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2010年12月29日 (水)

はい、チーズ!

Dsc02144s
これ、「BE@RBRICK(ベアブリック」といって、
熊(テディベア)のかたちをモチーフにしたフィギュアなんだそうです。

Dsc02136s
「デジタルなイメージのテディベアを作る」というコンセプトで2001年4月に誕生したブロックタイプフィギュア(全長約6センチ)。
アーティストや企業コラボなどの限定品があり入手困難なものもあるとか…、
写真はペプシとのコラボによる、見てのとおり「Gundam BE@RBRICK」です。

知らない方のためにご紹介しておきますと、前列左から、
ジム、ガンキヤノン、ガンダム(…この3つが地球連邦軍です)、この後は全てジオン軍ですが、シャア専用ザク、グフ、量産型ザク。
後列に移りまして左から、
ドム、シャア専用ゲルググ、アッガイ、シャア専用ズゴック、ズゴックの順です。

最初に見つけたのはいつも休日に買い物している某量販店。
妻がジュースの冷蔵ショーケースの前で、
「ねぇ、ねぇ、おもしろいものがあるよ。」

男3人(もちろん、私とKO君、TO君です)、ぞろぞろと…、

それからは男3人で…、
「どれにする、どれにする。」
「お父さんは、どれも捨て難いけど、う~ん、とりあえずガンダム!」
KO君は、「ボクは何でもいいけど、青が好きだから、グフにする。」
TO君は、「う~ん、どうしようかなぁ。悩むなぁ。どれも欲しいなぁ。う~ん、しかたない、アッガイ!」(相変わらずマニアック?)。

特に興奮しているのは、私とTO君です。
KO君は本人もそう言ってますが、私達2人につき合ってやっている…という態度(これがポケモンなら話は別だろうけど…)。
最初に見つけた妻は…というと、いつしか別の買い物にいったらしく、遠目に私ら3人の姿を見て、「怪しい親子に見えた」と言ってました。
しかし、その後近づいてきて「シャア・ザクある?」(さすがに人気なのか、既になし)、「ないなら何でもいい。」
…なら、私の好みで“量産型ザク”にさせていただきます。

とりあえず、“この日”は厳選4本ですませました。

その夜、さっそくガンダムをケータイにつけている私を見て、妻が「やっぱりシャア・ザク欲しいなぁ。探してきて。」

私も欲しかったので、今度は職場の近くにある某農協系スーパーに昼食を買うフリして行きました(そういうローカルな場所に残っているのではないか?…というのが狙い)。
ショーケースには確かにある。しかし、シャア・ザクの姿はすぐには発見できず、“仕方なく”前の方を数本どけると…、あの一番奥に見えるのはおそらく狙っているもの…ごそごそと他のペプシを除きながら、ついにターゲットへ…「ありました。シャア・ザク ゲットです。」
でも、端から見たらかなりの不審行動ですよね。

その日の夕方、前の記事に書いた病院へTO君を連れていきました。…本当はそのことを記事にしなきゃいけないんだけど、今日はとりあえず置いといて…、

病院の帰り、TO君と2人で自宅近くの某ローカルスーパーに寄りました。最初は冷蔵ショーケースにはなく、諦めかけていたのですが、常温の棚、それも一番上段にありました。
TO君を抱え、「何がある?」
結構、いろいろ揃ってまして、とりあえず、「シャア専用ゲルググ、シャア専用ズゴック、ドム、ガンキヤノン」の4体をゲット。
TO君と2人、「バカな親子だよねぇ。」と話ながらレジへ…。店員のお姉さんの顔が呆れ顔に見えたのは気のせいでしょうか…。

さらにその後、別の買い物をするために某量販店に行った時に妻に電話、すると…、
どうしてもケータイストラップに「グフ」が欲しいとのこと(妻も青色が好き、ケータイも青色なので…)、KO君に交渉するも譲ってくれないらしく…、

…で、再度、TO君と先ほどの某ローカルスーパーへ逆戻り…、
そんで、結局、「グフ、ズゴック、ジム」をゲットしまして、MOBILE SUIT は全て揃えたことになり、めでたく記念撮影となりました(アムロ・レイ、シャア・アズナブル、セイラ・マス、ギレン・ザビ、ランバ・ラルと登場人物のフィギュアもありますが、私達には興味ありませんです。)

