2015年3月29日 (日)

学位取得

大学院博士後期課程を無事修了し、博士号の学位を取得することができました。
過ぎてしまえば、アッと言う間? 8年くらい前から目標にしてきたことなので、取得できて良かった…とは言え、もう少し「学生」身分も味わいたかったかなぁ??? こんなことを言うと妻に怒られてしまいます。

久しぶりの学生身分は、まず、修了に必要な単位を取得するため、受講する講義等の登録から始まりました。20数年ぶりの学生身分ですが、今はこの作業を全て大学の専用サイトを利用して行わなければならず、間違えると、修正期間はあるものの、その後一切受け付けられないというシビアなものになっていました。いや~緊張しました。何度も確認しました。
さらに、聞き慣れない用語もあって…、「シラバスを確認して」ってシラバスって何? 私が学生の頃はそんな言葉はなかったように思います。サイトで確認して見ると、講義ごとに概要が示されています。昔はこんなに親切ではなかったよなぁ。

講義は夏季中に集中講義の形で行われました。1講義は4日間くらいの日程で16コマ(90分/1コマ、各教授が1~2コマを担当)を行うパターンで、その後、レポート提出するという形でした。
社会人の身としては、朝から夕方まで、ずっと座りっぱなしで教授の話を聴くっていうのは、思った以上にしんどかった(辛かった)です。それも、半数くらいの教授は「英語」で講義されました。私の専門外の教授ばかりが英語の授業だったので、内容は「ちんぷんかんぷん」です。講義はパワーポイントを使って進められますが、話す内容をほとんど全て英文で書いてあれば、「なんとなく、こんなこと言ってるのかなぁ(ほんの少しですが)」って感じなのでしたが、それもない授業は聞き取れず「ちんぷんかんぷん」でした。これまでの人生、英語は出来るだけ逃げてきた私にとっては、辛い気持ちと反省ばかりでした。
ある現役と思しき学生さん(修士課程から上がってきたと思われる、いかにも若者)に、「今の大学院の授業って、英語ばっかりなの? みんなわかってるの?」って聞いたら、その学生さんは「修士はそんなことありませんでした。僕もわかりませんよ。」と答えてくれましたが、別の学生さんは教授の質問にも英語でちゃんと答えてたし、みんないろいろだなぁと思いました。「どうか、私には質問しないで!」って祈ってましたけど、数回質問されました。ははっ(笑)と笑うしかない??
ある専門の講義では、外部の大学教授が講師として来られてました。講義は基本、日本語でしてくれましたが、講義資料はパワーポイントの日本語版と英語版が配られ、「今日日、博士後期課程で、日本語で講義する大学はあまりありません。」と言われていました。「私は、ここにいていいのか?」とくじけそうでした。

レポートは、もちろん日本語で講義をしてくれた教授の分を選択しました。しかし、短い締め切り期間しかなく、帰宅して、夜遅くからKO君の机を借りてレポートを書きました。幾度、椅子に座ったまま朝を迎えたことでしょう。
レポートの書き方も、決まっているのは「A4用紙に2ページ」とされているだけ。文字フォントサイズ、文字数も指定はありません。章立てみたいなのも特に決まりはありません。単に、「○○○について」書くこと…というお題だけ示されました。20数年公務員してると、その環境に汚染されてます。公務員の世界では「サイズは12ポイント、文字数○○以内、目的、事業内容、これまでの経緯等々」決められていることばかり、その欄を埋めていく作業がほとんどです。
これが大学院の学生というものかと思いながら、図書館や今は便利なネットを活用し、7月末から9月中旬の間に、他の課題や業務もこなしながら、8つのレポートを提出しました。ホントに疲れました。「コピペ」はしてませんよ(笑)。

英語の講義は、わからなければそれまでですが、英語の発表もすることも修了要件でした。発表だけなら練習すれば、なんとかなりますが、質疑応答も英語です。それも2回。今度は専門のことなので、何を質問されているかくらいは、ある程度わかるのですが、それにどう答えていいかが、とっさに出てきません。もう恥をかくだけでした。

9月の上旬には学会での発表もしなければなりませんでした。
ホントにこの間、よく身体がもったなぁと思います。いや、実際には集中講義がなかったお盆の間にとった夏期休暇の間、ぶっ倒れてました。学会からもどった時も、どっと疲れが出ましたね。

やっとのことで修了要件の単位をとりました(でも、全て「秀」でしたよ)が、それだけでは修了も学位取得もできません。学位論文を仕上げなければなりません。
これは、既に4月から準備を少しずつ進めていました。10月くらいまでには一通り書き上げるように指導教授から指導されていて、その通りにおおよそ書き上げてはいました。結構、時間かけて、いろいろ調べ、頑張ったつもりでした。しかし、指導教授から、バッサリ「ここはダメ、書き直し」と1章分まるまる書き直しを指示されたところもありました。とほほ。
12月初旬の提出締め切りまで、この時もまた、KO君の机を借り、眠たくなったら椅子に座ったまま寝て、はたと目を覚ましては論文を書くという生活を繰り返しました。

そうそう、10月頃は、尿路結石にも苦しみました。病院でレントゲンを撮ると、かなり大きなものだったのですが、おそらく、そのまま排出されるから…という医師の診断により、体調不良に耐えながらの論文執筆作業でした。この苦しみには、ちょうど1ヶ月悩まされることになりました。石はやっとのことで排出されましたが、とても、とても、とても痛かったです。しかし、手術を受けることなく、自然排出されたので良しとするしかありません。今年はともかく、手術&入院なんかしている時間はありませんでした。

論文提出後は、査読の始まりです。私の論文を審査して下さる先生方に、論文を読んでもらい、それぞれの先生から御指摘を受け、その御指摘がもっともなら修正していかなければなりません。無理難題をおっしゃる先生はいませんでしたので、修正はそうたいへんではなかったのですが(それぞれの先生に、修正箇所を回答する際は気を遣いましたが)、巻末の引用文献との番号の整合性を保つのは、とてもたいへんでした。EndNoteやMendeley等の引用文献を管理できるソフトウェアの存在を知ってはいましたが、上手く使いこなせていませんでした。論文を書き終わってから、わかってきたかなぁ。また、今後、活用したいと思っています。

