「同じタイプだよねぇ」

「同じタイプだよねぇ」

…こう言ったのは、KO君です。

KO君とTO君は別のクラスにしてもらいましたが、KO君のクラスに授業中ほとんど寝て過ごす、仮称S君という男の子がいたのでした。

KO君は、毎日のように、「今日ね。S君がね。こんなことしたっちゃが~。」と私達に報告していました。
KO君によると、授業中、S君はほとんど先生の言うことも聴かず、寝てすごしている。いつもハサミを持っていて、何でもかんでも切り刻む。切り刻んだ紙は、机の廻りに散らばり、それを片付けるのは本人ではなく、いつも周りのお友達(KO君含む)…なんだそうだ。

私も実は入学式の時に、その子の存在に気付いていました。
だって、入学式の間、その子はずっと爆睡していたのですから…。 担任の新入生氏名点呼にも何の反応もみせず、ひたすらうなだれていました。
KO君のクラスにえらいな子がいるなぁ。入学式前日に寝不足か? まさかねぇ。 それとも何かあるのか?、肝っ玉が据わっているのか…そんなわけないか。…と思っていました。
ですから、KO君からS君の話を聞いて、すぐにあの子だとわかりました。

妻もS君のことは知っていました。
TO君は集団登校の中で、妻が付き添って学校に行っていますが、S君は集団登校では行けないようで、毎朝、お母さんが連れてきていたようです。
そして、なかなか校舎の中に入っていくことができず、学校側も教頭先生が対応したりしていたようでした。

お母さんも手を焼いている様子。でも、一緒に連れてきている、幼いきょうだい児に向かって、

「あんなバカなお兄ちゃんはいらんよねぇ。」

…と言っていたそうです。はぁ~(ため息…です)。


そして、KO君からは一時も経たないうちに、
「ねぇ。ねぇ。S君て、TO君と“同じタイプ”でしょ。」
という発言があったのでした(よくおわかりになりましたね。立派な理解者になれますよ)。

私達夫婦は、別に専門家じゃぁありませんので、当然ですが診断するわけにはいきません。でも、このS君は、TO君と同様に『生きにくさ』を抱えていることは間違いないと思います。
S君のお母さんも、そんな発言してないで、自分の子供が何でそういう行動をとっているのか、もっと真剣に考えてみたらいいのに…とも思いますが、「知る」ことがなければ無理ですよねぇ。
私達も、そのご家族のことは、幼稚園の時からの知り合いでもありませんでしたし、特別仲が良いわけでもないし何も言えないです(仲が良くてもなかなか言えない…と思うけど)。
まぁ、人ごとながら「心配だなぁ」と気にすることしかできませんでした。

上記の文章…全て過去形で書いてきましたが、
実は、このS君家族…家庭の都合でゴールデンウィーク明けに県外に引っ越していかれました。
小学校側も、支援の必要性を感じ、本格的に支援に入ろうとした矢先だったようで、先生方もとても心配されていたようでした。

引っ越した先の、小学校が特別支援教育に熱心に取り組んでいて、理解のある担任の先生に恵まれることを願うばかりです。

先日、KO君のクラスの懇親会に妻が行ってきました。
KO君のクラス担任が、「S君はまた転校したらしいです。」と言っていたそうです…。

理由はわかりませんが、ん~、ホントに人ごとなんだけど、「大丈夫かなぁ?」…と心配になります。
よそのお宅の子供の心配をしている余裕はないんだけど、ついそう思ってしまいます。
これからS君にとって、良き理解者ができることを祈るばかりです。

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お小遣い制

強くならなければ…』…で、TO君は登校して、一度、特別支援級に行って気持ちを落ち着かせ、決められた時間になったら交流学級に向かうことにしたということを書きました。

こうすることで、交流学級の前で、妻と『別れの儀式』=『バイバイ・タッチ、いってらっしゃい・タッチのハイタッチ』を済ませ、それで素直に教室に入っていくようになりました(自宅を出る前に、父との儀式もあります。このことはまた後日…)。

TO君にとっては、朝の登校時に児童玄関が混み合うことが、とても騒がく感じたり(聴覚過敏)、不安になったりするようなのです。そして、その難関を越えても、一日が始まることへの不安を抱えていたのではないかと推察します。

今回、その不安を乗り越えてもらうために、何かTO君にとって価値のあるものを与えることで頑張って欲しかった。そこで、ついでに他に家でして欲しい(=することが望ましい)ことを含めて、『お小遣い制』を導入することにしました(念のため、これも妻の発案ですから…)。

これまで、お小遣いというのは特に与えていませんでしたが、これを機会に、『お手伝い』をすることで『お小遣いがもらえる』ということ、そして、もらった自分の『お小遣い=お金』の計算や管理&価値観の醸成ができるようにしようということで導入することを決定しました。

TO君のお手伝いは、次の3つです。
1つ目…朝の登校時、スムーズに交流学級に入っていけること
2つ目…脱いだ服をたたむこと
3つ目…食事後、自分の食器を流しに運ぶこと

KO君にも同じようなことを“お手伝い化”しなければいけません。
ただ、KO君は普通の子です。朝の登校時は何のことはなく、さっさと教室に入っていきます(当たり前ですけど…)。だいたい、「お母さんはいつまで付いてくると~!?」、「もう一人で帰れるよ~(帰りも妻は迎えに行ってます)」と言ってますしね。

KO君のお手伝いは、次の3つとしました。
1つ目…朝、自分の目覚ましで目を覚まし、決められた時間までに泣かずに起きてくること
2つ目、3つ目はTO君と同じです。

1つ目の課題には、本当は差があるんですよね。
KO君は、本当は一人で登校班で行けるし、帰ってもこれる。
目覚ましで自分で起きてこなくちゃお小遣いもらえないのは、KO君だけ。
KO君は損していると思うのだけど、でも最近は、それを「ずるい」とかは言わないんですよね。以前なら言っていたかもしれないけれど、今は、自分とTO君の『タイプの違い』を認識しているのかなぁ。

しかし、TO君は目覚ましどころの音じゃぁ起きる気配さえない、ピクリともしません。私から、何度「起きなさい!」と言われても、また、倒れてしまうくらいの超ー目覚めの悪い人間です。
うちにもう一人、誰か似てる人間がいるなぁ~(最近早く起きるようになったけど…)。
そう言えば、私の弟も、TO君といっしょで目覚めが悪かったなぁ。私は、どちらかと言うと目覚めの良い方だと思います。子どもの頃、婆ちゃんに大きな声で起こされるのが嫌で、婆ちゃんが子ども部屋に近づいてくる足音で目を覚ましていましたからね。

『お小遣い制』を導入してしばらく経ちますが、
TO君もこれで気持ちを切り替え、自分を奮い立たせているのか、とてもすんなりと交流学級に入って行っているようです(時々調子の悪いときは、妻の後ろに隠れてしまう時もあるみたいですが…)。
KO君も、朝、自分の目覚ましで、ちゃんと起きてきます。時々、目覚ましをセットし忘れ、私に起こされて、涙目で「ねぇ、いいでしょう~」と訴えてくることもありますけどね。

自分たちの欲しいおもちゃや本を買うということにも、変化が見られるようです。
これまでもそんなにおもちゃ等を買ってやっていませんが(うちの子供達はおもちゃコーナーで、「これ買って~」とタダをこねたことはほとんどありません。おもちゃコーナーはただ閲覧するところだと思っているようです…笑)、更に簡単に買ってやることはなくなり、「欲しいなら自分のお小遣いで買ったら?」と言うと、「あぁ、そうか!」と納得しているようです。

しめしめ…。上手くいってます。
ちなみに、気になる単価ですが…、我が家は多額の住宅ローンを抱え財政難ですから、大した額ではありません。それでも、『お小遣い』をゲットできることを楽しんでいるようです。

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強くならなければ…

無事、小学校に入学したTO君(KO君も…)ですが…、
もちろん(?)…まったく何の問題もなく小学校生活を送れているわけではありません。

通学は、地域に育成会というのがあって、その中で登校班が決まっており、近くのお兄ちゃん達と集団登校することになっています。
うちの子供達が所属する登校班は、二人を含めて1年生が4名、2年生が1名、3年生が2名、5年生が1名、6年生が1名(班長さん)の計9名です。1年生が多くて班長さんはたいへんです。