TO君は、これに、
「ドムを3つ揃えて、ジェットストリームアタックしようよ。」とか、
「量産型ザク、ジムはいっぱいあっていいんじゃな~い?!」と“おもしろい”こと言うし…。

しかし、BE@RBRICKとしてのデザインで一番合っているのは、TO君が選んだ「アッガイ」かもしれません。「模型戦士ガンプラビルダーズ ビギニングG」に出てくる「ベアッガイ」ってのもあるので、「テディベア」と「アッガイ」の組み合わせは違和感ないかも…。

私ら完全に「ザビ家」じゃない…「ガンダム一家」ですかね? ジーク・ジオン!
このペプシの山…かなり売上に貢献してしまいました…。

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2010年12月26日 (日)

“甘え”になる前に

早いものです。年が明ければ3年生最後の学期となり、4月には4年生、何ともう小学校後半戦に突入してしまいます。

妻の blog にあるとおり、24日はTO君のケース会議に臨んで来ました。
気合いだけは入れて臨みましたが、これまでだったら話す内容のメモを作ったりと準備万端で行ってたのに、この日は前日に妻と打ち合わせをし、妻がノートに数行のメモをしていっただけ。私達もこのケース会議に“場慣れ”してきたのでしょうか?!
学校側の出席者は、今回は支援級の担任と交流学級の担任のお二人、いつもは校長・教頭先生も出席して下さるのですが、ご出張だったのか、休日の谷間でお休みを取られていたのか? まぁ今回は、担任の先生お二人とざっくばらんに話が出来ました。

“就学前の”ケース会議から、学校側には私達の意向はお伝えしてきたつもりですが…、
私達の期待・希望としては、TO君には小学校の高学年のうちに支援級を卒業してもらい、通常学級のまま中学校入学を迎えてもらいたいと考えています。
理由には、TO君は療育手帳を持っていない、持つことができない(手段によれば可能かもしれませんが…)。…ということは、将来、高等学校は通常のお子さんと同じところに進学することになると思います(もちろん、受験をパスすることができれば…ですけど)。そして中学校もです。今は、中学校に支援級が存在しますが、少なくともTO君が小学4年生に進級した時に、中学1年生に在籍者がいなければ、TO君が中学1年入学時に支援級を継続してもらえるという可能性もなくなります。現状ではそれも難しい、おそらくTO君が中学入学する以前に、中学校の支援級は在籍者がいなくなり閉級してしまう可能性が“大”なのです。
とにもかくにも、TO君はいつか、障害は持ちつつも“普通の人”と同じように、この社会で仕事をし、生活をしていかなければならない。だから、そのために、今、どのように小学校生活を送ることが最善なのか、学校の先生方をはじめ支援者の先生方とともに、親の責任において導いていかないといけないと考えています。

3年生でのTO君は確実に成長をしていると感じています。それは運動会や表現集会などを見ているとわかります。これまでいつもと違う行事ごと等に不安がっていたTO君とは別人のように落ち着いて、みんなと一緒の活動ができています。そういう姿を見てて、私達も評価をしていたので、4年生からは支援級を完全に卒業するわけではないけれども、交流学級主体でいけるのではないだろうか…という気持ちになっていました。

しかし、参観日の時に妻が支援級の担任に話を聞いてくると、「TO君は頑張っています。でも、情緒的に課題がある場面もまだあるし、支援級での授業をなくすのはまだ難しいのではないか。支援級での時間がクールダウンになっている。云々…」とのこと。

う~ん。これはちょっとまずい。
…というのも、最近、TO君が学校であった、マイナスの出来事を家で話さなくなってきているのです。下校途中にKO君には話しているみたいですが、KO君に話したことで消化しているのか、帰宅してKO君がTO君に「お母さんに話さなくていいの?」と言っても、「うん、もういい。」という感じで話さないことがあるのだそうです。プラスのことはいっぱい話してくれるそうですが…。これも一つの成長ではあると思って、妻も必要以上には聴かないようにしているのですが、だからこそ、先生方からのフィードバックが不可欠なのです。

就学時からずっと先生方にはお願いしてきたことですが、TO君に学校であった不適応な行動・言動等は「連絡帳」を通じて、家庭にフィードバックして下さるようお願いをしてきました。そうすれば、家庭でもTO君に対し、何らかの療育的な支援ができるからです。
しかし、これもTO君の成長と言えば成長ですが、先生に「これは連絡帳に書かないで」とお願いすることもあるようで、どうも伝わってきてない情報もあるようなのです。