論文修正と併せて、公聴会と最終試験が行われました。私が1時間、論文の内容をパワーポイントを使って発表した後、審査者の先生方から質疑応答を受けるというものでした。本番の前日、リハーサルで指導教授にこっぴどく叱られました。理由は、ごもっともではあったと思います。もう少し前にリハーサルしておけば良かったです。前日だと、最低限の修正しかできず、私も何か納得?、いや満足できる発表が出来なかったような感覚が今でも残っています。審査者の先生の一人からは、「落ち着いていて立派な発表だった」とおっしゃってはいただけましたが、ちょっと心残りかなぁ。叱られたことは、良かったと思ってはいます。それも勉強だと思います。あまり完璧は求めてはいけない…そうは思うようにしていますが、おそらく、これからもずっと思い出すだろうなぁ。幼稚園の頃からずっと、褒められたことより、叱られたこと、失敗したことの記憶をずっと引きずってるのです。しかし、これからの研究生活の肥やしにするしかない…です。

やれやれ、これで全て終わったのかと思いきや、これから○○会議や△△会議とやらに2回も、私の学位取得について採決にかけられるのだそうです。最終的な結果が出るのは、この最終試験の約1月後、もう私にも、指導教授にも何もできることはありません。ただ待つのみです。この間、論文の細かい見直しはずっとしていました。いろんな人に見てもらうと、やっぱり違います。自分では正しいと思い込んでいるので、間違いに気がつきません。

2月下旬、ようやく学位取得の合格判定がありました。

それからは、論文の印刷、製本、大学への提出(pdfファイル)など、細々とした作業でした。製本したものは、査読をして頂いた先生方に贈るもので、それと一緒に渡す送り状など、いろいろと気を遣いました。
指導教授の分は、「送り状なんかもらっても、無くしてしまうから、自分の分だけは、製本の見開きのところに2~3行何か書いてくれればいいから。」と言うことでした。2~3行なんてとんでもない。言葉は足りなかったかもしれませんが、この先生への感謝の気持ちを精一杯記させて頂きました。本当に長い間、御指導いただき感謝です。

学位論文の最後には、「謝辞」を記すところがあります。
もちろん、この研究・論文を遂行する上で、お世話になった方々、上記のように研究の指導や論文の査読でお世話になった先生方に感謝の気持ちを記しました。

博士号という学位取得、ただの公務員に必要か?…と問われると、「不要でしょう」と答えるかもしれません。でも、私は今の業務、公設試験場の研究員として、私が担当している対象物の生産に携わっている生産者及び関係者の方々と話をするのに、学位取得も必要であると考えました。研究員であるため、学会で発表することもあります。その際は、他の公設試験場や民間企業の研究者の方々、大学の先生とも話すこともあります。私は、これらの機会に得られた情報を、生産者へフィードバックすることも、公設試験場の研究員の役割だと思います。だから、学位取得を決意しました。

これは表向きの重要な理由の一つです。もう一つは私個人の「挑戦」でしょうか。現役の大学生時代、不真面目だったつもりはありませんが、それでも私にとって大学は、就職するために通る一つの過程に過ぎませんでした。ですので、卒業論文は書くには書きましたが、それは卒業するために仕方なく書いたもので、その内容を研究したいと思ってしたものではなかったと思います。そんな自分が、公設試験場の研究員をやっているのですから、ベースになるものが自分にはありません。出来れば研究員として長く勤めていたいと願う私にとって、学位取得は私個人に自信を与えるための「挑戦」だったと思います。

そして、もう一つの重要な理由…。親バカかもしれませんが、KO君は優秀だと思います。おそらく私よりも絶対「頭が良い」です。計算も速いし、理解力も高い。難を言えば、気が小さく、あまり貪欲なところがなく、とてもおっちょこちょいでニアミスを連発することですが、私がこのままのほほんとしていると、おそらく、そう遠くない時期に抜かれてしまいそうでした。
息子は必ず父親を乗り越えていくべき者、父親は乗り越えられることを喜ぶべきとは思いますが、「超えるべき壁」は高い方が良いと思います。別に将来、博士号を取って欲しいわけではありませんが、タダの大卒ではKO君の「超えるべき壁」としては低すぎる気がしてました。私の超えるべき壁は、低すぎました。…というか、超えようとした気もありません。ただ、平坦な道を歩けばそれで良かったですから…。

謝辞の最後…、こう記しました。
「最後に、家庭を守り、私の挑戦を支えてくれた妻 ○○○に感謝の気持ちを伝えます。双子の息子達 KO君とTO君には、父の悪戦苦闘ぶりがあなた方の人生の刺激になればうれしい。」

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2014年3月 5日 (水)

課題は何なのか

地元の大学等教育機関で構成されるコンソーシアムがあります。その事業の一環として、学部生の卒業論文テーマを公募しており、私が所属する職場からも研究テーマを提案していて(…て、私が考えたものですが)、某大学が提案を受けて研究してくれていました。先日、その成果発表会があったので参加してきました。

私が提案したテーマについては、発表会の前から何度もメール交換していたので、内容は十分理解していたので、あまり気になっていませんでした。

それより発表会の案内があった時から気になっていたのは…、
「発達障害児と健常児が共に育つための地域社会づくりに向けた調査」…という内容の発表…(テーマ名は適当に変えてあります)。

これはどこの団体が応募して、コンソーシアムに加盟内のどこの研究機関が担当したのだろう?
どんな調査をして、どんな結果が出たのだろう?
自分が提案したテーマのことより、そっちの方が気になって会場に到着するなり、配布された発表資料のこのテーマのページをチェックしました。

テーマを提案したのは某市町村役場、研究を受けたのは某大学の医学部看護学科。

ふ~ん、市町村からの提案だったんだ? この市町村はこの課題に対して問題意識が高いのだろうか? 理解が深いのだろうか? どうにかしたいという想いがあるのだろうか?

