2010年12月26日 (日)

“甘え”になる前に

早いものです。年が明ければ3年生最後の学期となり、4月には4年生、何ともう小学校後半戦に突入してしまいます。

妻の blog にあるとおり、24日はTO君のケース会議に臨んで来ました。
気合いだけは入れて臨みましたが、これまでだったら話す内容のメモを作ったりと準備万端で行ってたのに、この日は前日に妻と打ち合わせをし、妻がノートに数行のメモをしていっただけ。私達もこのケース会議に“場慣れ”してきたのでしょうか?!
学校側の出席者は、今回は支援級の担任と交流学級の担任のお二人、いつもは校長・教頭先生も出席して下さるのですが、ご出張だったのか、休日の谷間でお休みを取られていたのか? まぁ今回は、担任の先生お二人とざっくばらんに話が出来ました。

“就学前の”ケース会議から、学校側には私達の意向はお伝えしてきたつもりですが…、
私達の期待・希望としては、TO君には小学校の高学年のうちに支援級を卒業してもらい、通常学級のまま中学校入学を迎えてもらいたいと考えています。
理由には、TO君は療育手帳を持っていない、持つことができない(手段によれば可能かもしれませんが…)。…ということは、将来、高等学校は通常のお子さんと同じところに進学することになると思います(もちろん、受験をパスすることができれば…ですけど)。そして中学校もです。今は、中学校に支援級が存在しますが、少なくともTO君が小学4年生に進級した時に、中学1年生に在籍者がいなければ、TO君が中学1年入学時に支援級を継続してもらえるという可能性もなくなります。現状ではそれも難しい、おそらくTO君が中学入学する以前に、中学校の支援級は在籍者がいなくなり閉級してしまう可能性が“大”なのです。
とにもかくにも、TO君はいつか、障害は持ちつつも“普通の人”と同じように、この社会で仕事をし、生活をしていかなければならない。だから、そのために、今、どのように小学校生活を送ることが最善なのか、学校の先生方をはじめ支援者の先生方とともに、親の責任において導いていかないといけないと考えています。

3年生でのTO君は確実に成長をしていると感じています。それは運動会や表現集会などを見ているとわかります。これまでいつもと違う行事ごと等に不安がっていたTO君とは別人のように落ち着いて、みんなと一緒の活動ができています。そういう姿を見てて、私達も評価をしていたので、4年生からは支援級を完全に卒業するわけではないけれども、交流学級主体でいけるのではないだろうか…という気持ちになっていました。

しかし、参観日の時に妻が支援級の担任に話を聞いてくると、「TO君は頑張っています。でも、情緒的に課題がある場面もまだあるし、支援級での授業をなくすのはまだ難しいのではないか。支援級での時間がクールダウンになっている。云々…」とのこと。

う~ん。これはちょっとまずい。
…というのも、最近、TO君が学校であった、マイナスの出来事を家で話さなくなってきているのです。下校途中にKO君には話しているみたいですが、KO君に話したことで消化しているのか、帰宅してKO君がTO君に「お母さんに話さなくていいの?」と言っても、「うん、もういい。」という感じで話さないことがあるのだそうです。プラスのことはいっぱい話してくれるそうですが…。これも一つの成長ではあると思って、妻も必要以上には聴かないようにしているのですが、だからこそ、先生方からのフィードバックが不可欠なのです。

就学時からずっと先生方にはお願いしてきたことですが、TO君に学校であった不適応な行動・言動等は「連絡帳」を通じて、家庭にフィードバックして下さるようお願いをしてきました。そうすれば、家庭でもTO君に対し、何らかの療育的な支援ができるからです。
しかし、これもTO君の成長と言えば成長ですが、先生に「これは連絡帳に書かないで」とお願いすることもあるようで、どうも伝わってきてない情報もあるようなのです。

念のため、全ての先生方の対応を非難しようとしているわけではありません。先生方は、TO君の頑張りを認めて下さっており、その中で、TO君の特性も理解し、日々の学校生活でのTO君への対応を気を使ってしていただいていることも、今回のケース会議でよくわかりました。ありがたいことです。私達も全てを知らなければならないと思っているわけではありません。そんなことは無理な話です。ただやはり、TO君のような子供は、通常のお子さんと違って、「自然の成長」だけを待っていれば成長するわけではない(それはKO君を見てればわかります)、支援する側がタイミング良く教えて、経験と共に、「適正な行動・言動」がとれるような“引き出し”を出来るだけ多く作ってあげる必要があると思います。