毎朝、うちの家の前に7時25分に集合し、30分になったら出発するということで行っています。

その中に、おばさんが一人…おっと失礼、お姉さんが一人(←それは言い過ぎ!)。
そうです、うちの妻は毎日、TO君に付き添って行っているのです。

当初の予定では、後ろの方から見守りながら行くつもりだったらしいのですが、やっぱりダメで、TO君と手をつないで行っているようです。

妻としては、それくらいのことは想定内のことだったようですが…、それだけではありません。

児童専用の玄関まで行くと、TO君は既に尻込み状態…。
特別支援級の担任の先生も迎えに来てくれているのですが、なかなか入っていくことができません。
先生も、それなら「お母さんも中にどうぞ」と言うことで、妻も付き添い交流学級の方に…。
それで教室に入ってくれるなら…、って入ってはくれず…、結局、教室の中まで妻は入っていかなければならないのです。

妻にはいたたまれない日々が続いたようです。
だってねぇ。幼稚園ならともかく、誰一人として、お母さんが付いてくる、しかも教室の中まで入ってくるお友達なんていないですからねぇ。
毎日、毎日、妻から溜息と愚痴がこぼれていました。

学校側も何の手だてもないまま、1月近くが過ぎようとした頃…、
妻が、とうとうある手だてを実行に移しました。

休み明けの月曜日、支援級担任に相談もなしでしたが、
児童専用玄関に到着するや否や、妻が…、
「先生、支援教室使わせてもらいま~す。」
と言って、とりあえず支援教室に連れて行き、大好きな恐竜図鑑をながめて落ち着いたところで、決めた時間になったら交流学級に向かう。
そして、妻とは交流学級に入る前で「別れの儀式」を済ませ、それでバイバイ、教室に入っていく。

日曜日から、TO君にはこの手だてを説明し、納得させていました。
これで難なく、交流学級にスムーズに入っていくことができるようになったのです。

妻曰く…、
「こういう時、TO君に必要なのは、先の見通しをつけさせることと、少しばかり楽しいことを与えること、そして、一歩を踏み出すためにタイミング良く背中を押してやること」
…だそうです。さすがです。TO君支援のプロフェッショナルですね。

妻自身も限界だったのです。
後で妻は、支援級担任に相談していなかったことをかなり後悔・反省していましたが、先生も特に気にしていなかった(本当は気にしてた?)ようで、「お母さんの思うようにやってください」とおっしゃっていました。
先生もまだTO君のことを熟知していないので、どこまでやっていいかわからないのです。とても優しい、親から見ても「優しすぎる」くらいの先生なのですよ。

障害児の親…特に母親は、「強くならなければ…ならない」のでしょうか。知らず知らずのうちに、「強くはなっている」のかもしれません。でも、「…ならない」のはあまりにも酷なことのような気がします。
障害児に支援が必要なように、障害児の母にも支援と気持ちに寄り添う気持ちが必要なのだと思います。
私も妻の愚痴を聴いてやることしかできませんけど、できるだけ気持ち穏やかに聴くように努力はしようと思います(まわりくど~)。

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入学しました&感謝

KO君とTO君…、無事、小学校の入学式を終えました。

子供は、その歩みは遅いかもしれないけれど、必ず成長するのですね。今回の入学式はそう実感させられました。

TO君は…、例のごとく、妻が作成したスケジュールを時折、確認しながらではありましたが、式の間目立ったパニック・行動・言動も起こさず、無事乗り越えることができました。まぁ、キチッと姿勢を崩さずってわけにはいかず、あくびをしたり、(小さく)伸びをしたり、ばた足したり、始終動いていた気はしますが、担任の先生から名前を呼ばれた時も、ちゃんとお返事もできましたし、あの長い式典を大人しくしていたのですから、素晴らしい成長ぶりでした。

KO君は…、そりゃー、とても立派なお姿でしたよ。今回はビデオ撮影は止めにして、写真だけ撮りましたが、いつシャッターを切っても、同じ顔、同じ姿で写っているのが、ミョーにおかしかったです(すごく、くそ真面目ーな方ですね=私と一緒です)。とても緊張していたようですが、担任の先生から名前を呼ばれた時は、とてもはっきりした声で返事をしていました。私の隣に座っていたお父さんがKO君の返事の時に、「おぉ、この子は元気がいいね」と言っていました。ちょっとうれしかったです。

*************************************************************
ここからは、裏話と「感謝」についてです。

TO君が無事、入学式を終えられたのも、入学式前からその前日及び当日の支援をしていただいた、学校の先生方、そして在校生の生徒さん方のお陰です。

実は、この入学式…、校長先生の発案で、新入生と保護者が対面する形で行いたいということで、妻には早い段階から、その状況等について、校長先生自ら説明していただいていました。何でも、校長先生曰く、「感動させたい!」…のだそうです。とても、“熱い”校長先生でしたねぇ。

その意向を受け、TO君の担任の先生(特別支援・情緒級)からも、また、前もって入学式前日のリハーサルや当日の進行について詳細に打ち合わせをさせていただいていました。そして、担任の先生だけでなく、交流学級の担任の先生、教頭先生にも本当にありがたい支援をいただきました。

更に、在校生の生徒さん方です。当日、新入生のお世話をする係りとして、在校生の生徒さんが教室から入学式が行われる体育館のTO君の座る席まで案内してくれ、また、式の間もTO君の隣に座って、さりげなく支援をしてくれました。それも一人だけ在校生がいると目立つからということもあり(もちろん他の子のお世話もあるので…)、数名の生徒さんを新入生の間に配置するという徹底ぶり…。しかし、TO君の係りは決まっているってことで支援をしていただきました。その生徒さんには、式の前日遅くまで残ってもらって、TO君に顔を覚えてもらうため、リハーサルにもつき合ってもらいました。
後で教頭先生からお聴きした話によると、「こういう子(TO君のこと)のお世話係を頼みたいだが…」とお願いしたら、その生徒さん(男の子)は自ら立候補してくれたということでした。本当に感動しました。本当にありがとう。よく気が付くお子さんで、TO君だけでなく、周囲の新入生の状態に目を配り、お世話をしていました。

上記のように、TO君対策が検討される中、もう一つの対策がありました。それは、少しでもTO君が不安なく、式に参加できるようにと、対面式の会場において、TO君は新入生の一番前に座る、そして、その対面に私達親が座ることになっていました。

父(私)と母(妻)、どちらが対面に座るか?
これにも裏話がありました。それは、「体育館に入る前まで誰に側にいて欲しいのか?」、TO君に尋ねたところ、最初は「お父さん!」と答えたそうです。でも、妻が「TO君、あなたは、お父さんがずっと一緒にいたら、甘えて離れられなくなるでしょ。」と言ったら、「そうだね。やっぱり、お母さんにする!」と言ったのだそうです。
それで、TO君に対して、何の支援もできない、心の拠り所くらいにしかなれない父(私)が、TO君の対面に座ることになったのでした。

その席は、学校側が確保していてくださり、お陰で、TO君を目の前にしながら、KO君の姿も横目で確認することができ、写真も撮ることができたのでした。
でも、内心は、TO君が式の間に席から崩れ落ち、「お父さ~ん!」と泣いてすがりはしてこないか、ヒヤヒヤしてはいましたが、入場してきたTO君の顔を見て、「大丈夫だな」と安心して座っていることができました。

妻は…というと、感謝してますよ。校長先生との直接面談、担任の先生とのやりとり、そして、前日&当日のTO君への支援(スケジュールや体育館までの付き添い等々)とたいへんでしたね。
当日、新入生入場とともに、最後尾からそそくさと会場に入った妻は、保護者席の後ろの方の席であまり二人のことが見えず、ほとんど立って見ていたそうです。お疲れさまでした。
それに、妻にはもう一つ重要な任務があったのでした。それは、もしも、TO君がパニくった時には、後ろからTO君の席に忍び寄り、かっさらって退場するという任務でした(それもあって、でかい たけ父さんが動いて目立つより、TO君の目の前に座っておく方がマシという理由もありました)。
幸い、その任務は遂行することなく、無事式を終えることができ、妻もとてもホッとしたことだと思います。気疲れしたでしょうねぇ。

それと、KO君とTO君のクラス(正確に言えばTO君の交流学級)ですが、私達親の希望どおり、別々のクラスにしていただけました。
妻は、知り合いのお母さん方に会うたびに、「え”ー、双子ちゃん、一緒のクラスにならなかったのー!」とビックリされたようですが、これで良かったのだと思います。
こころなしか、KO君に余裕が出てきたようで、とてものびのびとしているような気がします。そして、その分、TO君に対する思い遣りが、以前よりも増して出てきたような気がします。

TO君の特別支援・情緒級の担任の先生、交流学級の先生、どちらも良い先生のようでホッとしています。
とりあえず、入学式が無事終わりましたが、これから長い1年間、よろしくお願いしたいと思っています。