このテーマを医学部看護学科が受けていたことにも、ちょっとびっくりしました。
でも、どこでもいいです。この課題に関心を持って、研究や調査をしてくれることはとても良いことだと、私は思いました。

研究発表内容については…、
質問したいことがたくさんありすぎて困りました。
その前に、自分が質問するかどうかも迷っていました。
発表が終わると、お一人挙手されている方がいらっしゃいました。この方もこのテーマとは全く異なることを研究されている某研究機関の方だったのですが、「自分の子供が自閉症です。保護者です。」と断った上で質問されました。

私は、同じ職場の者もいてこの話をしていない者もいたので、同じように断った上での質問はできませんでしたが、この方が質問したことに勇気をもらって、自分も質問させて頂きました(…て、ここで質問すればバレバレかもしれないけど…)。

発表の中で、「小学校教諭が、『健常児が障害について理解できないこと』、『授業の遅れ』などに対する困り感を抱いている」…との調査結果が報告されていました。
私の方からは…、「小学校教諭の“困り感”についての報告がありましたが、障害児自身の“困り感”について何が困っていたのかを調査していますか? また、その“困り感”についてどのように解決したか等の調査はしていますか?」…という主旨の質問をさせてもらいました。

発表者の学生さん達が答えに窮していたので、発表内容にもなかったし、おそらく、いや確実に調査してないだろうな…とは思っていたので、
「いえ、いいです…」と断って、「つまり、教師の“困り感”は、『障害児自身が持つ“困り感”に対する障害児の反応』に困っているわけだから、障害児自身の“困り感”にアプローチしていかなければ、教師の“困り感”の解決はないと思いますよ。」
…と、ちょっと厳しい指摘をしつつ、それでも学生さん達がめげないように、「今回のこのような研究課題に取り組んだことはとても良いことだと思います」…みないなフォローを入れて私の発言を切り上げました。

でも、司会をされていた某大学の先生が、やっぱり学生に何かしゃべらせたいと考えたのだと思うんだけど、「今の意見に対して何か感じたことはありますか?」と学生さんに振って下さりました。学生さんも「御意見ありがとうございました。今後、検討していきたいと思います。」という感じで発表を終えました。

他の発表が一段落したところで、「ちょっと言い過ぎたかなぁ」という気持ちもあり、発表された学生さん達と指導教員のところに行って、「先ほどはちょっと厳しい質問してすみません。立場を申し上げていなかったですが、私も発達障害児を持つ父親です。看護学科の学生さん達にあのような質問をするのは筋違いだったかもしれません。小学校の先生達には物申したいことは山のようにあるのですが…。」

発表された学生さん達も指導教員も、穏やかに「いえ、こちらこそ御意見ありがとうございました。今後の研究の方向性が見えてきました。」と言って下さいました。

もっと話したい…と思いました。発表内容にも質問したいことがたくさんありました。
「一見して立派そうなシステムなど必要ないと思います。全くいらないとまでは言えないかもしれませんが、要は保護者も教育・保育に携わる者も、その対象者=子供をしっかり見ているかどうか」が問題なのだと思います。「専門知識を修得しないと何もできないのではない。もちろん、知識と技術はあった方が良いけど、自分の都合だけを考えず、子供をしっかり見ていれば課題は何のか見えてくる。」 
でも、懇親会があるわけでもなかったので、その当たりの本音は言えず終いでした。今後、研究内容が深まることを期待したいです。

ところで、私のテーマについて発表してくれた学生さん達…、何と! 最優秀賞に輝きました。
ごめんなさい。「まさか!」…でした。予想も期待もしていなかったです。本人達もびっくりしてたようですが…。まぁ、内容はともかく学生さん達は、私らの好き勝手な意見にめげず、実験や報告書等のまとめ、発表の練習と一生懸命取り組んだことは間違いありません。評価されて本当に良かったです。

今回の発表会、どの発表も「何が問題なのか、問題解決のための手法、そして何が明らかになって何がまだわからないのか、今後の課題」等について、自分達なりの答えを出していたと思います。とても刺激を受けた発表会でした。私も自分の研究を頑張ろうと思います。

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2014年1月 3日 (金)

教師が変われば、子供は変わる

今回は久々TO君ネタです。
別に小学校の通知票にこだわっているわけではありませんが、TO君の2学期の通知票…主要4科目(もちろん国語、算数、理科、社会)の全て、3段階評価の「3」をもらってきました。
KO君の通知票ではありません。KO君はもちろん主要4科目は全て「3」です。KO君本人は、「3」の数では上回ったものの、主要4科目が何でTO君と同じなのかと不満そうですが…(笑)。

そりゃ、細かく教科毎の評価(◎、○、△)の数の違いを見れば(△はなかった、あれば「2」なんでしょうね)、同じ「3」でもKO君とTO君のそれには“差”はあります。TO君の「3」は、限りなく「2」に近い「3」かもしれません。KO君とTO君は別々のクラスなのでメンバーも違えば、評価した先生も異なります。
でも、それはそれでも、TO君が得意とする図工ではなく、主要4科目が「3」だったのです。

確かに、2学期の単元毎のテスト結果は良かったです。苦手な算数でも結構100点をとって来てました。TO君自身も手応えは感じていたようでした。
普段の算数の宿題をするにしても、KO君には教えてもらっているようでしたが、私が一から丁寧に(決して優しくはない)教えないと問題を解くことができない…なんてことはほぼなくなっていました。時間はかかりますけどね(KO君は速攻です)。

今年度(6年)の担任教師については、本当に感謝です。でも、そんなにTO君だけに手をかけられているわけではないようです。3年時にKO君の担任(新任)だった先生ですが、その時から、この先生は本当に子供が好きで、でも甘やかすわけではなく、メリハリをつけて子供と接することができる「小学校の先生」らしい先生との印象でした。だから、ケース会議や面談で話す時も、TO君に特別何かをしているわけではない…とおっしゃっています。自分のクラスの子供達にとって、今何が必要か、どうしたら自分の意図がきちんと伝えられるか、自然に出来る先生なのだと感じています。
小学校最後の学年で、良い先生に出会えて卒業できることは良かったです。

しかし…、以前のことをほじくり返しても仕方ないのですが、5年時の交流学級担任はやはり小学校教師には向いてないのです。まぁ、この教師のことを今更非難しても仕方ないので、もう書きません。名前や顔を思い出しただけでも怒りが込み上げてきますが、少なくとも私は会う確率は低いのでいいです(今年度1回も会ったことない。向こうも避けているのかもしれませんが…)。TO君は学校で時々出くわして、声かけられたりするので、その度に帰宅して文句言ってます。
普段なら「そんなふうに言わないの」とか諭したりしますが、この教師に対してはTO君の気持ちはわかるので少しくらいは文句を言わせてます。それくらい、TO君は辛い想いをしたのだから良いでしょう。そのうち忘れるようになります。

もっと腹が立つのは、私達が「この教師を指導して欲しい」とお願いし続けた管理職教師です。
今年はTO君のことで何も問題がなく、ケース会議も比較的和やかに話し合いが出来ているからか、今度は手のひらを返したように私に…、

