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2011年7月24日 (日)

直葬

「直葬(ちょくそう)」とは、通夜や葬儀といった葬式を行わず、原則的に火葬のみで済ませる葬儀スタイルを言うそうである。以前から、身元不明者や生活困窮者のケースで火葬のみを行うことはあったが、近年、新しい葬送方法として認識されているようだ。

数年前から、三男叔父からは、「(祖母が)もしもの時、自分は遠方だから(妻の体調のこともあるし)間に合わないかもしれない。その時は焼くだけ焼いておいてくれ! その後、お別れの会でもすればいいから。」と、冗談まじり?、いや本気で言われていた。

今回、祖母が亡くなる数週間前に、老人ホームの責任者から連絡があり、ホームのかかりつけの病院の医師と今後の方針について確認をして欲しいということで、私と祖母の姪になる者数名で、その医師と会って話をした。その医師はとても優しい感じの方で、祖母本人の意思も充分に理解し、私たち身内・親類の気持ちも汲んでくれて、最期を看てくれることを約束してくれた。それはとてもありがたいことであった。前記事には書かなかったけれど、この医師は病院まで特急電車で1時間以上かかるところから通勤しているらしいが、祖母の臨終に際し、早朝5時5分頃のホームからの連絡にすぐに駆けつけてくれた。病院からホームまでおそらく車で20分以上はかかる。おそらく、前の晩は病院で待機してくれていたのだろう。ホームからの事前の説明では医師が来てくれるのに、もしかしたら1日くらい時間を要するかもしれないと言われていたので、すぐに来て頂いたことにとても感謝している。

話は逸れたが、医師との話し合いの後、ホームから亡くなった後のことも親類間で話合っていて欲しいと言われた。具体的には葬祭場をどこにするのか…と言ったこと。これについては姪の一人が「○○院はどうだろう。あそこは家族葬等をよくしてくれる。」という提案があったので、比較的簡単に葬祭場候補は決まった。
しかし、問題は葬儀のやり方である。私は既に叔父から頼まれていたので、冗談混じりにそのことを言ってみた。その場にいた皆が、「冗談でしょ!」みたいな感じであった(やっぱり…、普通そういう反応だよね)。

叔父にはその夜連絡し、皆、看取り方に文句はないが、葬儀についてはかなり抵抗があると思う…と伝えた。

7月に入るとすぐ、叔父は帰郷して、祖母のホームで寝泊まりすることになった。私も休日にホームに行って、叔父と今後について打ち合わせた。

叔父はとにかく、「坊主には一銭も払いたくない。坊主に金を出すくらいなら、来てくれた人にその分の金を配る!」という主張だった。

しかし、「直葬」で問題視化されている、故人を葬ることを軽んじているわけでもない、宗旨・宗派を知らないわけでもない(…というより、よく勉強されている)、無宗教論者というわけでもない、むしろ、いろいろ勉強して知っているからこそ、「葬式はいらない、戒名もいらない」と言っているのだと感じた。

数年前から、祖母が倒れたりすることで、よく帰郷することになったこの叔父と話をすることが多くなったのだが、それまでは子供の頃会ったきりであった。20年ほど前に祖母が最初に脳卒中で倒れた時に見舞った時があったが、久しぶりに会った叔父と顔を合わせた瞬間、「もう来なくていいから…君達には関係ないことだから…」だった。久しぶりに会った甥っ子に、それも祖母を見舞いに来たのに、いきなりそういう言葉か?と、その時はびっくりした。今考えると、祖母はもう亡くなるだろうから、叔父一人の責任で祖母を葬むろうと思って言った言葉だったのかもしれない。

話す機会が多くなってからも、よく叔父は、「自分は母の息子として扱われたことがない。母にとって息子は次男(私の一応父親)だけだった。自分が来ているのは、自分しか連絡がとれないから仕方なく来ているだけだ。」等と恨み言のように言っていた。

だから、「焼くだけ焼いておいて!」ということには、「死んだらそのままにしておくわけにはいかないから、とりあえず仕方ないから焼いておいて!」というように最初は聞こえていた。

でも、特に祖母が亡くなるまでの1週間ほど、私も毎日祖母のところに通い、祖母はもう話すこともできない状態で眠りについたりするので、2時間ほどの間、叔父といろいろなことについて語り合った。

それをここでどう表現していいかは難しいが、叔父は自分の母親のことを本当はとても大事に想っていて、口では義理でやっているようなことを言っているが、自分の手で最期をきちんと看取ってあげたい、葬ってあげたいと想っているのだということを感じることができた。
実際、私達兄弟が大学に進学し、私の母と祖母が上手く行かなくなった頃、祖母が息子(叔父)のところを訪ねた時に、「一緒に暮らさないか?」と祖母に勧めていたということだった。
前記事には書かなかったが、最期を看取った瞬間も、叔父は何も言わず、部屋を一人で出ていった。どうしていたかはわからない。でも、一人、母の死を悼んでいたのではないかと思っている。

