がKO君と別のクラスになるだけならまだしも、おそらく “一人だけ” みんなと違う別のクラスになるのです。「なんで?」「どうして?」と疑問に感じると思うのです。

そのことを、これからどう伝えていくか? という相談に行ったわけです。
それと、TO君に診断を受けて2年…、2名の医師に診断をしてはいただきましたが、継続的な医師による受診をしてきていませんでした。できれば、これからも定期 or 不定期的にでも、TO君を診ていただきたいということで相談に行ってきたわけです。

とても優しい感じのする女医さんに診ていただくことができました。
もちろんKO君、TO君の様子も診ていただきましたが、私達夫婦のこれまでの話などを、長時間にわたって聴いていただきました。その間、おそらく学生のボランティア?さんに子供達は遊んでもらっていて、とても上機嫌でした。
かなり話が脱線することもあり、先生と夫婦でかなり盛り上がって話してしまいました。私達夫婦の方が、「まだ、いいのかな?」と時間を気にするくらい熱心に話を聴いてもらい、そして先生の方もいろんな話、そしてアドバイスをしていただき、本当に良い時間を過ごさせていただきました。
年が明けてからですが、既に2回の受診日を決めていただき、これから定期(不定期)的に受診をしていただけそうです。
告知に関しても、障害名や障害があることを伝えるのではなく、みんな “違い” があること、みんな得意なことと不得手なことがあること、KO君はこのクラス(通常学級)で上手くやれる、TO君はこのクラス(特別支援級)で上手くやれる…などと伝えてはどうか、また、自閉症の子供が書いた絵本を読み聞かせして、「この本を書いた子は、TO君と同じようなタイプの子どもで、こんな才能があるんだよ、人にはそれぞれ良いところがあるんだよ」みたいな伝え方をしてはどうか…などのアドバイスをいただきました。

話は変わりますが…、
私達が住んでいるところから、この療育センターまでは結構遠いです。片道車で2時間くらいでしょうか。
診察は午後からでしたから、朝はそれほど早く出発したわけではありませんが、こういう遠出をする時に心配なのが、TO君の『おしっこ』なのです。KO君はかなり固い方なので心配いらないのですが、TO君はまだまだ不規則、不安定なのです(感覚異常なのでしょうねぇ)。

毎回、「おしっこは、早めに言ってね。」とか、時間を見て「おしっこ、大丈夫?」と声掛けしたりしてるんですよ。でも、この日も、前席で私が妻と話しながら運転していて、子供達はポケモンか何かのCDを聴きながら元気に歌っていました。
すると、後ろの方から「あぁ~ん」とか「うぅ~ん」とか声が聞こえてきます。ちらっと後ろを振り向くと、TO君が『ち○ち○』押さえて身体を揺すり顔をゆがめてうなっています。
「おしっこね?」と言うと、「ふん」と言って頷きます。
「なんで、早くおしっこって言わんとけ!」と言いながらあわてて、どこか入っておしっこさせてもらえるような店を探して急停車、店員さんに「子供がおしっこなんです。トイレ貸してください。」と駆け込みおしっこです。
遠出のたびに同じパターンが何回もあります。以前山の中に住んでいたころは、買い物する街から1時間くらい帰宅するのにかかっていましたから、その時も何度もありましたね。そん時は、店なんてそうそうありませんから、道端に車停めてさせてました。
でも、街のそこらへんで『立っしょん』させるわけにいかないですからね。子供だからと許していると、特にこういうタイプの方は、していいものだとインプットしてしまいます。

うちのTO君は、車の中でほとんど寝ない人です。KO君は車酔いするタイプなのか、だいたい数十分車に揺られていると寝てしまいます。TO君はよほど眠たいか疲れていない限り、延々としゃべりつづけます。突然、何の脈絡もなく、「ねぇ、ねぇ、お父さん、おもしろいっちゃが…」とガンダムのあるシーンについて語り始め、不敵な笑みをうかべます。←こっちとしては、「はぁ? それで?」って感じのことばかりですが…。
なのに、ただ一言「おしっこ!」と言えないんですよ。何故なんですかねぇ? 不思議です。
駆け込みおしっこの後、必ず…「ふぅ、助かった~。」と安堵されます。
助かったのはこっちの方だ! 車の中で漏らされたらたまったもんじゃない!って。

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2007年12月24日 (月)

障害受容(4)