「TO君は誠実な子供ですねぇ。」

…と、感心したように話しかけてくるのです。

私は内心…、
「何を言っている? 5年時はあれだけTO君に問題があるような話ばかりしていたクセに…。カミングアウトもしろと言ったよな。 あんたは5年時の担任の指導は何もしなかっただろう! 教師が変われば、これだけ子供は自分の能力を発揮できるんだぞ! 本当にわかってんのか?!」

私は、この管理職教師のことだけは許さない。正直なところ、どうにかしてこの管理職教師に鉄槌を下すか、いろいろ考えたりもします。具体的には言わないけど、それくらい許し難い、こんな教師がいるから、学校が上手く行かず、子供達が犠牲になっているのだと思っています。
本当はケース会議に出てきてもらいたくない。顔も合わせたくない。この管理職教師に会わないといけないと思うと、ケース会議の日程が近づくたびに憂鬱になります。
なんで、こんなやつが教育の現場で管理職になったりしているんだ? そもそも何でこいつが教育者なんだ? なんで、こんなやつにこちらが頭下げないといけないんだ?

たぶん私達は、この6年間で教師に対する考え方が変わりました。私達がよく知る支援者側の教師の方々は尊敬できる先生方だし、もちろん今年の担任のように良い先生もいます。
だけど、一般論として…、

「教師は信用出来ない、教師には頼れない、お願いできない。教師は自分が変わる気はない。教師側・学校側の都合を押しつけるだけ。だから親がしっかりして、子供とともにどんな教師に対しても対応できるようにしないといけない。」

…そんな想いを強くしながら、小学校最後の学期を迎えようとしつつ、中学校への進学準備を考えています。

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2012年12月11日 (火)

人権週間

毎年12月10日を最終日とする1週間を、「人権週間」としているようです。
TO君がこの人権週間の標語を作るという宿題を持って帰って来たので、私も考えました。TO君は今回はちゃんと自分で考えていきました。真に迫ってて良い出来でした。

…で、私が作ったのは下記のもの…、

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  師が放つ
    ことばで拡がる
        イジメの連鎖
  省みぬ者
       師とは認めぬ
***************************
五七五七七って標語としては長いのかな?


ブログの更新は滞っていますが、この間、TO君にとって、とっても辛く、悲しい出来事がありました。私達親もとても辛かったし、KO君も自分のことのようにTO君のことを心配してました。TO君本人は、本当に生きた心地がしないほどの傷を心に受けたことでしょう。何があったかは後日upしようと思います。

教師不信、学校不信のまま、13日にケース会議を迎えます。
今回は、特別支援学校のコーディネーターに“通訳”に入ってもらいます。
人権啓発が必要なのは、教師の方だ~!

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2012年9月15日 (土)

念願叶う…

「念願叶う…」、もちろん、前記事の交流学級担任のことではありません。
参観日&オープンスクールの最中、私は一人、仕方なく(?)出張に向かいました。
目的は、もちろん仕事で某学会に参加するためです。そして久しぶり(3~4年ぶり?)に口頭発表してきました。あんまり発表しない期間が長くなると(別の学会では毎年してます)、もう出来なくなりそうな気がして、恥かくのを覚悟でやってきました。準備もたいへんだし、お金もかかるし、緊張もするけど、やはり、学会に行くなら発表した方が良いですね。発表することで、今までお付き合いのなかった方とも知り合える機会がありましたし、勉強にもなります。

そしてもう一つの収穫、「念願叶う…」です。
やっと、やっと、見たくて見たくて仕方なかった…、

Gundam01

「1/1ガンダム」にお目にかかることが出来ました。
時間的に厳しいかなぁと思っていたのですが、「今日しかない。行くしかないだろう!」と、上京したその日に、もう遅い時間だったのですが、何とか行ってきました。

やっぱり迫力ありました。全高18mですかね。背の高い男性の約10倍の高さです。高さは10倍ですが、平面=2次元ではなく、立体=3次元ですから、高さに比例して横幅・奥行きも全体的にかなりスケールアップしているように感じます。「もし、これが本物で動くのだったら…」と想像すると、ワクワクするような、怖いような、乗ってみたいような…いろいろな気持ちがわいてきます。

是非とも次回は、お昼とは言わなくても、もう少し明るい時間に見に行けたらいいのだけれど…。
お父さん一人だけ行って、子供達にはとっても悪かったですけど、ショップでいろいろとお土産は買ってきました。

Gundam04

写真は、ショップで買ってきたポストカード、昼間見るとこんなんだろうなぁ。そして、その隣のは、数年前に買って、一晩寝ずに作った「RG(リアルグレード) 1/144 ガンダム」です。組み立ててデカールシール貼って、つや消しラッカーふっただけ…です(もともと昔から色塗りとかしたことないし、そこまで凝る趣味ないし、多分そんなに上手じゃない…絵も同じ、デッサンはそれなりにできるけど、色塗りは下手だったなぁ)。他のRGシリーズで興味のあるものはありますが、今は、ガンプラ作ってる暇も体力も気力もありません。定年したら趣味としてやろうかなぁ。

学会で緊張もありましたけど、発表前日に「1/1ガンダム」を見て、少し大きな気持ちで発表できたかな? 来年の学会はどこだっけ? ん~、ガンダムは拝めそうにないとこだったなぁ~。でも、何か発表ネタが出来たら、頑張ってみよう!

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2012年9月14日 (金)

願いは叶うか?

子供達は元気に学校に通っています。
TO君のことが心配でしたが、交流学級担任は、私たち保護者の“想い”が少しは伝わったのか?、2学期からの授業の方法などに改善があったようで、TO君はかなり楽になったようです。
私は、何度もTO君に尋ねているのですが、TO君だけに対する対応を変えたのではなく、学級全体、他の子供達も含めて対応を変えたようなので、そこは評価したいと思っています。なぜなら、私たちの主張は、「交流学級担任の学級運営・授業の進め方が、小学校教諭として適切とは思えず、疑問がある」ということと、「TO君に対する“特別扱い”をお願いしたいわけではない」…のだからです。

その変化した授業を、是非、拝見したいと楽しみにしていた、9月初旬の参観日&オープンスクール(計3日間)でした。しかし、ちょうどその3日間に重なって、私は出張が入っていました。それでも初日は午後から行けば間に合う出張だったので、午前中、休みをとって見に行こうと考えていたのですが、よりによって、その時間は「英会話」と「体育」…。「英会話」は別の講師がするし、「体育」は運動会の準備です。交流学級担任の授業を見ることが目的だったので、やむなく諦め、午後から出張に行きました。
参観日&オープンスクールの様子は、妻の blog をご参照下さい。