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伝わる

妻には、もう一つ大きな仕事がありました。

というのは、情緒級が決まった頃、幼稚園の先生から次のようなお話があったのです。

「今のクラスのお友達に、小学校に入ってからTO君のクラスが違ったりする(情緒級のこと)ことをお話しなくていいでしょうか?」
というものでした。

幼稚園の先生曰く…、
「今、TO君はクラスのお友達と本当に仲良く遊んでいます。このまま、TO君が違うクラス(情緒級)になると、みんな不思議がると思うのです。」
ということでした。

私たちは、その提案・申し出をとてもうれしく感じました。

ただ、いろんな方に相談すると、はじめは皆さん、「早すぎる」とか「必要ないのでは」といった意見だったようです。

でも、皆さん、妻が相談(?)に行くと…、
「そこまで考えてるなら、もうやったら。何かあったら後でフォローしてあげるから。」

とか、幼稚園のお友達に話す内容の原稿等を見せると…、
「ここまで準備ができあがってるなら、するつもりなんでしょ。」

ってな感じで、妻の熱意に説得されて、「頑張って見たら」ってことになるようです。

「妻が相談(?)」と「?書き」しましたが、最近、相談なのか?、それとも報告なのか、確認なのか、よくわからない状態のようです。
ある相談相手の方からは、「チャレンジャーやねぇ」と言われたらしいです。
フォローしますが、妻は人のアドバイスを聴かないわけではないのですよ。
ご相談相手の方々には、これからも妻の相談、支援についてよろしくお願いします。m(_ _)m

それで、結局、幼稚園の同じクラスのお友達に、TO君のことをお話することになりました。
時は、幼稚園の卒園式前日です。もちろん、その前の日に、双子達にも、「お友達にこういうお話をしようと思うけどどうだろうか?」と確認し、同意を得ました。
妻は、この時、嘔吐下痢の症状がピークの時で、とても苦しんでいました。
当日、どうしてもできなければ私が代役を…ということも考えたのですが、私がするのは簡単ですが(まぁ、いつものように話しながら泣くかもしれませんけど…)、話をするその“意味”が半減してしまうので、やはり妻が這いつくばってでもすることになりました。
その代わり、私は急遽仕事を休み、子供達の幼稚園の送り迎え、そして妻を幼稚園に連れていって、その話をする時に同席することになりました(でも、この日は絶対にしなければならない仕事(観察・実験)があったので、子供達を幼稚園で預かり保育までお願いして、その間2時間ほど仕事に行きました)。

告知」の時と同じように、妻がお絵かきしたり、写真を貼り付けた「紙芝居風」のものを持って行って、幼稚園のお友達にお話をしました。
みんな、妻の話を黙って、「紙芝居」をよく見て、話を聴いてくれました。
その姿にもとても感動しました。
「子供だからわからない、だから話をしないでもいい。」
そうではないと感じました。子供だって、きちんと話をすればわかってくれるのだと思います。

もちろん、全てを理解してくれたわけではないと思います。
でもいいのです。TO君(&KO君)のお母さんが幼稚園に来て、何かTO君のことをお話に来てくれた。そういうことが記憶に残ってくれればいいと思っています。もし聴きたいことがあれば、おそらく初めのうちは妻はTO君に付き添わなければいけないと思います。その時にお友達が、TO君のことを妻に尋ねてくれれば…という思惑もあります。

願わくば、今回、子供達の記憶に少しでも、「TO君は新しいところが苦手で、みんなが大丈夫なことでも、とっても怖くなったり、不安になったりしてしまう。だから、KO君は自分たちと同じ大きなクラスになるけど、TO君にはもう一つ小さなクラスが出来て、その2つのクラスを行ったり来たりする。いつも一緒ではないかもしれないけど、今までどおり仲良く一緒に遊んで、小学校で会ったら「おはよう」とか「バイバイ」とか声をかければ、TO君はとてもうれしくて安心するんだ。」ということが、少しでも伝わったらそれでいいと思っています。

幼稚園の先生も、妻の話の後、妻の話に沿った形で子供達に話をしてくださいました。本当にありがとうございました。
そして、こういう話をする機会を設けていただいたことを、本当に感謝します。

私は…、教室の後ろで、感動してやっぱり泣いていました。
子供達には「伝わった」と思います。
私たち大人は残念なことに、これまで生きてきた中で、いろんないらない知識や思い込みがあると思います。その情報が邪魔して、目の前にある情報をそのまま素直に受け入れられない。先入観や謝った認識がその情報を脚色してしまうのだと思います。その反面、子供達にはまだいらない知識や思い込みはない。目の前に与えられた情報、事実をそのまま素直に受け入れ、子供達なりに受け止めてくれるものと思います。

妻の話を素直に聴いてくれたみんな、本当にありがとう。

ちなみに、この「紙芝居風」のもの…というか、「絵を描いてそれを見せながら子供達に話をしたら? その方が伝わると思うよ」と提案したのは、私です。
実際、それを作ったり、話をする原稿を考えたのは妻ですけどね(多少協力はしましたよ。)
ただ、私もちょっとくらいは何かしてるんですよ。(笑)

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告知

TO君の支援については、ほとんど全て、妻が担当しています。
この「告知」についても、妻主導で事は運びましたので、未だ妻の blog に書かれてないにもかかわらず、私が blog に書くのも気がひけるのですが、最近、妻は体調不良で半分倒れているようなものなので、先にご紹介しておきます。

ちなみに、何故妻は倒れているかというと「嘔吐下痢症」です。発症被害は家族4人とも…一家全滅です。発生源はKO君。皆、嘔吐はありません。お腹を痛がりましたが、KO君が疲れた時によく似たような便をすることがあるので、ほったらかしていました。症状が軽かったのか、しばらくしたら治りました。つづいて、私(お父さん)がなりました。やはり嘔吐はなく、確かに初日とてもお腹が痛くて夜中に起きました。1週間くらい下痢症状が続きましたがそうひどくはなく復活しました。そして妻、最後にTO君が発症しました。TO君は現在進行形ですが(もう治りかけ)、下痢をしているだけで元気いっぱいです。結局、妻の症状だけ特別にひどく、未だにとても苦しんでいます。
おそらく、この「告知」のこともありますが、2月・3月とケース会や卒園のこと、就学準備等々と、疲れがピークにきてたのでしょう。
いけませんねぇ。私が倒れても家のことに何の支障もありませんが、妻が倒れると、家のことが滞りますからたいへんです。
世の旦那様方、日頃から奥様のことはたいせつに、大事にしましょう(自戒含む…)。

さて、本題の「告知」です。
「告知」というと、何やら重々しい感じはしますが、TO君(&KO君)の年齢が低いこともありますので、当然、「障害名」等を告げてもわかるわけでもありません(また、障害名だけを告げるだけに意味はありませんしね)。
そこで、まず、「人にもタイプがある」というような話や、「TO君とKO君それぞれに得意なことや苦手なことがある」といったことを話しました。

何度も言いますが、「妻主導」ですので、話をしたのも「妻」です。
私は、子供達の傍らにいて、時々茶々を入れる係です(&「泣き」担当?←でも今回は泣いてませんよ。自分で話をしてないので大丈夫でした)。
それから、もうお一方…、主治医の先生にも同席していただきました。

この主治医立ち会いの下…というのも「妻の考え」です。
うちの双子達は、「大事な話をします。話を聴きなさい。」と言えば、ある程度素直に聴いてくれるとは思います。
しかし、やはり、今回の「告知」を二人にとって「より強く印象づける・記憶付ける」ためには、第三者およびいつもと違う特別な場所において、お母さんとお父さんが何か大事な話をしたという事実を作りたかったというものです。
そして、主治医の先生からもお話や補足をしていただく。子供達から質問があり、親で答えられないようなことがあったり、親が話していることへのフォローをしていただければ…という考えがありました。

そして、何故今の時期にしたかというと、4月から小学校就学に併せて、KO君は通常のお友達の人数の多い大きなクラスが1つでそこにいくことになること、そして、TO君には大きなクラスもできるけれでも、TO君が落ち着ける小さなクラスの2つができるということを話して聴かせました。
これらの話を、妻が絵を描いたり写真を貼ったりして作った「紙芝居風」のもので、子供達に耳からのお話だけでなく、目で見た視覚情報として記憶してもらうようにしました。

今回のことで、全て子供達が納得したとは、もちろん思っていません。
妻も最後に「こういう話をして欲しかったら、何度でもしてあげるからね。」
と言って締めました。
子供達にも、何かお母さんとお父さんが、何か自分たちのことで話をしてくれた、自分たちのことを考えてくれて、話をしてくれた。
小学校でのクラスについても、お母さんとお父さんが何か考えて、こうしてくれたのだという“納得”めいたものが、少しでも伝われば良いのかと考えています。