障害受容(3)に、フー様よりコメントをいただきました。ありがとうございます。
それで、過去記事やいただいたコメントを読み返しました。

2006年11月 2日(木) 障害受容
2006年11月 5日(日) 障害受容(2)
2006年11月 6日(月) 障害受容(3)

およそ1年前の記事です。そこにはこの『障害受容』について、「自分の気持ちを一度整理しておきたかった。将来、この記事を読み返してどう思うか、変わっているのか、いないのか…」。とあります。

読み返してみて、その答えは、「変わっていない」、この時の気持ちのままですね。

TO君に障害があることを認め、だからと言って悲観するだけではなく前向きに、親としてできる限りのサポートを行っていく(TO君の気持ちを理解すること、療育、適正な支援、支援体制を拡げることなど)…、それを『障害受容』というのなら、私達夫婦は『障害受容』できているのかもしれません。

でも、その『受容』する気持ちが毎日の生活の中で、揺らがないわけではありません。
最近、幼稚園にも慣れ、安定してきたTO君はあまりパニックや問題行動を起こすことなく落ち着いていますが、それでも時折、不安や感覚過敏、こだわり、対人関係の不成立などからパニックを起こした姿を目の当たりにすると、やはり親としてはショックを受け落ち込みます(私は仕事に行っていますから頻度は少ないですが、妻の方がよくこういう状態に立ち会います)。
こんな時は、「何故、TO君に障害があるのだろう」、「この障害がなければ…」、「障害が憎い」と思いたくなるのは当然ではないでしょうか。
また、これからの就学や進学、就労への不安、私達親無き後のこと…、それだけではない、健常者なら当たり前のように、そして親がそれほど心配するでもなく(心配のしようもない)する恋愛、そして結婚、自分の子ども…、それがTO君に叶うことだろうか(難しいか…)、と考えるととても辛く、悲しくなってしまいます。
更に、いけないことだとは思いつつ、「こんなTO君には将来がないと、一緒に命を落とそうか…」と考えてしまうことだってあるのです(これはTO君の人権を侵すことになりますから、してはいけない、考えてはいけないこと…と頭ではわかってはいるのです)。

こんな気持ちを持つことさえ否定される(=『障害受容』できていないとされる)のであれば、やはりそれは、私は『障害受容』できていないのだと思います。

『障害受容』について、少しだけネットで検索してみました。
その中に、『段階説(Dratar, et al. (1975))』というのがありました。
先天性奇形を持つ子供の誕生に対してその親の反応を、1)ショック→2)否認→3)悲しみと怒り→4)適応→5)再起の5段階に分類してあるようです。この各段階を一つずつ経験、乗り越えていき、『障害受容』していくというものなのでしょうか…。わからない気もしないではないですが、5段階目でハイ終わりって簡単なものではないような気がします。
もう一つ、『慢性的悲哀(Olshansky (1962))』というのもありました。
これは、精神遅滞の子どもの親の慢性的悲哀 chronic sorrow について、『絶えざる悲しみ(Olshansky 松本訳 1968)』あるいは『慢性的悲嘆(渡辺 1982)』と訳されていて、障害児の親が子どもの障害を知った後に絶え間なく悲しみ続けている状態。この状態は正常な状態ではなく、<親がさまざまな防衛機制を働かせる状態(渡辺 1982)>、あるいは<「真の」受容に達していない状態(要田 1989)>など、否定的に受け止められる傾向がある。しかし、Olshansky の発表の主旨は慢性的悲哀を正常な反応と認めることにあった。
…とありました。
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/ld/z12020/z1202001.htm
(勝手にリンクしていいのかな?)

いろいろと難しいことが書いてあって、まだ自分なりに理解もしていませんが、この2つの説で言うと、障害がわかって、そのことにある程度適応し、前向きに考え始めた第一段階としては、前述の『段階説』は当てはまる気はします。しかし、その後は、またその『段階説』の各段階を繰り返すか、もしくは、次の『慢性的悲哀』状態でいるような気がします。

もう既に、ここに、障害を持つ我が子がいます。毎日毎日少しずつではありますが成長し続けています。
「障害がなければ…」と思う反面、その子は既に「障害を持っている」という『個性』をも持っている。「障害さえなければ…」と思いたいけれど、もうこの子の個性、存在自体は、「障害ヌキ」では説明できない、考えられないのも事実。その個性を愛おしく思えることもあれば、これは障害からくるものだと思うが故に、「あぁ、どうして、障害があるのだろう」と思う。