子供達が夏休みの間に、学校内で、個人対象ではないけれども、特別支援コーディネーターによる研修もあったようです。また、他にも助けて下さる方がいらっしゃったのではないでしょうか。
そういうことを通してでも、この交流学級担任が、ご自身のやり方に何某らの疑問を感じ、改善する必要性を見出し、実践しようとしているのであれば、まだ教師として救いようがあるかもしれません。私も吠えた甲斐があったのかもしれません。ただ、私はすぐには信じません。全ては、来年の3月、無事にTO君が5年生を終えることが出来た時、そして、TO君自身がこの教師への不信感を払拭することが出来た時、最後のケース会議の席で感謝の気持ちを述べることにしたいと思います。頭を下げさせてもらえるような存在になっていることを祈ります。
頭を下げることなんて厭いません。どうか、私たちが心から頭を下げたくなるくらい、変わっていただけたらどんなに良いか…そうなることを、切に願っています。

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2012年9月12日 (水)

短歌の宿題

子供達…、国語の時間に短歌を作らされたそうです。
KO君は適当に書いたらしいですが(どんなん出来たのかは…?)、TO君には難しくて、その日の宿題となってお持ち帰りしてきました。

いや、難しいでしょう、あなた(TO君)には…。
私も、短歌、俳句…単に読むくらいならいいですが、「詠んで楽しむ」…という高尚な趣味はないし、全くと言っていいほどこれまでまともなものを作ったことはないし(苦手)、だいたい感想文を書くのもダメだし…、

しかし、「国語」教育とはどうなんでしょう。ちゃんとした現代語で、自分の意見等を理路整然と書けるようになることが大切であって(自分も書けてないけど)、短歌や読書、古文…なんて、読めればいいんと違うんでしょうか?…って、自分が出来ないことの言い訳に、「国語」教育の批判をしてますが…。

話を元に戻して、TO君の短歌の宿題…、
TO君の口から出たキーワードは、「夏休みの宿題」と「オリンピック」。

どんなにTO君に考えさせても、時間が経過するだけなので、結局、ほとんど作ってあげた格好になってしまいました。他にも夏休み中、宿題等で同じようなことあったなぁ。俺はTO君のゴーストライターか?

学校に提出したものとは、ちょっと異なりますが、次のような短歌が出来上がりました。私にとっても、おそらくまともに自作したのは初めてです(レベル低いのはわかってます)。善し悪しは別として、TO君の気持ちを代弁させていただきました。
TO君…、「我が意を得たり」って感じで喜んで学校に持って行きました。
夏休みの宿題は、本当にたいへんだったねぇ、よく頑張った(親もたいへんだったけど…)。

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宿題に
追われ追われて
過ぎた夏
五輪のあとは
遊ぶひまなし
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2012年8月29日 (水)

火に油を注ぎ…飛んで入る夏の虫・2頭

「休み」というのは、あっという間に終わってしまうもんですねぇ。
自分にとっての休日も同じですが、子供達の夏休みは、5年生ともなると宿題の量も質も格段にこれまでと異なり、とてもゆっくりできた休みとは言えなかったでしょう。

さて、今回の記事のお話は1学期の終業式の日に遡ります。
この日、4月からこの blog で酷評している交流学級担任教師(←本当は、教師と認めたくないが、こう書かないといろいろややこしいから仕方がない。ちなみに、自宅ではこの教師の名字の後に「先生」等とは付けて話しません。呼び捨てです。)から、TO君宛に手紙をもらってきました。
内容は…、1学期間、自らが行ってきた所行により、TO君が辛かったことに対するお詫び?、言い訳?(何が間違った所行なのか理解してないのだから意味はない。) TO君に宛てた手紙でありながら、途中から、私達親に対して言っているような書き方でした(それも少し気に障ってたんだけど…)。文言は殊勝なんですが、あそこの親が怒ってるからと、どうせ上司から言われて書いたか、一応、謝っておこう…ってなつもりだったんでしょう。ムカツクっ!(あ~、どんどん言葉が悪くなっていく。)

夏休みに入ってのTO君の状態はボロボロでした。
過度なストレスを与え続けられた子供は、こうなってしまうのか…って感じ、単語の最初に全て“無”を付ければ、その状態が表されます。無気力、無関心、無反応、無意味…。これを放っておけば、いずれひきこもるのでしょう。

この夏はロンドン・オリンピックで、みんなが騒いだことでしょう。
うちも、スポーツ観戦好きの妻の影響で、ご多分に漏れず盛り上がっていきましょう!…って感じだったのですが、テレビ観て盛り上がる3人の横で、一人、自分の世界に入り込み、取り憑かれたようにお絵描きするTO君の姿あり…。

そして、夏休みの宿題は山のように出ているのですが、それもなかなか進みません。朝のうちに済ませろよと、私が仕事行く時に「ガンバレよ」と声をかけますが、帰宅した時にもまだやってます。念のため言っておきますが、公務員だからと言って、毎日17時過ぎに帰ってきてるわけではありません。
「あんた(TO君)、何時間勉強してるの?」…お父さんの仕事時間より長いんじゃね?
でも、終わってる量は、ほんの少しなんです。
どうも、勉強する気力も、そういう気持ちのコントロールも出来ない状態になっていました。更には、「どうせ、ボクにはわからない」とマイナス発言。自己肯定感もありません。

この交流学級担任教師だけのせいだとは言いませんが、4年生までに出来ていたことも出来なくなり、5年生1学期の間にこれだけ人が変わってしまうほどのストレスを与えられたのかと、TO君が可哀想で仕方ありませんでした。

そんな状態で迎えた8月初旬の登校日、あんまり腹が立っていたので…、
終業式の日、TO君宛に手紙をもらったのだから、じゃぁ、TO君からこの教師宛に手紙の返事を書いてもらうことにしました。
内容は…、1学期間の辛かったこと(なぜ、自分だけグループのみんなや先生から責められるのかわからない)、夏休みの自分の状態(勉強が進まない、気持ちのコントロールができない)、2学期への不安(始まるのが怖い)…。