主治医の先生には、お時間をとっていただいて、本当にありがとうございました。おそらく、二人には強く印象に残る記憶になってくれたものと思います。それから、二人のためにポケモンのぬいぐるみや絵本も用意してくださって、ありがとうございました。

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卒園&大失敗

幼稚園の卒園式がありました。
今回は、TO君も慣れた場所で大丈夫だろう。私達は保護者席でゆっくりと感涙に浸れるだろうと思っていました。
実際、その期待は、裏切られることはありませんでした。TO君はよく頑張りました(もちろんKO君も…今回はKO君の方が緊張した面持ちでしたかね)。
保育所を卒園した時『保育所のお別れ会』(←私達夫婦の中では、このことを『原点』と呼ぶ)のことを思い返してみれば、「よくぞここまで成長してくれた」って感じです。それだけでも、“感動の涙”に値します。

しかし、式の演出は、それだけではありませんでした。
式の終盤・クライマックス…、卒園児達がピアノ演奏に合わせて、幼稚園での思い出の数々を大きな声で発表していきます(座っている列毎に発表後、順次椅子に座っていきました)。そして、もうこれで終わるのか?と思わせた瞬間、全員が一斉に立ち、パッと保護者席を向いて…、

「お父さん、お母さん、こんなに大きくなりました。
 ありがとう。
 もうすぐ1年生です・・・。」

おそらく、その瞬間、会場にいた全ての父母の目には、涙が溢れたことでしょう。あまりの突然の出来事に、誰もが涙を堪えきれなかったはずです(幼稚園側の演出ですねぇ)。

無事、卒園式が終わり、ホッとした気持ちと、感動の想いを胸に帰宅しました。

…で、誰が“大失敗”したのでしょう。それは…、
帰宅して、ちゃんとビデオが撮れたか確認しようと巻き戻した時です。なっなっ何とっ!、肝心の卒園証書授与の、あのTO君(もちろんKO君も)の落ち着き払った姿…雄姿が写ってないではありませんか~! それも、二人が喜ぶだろうと撮った、一番仲良しのお友達の分だけは、しっかりと入っていました。
私(お父さん)の“大失敗”だったのです。おそらく【REC】ボタンを押し忘れたんですねぇ。

落ち込みました…。二人ともとっても凛々しい姿だったのに…。
TO君、KO君、ごめんなさいm(_ _)m
でも、とても優しい双子達は、休みの日に「1日中一緒に遊ぶこと」という約束を条件に許してくれました。ありがとう。
言い訳になりますが…、幼稚園が業者に頼んでいるDVDは注文してるから、それにきっと入っているはずだから許してください…。

それから、以前、「寄せ書き」に書いたものと別に、ちょっと長い文章(B5・1ページ)を文集の中に書いて欲しいとのことで、『卒園文集』をヴァージョンアップ(?)して書きました。
KO君とTO君の幼稚園卒園に添えて、お父さんとお母さんからの贈る言葉ですかね。

******************************************************
KO君、TO君へ

2001年○月△日、あなた達双子はこの世に『生』を受けました。
生まれた時は、KO君が 2,152g、TO君が 1,866gで、とっても小さな赤ちゃんだったけど、今はこんなに大きく、元気になってくれて本当にありがとう。

KO君は、いつもニコニコ笑顔だね。笑顔でいるって、実は、そんなに簡単じゃないのに、あなたが笑ってくれていると、お父さんとお母さんは、とても安心します。
まだ、小さな心で、自分自身のことだけでもたいへんなのに、TO君のお世話をしてくれる、とても優しい子です。お父さんとお母さんは、そんなKO君を頼もしく思っているし、とっても助かっています。
あなたの笑顔は、この家族を明るく、楽しく、そして和やかな気持ちにしてくれます。いつまでもその笑顔と優しさを忘れないようにして欲しいです。
『KO君』…あなたの名前は、何事にも向上心を持って取り組んで欲しいという願いを込めて付けました。
その意志の固い、力強い瞳で、何事にも前向きに『生きて』いってください。

TO君は、ちょっとおもしろくて、そして心根の優しい子です。
お絵描きと工作が大好きで、熱中すると時間が経つのも忘れてしまうくらいです。
そんなユニークな TO君の個性を、お父さんもお母さんも、そして、KO君も、わかっているから安心してね。
その集中力を活かせる『何か』を見つけて、ずっと続けられるといいなと思っています。あなたの寝顔は、お父さんとお母さんの気持ちを穏やかにしてくれます。これからも、あなたにとって、安らげる家族でありたいです。
『TO君』…あなたの名前は、何事にも勇敢に立ち向かって欲しいという願いを込めて付けました。
その集中力と発想の豊かさで、何事にも恐れずに『生きて』いってください。

D幼稚園には、引っ越しで年長の途中からの入園になってしまったけれど、よく頑張って通ってくれました。運動会も生活発表会も、お友達みんなと仲良く出来て、本当に良かったと思っています。ありがとう。
いよいよ4月からは小学校に入学です。これからも家族4人 Love Loveでいようね。
KO君、TO君、卒園おめでとう。お父さんとお母さんは、いつもあなた達の味方です。

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情緒級決定!

先日、教育委員会のH氏から電話がありました。

「情緒級存続のお知らせ」です。
↑正確には、在籍する6年生の卒業に伴って閉級し、TO君入学のために新たに開設するということです。→相変わらず公務員のすることは面倒くさいですね…自分もだけど…。

でも、情報によると、今年は県下で情緒級開設の申請がとても多かったそうです。しかし、教員の人員配置の問題などから、全ての申請が通ったわけではないとのこと。

そういうことを考えれば、TO君のために情緒級を残していただいたことに、感謝しなければなりません。

地元教育委員会のH氏をはじめ、県教育委員会の方々など、おそらく、いろんな方が関わって、その方々のご尽力で、この存続が決まったものと思います。関係者の皆様、本当にありがとうございました。

しかし、これで安心できるわけではありません。
とりあえず、最低限(←語弊がある?)の環境が整ったに過ぎません。
「情緒級から出発する」という、スタートラインに立っただけです。
小学校との連携、支援者との連携を形作っていくのは、これからなのです。

それはまた、妻が張りきって(←もっと語弊がある?)、頑張ってあちこち電話&相談に行くことでしょう。
私は妻の言うことの聞き役、支援役、サポート役です。
それと父親として出ていくべき時に出ていって、「泣き」担当ですかね。←違うだろ! 「締め」担当じゃなきゃ!
本人はそうするつもりなんですよ。でも、どうしても込み上げてくるんですよねぇ。

妻から、「私がものすごく冷たい人間に思われるじゃない! 私がグッときた時に、既に横で涙してる人がいたら、私の涙は引っ込んじゃうのよねぇ。」と叱られています。

反省はしてます。

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○○コープ

3連休の中日のことでした。
3連休、それも月曜日が休みというのは、とってもうれしいのですが、生き物を相手にしたお仕事をしていると、なかなか3日間も職場を空けるわけにはいかない時があります。
先日のお休みもそうでした。どうしてもその日(中日)に観察、分離、測定等をしなければならなくなり、2時間ほどでしたがお仕事をしてきました。
以前のように車で5分でしたら何ともありませんでしたが、今は片道40分かけての移動があります。その時間だけは、「もったいないなぁ」と感じます。

ところで、話はガラッと変わりますが…、
双子達の幼稚園は、毎週木曜日、給食ではなくお弁当持参の日になっています。料理の嫌いな(苦手な)妻にとっては、魔の木曜日です。
お友達のお母さん方も、力入れて作られる方がいらっしゃるのでしょうね。
どうも、お友達が持ってくるお弁当の中に、ポケモン海苔(ポケモンのキャラクターが型抜きされたもの、販売者:丸美屋、商品名:ポケモン きりぬきのり)のついたおにぎりが入っているようです。
自称、ポケモン博士のKO君としては、どうしてもその海苔をゲットし、ポケモンのついたおにぎりをお母さんに作って欲しいわけです。

ただ、私達が必ずと言っていいほど毎週末に家族で買い物に行く某量販店(ジ△□コ)には、そのポケモン海苔はおいてありません。あればすぐにでも買ってあげるのですが…。

そこで、この日(連休の中日)、私が休日出勤の帰りに市内のあちこちのお店を探索してまわることになりました。私達が引っ越した街は、人口のワリにはなぜか? ショッピングセンターやらお店が多いんですよね。

