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2014年3月 5日 (水)

課題は何なのか

地元の大学等教育機関で構成されるコンソーシアムがあります。その事業の一環として、学部生の卒業論文テーマを公募しており、私が所属する職場からも研究テーマを提案していて(…て、私が考えたものですが)、某大学が提案を受けて研究してくれていました。先日、その成果発表会があったので参加してきました。

私が提案したテーマについては、発表会の前から何度もメール交換していたので、内容は十分理解していたので、あまり気になっていませんでした。

それより発表会の案内があった時から気になっていたのは…、
「発達障害児と健常児が共に育つための地域社会づくりに向けた調査」…という内容の発表…(テーマ名は適当に変えてあります)。

これはどこの団体が応募して、コンソーシアムに加盟内のどこの研究機関が担当したのだろう?
どんな調査をして、どんな結果が出たのだろう?
自分が提案したテーマのことより、そっちの方が気になって会場に到着するなり、配布された発表資料のこのテーマのページをチェックしました。

テーマを提案したのは某市町村役場、研究を受けたのは某大学の医学部看護学科。

ふ~ん、市町村からの提案だったんだ? この市町村はこの課題に対して問題意識が高いのだろうか? 理解が深いのだろうか? どうにかしたいという想いがあるのだろうか?

このテーマを医学部看護学科が受けていたことにも、ちょっとびっくりしました。
でも、どこでもいいです。この課題に関心を持って、研究や調査をしてくれることはとても良いことだと、私は思いました。

研究発表内容については…、
質問したいことがたくさんありすぎて困りました。
その前に、自分が質問するかどうかも迷っていました。
発表が終わると、お一人挙手されている方がいらっしゃいました。この方もこのテーマとは全く異なることを研究されている某研究機関の方だったのですが、「自分の子供が自閉症です。保護者です。」と断った上で質問されました。

私は、同じ職場の者もいてこの話をしていない者もいたので、同じように断った上での質問はできませんでしたが、この方が質問したことに勇気をもらって、自分も質問させて頂きました(…て、ここで質問すればバレバレかもしれないけど…)。

発表の中で、「小学校教諭が、『健常児が障害について理解できないこと』、『授業の遅れ』などに対する困り感を抱いている」…との調査結果が報告されていました。
私の方からは…、「小学校教諭の“困り感”についての報告がありましたが、障害児自身の“困り感”について何が困っていたのかを調査していますか? また、その“困り感”についてどのように解決したか等の調査はしていますか?」…という主旨の質問をさせてもらいました。

発表者の学生さん達が答えに窮していたので、発表内容にもなかったし、おそらく、いや確実に調査してないだろうな…とは思っていたので、
「いえ、いいです…」と断って、「つまり、教師の“困り感”は、『障害児自身が持つ“困り感”に対する障害児の反応』に困っているわけだから、障害児自身の“困り感”にアプローチしていかなければ、教師の“困り感”の解決はないと思いますよ。」
…と、ちょっと厳しい指摘をしつつ、それでも学生さん達がめげないように、「今回のこのような研究課題に取り組んだことはとても良いことだと思います」…みないなフォローを入れて私の発言を切り上げました。

でも、司会をされていた某大学の先生が、やっぱり学生に何かしゃべらせたいと考えたのだと思うんだけど、「今の意見に対して何か感じたことはありますか?」と学生さんに振って下さりました。学生さんも「御意見ありがとうございました。今後、検討していきたいと思います。」という感じで発表を終えました。

他の発表が一段落したところで、「ちょっと言い過ぎたかなぁ」という気持ちもあり、発表された学生さん達と指導教員のところに行って、「先ほどはちょっと厳しい質問してすみません。立場を申し上げていなかったですが、私も発達障害児を持つ父親です。看護学科の学生さん達にあのような質問をするのは筋違いだったかもしれません。小学校の先生達には物申したいことは山のようにあるのですが…。」