念のため、全ての先生方の対応を非難しようとしているわけではありません。先生方は、TO君の頑張りを認めて下さっており、その中で、TO君の特性も理解し、日々の学校生活でのTO君への対応を気を使ってしていただいていることも、今回のケース会議でよくわかりました。ありがたいことです。私達も全てを知らなければならないと思っているわけではありません。そんなことは無理な話です。ただやはり、TO君のような子供は、通常のお子さんと違って、「自然の成長」だけを待っていれば成長するわけではない(それはKO君を見てればわかります)、支援する側がタイミング良く教えて、経験と共に、「適正な行動・言動」がとれるような“引き出し”を出来るだけ多く作ってあげる必要があると思います。

お友達との関係でも、2年生の時までは、やはり少しは友達の方がTO君に遠慮したり、優しくしてくれていたところがあったようですが、3年生になり、良い意味でみんながTO君を「特別扱い」せず、「対等である」存在として接してくれているようです。先生方としては、だからこそ、TO君はその中で頑張っているので、全く支援級での生活をなくすのは厳しいのではないか?…ということのようでした。

今回のケース会議、時間も短かく、話し足りないこともあったのですが、私達の想いは伝えたつもりです。上記に書いた「私達の将来への期待」に導くために(もちろんTO君に無理強いにならないように…)、今、支援級をどう使っていくか、情緒面をどう育てていくかなどについて、先生にご理解とお願いをしてきたつもりです。
支援級の存在が、TO君にとって“心強い”存在ではあって良いと思いますが、決して“甘え”の場所になってはならないと思っています。

先生方からも、また、支援級・交流学級の先生方の間で話し合って、TO君の支援級と交流学級の使い方を話し合って、後日、私達に相談して下さると言っていただきました。また、情報のフィードバックについても再度、お願いをしてきました。
3学期に入ってどのような対応をして下さるかはわかりませんが、私達の意図を汲んで下さることを期待して待ちたいと思います。

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2010年12月22日 (水)

そろそろ行きませんか?

「あの~、ちょっとお話があるんですが…。」
この改まった物言い、TO君のクセですね。いつもするわけではないですけど、お願いがある時なんかに時々しますね。

つづけて…、
「あの~、2学期も終わるし冬休みもくることですので、そろそろYO先生のところに行きたいですが~。」

YO先生とは、昨年末(2009年)から行き始めた、かかりつけの精神科の先生のこと。

「あんた行きたいの? 何か先生に話したいことでもあるの?」

「はい、話したいことがあるんです。でも、お父さんもお母さんも忙しいですから、すぐじゃなくていいですよ。1月になってからでもいいです。」


うれしかったです。TO君がこんなふうになってくれるなんて…。

まず、自分からYO先生に話をしたい…と言ってくれたこと。YO先生を自分の見方になって支援をしてくれる、安心できる存在として認めてくれたということです。
そして、そのYO先生に話を聴いて欲しいようなことがあることを自分で認識している。
更に、それを自ら私達に連れていって欲しいとお願いしてきた。
更に更に、私達親のことを気遣ってくれる発言…。

TO君、成長したなぁ。感激です。

私達の意図も上手くいくかもしれません。TO君にはいつか私達両親以外に自ら相談していく相手が必要になるだろうと考えていますから、そういう必要性が出てきた時に、何のためらいもなく、TO君自身が相談できるようになる必要があると考えているからです。

さて、気になる(?)先生に「話したいこと」ですが、だいたいはわかっています。おそらく、給食当番のことです。TO君は給食当番になることをかなりストレスに感じているのです。
決して、TO君が給食当番を上手くできないから…とかではなく、他のお友達の動きが遅く、当番だとすぐに給食を食べ始めることができないので、「おかわり」ができない…というものです。
そんな(大人からすれば)たわいもないことですが、TO君にとっては間違いなく大きなストレスですし、こういう小さいことでもいいから、それを人に伝えることができるようになることは重要なことだと思います。

TO君の頼みです。仕事納めの前に休みをとって、ちゃんとYO先生のところ受診しに行きますよ~。

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2010年12月18日 (土)