その前に、KO君に「どうしても欲しいなら、お友達にどこに売っているか聞いてきなよ」と言ってあり、その情報によると「○○コープにある」ということでした。

そこで、市内にある一番大きな○○コープにねらいをつけ行ってみましたが、ポケモン海苔らしきものはどこにも見あたりません。普通の海苔ばかりです。

他にもいろいろ買い物もあり、他のお店や最近では某大型薬品店にも食品がおいてありますので、そこらのお店を探しましたが見あたりません。

もう暗くなって諦めて帰ろうと思った時、「もしかして、“コープ”違い?」と思い、○○コープとは別のコープに行ってみました(最近はあまり行ってなかったんで、すっかりノーマークでした)。

「あったー!」 そのお店の海苔陳列棚の前で思わず叫びそうになりました。
近くの親娘連れに「何だ? このおっさんは?」と怪訝な顔をされそうでしたよ。

すぐにケータイで妻に電話をしてKO君も大喜び! 帰ってからも、ちゃんと「お父さん、ポケモン海苔買ってくれてありがとう」とお礼を言ってもらいました。

そう言えば、以前住んでいたところには、○○コープしかなかったんですよね。
それも、夏は18時30分、冬は18時までしか開いてないんです。それに平気で精肉の賞味期限切れ商品を安売りもせず売ってるし…まぁ、賞味期限の改ざん・偽装をしているわけではなく、正直に「賞味期限切れてます」と販売しているのだからマシだという考えもありますが…。
↑今回の話には関係ないですね。

KO君はお友達から「コープ」と聞いた時、自分が知っているコープは○○コープしかないので、私達にそう(○○コープにある)伝えたのでしょうね。

何にしても、任務完了できて良かったです。子供達の喜ぶ顔はうれしいものです。妻もこれで少しでも見栄えの良いお弁当ができるのはないでしょうか…(あぁ、またこんなこと書いたら怒られる?)。
あぁ、それと…、こんなふうに書くと、休日出勤までして、更に子供達のためにポケモン海苔を探し歩くとても良いお父さんのようですが、単にたまに休日一人で外出できたのだから、一人きりであちこち放浪したかっただけです。
家に帰ったら、子供達の相手しなきゃならないですからねぇ。たまにはねぇ、息抜き、息抜き。

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卒園文集

幼稚園はもう、卒園準備です。
文集(?)を作るのだそうで、その中に親から子供への寄せ書きがあるとのこと。
保護者面談(…があるんだそうで)の時までに考えていかないといけないということです。

「たけ父さん、考えてー!」という妻の申出にお応えして、一応考えたのが下記のとおりです。
実際には、妻と話し合って、跡形もなく(笑)校正されていきます。

いつか、もう少し大きくなって、自分で漢字も読み書きできるようなった時、これを読み返して何かを感じてくれればいいなぁと思って書きました。
いつまでも仲の良い、ラブラブ家族であったらいいですね…。

****************************************************
KO君は、いつもニコニコかわいいね。
まだ小さな心で自分のことだけでもたいへんなのに、TO君のお世話までしてくれて、お父さん、お母さんはとても助かってます。
あなたの笑顔は、家族を楽しく、和やかな気持ちにしてくれます。いつまでもその笑顔を忘れないように…。
あなたの名前は、何事も向上心をもって取り組んで欲しいという願いを込めて、「○」とつけました。
その意志の固い、力強い瞳で、何事にも前向きに“生きて”いってください。
****************************************************
TO君は、ちょっとおもしろいよね。
お絵描きと工作が大好きで、熱中すると時間が経つのも忘れてしまうくらい…。
そんなユニークなあなたの個性を、お父さんも、お母さんも、KO君も、わかってるから安心してね。
その集中力を活かせる“何か”を見つけて、続けられるといいね。
あなたの名前は、何事にも勇敢に立ち向かって欲しいという願いを込めて、「□」とつけました。
その集中力と発想の豊かさで、何事にも恐れずに“生きて”いってください。
****************************************************

…何か遺言みたいで…(←縁起でもない!)、泣けてきます…(自己陶酔!)。

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「小学校行きたくない」

本当にカウントダウンが始まってしまったような気持ちです。
小学校入学まで、もう3ヶ月もなくなってしまいました。
…と、とても焦ったようなことを言ってますが、実際、入学への準備を着々と(までは言えないか?)しているのは妻です。

TO君の支援関係については、ほとんんどのことを妻が対応しています。
「今日、コーディネーターの先生とこんな話をした。」とか「支援センターには、学校にいつ頃説明に入ってもらおうと思っている。」とか「ことばの教室の先生に、こんな形で支援に入ってもらいたいと思っている。」とか「小学校の先生とはこんな打ち合わせをしたいと思っている。」とか、全て先方の先生方と打ち合わせたり、自分で考えたりした後に、私に相談(?になっているのかなぁ)して、私がそれに同意する(多分、それだけしかしてない)というスタイルで、我が家は動いてます。
ほとんどの場合、私が妻の考えをくつがえすようなことはありません。TO君の支援関係については、妻はほとんど『プロフェッショナル』と化しています。そんな彼女の言うことに、同意それとほんのちょっとした妻が気付いていないこと等を補足・アドバイスはできても、真っ向から「違う! こうすべきだ!」ということを言えるほど、私は勉強できていません…。

私ができること…それは、妻がTO君の障害に関わる療育を行ったり、KO君の子育て・フォローをするにあたって、もちろん私もできることはしますが、それ以外の…家事を少しでも多く分担するとか(ってワリには文句が多い…)、休みの日は得意な料理を担当するとか(ってワリには恩着せがましい…)、子供達の相手をするとか(ってワリには、よく寝ている…)、そういうフォローみたいなことかなぁと思っています。
あと、父親が出ていった方がいい場面…ってあるんでしょうね。本当はおかしな話でもあるんでしょうが、でも、両親雁首揃えた方が『効き目あり』ってこともありますから、そう言う時は出ていくようにしています。それに二人の目で見て、聴いた方がいいこともあるし、片方だけだと行った方は、その感じ方や聴いたこと、その後判断することが正しいのか…etc.不安になりますもんね。

…で、いつものように前置きが長すぎて、本題があまりありませんが…、
TO君…、最近小学校入学の話が出るたびに、
「小学校行きたくない!」
「だって、KO君ともいっしょのクラスじゃないし…」
「あぁ…、もう…」
と、とても不満、不安げに言います。おそらく、KO君と一緒でないことで、ただでさえ新しい環境になることに不安なのに、更に不安が倍増するのでしょう。
まだ、特別支援級の情緒クラスへ入ることなどは決まっていませんし、ですからそういう話、説明もしてはいないのですが…、ただ、「KO君とは別のクラスになるだろう。」とは言ってあります。

最近のTO君の安定した生活を見たり、KO君と本当に楽しく遊ぶ姿を見ていると、
「もしかしたら、通常学級でもちゃんとやっていけるんじゃないだろうか?」
「私達の判断(情緒クラスへの入学)は間違いじゃないだろうか?」
「情緒クラスへ入れたことによって、TO君はどんなふうに思うだろうか?」
そんなことも考えなくはないのです。

でも、おそらく、TO君が今、安定しているのは、今の幼稚園やお友達に慣れ、お友達もTO君に慣れた(?)から、お友達ともトラブルも少なく、KO君にもちょっかい出さずに何とかやっていっているだけ…。
小学校に入学し、新しい環境になれば、不安や初めてのお友達とのトラブル、先生からの指示がとおらないことによるトラブル、そして小学校は遊びだけではなく勉強するところ、TO君がどれほど勉強についていけるだけの能力があるのか未知数ですが、勉強がわからないことによるトラブルも多々あるかもしれません。そして、それがKO君に対するちょっかい、不安・不満のはけ口になってしまうかもしれません。そうすれば、今度はKO君の方が参ってしまうかもしれません。

私達親の方も、不安なことを考え出せばキリがないのですが、それもまた仕方ないことです。
でもやっぱりよく考え、TO君が小学生になった姿を想像すると、上記のようなことを想像してしまうのですよね。
ただ一つ、心配なことは、お友達にTO君を理解しもらい、慣れてもらえる機会を減らしてしまうことになるのではないか? ということです。
でも、もしもTO君が落ち着いて、更に何とかついていけるような授業があれば、交流学級の方にどんどん行かせてもらって、お友達との関係を作っていってもらえるようになればいいがなぁと思うこの頃です。

TO君は、人と関わりたい子です。『積極奇異』で、それがトラブルの原因になることもありますが、それを避けていれば、その関わり方も学べないし、上手くいくようにはならない。
人として生まれてきた以上、本人が求めるのであれば、人との関わりを大事にしてあげたいと思います。その手助けができればいいのですが…。