この日、私は仕事だったのですが、夕方、ケータイに学校から電話がありました。
出てみると教頭からでした。
「交流学級担任がTO君から手紙を頂いた。手紙の中身も見た。(ごちゃごちゃ何か言ってたけど、中略) 担任とTO君本人とのコミュニケーションをもっと取るべきだと思いますから、お詫びも兼ねて、今から担任をご自宅に伺わせてよろしいでしょうか。」

この「担任と本人とのコミュニケーションを取るべき」…みたいな発言に、私の安全装置は外れてしまいました。それが消化器の安全装置だったら良かったのでしょうけど、機関銃か手榴弾か、はたまた、プラスチック爆弾の発火装置か…。

私達は、「TO君の発達障害という特性は抜きにしても、この担任の学級運営・授業のやり方は、通常の範囲の子供ですら、付いていくのは辛いだろう。まして、自己肯定感を充分に持ち得ていない子供は、尚更厳しいだろう。それを学校側に見て欲しい、指導して欲しい。出来ないなら支援学校等の助けを仰いだらどうですか?」と言っているのを、完全に、TO君の問題にすり替えようとしているのです。

それでも、最初は冷静に説明する口調のつもりだったんです…。

「教頭先生?! 今回のことは、担任教師の学級運営や授業のやり方が原因で、TO君がストレスを溜めてるんですよねぇ。私達大人の親でさえ、これでも先生方には気を遣いながら、言葉を選びながら、話をしているつもりですよ。それなのに、子供が先生を前にして対等なコミュニケーションをとれると思われるのですか? それも本人にとって、ストレスの主因となっている相手を目の前にして…。とにかく、自宅に来られる必要はないです。2学期始まってからのケース会議で話せばいいでしょう。」

もう、この辺から自分で、頭に血が上り、身体も熱くなるのを感じてました。
あとは、何をどう言ったか覚えてません。前回のケース会議で言ったことを、再度、言葉を選ぶなどという遠慮もなしに捲し立てた気がします。

「私達保護者としては、担任教師の学級運営、授業のやり方には疑問を感じる。しかし、これは、TO君という発達障害児、障害は持っていても私達の可愛い子供を持つ親の一意見に過ぎない。私達は、教師の資格すら持っていない、ただの保護者。学校には優秀な先生方がいらっしゃるのでしょうから、教頭先生を始め、先生方が交流学級担任の授業を見て、それが通常の5年生を対象にした授業であると判断されるなら、それで結構です。判断は学校にお任せします。ただ、5年生だからと言って、TO君に支援が不要なわけではない。私達親は、これからもずっとTO君に必要な支援をしていくから、それだけは邪魔をしないように、担任教師に言っておいて下さい!」

それから、こうも言ったなぁ~。
「交流学級担任は、子供達に『自分の話を聞け!』と言って、話が終わるまでノートも取らせないクセに、支援センターの先生からのWISCテストの結果説明は、聞く気持ちすらなかったですよね。私達は、情報のフィードバックをお願いしているのに、それもせずにおいて、TO君の出来ないところをいくつもいくつもあげ、サポートブックの内容も理解しようとしない。どういうことですか? あの教師は自分を改める気持ちもないでしょう?」

口の中は乾ききっていたんですが、話し下手で無口な私が、よくもここまでしゃべり続けたなぁって感じで、教頭に話す間を作らせませんでした。

最後は、まぁそれでも、少し言葉穏やかにして(?)、「今後も、ご理解をお願いします。」みたいな…お互いごにょごにょ言って電話切ったんですが…。

妻には一部始終を電話連絡。自宅にも数回電話があったようで、妻は出られなかったようです。でなくて正解でした。

とりあえず、今日は早めに帰宅(何か嫌な予感はあったので…)。

そして、嫌な予感的中!
自宅のインターフォンが、私が帰宅するであろう…くらいの時刻に鳴りました(やっぱり来たか!)。

仕方なく出ると、教頭と交流学級担任が神妙な顔して立ってます。
教頭曰く、「誠意を見せに来た。」のだそうです。
モンスターペアレント扱いかい? 私達が求めている誠意は、こんなことをするために自宅に来ることではない。

「別にこちらは謝って欲しいと思っているわけではない。私達が言いたいことは、全て前回のケース会議で言いました。あれがほぼ全てです。あとは学校にお任せすると言ったでしょ!」

それでも何かごにょごにょ教頭が言うので、結局、担任教師本人に、それなりに言いたいこと(本当は言いたくないこと)を言わせてもらいました。言葉は選んだつもりだし、教頭との電話のように捲し立てたわけではありませんが、blog の前記事に書いたようなことをほとんど指摘させていただきました。

それから、以前から思ってはいましたが、今回のことではっきりしました。この教頭は、交流学級担任への指導も支援級担任に任せるような発言を繰り返していましたし、自分自身でこの交流学級担任を指導するという気はサラサラないようです。
“管理職失格”だと思います。

まぁ、玄関先で話し合いができるわけではないので、とりあえず、学校側としては「自宅まで足を運びお詫びした…という誠意を見せた」…という形にしたかったのでしょう。
後で、妻に入ってもらって、2学期からは交流学級担任との間でも、4月に不要だとされた連絡帳を通じて、TO君の「家庭←→学校」情報をやり取りすることを、穏やかに確認して、とにかくお引き取りいただきました。

あぁ~、何という不毛な時間…。
何度も、謝って欲しいわけではない…と言うのに。誠意を見せたいのなら、私達が望んでいることに応えてくれないと意味ないだろう? それも学校側に判断は任せると言っているのだから簡単なことだろうに。まぁ、それで例え、学校側に都合の良い報告をされても黙っている私達ではないが…。

そんなことがあって、もう夏休みが終わります(いや、この記事を書きあぐねていたら既に終わってしまった…)。
言いたいこと(何度も書くが、本当は言いたくないこと)を言って、すっきりなんかしてません。満足感も何もありません。心の中には、こんなこと言わなきゃ良かったとか、そもそも全て我慢すれば良かったとか…、虚無感というのでしょうか? 今のこの学校の関係教師には、何をお願いしても伝わらないような気がしました(支援学級担任の先生だけが理解者です)。
学校や教師とケンカしても、決して良い方向には行かないからと、ケンカすることだけはしないと誓っていたのに…。

悲しい、そして虚しい、今年の夏休みの出来事でした。
夏休み中の家庭での支援については、妻の blog をご参照下さい。
2学期、TO君が無事学校に行き、交流学級で過ごせることを祈るばかりです…いや、祈るばかりではないけど…既にいろいろ手は考えています。