お友達との関係でも、2年生の時までは、やはり少しは友達の方がTO君に遠慮したり、優しくしてくれていたところがあったようですが、3年生になり、良い意味でみんながTO君を「特別扱い」せず、「対等である」存在として接してくれているようです。先生方としては、だからこそ、TO君はその中で頑張っているので、全く支援級での生活をなくすのは厳しいのではないか?…ということのようでした。

今回のケース会議、時間も短かく、話し足りないこともあったのですが、私達の想いは伝えたつもりです。上記に書いた「私達の将来への期待」に導くために(もちろんTO君に無理強いにならないように…)、今、支援級をどう使っていくか、情緒面をどう育てていくかなどについて、先生にご理解とお願いをしてきたつもりです。
支援級の存在が、TO君にとって“心強い”存在ではあって良いと思いますが、決して“甘え”の場所になってはならないと思っています。

先生方からも、また、支援級・交流学級の先生方の間で話し合って、TO君の支援級と交流学級の使い方を話し合って、後日、私達に相談して下さると言っていただきました。また、情報のフィードバックについても再度、お願いをしてきました。
3学期に入ってどのような対応をして下さるかはわかりませんが、私達の意図を汲んで下さることを期待して待ちたいと思います。

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2010年12月22日 (水)

そろそろ行きませんか?

「あの~、ちょっとお話があるんですが…。」
この改まった物言い、TO君のクセですね。いつもするわけではないですけど、お願いがある時なんかに時々しますね。

つづけて…、
「あの~、2学期も終わるし冬休みもくることですので、そろそろYO先生のところに行きたいですが~。」

YO先生とは、昨年末(2009年)から行き始めた、かかりつけの精神科の先生のこと。

「あんた行きたいの? 何か先生に話したいことでもあるの?」

「はい、話したいことがあるんです。でも、お父さんもお母さんも忙しいですから、すぐじゃなくていいですよ。1月になってからでもいいです。」


うれしかったです。TO君がこんなふうになってくれるなんて…。

まず、自分からYO先生に話をしたい…と言ってくれたこと。YO先生を自分の見方になって支援をしてくれる、安心できる存在として認めてくれたということです。
そして、そのYO先生に話を聴いて欲しいようなことがあることを自分で認識している。
更に、それを自ら私達に連れていって欲しいとお願いしてきた。
更に更に、私達親のことを気遣ってくれる発言…。

TO君、成長したなぁ。感激です。

私達の意図も上手くいくかもしれません。TO君にはいつか私達両親以外に自ら相談していく相手が必要になるだろうと考えていますから、そういう必要性が出てきた時に、何のためらいもなく、TO君自身が相談できるようになる必要があると考えているからです。

さて、気になる(?)先生に「話したいこと」ですが、だいたいはわかっています。おそらく、給食当番のことです。TO君は給食当番になることをかなりストレスに感じているのです。
決して、TO君が給食当番を上手くできないから…とかではなく、他のお友達の動きが遅く、当番だとすぐに給食を食べ始めることができないので、「おかわり」ができない…というものです。
そんな(大人からすれば)たわいもないことですが、TO君にとっては間違いなく大きなストレスですし、こういう小さいことでもいいから、それを人に伝えることができるようになることは重要なことだと思います。

TO君の頼みです。仕事納めの前に休みをとって、ちゃんとYO先生のところ受診しに行きますよ~。

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2010年12月18日 (土)