障害を持つ親は、そんなジレンマと日々繰り返し戦い続けているのではないでしょうか。

フー様の問いかけにどれだけ答えられたかはわかりません。
「あの親は障害受容できていないから…」という医者について…、
障害があることが明かであるのに、「これはこの子の個性です」と、適切な療育や支援を怠っている親がいるとすれば、それは『障害受容』できていないと非難されるのかもしれません。
でも、ある程度障害があることを認め、混沌とした状態から必死にもがいている親を相手に言われているのであれば、それはひどい言葉だと思います。
幸い、私達夫婦がお世話になっている専門家の方々からはひどいことを言われたことはありませんが、ただ一つ、前記事(障害受容(3))にあったことくらいです。

しかし、やはり専門家の方から、親に対して障害受容を促すようなことは言って欲しくないと思っています。
親は、その子に障害があると肯定する?(認める?)気持ちと、否定する(障害がないとするのではなく、障害を否定したい、憎みたいとする)気持ちを持ち合わせ、その気持ちが行ったり来たりしながら、それでも前向きに考えよう、一歩でも前に進もうと自らを奮い立たせているのです。

例え、「この子の個性です」と障害を認めない親であっても、その親に対し、「障害と認めなくてもいい、その子の個性だという理解でもいいから、その子に合った、必要な支援」を根気強く薦めるような、そんな専門家が多く存在して欲しいものだと思います。
もちろん、ある程度障害受容できている親に対しても、それぞれの気持ちに寄り添い、共に子どもの成長を支援していただけるとうれしいです。

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2007年12月 4日 (火)

植栽、そして紅葉

5月に新居が完成しましたが、実は外構は未完成のまま…。

駐車場だって、少し緑を配置しようかとスペースだけ作ってはいただいていたのですが、そのまま…。車を停めるところにも、妙な(?)溝があるだけです…。←この課題はまだ終わっていません。ボチボチやります。

うちの家は、コートハウスと呼ばれる造りをしていて、今回、中庭の方にやっと、イロハモミジの植栽と菜園の施工をしていただきました。

建物の方は、濃いグレーとホワイトのツートンでかなり無機質な外観なので、今回のイロハモミジの植栽でグッと“家らしく”感じられるようになりました。
菜園の方も、これからですが、妻の両親の趣味が家庭菜園なので、来春あたりからいろいろと準備をしていくということです。
TO君は野菜作りにとても興味があるようです。おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に畑仕事をして、楽しんで欲しいと思っています。

中庭にはスポットライトがあって、イロハモミジのライトアップを撮影してみましたが、平地なので色づきがもう一つ。あと、三脚立てないとダメかなぁ。それにこのデジカメはあまり感度よくないし…(画像は多少ボカシ補正が施してあります)。

Irohayoruhosei2










土間には本当は、ウッドデッキを設置するはずでしたが、予算オーバーでとりあえず施工しなかったのです。う~ん、宝くじでも買いましょうかねぇ。どうせ当たらないけど…、でも、買わなきゃ当たる夢さえ見られませんもんねぇ~。

紅葉の具合があまり寂しいので、私の職場で撮影した写真を掲載します。
この写真は、写真の好きな職場の先輩が、この写真のように私の車のフロントガラスに映った木々の紅葉を撮影していて見せてくれました。とてもおもしろい写真だったので、私もマネして撮影したものです。完全にパクりです。フロントガラスに映った紅葉の向こうにガンダムが…、あれ?、数が増えてる?

Frontgandum







紅葉が青空に映えてます。

Kouyou

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2007年12月 3日 (月)

Progress

最近の私のテーマソングは、コクア(kokua、ハワイの言葉で“協力する、強調する”の意味らしい)のスガシカオが唄う、『Progress』です。

NHKで放送されている、『プロフェッショナル 仕事の流儀』の主題歌で、番組も毎回ではありませんがよく見てます。
ちなみに、時々、双子達も一緒に見ています。←「何時に寝かせとんやー!」
双子達も結構見るのを楽しみにしているみたいなんですよ。
番組の内容がわかっているのかどうかはわかりませんが、おとなしく見入ってますがね。あぁ、でも、約一名(TO君)、見ながらよく沈没しています。