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2012年7月20日 (金)

教師の通知票

あれよあれよと7月中旬、本日、子供達は終業式です。明日から楽しい楽しい夏休み?
5年生ともなると宿題やその他の課題も多く、学校行ってる方が楽なのか、家にいる方が楽なのかわからないくらいのようですが…。

しかし、TO君にとっては、もう限界かもしれません。
毎朝、口に出して文句を言うわけではありませんが、「学校憂鬱」モード全開です。
その原因は・・・交流学級の担任教師。
その所行はあんまりだと思うので、この記事に暴露させていただきます。

まず、学級運営について、学級では各班=グループに1日30点の持ち点が与えられ、「宿題・宅習・生活チェック忘れ…3点」「忘れ物…3点」「給食タイムオーバー…2点」などと“減点システム”をとり、その日のトップとビリを決める。更に、ビリになったグループには宅習2ページという罰ゲームが与えられる。これはTO君のグループは実際に罰ゲームを与えられたことがないこと、実際、どこかのグループに罰ゲームが与えられたことがあるのか、TO君自身がよくわかっていない。もしかしたら、この教師が“脅し”として用いている可能性もあります。
いずれにしても、TO君はこの“減点システム”のために、給食時にグループのみんなから、「おかわりをするな!」と遮られたり、おかわりした後は「速く食べろ、速く食べろ!」と責められ続けたそうです。私が行ったオープンスクールの時に、一人廊下でうな垂れ泣いていたことがありました。
TO君に限らず、グループのみんなから責められる、いわゆる“出来ない子=弱い子”は他にもいるようです。この“減点システム”自体、おかしくないでしょうか? この教師は自身の「学級通信」で、さも成果があるように書いてましたが、クラスメイト同士で“出来ない子=弱い子”を監視させ、みんなで責めるということに繋がるこの方法は、ちょうど今、社会で問題になっている“イジメ”を、教師自らが助長させているようなものだと思います。

次に、授業の進め方です。TO君はある算数のテストで100点満点の10点をとってきました。こんなに出来ない、わかっていないのかとびっくりしましたが…、
その算数テストの前の時間は図工で、鑑賞の感想文や、一年間の反省文を書くことなど、いろいろあって、それが出来なかった子供達は、次の算数の時間までかなり押したようです。その時、この教師は、「これ(図工)が出来なければ、図工を“1”(通知票)にします。」と言ったそうです。
算数の時間、それもテストの時間にまで、なぜに前の図工の授業等を引っ張る必要があったのか? それに、「図工を1にする」という、“脅し”ともとれる言葉は必要なのか?
TO君は、この脅迫めいた言葉に静かにパニり、更に、算数のテストは焦り、もともと苦手ではあるけれども、本来の能力は発揮できなかったと思います。
教師が、“脅し=脅迫”的発言をし、子供に心理的圧迫を与えるというやり方がありなのでしょうか?

国語の漢字学習についても???です。
ある日、漢字テストがあり、そのテストで出来なかった子供達(TO君も)は、その教師から、「あなた達は勉強がなってない!」と厳しい口調で叱責されたそうです。
しかし、そのテストに出題された問題の半分は、まだ習ってもおらず、そのテストがあった日に、「ドリルをやってくるように」と宿題が出されたようです。習ってもおらず、なおかつ、宿題にも出していない分をテストしておいて、子供達を叱り罵倒するというのはどういうことなのでしょう?
更に、国語の授業では漢字をこの教師から習うことはなく、全て「ドリルによる自主学習」なんだそうです。「漢字学習」について、5年生では授業で一切教えることはなく、全て自主学習(宿題や宅習)で修得させることになっているのでしょうか? それは学年全体で行われていること? 学習指導要領でもそのような指導を行うこととされているのか? 学校(校長や教頭)は了解しているのか?

この国語のテストに限らず、参観日&オープンスクール(家庭科の裁縫、国語)で、この教師の授業を見ましたが、この教師から発せられる子供達への言葉の多くは、ほとんどが“否定”的な言葉ばかり。それに、「速く」「速く」と急かしてばかりでした。家庭科の時間、針の糸通しから玉結びまでの時間を、タイマーで時間を計られたことには目が点でした。
子供達が「自己肯定感」を持てない授業は、子供達にとって楽しい授業とは思えないし、良い授業とは到底思えません。

また、授業で板書を途中で全くさせず、とにかく、「話を聞きなさい」と聴覚中心で進め、板書は最後にまとめて書きなさいという方法をとっています。しかし、話し方に抑揚がなく、目当てもはっきりしない。TO君のような聴覚からの短期・長期記憶を行うことが苦手な子供には、教師が言った内容全てを理解し、記憶に留めることは難しいでしょう。TO君は、途中で「わからない」と諦め状態に陥っています。TO君は、この教師以外の先生が担当している、算数(一部)、理科、社会はわかると言っているので、この教師の授業がいかにわかりにくいかがわかります。


子供達には、自分の話を聞けと言っておいて、そのくせ、自らは私達の話は聞いていません。
ケース会議で、発達障害者支援センターの先生に、TO君が受けたWISCテストの結果を説明していただきました。テスト結果に基づいてTO君の特徴を丁寧に説明して下さった後に、この教師が何を言い出すかと思えば、TO君の出来ないところをいくつもいくつも列挙。しかも、その出来ないところは、ほぼ特徴がそのまま現れた出来無さでした。
私達は、4月の最初のケース会議の時に「5年生版サポートブック」を作成・持参し、とにかく、何か問題があれば、情報のフィードバックをして下さるようにお願いをしています。情報のフィードバックをしてもらえれば、家庭でフォローし、その都度対処出来たかもしれません。「生活チェックシート」という毎日連絡する手段があるにも関わらず、ケース会議の場でいろいろ指摘されたことはとても腹立たしい気持ちでした。
終いに、「授業中に目が合わない、だから集中してない。」です。これについては、「サポートブック」にも特徴として書き、説明もしたことです。この時のケース会議で再度説明しましたが、この教師からの言葉は、「初めて聞きました。」でした。