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理想と現実

自称『ポケモン博士』、10歳になったら世界一のポケモンマスターになるために旅に出るんだと豪語する KO君。

基本的にお母さん子なんですが、私が休みの日などお母さんが家事で忙しいと、お父さんに「遊ぼう!」と訴えてきます。まぁ、それはそれは本当に訴えるような固い意志を持ったお目々をして…、その願いを断ろうものなら「ボク、泣きます」とでも決意しているかのようです。
えぇ、どうせお父さんは、お母さんがいない時の代用でしょう? 『都合のいいお父さん』じゃないんですかぁ?
なんて、そんな意地悪いことは言いません。
あまり自分の欲求を表に出さない性格のKO君です。そう言っている時は、本当にそうして欲しいのだと思い、ほとんどの場合お相手するようにしています。

…で、その遊びは大体が「ポケモンバトルしよう!」です。
買い集めた(買わされた)モンスターコレクション(300円弱/1体のフィギア、…と言っても、これはペアレントトレーニングで“○”を集めた時のご褒美、彼らが頑張った証しです)を持ち出し、「お父さん何にする?」とか言いながら、バトル場で戦わされます。でも、ぜったいにKO君が勝つんですけどね。お父さんのポケモンはいつも技も決まらす、最後は「戦闘不能、勝者KO君!」です。
まぁ、ポケモンのこと詳しいの何の、水タイプは○○タイプには強いだの何だの、お父さんは説明されてもわかりましぇ~ん!(ここで、例を出しての説明ですらできません)。

そして、何かっちゃーよく聞かれることが、「お父さん、ポケモンの中で何が好きー?」です。
何と答えて欲しいのかは不明ですが、私が決まって答えるのは、「ルカリオ」です。
劇場版ポケットモンスター『ミュウと波導の勇者 ルカリオ』に出てくるポケモンです。

↓下の絵は、昨年の夏頃、子供達がお絵描きするのに私も付き合わされて、TO君のリクエストで描かされたものです。映画は…はるか昔、波導使いのアーロンという主人に仕えていましたが、世界を救うため自らの命を引き替えにしたアーロンが自分と同じようにさせたくないという想いから封印し、数百年後その封印から目覚めて活躍する…という設定、なかなか格好いいポケモンですもんね。
うぅ~ん私にそっくり? いえ、ごめんなさい。ウソです。ただの私のこうなりたい、こうでありたいという願望(理想 or 妄想)にしか過ぎません。

Photo








現実は…↓カビゴンです。ポケモン大事典によると、エサを食べるか寝るかの繰り返しで、1日の生活が終わってしまうそうです。私はそんなぐうたらではありませんが、見た目はそっくりですかね。しかし、今までに似ていると言われたことのあるキャラクターは、トトロ、イプー(トヨタ・イプサムのキャラクター)、ハクション大魔王…みんな体型一緒です(ハクション大魔王だけはショックだった…)。

Photo_2








※ちなみに、うちのお絵描きの紙は、ミスプリントのプリンタ用紙です。ですから、カビゴンのお腹の裏には昨年の夏の台風進路予報図が…。リサイクル!リサイクル!。

双子達も「お父さんはカビゴンだよねぇ」と言います。
「お父さんがカビゴンなら、おまえ達は ↓ゴンベだろうが!」と言うと、「イヤだー!」です(ゴンベは、カビゴンの進化前、やっぱり大きな口でご飯ももりもり食べるポケモンです)。

Photo_3






いやでもしかし、この二人よー食べますよ。多分体重聞いたらびっくりします。まぁ、少食で何を食べさせようか困るよりはいいかもしれませんが…。
頼むから、お父さんのようにまではならないでね。巨体が3人ってのは見苦しいから、私だけでも十分見苦しいのに…(←だったら痩せろ!)。

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お年玉の使い道

少し前の話になりますが…、
スカパーで10月に、『ガンダム祭』というのがありまして、TV放送版や劇場版など、「これでもか!」っていうほどガンダム関連の放送がありました(そう言えば『年越しもガンダム』ってのもありましたねぇ)。
その中で見た(見てしまった)、『ガンダム SEED DESTINY スペシャルエディション』…双子達は妙に気に入ってしまいました。
…で、その前の『ガンダム SEED』ってものをまだ見ていなかったものですから、まずはそれからってことになりまして、また、妻がせっせとビデオテープに録画することになったわけです(ハードディスク内蔵DVDを欲しいところではありますが、新築したばかりの我が家は金欠状態で、それを買う資金はございません…)。

それで今度はせっせ、せっせと家族4人で見たわけですが、もう双子達は今までの 1st ガンダムやらZガンダムなど見向きもしません。「どうでもいい!」って感じです。双子達ならまだしも、妻までもが「キラ・ヤマト格好いいよねぇ。」(妻と私は同い年、いわゆる 1st ガンダム世代です)だそうで、ただ今、ガンダム SEED DESTINY TV版をせっせと録画中でございます(笑)。

この年末、弟家族が帰省してうちに遊びにきました。甥っ子達をものすごくかわいがってくれる弟は、帰ってくる前から「クリスマスプレゼントは何がいい? ガンダムOO(ダブルオー)のガンプラは持ってる?」とリサーチしてくれ、双子達に聞くと二人とも「ストライクフリーダムガンダム(でなければフリーダムガンダム、それもなければストライクガンダム)」とキラが乗る機体をご注文でした。
めでたく、フリーダムガンダム(EXTENDED MOBILE SUIT IN ACTION!! シリーズ、とても上等です。プラス ガンダムOOのガンプラも…)をいただいた二人は、とても大喜びでした。

そして、お年玉…、妻の両親は孫がかわいくて仕方ないのでしょう。6歳児にはとても多いお年玉を下さいました。そして、私の祖母(子供達にとっては曾祖母)のところに2日に行った時にも、考えられないくらい多いお年玉をくれました(祖母は日々の生活を切りつめてでも、こういうことをする人です。誰かさんとは大違い…誰かさんて誰?)。

そこでそのお年玉の使い道はと言うと…、
もちろん、ガンダム SEED DESTINY 関連です。KO君はやっぱりキラが好き、ストライクフリーダムガンダムが欲しいとのこと。そうでしょう、あなたのその優しい性格はキラ・ヤマト(ただ主人公がいいだけかも…)。TO君はシン・アスカが乗るインパルスガンダムだそうです。あぁ、そうでしょう、あなたのその激高型の性格はシン・アスカ。→勘違いしないでくださいね。うちの双子達はあのお二人の様に精悍な顔立ちではありませんので…。ちなみに私はグフイグナイテッドだけは好きですね。特にオレンジ色(ハイネ・ヴェステンフルス専用機、他に青(一般機)と白(イザーク・ジュール専用機)があります)のが…、やっぱり「ザクとは違うのだよ、ザクとは!」って言うんです~。←アホかっ!

しかし、田舎のお店の玩具売り場には、その二つは見あたりません。仕方なく、私が正月早々ネットで注文しました。それがこの休みに届きまして、二人して SEED & DESTINY の世界で遊びまくっておりました。私はちょうど風邪をひいてダウンしてましたので、二人で遊んでくれて本当に助かりました。

あぁ、それとは別になんですが…、ストライク、フリーダム、ストライクフリーダムと、キラが乗る機体を3体ともお買いあげになった妻はいったい何者でしょう…?。
そして、一人だけいつまでも 1st ガンダムの世界からぬけられないでいる私は…、あぁ、家族から取り残されてしまうのでしょうか~??。また、1st ガンダム買っちゃったよ。これで3体目です…。

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障害受容(4)

障害受容(3)に、フー様よりコメントをいただきました。ありがとうございます。
それで、過去記事やいただいたコメントを読み返しました。

2006年11月 2日(木) 障害受容
2006年11月 5日(日) 障害受容(2)
2006年11月 6日(月) 障害受容(3)

およそ1年前の記事です。そこにはこの『障害受容』について、「自分の気持ちを一度整理しておきたかった。将来、この記事を読み返してどう思うか、変わっているのか、いないのか…」。とあります。

読み返してみて、その答えは、「変わっていない」、この時の気持ちのままですね。

TO君に障害があることを認め、だからと言って悲観するだけではなく前向きに、親としてできる限りのサポートを行っていく(TO君の気持ちを理解すること、療育、適正な支援、支援体制を拡げることなど)…、それを『障害受容』というのなら、私達夫婦は『障害受容』できているのかもしれません。