二人とも、曲の方『Progress』も大好きで、番組でかかったり、私がCDかけたりすると、一緒に歌っています。
特に、最後の“あと一歩だけ、前に 進もう”は力を込めて歌います。
歌の内容、番組の内容とは異なりますが(2007年10月30日放送では、『それいゆ』の服巻智子氏が出演してましたけど…)、私は勝手にTO君のテーマソングだと決めつけています。
どちらかと言うと、“一歩ずつでいいから、前に 進もう”と歌詞の意味が変わってますけどね。
それと、私自身のこと、仕事のことに照らし合わせて、歌詞の内容、番組の内容には共感するものがありますね。ただ、番組に出演されるような『プロフェッショナル』には、なかなかなれません…。ただ、“誰も知らない世界へ向かっていく勇気”を持ちたいという気持ちを胸に秘め、“甘酸っぱい挫折”を繰り返そうとは思っています(それも簡単ではないですが…)。

ちなみに、最近のTO君自身のお気に入りの曲は、氷川きよしの『きよしのソーラン節』です。
これもNHKで放送される『きよしとこの夜』を見てて(←「何時に寝かせとんやー!」)、気に入ったみたいです。ただ最近『きよしのソーラン節』ではなく、『箱根八里の半次郎』になりつつあり、TO君はとても不満そうです。
以前のお気に入りは『マツケンサンバ』でした。TO君は何か派手なのが好きですねぇ。
ちなみにKO君はその当時、『瞳をとじて(by 平井堅)』でした。あんたはお父さんの子だよ。

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2007年12月 1日 (土)

勉強になりました、そして反省

親・支援者で作る勉強会の定例会は、1ヶ月ごとに行われます。

今回の定例会のテーマは、『感情のコントロール』について。
ある学校の先生が、自分が受け持っている生徒2名についての事例を紹介し、その後参加者からアドバイスや意見交換するという形でした。
事例について、詳しいことはここで紹介するのは控えたいと思いますが、2名の生徒さんともアスペルガー症候群にADHD症状を併せ持っているということでした。
私は報告を聞きながら、アスペルガー症候群特有の『こだわり』や『コミュニケーション障害』から、さまざまな問題行動が現れているのだなぁと、考えておりました。

そしたら、別の養護学校の先生(今回の定例会の担当者)から、
「二人の問題行動は、多くはADHDからくるものですね。」
の発言…。
正直、私は「?」で、おもわず質問までしてしまいました。

先生いわく、
「もちろん、日々のこだわりのある行動や言動などは、アスペルガー症候群に由来するものだけれど、問題となる大きなパニックや衝動性はADHDに起因するものですね。」
とのこと。

そうなんですか~。いや、まったくまだまだ私は勉強不足です。
自閉症やアスペルガー症候群という診断名がついた場合、ADHDは診断名としてはつかないという話は知っていましたが、パニックや衝動性がADHDに起因するものとは理解していませんでした。事例をお聞きしながら、どうしても、TO君に当てはめて考えてしまいます。いや、またこれからのTO君の見方や接し方、理解の仕方が変わってきます。勉強になりました。

その後、意見交換の流れで、他の支援者の方から、事例の紹介とともに本の紹介もありました。←帰宅してすぐにネットで注文しましたので、読んだらまたご紹介したいと思います。
その本との関連もあるのですが、『褒められる』『活躍できる』『理解してもらえる』など自己肯定されることが、本人が安定し、落ち着き、パニックを抑制できるということで、何事も『否定』ではなく、もし言い換えることが可能であるならば、できるだけ肯定的に関わることがたいせつということでした。

そうでしたね。いろいろ本も読んでわかったつもりでいました。
自宅でもペアレントトレーニングを実践したりしていますが、本当は『○』をして『よくできたね』と肯定してあげなくてはいけないものを、いつの間にか、『×』の数に目がいき、『ダメだよ』『もっと頑張ろうね』と言ってしまっていると思いました。反省です。

診断を受けてから2年が過ぎようとしています。その間、手探りでしたがいろいろと関わり方を改善することで、TO君の理解度、成長は見違えるようです。でも、自閉症は『治る病気』ではありません。根本的に脳障害ということの事実を忘れてはいけない。TO君にはその障害に由来する認知のズレという課題があるのです。
メインストリームの子どもであれば、ある成長が達成できれば、また次の成長を期待します。もちろん、TO君に対しても期待はするのですが、根本的な障害の特性を見失ってまで、無理強いや自己否定を感じるようなことは言ったり、してはいけないのです。

勉強会…、こういった日々の自分達の行動・言動を悔い改め、初心を取り戻す、いい機会になります。

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