上記以外にも、不満、交流学級でのTO君の居場所があるのかなどの不安、参観日懇談会での仕打ち…、次から次へと出てきて止まりません。


もちろん、こんな教師を黙って放っておくほどお人好しの私達ではありません。
校長、教頭には申し上げるべきことは申し上げました。
本音は「辞めてもらいたい」くらいですが、学校側が責任持って、この教師を教育すべきでしょう。特別支援教育に対する理解なんてほど遠い、この教師は本当に小学校教諭の資格を持っているのかさえ疑問に感じるくらいです。それとも、こんな教師はその辺にいくらでも転がっているのでしょうか? TO君じゃなくても、そのうち、不適応を起こして学校に来られなくなる子供が出てきますよ。
今回、初めてスクールカウンセラーの先生にも相談させていただきましたし、言語聴覚士の先生とも相談しました。今日は、特別支援学校で作戦会議でした。


今日は終業式、子供達は通知票を持って帰りました。
KO君は、体育=2以外、全て3(3段階評価)。それぞれの教科の評価の「◎○△」も、△はもちろんなく、ほとんど◎ばかり。担任の先生のコメント評価も高く、親として何も文句を言うことはありません。ただ、本人は、体育=2にご不満の様子でした。
TO君は、パニらされた図工は「3」でした。唯一得意としている教科ですからね。それを「1にする」と脅されたらパニりますわなぁ。良かったねぇ。他の教科は…アヒルが並んでました。でも、1学期間、この教師にめげず、休まず学校に行けたことを評価したいです。

この教師の通知票を、私達、いや子供達がつけることができるとしたら…、
“1”すらあげたくないのではないでしょうか。
この教師を担任にされた子供達は不幸です。

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2012年4月30日 (月)

これが教育のプロなのか?

前記事に引き続き、ケース会議の時の話です。
交流学級の担任に不信感を抱きましたが、4月に異動してきた教頭先生の発言には憤りさえ感じました。

その教頭先生は、過去、自らも支援が必要な子供を受け持ったことがあるようです。
ただ、一度や二度、そういう子供を受け持ったことがあり、その時の経験のみで全てをわかったかのように、別の子供や保護者に対応の仕方を当てはめようとするのは如何なものでしょうかね?

発言の内容は、おおよそ次のようなものでした。
「TO君がクラスのお友達とトラブルがあったり、通常のお友達と同じことが出来ないことがあった時に、クラスの子供達に、TO君が出来ない理由を説明していいですか。クラスのお友達には、障害という“個性”を学ぶ良い機会になるですよ。」

これも、妻が「5年生版サポートブック」で、「周囲のお友達の多くは、TO君を特別扱いすることなく、ありのままを受け入れ接してくれています。…お友達にTO君の苦手な部分をカミングアウトして支援してもらいたいとは、今のところ考えていません。」と説明した後です(ちゃんとサポートブックに書いてもあります)。

私はこの教頭先生の発言に憤り、頭の中は“瞬間湯沸かし器”状態、噴火寸前でした。ただ、ここで怒りの感情をぶつけても仕方ないので、「どう言えば理解をしてもらえるだろう。」と頭の中で言葉を選んでました。

隣で怒りのオーラを出しているのを察知した妻が…、
「トラブルがあったり、出来ないことがあった時こそ、それをTO君に教える良いチャンスです。そういう時は、学校側から情報をフィードバックしてもらえば、家庭でもいくらでもできる手立てがあります。」
…さすがです。わが妻ながら頭が下がります。

教頭先生も、「それなら…」と反論する言葉はありませんでした。

しかし、何か問題があったら、即、カミングアウトなのでしょうか?
それに、うちのTO君のことを他の子の教材にしようとするとは何事でしょうか?

カミングアウトについては、以前の記事でも書いていますが、TO君には知的な遅れがあるわけではないので、本人自身が知らないことを、TO君に関わる支援者以外の無関係な他人に先に知らせるべきではないと考えています。そして、例え、カミングアウトすることになったとしても「障害名」だけが一人歩きするような形にはしたくないとも考えています。
更に、最近思うのは、カミングアウトが、その当事者にとって前向きになれ、周囲の子供達も成熟していて、カミングアウトされることでその子のことをより理解でき、また、わからないことがあったら、周囲の大人(学校では教師)が十分に説明できる環境にあるのならいいのですが、「問題があったらカミングアウト」→「この子はこういう特性を持ってるからみんな理解してあげて」というのは、とても短絡過ぎると思うのです。それでは周囲の子に、「この子はこんな特性を持ってるから、どんなことをしても仕方がないの、特別な子なの、だからみんな我慢してね。」と言っているようなものです。その結果はどうなるのでしょう。その子が周囲の子供達の和に入っていけるとは、決して思えません。特別視することを助長させているようなものです。

「カミングアウト」…その課程に至るまでに最大限の努力もせずに行う“それ”は、保護者も先生方も「それしか、もう成す術なし」と、自分の力量の無さを認め、諦めた時にするものではないかと、私は考えます。

うちのTO君を教材にする? これについてはもってのほかです。これまでの私たち家族の努力を何だと思っているのでしょうか? これまで、TO君を他者から「特別視」されないよう、1日1日戦ってきたのです。

教師というのは何を考えているのでしょう? 子供一人一人のことを考えているのでしょうか? それとも学級・学校全体の運営のこと? ある出来事で、子供の誰か一人が犠牲になっても、学級・学校全体として上手くいっていればそれでいいのでしょうか?
これまでKO君、TO君を受け持っていただいた一部の良識ある数名の先生、もちろん、TO君の支援学級の先生、地域の勉強会等で知り合えた先生方には、こんな先生はいないですし、多くの教師の方々は一生懸命、子供一人一人のことを考えていらっしゃるのでしょうが、子供一人一人の将来を見据え、「教師」という職業を頑張っている先生と、自分が受け持った学級が1年間無事過ぎればいいと思って教師生活を過ごしている先生との差はとても大きいと思いました。後者に担任が当たった場合、1年間、そのクラスの子供達は不幸です。いや、1年間だけでは済まず、もしかしたら一生にわたり癒えることのない“傷”を負うことになるかもしれません。

今回、TO君の交流学級の担任になった先生から、次のような発言もありました。
「TO君のように診断名が付いた子以外にも、いっぱい問題のある子がいるんです。診断名が付いてないだけなんです。」
それがわかっているなら、なぜ、それに対応しようとしない?

何の手もかからず、勉強も生活態度もいい子供を教えて何が楽しい? そんな子にしかわからないような指示をして、わからない子を「なぜわからないのか!」と罵倒する。
勉強の仕方がわからず、不適切な行動しかとれない子を上手く指導してこそ、教育のプロとして至極のおもしろさがあるのではないのだろうか。

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