オープンスクール

11月のとある日曜日、KO君、TO君が通う小学校と隣接する中学校で、同時にオープンスクールが行われました。

隣接することもあり、小学校と中学校との連携をウリにしています。

例えば、ハード的な面では、小学校と中学校を渡り廊下によってつなぐことで、数分で行き来が可能になっていて、それによって、ソフト面では…、

小学校では担任の先生が全ての教科を教えていたのに、中学校では突然、教科毎に先生が変わる授業体系になることから、小学校の6年生時には、中学校の先生が一部の教科を受け持つという取り組みや、
その反対に、小学校時代の算数等の修得不足に配慮するため、中学校の1年生時には、小学校の先生が中学校の先生と一緒に授業を進めるなどの取り組みがなされています。
授業以外では、学校の清掃を中学生と小学生が同じ場所を一緒に掃除するというようなことも行っています。
そして、この小学校の生徒のメンバーがほとんど変わらないまま、スライド式にそのまま中学校に進学するという状況があるものですから、中学校の先生が小学校のうちから生徒を知れる(またその逆も)、また、小学校の先生も中学に行った生徒のことをフォローできる…などといったメリットがあります(異動があったら仕方ないですけどね)。

これらのことは、通常学級に通う子供達にもたいへん良いことですが、TO君のような特別支援級に在籍している子供にとっても、とてもメリットがあると思っており、私たちも歓迎しています。

しかしですね…。

今回のオープンスクール、通常学級では上記のメリットを保護者や学外の地域の方々に、存分にPRするような形で行われていたと思います。
でも、TO君が在籍する小学校の情緒クラスと、知的・身体的なハンディを持つ子供が在籍するクラス、更に、中学校の支援クラスは、合同で「おもちゃ作り」だったんです。
その予定を知った時点で、既に私達は「行きたくなかった」です。更に、その前日くらいに、TO君がKO君に向かって、「ボクはおもちゃ作りで、いいだろう!」とか言うものだから、もう腹が立って、ついTO君に説教してしまいました。

「おもちゃ作りで何を満足してるんだ! そんなことするためにお前を支援級に入れてるんじゃない!」

私たち夫婦としては、TO君を支援級に入れたのは、そのクラスで特別、通常のクラスと違ったことをして欲しくて入れたわけではありません。
まだTO君には無理かもしれないけど、今回のオープンスクール、交流学級では国語の授業でしたので、普段ならTO君は交流学級でみんなと一緒に授業を受けてるのですから、TO君には「何でボクは○○○○(支援クラスの名称)に行かなきゃならないの? ボク、みんなと一緒に国語の授業受けたい。」とくらい言って欲しかったです。

でも、これも学校で決まった方針でしょうから仕方ありません。学校には、普段から私達の要望を聴いていただき、理解をしていただいて対応してくれているのだから、あんまり何でもかんでも文句は言いたくはありません。

当日は、TO君も見に来て欲しいだろうから行きました。

「おもちゃ作り」と言っても、もちろん、やり方によっては、特別支援級ならではの授業になるのはわかっています。他者とコミュニケーションをとりながら、みんなと協力・共同して、何か一つの物を作り上げる。それで、コミュニケーションや社会性の力を育むとかいう狙いとか…ですね。
TO君の支援級担任の先生は、それを目指して授業を進めて行こうと思っていたのだろうなぁというのはわかりました。でも、他のサポート(?)で入っている先生は何の役にも立ってない。おそらく授業の意図すら理解してないのではなかろうか?って感じでした。

今回の授業の本来の目標は、中学校の支援級の生徒がリーダーシップをとり、小学生の意見を取り入れながら、グループ(1グループ5名くらい)で一つの作品を作りあげる…だったんだろうと思います。
もう途中で、KO君のクラスや、せっかくだから中学校の授業を見に行きたかったので、授業全体の経過は知りませんが、終了頃にもどってみたら、一人一人がそれぞれのこだわりでおもちゃを1個ずつ作っていました。…失礼ですけど、これじゃみんな“特性”そのままじゃん!…です。 がっくりです。