発表された学生さん達も指導教員も、穏やかに「いえ、こちらこそ御意見ありがとうございました。今後の研究の方向性が見えてきました。」と言って下さいました。

もっと話したい…と思いました。発表内容にも質問したいことがたくさんありました。
「一見して立派そうなシステムなど必要ないと思います。全くいらないとまでは言えないかもしれませんが、要は保護者も教育・保育に携わる者も、その対象者=子供をしっかり見ているかどうか」が問題なのだと思います。「専門知識を修得しないと何もできないのではない。もちろん、知識と技術はあった方が良いけど、自分の都合だけを考えず、子供をしっかり見ていれば課題は何のか見えてくる。」 
でも、懇親会があるわけでもなかったので、その当たりの本音は言えず終いでした。今後、研究内容が深まることを期待したいです。

ところで、私のテーマについて発表してくれた学生さん達…、何と! 最優秀賞に輝きました。
ごめんなさい。「まさか!」…でした。予想も期待もしていなかったです。本人達もびっくりしてたようですが…。まぁ、内容はともかく学生さん達は、私らの好き勝手な意見にめげず、実験や報告書等のまとめ、発表の練習と一生懸命取り組んだことは間違いありません。評価されて本当に良かったです。

今回の発表会、どの発表も「何が問題なのか、問題解決のための手法、そして何が明らかになって何がまだわからないのか、今後の課題」等について、自分達なりの答えを出していたと思います。とても刺激を受けた発表会でした。私も自分の研究を頑張ろうと思います。

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2014年3月 2日 (日)

合格発表

1月末にあった大学院博士後期課程の入学試験…、
先週に合格発表がありました。

結果は…「合格」でした。よっしゃー!
ホッとしました。
4月から大学院生です。オリエンテーションに出てみないと詳しいことはわからないのですが、社会人入学なので仕事をしながら、必要に応じて大学に通うことになります。
およそ2周りは年齢差のある若者達と勉学を共にすることになります。

ついていけるかな? それより、仕事との両立ができるかな?
いろいろ不安はありますが、無事に卒業=博士号取得に向け頑張ろうと思います。

ところで、この「合格発表」…私はニュースやドラマで見るような、受験校の掲示板に張り出されている受験番号を確認に行ったことがありません。
高校入試の時は、卒業した中学校に集められ、3年の担任から「合格した者は名前を呼ぶから、名前を呼ばれたら教室の外に出てそのまま帰っていい」と言われました。
ちょっと話は逸れるけど、この時、同じクラスだった親友がしばらく出て来ず(複数名がいた)、とても心配したことを今でもはっきり覚えています。

大学受験の時は、自分達から複数校受験が可能になった年、しかし、共通一次(時代が古いなぁ、今はセンター試験?)を受験する前に(つまり、共通一次の自己採点を確認しないまま)志望校に願書を提出しなければならないという受験制度の下(年齢がわかる?)、2校とも遠方だったために、1校は大学生達がおそらくサークル等の資金稼ぎでやっていた電報を頼み、1校は試験の時に知り合った地元の受験生に電話をもらいました。
電報は「サクラ・チル」だったし、電話も「残念だったけど番号はなかった」というものでした。しばらくして、前述の受験制度の混乱から、定員に達しなかった方の大学から「追加合格」の電話をもらい、その大学に行ったわけです。
思い出すだけでも辛い時期だったなぁ。

…なので、今度こそは地元の大学だし、仕事休んで見にいこうかなぁと考えていたのですが、指導教官から「来なくていいよ、休みがもったいない、どうせ郵便で通知が来るんだから」…と言われ、でも、だからと言って教官は自分が見て連絡してやるから…などとは言ってくれず(お忙しい先生なので仕方ないですが…)、本当に合格発表の日には何の連絡もなく…、
結局今回も、発表の翌日に大学から送られてきた郵便を確認して「合格」を知りました。ちょっと後悔はあるけど、地元と言っても結構遠いので、まぁいいや。今回はすんなり合格できたし。

掲示板に張り出されている自分の受験番号を確認する感動を味わってみたかったのだけど…、それは3年後、KO君とTO君の高校受験の時に二人の番号を見にいこうかな? いや、それは過保護? それとも怖くて見にいけないかな? 特にTO君のは…今回の自分の発表よりは確実に心配することになるだろうなぁ。
あぁ、怖い、怖い。今から想像して心配するのはやめよう。まずは自分がきちんと卒業することを考えよう!

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