でも、その『受容』する気持ちが毎日の生活の中で、揺らがないわけではありません。
最近、幼稚園にも慣れ、安定してきたTO君はあまりパニックや問題行動を起こすことなく落ち着いていますが、それでも時折、不安や感覚過敏、こだわり、対人関係の不成立などからパニックを起こした姿を目の当たりにすると、やはり親としてはショックを受け落ち込みます(私は仕事に行っていますから頻度は少ないですが、妻の方がよくこういう状態に立ち会います)。
こんな時は、「何故、TO君に障害があるのだろう」、「この障害がなければ…」、「障害が憎い」と思いたくなるのは当然ではないでしょうか。
また、これからの就学や進学、就労への不安、私達親無き後のこと…、それだけではない、健常者なら当たり前のように、そして親がそれほど心配するでもなく(心配のしようもない)する恋愛、そして結婚、自分の子ども…、それがTO君に叶うことだろうか(難しいか…)、と考えるととても辛く、悲しくなってしまいます。
更に、いけないことだとは思いつつ、「こんなTO君には将来がないと、一緒に命を落とそうか…」と考えてしまうことだってあるのです(これはTO君の人権を侵すことになりますから、してはいけない、考えてはいけないこと…と頭ではわかってはいるのです)。

こんな気持ちを持つことさえ否定される(=『障害受容』できていないとされる)のであれば、やはりそれは、私は『障害受容』できていないのだと思います。

『障害受容』について、少しだけネットで検索してみました。
その中に、『段階説(Dratar, et al. (1975))』というのがありました。
先天性奇形を持つ子供の誕生に対してその親の反応を、1)ショック→2)否認→3)悲しみと怒り→4)適応→5)再起の5段階に分類してあるようです。この各段階を一つずつ経験、乗り越えていき、『障害受容』していくというものなのでしょうか…。わからない気もしないではないですが、5段階目でハイ終わりって簡単なものではないような気がします。
もう一つ、『慢性的悲哀(Olshansky (1962))』というのもありました。
これは、精神遅滞の子どもの親の慢性的悲哀 chronic sorrow について、『絶えざる悲しみ(Olshansky 松本訳 1968)』あるいは『慢性的悲嘆(渡辺 1982)』と訳されていて、障害児の親が子どもの障害を知った後に絶え間なく悲しみ続けている状態。この状態は正常な状態ではなく、<親がさまざまな防衛機制を働かせる状態(渡辺 1982)>、あるいは<「真の」受容に達していない状態(要田 1989)>など、否定的に受け止められる傾向がある。しかし、Olshansky の発表の主旨は慢性的悲哀を正常な反応と認めることにあった。
…とありました。
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/ld/z12020/z1202001.htm
(勝手にリンクしていいのかな?)

いろいろと難しいことが書いてあって、まだ自分なりに理解もしていませんが、この2つの説で言うと、障害がわかって、そのことにある程度適応し、前向きに考え始めた第一段階としては、前述の『段階説』は当てはまる気はします。しかし、その後は、またその『段階説』の各段階を繰り返すか、もしくは、次の『慢性的悲哀』状態でいるような気がします。

もう既に、ここに、障害を持つ我が子がいます。毎日毎日少しずつではありますが成長し続けています。
「障害がなければ…」と思う反面、その子は既に「障害を持っている」という『個性』をも持っている。「障害さえなければ…」と思いたいけれど、もうこの子の個性、存在自体は、「障害ヌキ」では説明できない、考えられないのも事実。その個性を愛おしく思えることもあれば、これは障害からくるものだと思うが故に、「あぁ、どうして、障害があるのだろう」と思う。

障害を持つ親は、そんなジレンマと日々繰り返し戦い続けているのではないでしょうか。

フー様の問いかけにどれだけ答えられたかはわかりません。
「あの親は障害受容できていないから…」という医者について…、
障害があることが明かであるのに、「これはこの子の個性です」と、適切な療育や支援を怠っている親がいるとすれば、それは『障害受容』できていないと非難されるのかもしれません。
でも、ある程度障害があることを認め、混沌とした状態から必死にもがいている親を相手に言われているのであれば、それはひどい言葉だと思います。
幸い、私達夫婦がお世話になっている専門家の方々からはひどいことを言われたことはありませんが、ただ一つ、前記事(障害受容(3))にあったことくらいです。

しかし、やはり専門家の方から、親に対して障害受容を促すようなことは言って欲しくないと思っています。
親は、その子に障害があると肯定する?(認める?)気持ちと、否定する(障害がないとするのではなく、障害を否定したい、憎みたいとする)気持ちを持ち合わせ、その気持ちが行ったり来たりしながら、それでも前向きに考えよう、一歩でも前に進もうと自らを奮い立たせているのです。

例え、「この子の個性です」と障害を認めない親であっても、その親に対し、「障害と認めなくてもいい、その子の個性だという理解でもいいから、その子に合った、必要な支援」を根気強く薦めるような、そんな専門家が多く存在して欲しいものだと思います。
もちろん、ある程度障害受容できている親に対しても、それぞれの気持ちに寄り添い、共に子どもの成長を支援していただけるとうれしいです。

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安全保障

この言葉も、『インクルーシブ教育』について書いてあった本にありました。

『国会の安全保障』については、日本でも大きな問題として政治家がよく言及しますが…
との書き出しで、これも国連が提唱する新しい考え方なのだそうです。

ノーベル賞を受賞した経済学者アマルティア・セン教授は、その著『人間の安全保障』(集英社新書)で、なによりも読み・書き・計算の大切さを指摘している。さらに読み・書きできない場合に、人は自分の権利を理解できず、訴えることも困難になる、だから人間生活の“不利益をこうむるリスク”からの回避こそ教育の目的だ。したがって初等教育の普及が大事だと強調している。
自らの権利を守る“武器”としての教育が、人間の安全を保証するという点で、まさに障害児教育と一致している。

と書いてありました。

まさに、私達親の願いに通じるものです。
TO君に、TO君という人間が人とかかわり、社会で生きていくために最低限でもいいから必要な『読み・書き・計算』…それだけできれば何とか生きていける能力をつけさせる、そのための小学校教育をTO君にとって良い環境で受けさせてあげたい。
また、そういう小学校教育であって欲しいと願います。

この本についても紹介させていただきます。前記事の分から、ほとんど引用させていただいているのがバレバレですが、中身はまだこれから読んでいきます。

授業をたのしく支援する 教えてみよう算数
小笠 毅・著
日本評論社

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インクルーシブ教育

ある本の序章を読んでいました。
『特別教育を支援する』と題した、その序章には、『インクルーシブ教育』という、聴き慣れない言葉が書かれており、私は興味をひかれました。

『インクルーシブ』とは、『包括的な』と訳せるそうです。
北欧諸国のスウェーデンやデンマークなどでは、住み慣れた地域の学校に、すべての子どもが通えるシステムになっている…そうです。この考え方の前提には、障害のある子どもも、できる限り教育環境を整備して、みんなと同じ学校で遊び、学ぶ権利があるのだという、しっかりとした権利観に基づいている…とのこと、また、障害のある子どもだけでなく、移民や難民で移住してきた子どもなども、差別や選別をしてはいけない。むしろ通常の教育環境より手厚く教育を保障する…のだそうです。

なんてしっかりとした考え方、観念なのでしょう。
『インクルーシブ』=『包括的な』と訳せると書きましたが、実は適当な日本語がない…とも書いてありました。
日本という国は、昔から身分を分け、自分より『下』の人間を作り、自分と違う者を差別し、また、隔離し、排除し続けた歴史を繰り返していると、私は解釈しています。このような国・日本には、『インクルーシブ』という言葉の意味する考え方に該当する概念さえも、持ち合わせていないのかもしれません。

この北欧諸国を中心にした教育・社会の統合化が国連をも動かし、1994年6月にスペインの旧都サラマンカでのユネスコを中心とした教育者会議がまとめあげた『サラマンカ宣言』という形になっている…とのことです。
『サラマンカ宣言』では、障害の有無だけではなく、『特別な教育のニーズのあるすべての子ども』の教育のあり方を、“インクルーシブな教育”という視点から捉えなおし、いちばん教育の必要な子どもに、何を、どう教えていくかが大切なテーマになっている…のだそうです。
そして、2006年12月に国連総会で全会一致で採択された『障害者の権利条約』でも、『インクルーシブ教育』を原則にするよう締約国に求めており、日本政府も批准への検討を進めている…とのことです(2007年5月18日・毎日新聞)。

さて、2007年4月から全国の学校で、従来の『特殊教育』に代わって、『特別支援教育』が実施されています(…はずですよね)。
私は、何か制度が変わる時、実際のその制度変更の良否は別にして、それに携わった“人の想い”が込められていると信じています(…信じたいです)。この『特別支援教育』の場合、文部科学省の担当者の方の“想い”が必ずあったはずです。それが完璧なものか、現場に受け入れられ浸透するかはまた別の問題になるのですが…公務員の仕事は、行政施策等の継続性をうたっていながら、実際はそうはいきません。当たり前ですよね。仕事は“人”がやっているのですから…。せめてあるプロジェクトや制度が軌道に乗るまで担当者を異動させなければいいのにと思いますが…、異動があった方が良い場合もあるから難しいところでしょうか…。異動に限らず、その制度を末端にまで浸透させるには、単に明文化すれば良いだけではなく、理想とされるモデルを作り、それが成功事例として認識され、皆がその効果を実感したいと欲するまで、時間も必要ですし、関係者の努力が必要になると思います。