そりゃねぇ。中学生とは言え支援級にいる生徒に、本当にリーダーシップをとれって言うのは無理な話ですよ。それができるなら、通常学級でもバリバリやってるだろうし、中学生でも通常学級の生徒が小学生相手にリーダーシップとれるかって言ったら、それもわからないかもしれないのは想像できます。
だから、今回のような授業をするなら、学校の先生達は念入りな打ち合わせが必要だったんじゃないでしょうか? 特に中学生にどうやって小学生をひっぱっらせるか。シミュレーションも必要だし、当日どのようなサポートが必要かなど…いろいろあると思います。そういうことわかってて、このオープンスクールの授業を企画したんでしょうかねぇ? 疑問が残ります。

学校の先生には言えませんけどね。普段からお世話になってますから…。でも、これほど見たくないオープンスクールはありませんでした。

私としては、極端な話、TO君に「この子は支援級在籍の子供です」ってラベルか何かを貼られてでも、交流学級の授業に出てもらって、こんな子でも必要な支援と環境さえ整えられれば通常学級でちゃんと授業が受けられるんです…っていうオープンスクールにして欲しかったです。実際はできないですけど。

この「オープンスクール」ネタのついでに言わせていただくと、平日に地域の特別支援クラスの子供ばかり集めて運動会やレクレーションするのも反対です!(だから、うちは参加させてません)。
学期毎に、支援級の生徒だけで誕生会(お菓子や寿司作ってパーティー)するのも大反対です!(仕方ないから行かせてるけど、うちの場合、双子のKO君のフォローがたいへんなんだから…)。しまいにゃ、「自立活動」だって、授業でファミリーレストランでお食事させる。何でそんなことをしなきゃいけないんですか?

何を目的にしているのか、私にはわかりません。
「特別支援教育」とは、一人一人に合った必要な支援・手だてを行うことによって、それらと環境が整えば、彼らでも充分、地域の学校で、通常の学級で他の子供達と一緒に授業や活動ができるというのが本来の主旨であって、特別扱いしたり、特別なことをしたりして、通常学級の子供達と“違う”ことをさせるってことではないと思うのだけど、そうではないのでしょうか? 名称が変わっただけで、してることは旧来の「特殊教育」と一緒ではないのでしょうか?

これでは、通常学級の子供達からすれば、何でTO君達は自分達が勉強してる時間に、お菓子作ってパーティーなんて楽しいことしてるの? 何で学校で給食以外にお菓子やお寿司が食べられるの? 勉強せずにファミ・レス? いいなぁ。…だけならまだいいですが、しまいには、「あの子達は仕方ないんだ。」 あの子達は「特別扱いをされても仕方ない、自分達とは“違う”子」ってことになりはしないでしょうか?

「特別支援教育」って何? 考えさせられたオープンスクールでした。

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2010年12月17日 (金)

高~い「石」

高額な「石」と言えば、女性が身につける「宝石」でしょうか。そんなもの、うちの妻に買ってあげたこともありません。婚約指輪にダイヤモンド? うちはそんな高~いものは買ってませんです。身につけていく機会もないですからね。

今回の「石」はそんな上等なものではありませんで、少々汚い?と思われるかもしれませんが、私の身体の中にある「石」のことです。

胆石もありまして、以前、手術で胆嚢を摘出したことがありますが、今度は腎臓にある「石」です。

以前からあるのはわかっていて、時折、下りてきたら少々の?激痛を伴いながら、おしっこと一緒に排出されておりました。

それが、今回は腎臓から膀胱へ通じる細い「尿管」の途中で詰まってしまいまして、数回痛みもあったのですが、それよりも何よりも吐き気や腸の調子がいまひとつ。吐き気で食べられないなら痩せられるから良いのだけど(楽観的?)、全く逆で空腹状態になると余計に吐き気が強くなるものだから食べて、せっかく少しダイエットしてたのに体重は逆戻り。腸の調子も別に便秘や下痢状態ではないのに、何となくすっきりしない…てな具合でした。

医師によると、急にどうこうなるものではないけど、だからと言って半年も放っておいたら腎臓に負担がかかる…ということで、二度の「体外衝撃波腎・尿管結石破砕術(一応これも手術扱い)」を試みたのですが、性格に似たのか?頑固な「石」は割れず(以前、7~8年前にした時は割れたのに…)、最終的には「経尿道的尿路結石除去術」という下半身麻酔状況下での手術を受けました。
それが、11月末から12月初めにかけてのことでした。

