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2011年7月26日 (火)

変わり者 vs. 非常識者

祖母は生前、三男叔父のことを人に紹介する時いつも、「変わり者です。」と言っていたらしい。

確かに、私も、叔父の発言や行動、意見は、「変わってるなぁ」という印象を持ったことが幾度もある。

しかし、叔父のそれは、他の人と単に違った考え方や意見を持っているだけで、常識がないということではないのだ。

「常識とは何ぞや?」…という問いに、ちゃんと答えられるわけではないが、こういう人間の方が、「常識がない人間」ではないだろうか。

通夜?の日の夕刻…、
「ここ(葬祭場)にいたのか?」と、さも自分に連絡がなかったことを不満そうに、そして、更に、
「○○○(私の弟の名前)には、連絡したのか!」とこれまた責めるかのような言い方で叔父の前に現れたのは、私の母である(“母”とも書きたくないが、別の表現をするとややこしいので仕方がない)。これだけでも充分に常識がない。お悔やみの言葉を言うのが先だろう。

母はこれまで幾多も暴言を吐いている。
言い始めたらキリがないが、少々あげつらうと、

祖母が老人ホームに入ることが決まった時、その手配をしてくれたKI姉、KU姉に向かって、
「あんな老人ホームに入れて可哀想だ。私が引き取る。だけど、自分は旅行に行くことが多いから、その間はあなた達(KI姉、KU姉)が見なさい!」
そもそも、祖母が「自宅であったはずの家」から出て行かざるを得ない状況を作って、祖母を家から追い出したのは母である。何を今更必要以上に関わろうとするのか?
それとも、これまでの感謝と償いのために、いろいろと自分の人生が清算された今なら、祖母の最期を自分が完全に犠牲になって面倒みたい、看取りたいと言うのなら見上げた話ではあるが、“都合良く”看取ったという事実を作り、善人ぶりたいだけなのだ。

老人ホームの職員にもいろいろ注文をつけた。医療従事者だった経験を活かして(悪用して)、難癖をつけるのだ。祖母が望んだわけではない。祖母は我慢強い人で、人の迷惑になるのが一番嫌いな性格だった。私は人にはそれぞれの生き方や性分があると思っている。そして、実際にホームの職員にお世話になりながら生きているのは祖母なのだ。祖母が職員から嫌な扱いを受けないよう(そんな職員は誰もいないが…)、周囲の関係者は職員に気分よく祖母の世話をしてもらえるよう配慮すべきだと思っていた。もし不当な扱いを受けているとしたら別だが、ここのホームの職員はとてもよくやっていると思う。実際、祖母から職員への愚痴は一度も聞いたことがないし、祖母は「よくしてくれる。」としか言ったことはない。

確かに母は、このホームにいる祖母を何度か見舞っていた。そのたびに祖母は、「ありがたい、ありがたい。」と母に感謝の言葉を言ったらしいが、こんな(ホームの人には失礼な言い方だが)ホームで一人で暮らしているのである。誰が訪ねて来ても有り難く、うれしいはずである。
それを、この通夜?の晩、親戚一同の前で、さも自慢げに「祖母に感謝されていた」と話し始めたそうである。自分が追い出しておいて、よくそんなことが言えたものだ!

そして親戚に、叔父のことを、「私はこの人のペースに着いていけないんですよ。」…どういう意味???
叔父も面食らったらしいが、「誰も着いてきて欲しいとは言ってない。」と切り返した。そうしたら、「そうだけど…」と口ごもったそうだ。旦那でもない人に何を失礼なことを言っているのだろう。
後で叔父から話を聞いて、「私もあなたのペースに着いていけません。」と言ってやれば良かったですね。…と笑って話した。

ただ失礼な発言・行動はそれだけではなかった。あろうことか、喪主である叔父を差し置いて、さも自分が看取ったかのごとく、祖母の棺の側で親戚を案内し始めたそうなのだ。呆れて物が言えない。
更に何を言い出すかと思えば、祖母の実の息子である叔父に何の相談もなく、親戚達に「お骨は自分が預かる」と言うのだ。これには叔父もさぞ腹が立っただろう。