話が『愚痴ログ』にそれてしまいそうなので元に戻します。
更に、この本の序章には、『特別支援教育』と『特殊教育』の違いについて、いままでの『特殊教育』の(分離・隔離された)“場”から、一人ひとりの“子ども”への支援(通常学級にいる学習困難時の支援も視野に入れている)が、学校教育法の改正によって明確化し、法定化された…という意味のことが書かれてありました。
しかし、残念ながら『サラマンカ宣言』の趣旨とは異なり、改訂前の学校教育法で「第6章 特殊教育」といった分野の、特別な学校や学級の統廃合化が中心になってしまい、すべての子どもの教育のニーズに応じたものではなくなったしまったことも否めず、更なる改善が必要な制度でもある。それでも一歩前進とも言える…と書いてありました。

私も blog の中で、子供達の小学校就学前に、この『特別支援教育』が実施されている(ことになっている)ことに感謝していると時々書いています。“お冠”かもしれませんが、法律に書いてあるのと書いてないのとでは違いますからね。

ただ、この『サラマンカ宣言』の主旨である『インクルーシブ教育』は、これまで日本が行ってきた差別・排除意識を反省し、現在の格差社会を生んだ施策等を悔い改め、共生社会を実現するためにも、できるだけ早期にその考え方を浸透させていただきたいものだと思います。

そして、この本の後、明石洋子氏著の『ありのままの子育て 自閉症の息子と共に(1)』を読み、ショックを受けました。そこには、自閉症児の母である明石洋子氏が、息子・徹之氏を育てるのに、とにかく、通常学級の子供達と一緒にさせることが、成長を促すことにつながるという信念を貫いてきた子育ての記録が書かれていました。徹之氏は昭和47年生まれ。私とそう変わらない年齢です。ということは、私が生きた時代、自閉症に対する誤った認識と偏見、障害者に対する差別の中を、お母さんお一人の力(もちろんいろんな方のお力は得たようですが…)で乗り越えられてこられたのです。まさに“インクルーシブ教育”をお母さんお一人の力で進めてきたようなものです。例によって、私はほとんど泣きながら読んでしました。

こういった本を読んでしまうと、かなり迷ってしまいます。今、私達はTO君を特別支援級の情緒学級への入学を希望しています。
『インクルーシブ教育』、『明石洋子氏の子育て』…それを見習うならば、TO君を通常学級に在籍させ、子供達、学校の先生、そして親御さん、地域の皆さんの理解を得ながら、TO君を他の子供達と同じ環境で学ばせ、遊ばせ、地域社会にも受け入れてもらえるように、私達親も努力しなければならない…。それが理想なのでしょう…か?…。

しかし、やはりこうも考えるのです。
『インクルーシブ教育』…理想です。でも、その考え方を一番熟知し、実行すべきであろう今の日本の学校教育現場で、その理解は十分に得られてはいないはず…。『インクルーシブ教育』…この言葉をどれほどの教員がご存じなのだろうか?(一度、聴いてみたい)。…というか、幼稚園・小学校・中学校教員の養成課程で、『発達障害』について未だに必修でない日本の教員養成課程で、それを求めることさえも無理な気がします(教育関係者にはすみません。現状への嘆きと、これからへの期待を込めてあえてこう書いています)。

『明石洋子氏の子育て』…明石洋子氏はとてもバイタリティー豊かな方のようです(そうならざるを得なかったのかもしれませんが…)。障害児の母親は皆バイタリティー豊かでなければ、立派に障害児を育ててはいけない、母親に全て責任が重くのしかかる、バイタリティー豊かでない母親の子ども(障害児)はまともな学校生活、社会生活を送れない…そのような社会でいいのでしょうか?
私達夫婦は、おそらく、明石洋子氏の子育ての全てはマネできません。もちろん始めからするつもりはないですし、誰も(もちろん明石氏も)そうしなさいと言っているわけではありません。この本を読んで見習うべきところ、共感できてマネできるところはどんどん取り入れようとは思っています。逆に私達にできないことはできないことで仕方ないと思っています。

う~ん、久しぶりに長々と文章を書いてきて、話の落としどころをどこにもっていこうかわからなくなってしまいました。
実は、11月に入ってから、『インクルーシブ教育』という言葉に出会ってずっと、何か blog に書きたくて思いめぐらしていたのですが、毎週出張やら何やらあって、結局きちんと整理がつかないまま、日数だけが過ぎていってしまいました。
明石洋子氏の本についてもです。2冊目の『自立への子育て』も読んでいる途中です。3冊目の『お仕事がんばります』もあります。
実は今度、近くで(いや、結構遠くでかな?)、明石洋子氏の講演会があります。一応、参加の申込はしました。また、実際のお話を聞いて参考にさせていただきたいと思っています。

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自分の特性を知ること

妻が自身の blog において、自分の特性についてカミングアウトしました。
専門医に診てもらったわけではなく、あくまで自己診断です。
しかし、おそらくその診断は間違っていない、と思っています。

TO君の自閉症という障害について、ここ数年、夫婦共々様々な書籍を読み、夜中(明け方)までネットをさまよい、この『発達障害』について勉強してきたつもり…。
そしてふっと、気づくのは、「これって、自分にも当てはまるかも…」。

きっとそう…、
本当に真から『定型発達』者でない限り、誰しも何某か少しは、“何か”を持ち合わせているのではないでしょうか?

“何か”…それは、
『忘れっぽい』ことだったり、
何かに『こだわり』が強かったり、
環境が変わると、とても『不安』になったり、
いつもと違うと、『落ち着かない』、、
『人の話をあまり聞かない』人、反対に『自分の話ばかり、つい話し続けてしまう』人、
『人と関わるのがちょっと苦手』な人
etc.…

こう考えると、どこからが『発達障害』で、どこまでが『定型発達』なのか? 線引きはどこから?と思ってしまいます。
猫ゆうたさんの blog で似たようなコメントを書きましたが、『発達障害』の割合は学校のクラスでいうと6~8%と言われているそうです。
それじゃぁ、あとの方々は胸を張って『定型発達』者なのでしょうか?

話がちょっとそれますが、ある専門家の方が講演会で、「診断でよく“グレーゾーン”って言葉を使われますが、“グレーゾーン”ってなものはありません。“グレーゾーン”は何か(発達障害)があるってことです。」とおっしゃっていました。それはそれで当たっていると理解しています。
じゃぁ、ここでいうグレーゾーン+ちゃんと診断がつく『発達障害』者は“何か”ある。
じゃぁ、それ以外は『定型』???

私が感じているのは、本当の『定型』も実は数%の範囲なんではないかということです。
そして、それ以外は皆(何%くらいなのかはわかりませんが…)、ホントの意味の“グレーゾーン”なんではないでしょうか。
きっと、おそらく…、そんなに人間は全て完璧な存在で生まれてくるはずないのではないでしょうか…多分。

しかし、自分自身わかってるかわからないでいるかは別にして、自分の特性を補いながら、何とかこのメインストリーム社会の中で日々を送っている。まぁ、そうできる人は、そういう意味では適応力があるので、そういった人も『定型』だとすれば、確かに『定型』の割合は増えるのかもしれません。

いずれにしても、『自分の特性』を知る…それは大切なことだと思います。それは自分の弱点、弱さを知ることにもなり気持ち的にはそんなに良くはないかもしれませんが、それを知ることでその弱さを補うコツさえつかめば、それは自分にとってとても強力な武器になるのではないでしょうか。

私の妻…、確かに自身の blog にもあるようにかなりあやしい特性をお持ちです。でも自分の弱さを補いながら、それを克服しながらこれまで生きてきたようです。知り合った頃や、結婚当初、子供のいない時は、そんなに気になるほどではありませんでした。まぁ、少し精神的ダメージを受けやすいかなぁくらいでしょうか…。しかし、子供ができてからは特に家中、カレンダーに付箋紙とメモするところだらけっていうのは当たりです。

何にしても、妻はそういう特性をお持ちということで、TO君の支援をするにあたって、とても的を得た支援ができます。TO君が今何に困っているのか、何となくわかるようです。事実、これまでTO君にとってとても安心できる支援をしてくれるということで、TO君が妻(母)をとても頼り