この手術では、要は“あそこ”から細~い内視鏡を入れ、膀胱を経過して尿管内の石を砕いて取り除き、更に、腎臓まで達して、腎臓内にある石も可能な限り取り除いていただきました。
下半身麻酔でしたけど、手術の場所が場所だけに、恥ずかしいから寝てしもうかと思ったんですけど、医師も「せっかくモニター見られるんだから見たら?」と言うし、こんな機会もあまりないだろうと、恥ずかしさを抑えてずっとモニター見てました。腎臓って入り組んだ洞窟みたいですね。除去作業…たいへんそうでした。

手術自体は上手くいき、右の腎臓の掃除はほぼ出来たということでした(実は左もあるので、再度…という可能性もないわけではない…嫌だなぁ)。
ただ、尿管に、術後のおしっこの流れをよくするためにステントを入れまして、退院後もそのために膀胱が刺激され、おしっこする度に痛み、腎臓の辺りもなんかキューンとするような感覚がありました。そんなですから、おしっこに何回も行きたくないんだけど、刺激されるものだから何回も行くし、それにとにかく水分を多くとって下さいって言われるから、それもあって何回も行くことになるしで、退院後の方が半分気がどうにかなりそうなくらい苦しみました。

退院後1週間目に病院に行き、今度は麻酔なしで、“あそこ”から手術で使った内視鏡より大き目のカメラを挿入され、ステントを抜いてもらいました。看護師さんは「大丈夫よ~、すぐ終わるから。」って言ってたんですけど、何とも言い表せない感触と気持ちでした。どんより…。
しかし、ステント抜いてもらったら、すっきり元通りの体調に戻ったので良かったです。

高~い「石」・・・もうおわかりですね。手術代、めちゃかかりました。もちろん高額医療なんかで返ってはくる分はありますし、保険も効きそうなのですが、ボーナスも減額され家計は火の車、妻が緊縮財政をどう実行するか悩んでいます。
「これが“レアアース”なら高くで売れる?」って、ただの、「シュウ酸カルシウム」の塊です。あ~、何で身体の中に「石」なんてできるのだろう…。

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2010年12月16日 (木)

感謝

blog を更新してないにも関わらず、最近になって私の周囲の関係者数名にその存在が知られております。
だから更新ってわけではないのですが、年の瀬も押し迫り、今年の出来事は今年のうちに up しておかないと…と思い、重い筆(キーボード)を叩いております。


まず、11月初めのことですが…、妻の母親(義母)をおくりました。

病気のことは、1年半前からわかっていたことで、その時点で医師から「余命3ヶ月、もしからしたら1ヶ月かもしれない」と告げられていました。
3年前、住み慣れた家を全て片付け、遠方からご夫婦共に引っ越してこられ、私達家族と、新居(二世帯住宅)で一緒に暮らし始めたばかりのことでしたので、お父さん(義父)と妻のショックはかなり大きなものでした。

その後、本人に告知をした上での闘病生活になったわけですが、数回の入退院を繰り返しながらも、それでも気丈に振る舞われながら、私達家族、特に、KO君、TO君にはいつも優しく、笑顔を見せてくれました。

そして、最期を迎えることになった入院の直前まで、自分でできることは全部自分でやる強いお母さんでした。

私自身は、お母さんのために何もしてあげることができなかったと思いますが、最期に実の娘と孫二人の顔を毎日見られる我が家を作って本当に良かったなぁと思います。


お母さんには、
大学を卒業する間際に、妻と結婚を前提に交際することになり、「そんな遠いところに嫁にいくなら、親子の縁を切って行け!」と言われたというお父さんを説得して下さったそうです。でも、そんなことを私に対しておくびにも出されたことはありません。

KO君、TO君が生まれ、幾度か遠方から以前住んでいた官舎に遊びに来てもらいましたが、本当にKO君、TO君にいつも優しく、いつも笑顔で接してくれました。おそらく、そんなに遊び上手ではない方のようでしたが、一生懸命、二人の相手をし、二人が話せるようになったら、一生懸命に話を聴いてくれてました。

そして、いつも自分のことより、家族のことを想い、心配し、最期の最期の時も、私の身体のことまで心配してくださいました(このことはまた別記事に書きます)。

「もう少し長く…」と言って、どれくらいなら満足するというものではありませんが、それでももうあと数年でも長く、KO君、TO君の成長を楽しんでもらえたら良かったのに…と心残りはありますが、こればかりはどうしようもないことなのでしょう。