本当に言葉どおり、「焼いておいて!」なら、奥さんの体調も芳しくないのに、遠方から早くに帰郷しては来ない。私に任せて、亡くなった後にやってくるだろう。

私は、この叔父の葬送方法に協力することに決めた。

「葬式無用、戒名不用」…白洲次郎の遺言なのだそうだ。私も白洲次郎の名前は聞いたことがあったが、叔父はその言葉をよく口に出して「いいねぇ、いいねぇ」と言っていた。それは単に「坊主に金を出したくない」と言った言葉どおりのものではなく、おそらく白洲次郎もそうであったのではないかと思うが、葬式に義理で知らない人が大勢集まるのではなく、本当に故人を偲ぶ人だけが集まってもらえればいい、費用のかかる見栄の儀式にとらわれず、また、死んでまで戒名というもので格付けされるのまっぴら御免(勉強不足で間違ってたらすみません)…ということに惹かれて言っていたのではないかと思う。
私自身も職場で訃報を聞くたびに、“違和感”を感じている。比較的似た感覚だなぁと感じた。

あるネットの情報を見ると、「正確な統計はないが、葬儀社からの印象をまとめると少なくとも10%ほど、関東など都会では30~40%の人が直葬を希望している」。
…とは言っても、ここは地方、更に祖母の田舎は治外法権がまだ通用するのではないかというくらいの閉鎖的ど田舎。叔父の進歩的?意見が通用するかどうか…。
「葬式もしない、坊主も呼ばない」に加えて、更に叔父は、香典も受け取らない、本人は喪服も持ってないからと、喪服も着るつもりもない。

「喪服も着ない」んですか? その辺は私も気にする。葬式はしなくても、通夜?の晩や翌日、火葬場に行く前に、葬祭場には親戚が最期の別れにやってくるだろう。それを平服で迎えるのは失礼では?
でも、喪主である叔父が平服なら、喪主に恥をかかせるわけにもいかない…。

それで私がした手段は、次のような文書を作って、祖母が亡くなった時に、親戚にこの内容で連絡してもらうことを提案した。これを読んだ叔父は、「完璧だよ。いいねぇ。直葬!」と満足げだった。
叔父の進歩的?で過激な?発言(意向)を、超保守的?な親戚にできるだけ柔らかく伝え、自分自身も自己防衛しようという意図有り有りである。

***** 文書の概要 *****
親戚・関係者各位

   喪主:叔父の氏名

 母・○○○子におきましては、7月△日・○時□分、終の棲家となった老人ホーム「□□□□」の自室で静かに息をひきとりました。
 つきましては、下記祭場にて、故人が生前お世話になりました方々と、最期のお別れをさせていただきたいと思います。
 なお、故人も華美なことは好まず、近親の者で静かに見送りたく、通夜・葬儀・告別式等の儀式は執り行いませんのでご了承下さい。

※ なお、お気持ちはありがたく感謝いたしますが、香典の受け取りはご遠慮申し上げます。また、儀式等は行いませんので、平服でお越し下さい。
*****************

果たして、その効果は…、

通夜?の日の午後3時すぎ頃、私は一端、叔父と二人の通夜?の夜明かしと、翌日の火葬の準備&休憩を兼ね帰宅した。

休憩していた私のケータイが鳴る。叔父からの電話だった。出ると「田舎から親戚一同、一個連隊が到着した。香典を受け取らないというのに、皆、そんなこと言ってたって、こうなるんだよ!」と言って、叔父は数の力に圧倒され断ることもできず、あっけなく撃沈したとのことだった。

それに数名で静かに送るはずだったのに、酒はないもののその場は宴会状態だと言う。KI姉とKU姉がつまみ等を買って持ってきて対応してくれた。

一個連隊が去った後、叔父と二人きりの通夜?が始まった。叔父は様々な分野の本をよく読み、短歌も嗜む。バイクが好きで山登りも好き、多趣味で話は飽きなかった。70歳を過ぎているのに、とてもそうは見えなかった。祖母も生前、「おまえ(三男叔父のこと)は歳をとらないねぇ。田舎の同年代の者は皆、爺さんになってるよ。」と言ったらしい。

翌日は、小雨まじりの天気だった。台風も近づいているという情報だった。あまり暑くなくて良かったかもしれない。

この日も叔父の思惑と反して、親戚一同がかけつけて来た。近親の者のみで送るということにはならなかったが、それはこれまで祖母が皆に愛されてきた証拠だったのだと思う。叔父の「来なくていいのに…」という文句の裏には、感謝の気持ちはあったと思っている。

儀式はなく、お坊さんもなく、最期に来てくれた人で棺に花を供えた。一人一人が祖母への想いを感じていただろう(招かれざる者が一人混ざっていたせいで、私の気持ちはそれどころではなくなっていたが…、そのことはまた記事にする)。

火葬場では、本当に近親の者のみで祖母を送った。お骨もその者のみで拾うことが出来た。
最期は、叔父の望みどおりの葬送が出来たと思う。

「直葬」というスタイルの葬送方法には賛否両論あるだろう。でも、儀式をしようがしまいが、当たり前のことだけれども、故人を心から送りたいという気持ちが大切なのだと私は思う。
私自身もこの方法で葬られてもいいと思うが、もう一つ、「死に行くものは文句は言うまい」というのも言える。どうせ私が先に逝くのだから(ただの希望)、妻には葬送の方法まで注文をつけるのは止めておこうと思う。

そして本日、叔父から電話があった。もらった香典を叔父の地元の特産品と一緒に「御車代」として送り返したと言う連絡だった。火葬の日の朝から、そんなことを言っていたのは聞いてはいたが、本当に返したようだ。叔父は「初志貫徹だ!」と満足げに電話の向こうで笑っていた。受け取った者はさぞ驚くことだろう。出した香典のお金がそのまま送り返されてくるのだ。仰天するに違いない。

祖母はあの世でどう思っていることだろうか。
(息子のことを)「変わり者です。」と笑って許してくれてる…と思いたい。

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