ただこれに騙される親戚もいるから手に負えない。×子さんは良い人だ。別れた亭主の母親の看病をした上に、看取ったのだと、お通夜?にまでこうして来てくれて…お骨まで預かってくれる。
叔父の言葉を借りれば、「ホラーの世界だ!」である。

冷静に考えたらおかしいだろう。常識ある親戚達は、「あの人は誰だ?」「何でいるんだ?」と、疑問を抱いたそうである。当たり前だ。

百歩譲って、別れた亭主の母親だけど、いろいろと恩義があったから、臨終に際して線香の一本でもあげさせてもらいたい…と言って、通夜?の席に来て、丁重に喪主や親戚の方々に挨拶をして失礼する…なら話はわかる。おそらく、これが「常識ある人間」のすることだと思う。
それを喪主を差し置いて、でかい面をして長々と通夜?の席に居座り、自分が主役のごとく、今ではただの赤の他人である元親戚達と話をしているのである。その姿が滑稽だと、なぜ気付かないのか?

私は、前記事にも書いたとおり、休憩のため一時帰宅していて難を逃れた。もし私がいたら追い出していただろう。叔父から電話があった時も、何度、直接ケータイで怒鳴ろうかと思ったが何とか踏みとどまった。「望まれない行動に対しては、“無視する”ことが基本」である。

翌日、叔父はもう来ないだろうと言っていたが、私はきっと来ると確信していた。案の定、神妙そうな顔をしてやってきた。それも親戚の一人を車に乗せ、自分も火葬場まで行く気満々なのである。
出棺するまでの間にも、大きな面をして元親戚と話し込む。私の話もしたらしく、「現在喧嘩中であること、更に自分はTO君のことを心配している。息子(私)は厳しいところがあるから、TO君をどのように教育しているのか心配なのだ。」と言い触らしていたそうなのだ。自分が理解がなかったことへの反省の弁はない(期待はしてないが)。絶句である。

私は無視を決め込んで葬祭場の外に出ていた。叔父は「最悪の展開だ!」と言っていたが、すぐに機転を利かせ、母が連れてきた親戚に、「最期の火葬場では、自分と孫(私のこと)の二人きりにさせてくれ!」と頼み込んで納得してもらった。

ようやく嵐が去り(台風という嵐はこの後だったが)、近親の者のみで無事火葬を済ませることができた。叔父が心安らかに自分の母親を葬送することができたと思いたい。

私の方は、これまでの母の幾多の悪行に加え、通夜?と火葬の日の言動・行動に腸が煮えくり返り、母の顔を見た途端、祖母が亡くなった悲しみよりも、母への憎悪の気持ちの方が上回り、祖母との最期を平穏な気持ちでいることができなかった。そのことがとても残念である。

これでまた、母を許すことができないことが一つ増えただけである。

こんな人間に比べれば、叔父はとても常識ある人間だと思う。通夜?の晩、母がいなくなるのを待っていたので遅くなったが、私は妻と子供達(祖母にとってはひ孫)を連れて最期の別れをさせた。その時、妻に叔父はこう言った。
「奥さん、ご免なさいね。旦那さんをずっと借りてて。子供達もたいへんなのに、申し訳ないねぇ。」
子供を持たぬ叔父がこんな優しいことを言う。母ならこんな言葉、一言も言わないだろう。「やって当然だ。」と思うくらいだ。

叔父の顔に泥を塗り、私の祖母との別れの時を台無しにした母を、私は絶対に許さない。
以前、母に言った、「あなたが死んでも泣くかどうかわからないけど、婆ちゃんが死んだら絶対に泣く。」は、こんな事態になることを暗示していたのかはわからないが、私が母の死に際し何かを執り行うことも、最期を迎えるその時もその場にいることは決してない。

叔父との濃密な1週間余りの日々で、以前は単に「変わり者の叔父さん」と思っていたが、自分とかなり意見が合うこともあることがわかった。
私も、「変わり者」と呼ばれようが構わない。
非常識者に何と言われようが、知ったことではないのだ。

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