葬儀は、親戚の方々も遠方でお年を召されている方ばかりなので、本当に家族だけで執り行うことになってしまい、それも私がこんな遠くに妻を連れてきたせいだなぁと心苦しい想いでいっぱいでした。本当に申し訳ありませんでした。


お母さんには、「感謝」という言葉につきます。
葬儀の時のお父さんからの最期の別れの言葉…「ありがとう」。今となっては、遺影に手を合わせ、心の中で想うことしかできませんが、本当に「感謝の気持ち」でしか表現できない方だったと思います。

チャーミーグリーンのCMにそのまま出演しても良いくらい仲の良かったご夫婦。そのお二人を目標に、これからも結婚生活&子育てをしていけたらいいなと思っています。私達には見えないのでしょうけど、お父さん、妻、KO君、TO君のことをいつも見守ってください。本当に今までありがとうございました。

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ようこそ!

「双子・KO君とTO君(自閉症)の子育て記録」
へようこそ。

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このページは、メニューページになっています。写真は我が家の中庭に植えたイロハモミジ…新緑の頃と紅葉の様子です。

blog には、サイドメニューがあって、バックナンバーやカテゴリー別、人気記事ランキング等がありますが、自分なりに気に入っている記事、自分で読み返したい記事、是非読んで欲しい記事ってのもあります。
そこで、いくつかピックアップしてみることにしました。まだ上手くまとめられていませんが、これから少しずつ修正していきたいと思っています。

注) 私と面識のある方、この blog は時々、毒吐いてますので、個別でご紹介した以外、他の方にアドレス等を教えるのはご遠慮くださいね。私は本音や愚痴を、自分の日記として書いているだけですが、皆が共感してくれるわけではないでしょうし、不愉快な気持ちになる方もいるかもしれませんので、どうかお願いします。
m(_ _)m

それから、内容的に過激な発言、意見のものもあって、「このお父さんは学校の先生と上手くやっているのだろうか?」…などと心配して下さる方もいらっしゃるかもしれませんが、blog 以外では「大きな大きなネコ?(クマ?、トド?、ゾウ?)のぬいぐるみ」をかぶって、先生方とはニコニコと和やかに対応させていただいております。単に blog の中でのみ、本当に訴えたいこと等を書いているだけですのでご心配なく…(真に伝えないといけないことは言わせていただきます)。
親の自己満足にならないよう、全ては「子供のため」、今成すべき最善のことを考えて、言・行動したいと、夫婦で話し合いながらやってま~す。

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保育所のお別れ会
 …私達夫婦の間で、この日の出来事を“原点”と呼んでいます。

障害受容
 …(2)(3)(4)とシリーズ化? “受容=全てを受け入れる”って全てを受け入れることなんてできるか! TO君に障害があって良かったなんて思えるはずは絶対にありません。

最低目標と最高目標
 …私達夫婦のうち、どちらか最後に死ぬ方が責任もってみとどけたいと思います。この目標が達成出来なった時は、私達の子育てが間違っていた・・・という覚悟で子育てしてます。

サヴァン
 …自閉症を持つ人には、みんな何か特別な能力がある?・・・なんてことはありません。TO君に、そんな特別な能力はなくていいから、普通に社会で生きていける“力”を付けさせてあげたい。

きょうだい児
 …KO君へのフォロー、気を遣います。でも気を遣わなければならないのです。大切です。

「輪の中」に入れたら…そして医師の役割
 …保護者、支援者、各関係機関、お互いに勉強して高め合いましょうよ!

受診
  …自己の「特性理解」は大切ですね。自分の「強さ」と「弱さ」(得手・不得手)を充分認識した上で、時に必要があれば、専門医の助けを借り、薬と上手に付 き合いながら、自己を管理=コントロールしていくことは必要なのだと思います。いずれTO君にも必要な時が来ると思います。…受診(2)

「愛情」ということばで片付けないで
  …障害を持つ子供を育てるために必要なものは、「愛情」より、その時その時必要な支援をしていくための知識と技術を身につける努力を惜しまないことだと、私は思います。子供に「愛情」のない親なんていません。

告知・カミングアウト…とりあえず今思うこと
  …「告知」も「カミングアウト」も、仕方ないから・どうしようもないからするものではなく、前に進むためにしたい…、今のところは、そう考えています。

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