オープンスクール

11月のとある日曜日、KO君、TO君が通う小学校と隣接する中学校で、同時にオープンスクールが行われました。

隣接することもあり、小学校と中学校との連携をウリにしています。

例えば、ハード的な面では、小学校と中学校を渡り廊下によってつなぐことで、数分で行き来が可能になっていて、それによって、ソフト面では…、

小学校では担任の先生が全ての教科を教えていたのに、中学校では突然、教科毎に先生が変わる授業体系になることから、小学校の6年生時には、中学校の先生が一部の教科を受け持つという取り組みや、
その反対に、小学校時代の算数等の修得不足に配慮するため、中学校の1年生時には、小学校の先生が中学校の先生と一緒に授業を進めるなどの取り組みがなされています。
授業以外では、学校の清掃を中学生と小学生が同じ場所を一緒に掃除するというようなことも行っています。
そして、この小学校の生徒のメンバーがほとんど変わらないまま、スライド式にそのまま中学校に進学するという状況があるものですから、中学校の先生が小学校のうちから生徒を知れる(またその逆も)、また、小学校の先生も中学に行った生徒のことをフォローできる…などといったメリットがあります(異動があったら仕方ないですけどね)。

これらのことは、通常学級に通う子供達にもたいへん良いことですが、TO君のような特別支援級に在籍している子供にとっても、とてもメリットがあると思っており、私たちも歓迎しています。

しかしですね…。

今回のオープンスクール、通常学級では上記のメリットを保護者や学外の地域の方々に、存分にPRするような形で行われていたと思います。
でも、TO君が在籍する小学校の情緒クラスと、知的・身体的なハンディを持つ子供が在籍するクラス、更に、中学校の支援クラスは、合同で「おもちゃ作り」だったんです。
その予定を知った時点で、既に私達は「行きたくなかった」です。更に、その前日くらいに、TO君がKO君に向かって、「ボクはおもちゃ作りで、いいだろう!」とか言うものだから、もう腹が立って、ついTO君に説教してしまいました。

「おもちゃ作りで何を満足してるんだ! そんなことするためにお前を支援級に入れてるんじゃない!」

私たち夫婦としては、TO君を支援級に入れたのは、そのクラスで特別、通常のクラスと違ったことをして欲しくて入れたわけではありません。
まだTO君には無理かもしれないけど、今回のオープンスクール、交流学級では国語の授業でしたので、普段ならTO君は交流学級でみんなと一緒に授業を受けてるのですから、TO君には「何でボクは○○○○(支援クラスの名称)に行かなきゃならないの? ボク、みんなと一緒に国語の授業受けたい。」とくらい言って欲しかったです。

でも、これも学校で決まった方針でしょうから仕方ありません。学校には、普段から私達の要望を聴いていただき、理解をしていただいて対応してくれているのだから、あんまり何でもかんでも文句は言いたくはありません。

当日は、TO君も見に来て欲しいだろうから行きました。

「おもちゃ作り」と言っても、もちろん、やり方によっては、特別支援級ならではの授業になるのはわかっています。他者とコミュニケーションをとりながら、みんなと協力・共同して、何か一つの物を作り上げる。それで、コミュニケーションや社会性の力を育むとかいう狙いとか…ですね。
TO君の支援級担任の先生は、それを目指して授業を進めて行こうと思っていたのだろうなぁというのはわかりました。でも、他のサポート(?)で入っている先生は何の役にも立ってない。おそらく授業の意図すら理解してないのではなかろうか?って感じでした。

今回の授業の本来の目標は、中学校の支援級の生徒がリーダーシップをとり、小学生の意見を取り入れながら、グループ(1グループ5名くらい)で一つの作品を作りあげる…だったんだろうと思います。
もう途中で、KO君のクラスや、せっかくだから中学校の授業を見に行きたかったので、授業全体の経過は知りませんが、終了頃にもどってみたら、一人一人がそれぞれのこだわりでおもちゃを1個ずつ作っていました。…失礼ですけど、これじゃみんな“特性”そのままじゃん!…です。 がっくりです。

そりゃねぇ。中学生とは言え支援級にいる生徒に、本当にリーダーシップをとれって言うのは無理な話ですよ。それができるなら、通常学級でもバリバリやってるだろうし、中学生でも通常学級の生徒が小学生相手にリーダーシップとれるかって言ったら、それもわからないかもしれないのは想像できます。
だから、今回のような授業をするなら、学校の先生達は念入りな打ち合わせが必要だったんじゃないでしょうか? 特に中学生にどうやって小学生をひっぱっらせるか。シミュレーションも必要だし、当日どのようなサポートが必要かなど…いろいろあると思います。そういうことわかってて、このオープンスクールの授業を企画したんでしょうかねぇ? 疑問が残ります。

学校の先生には言えませんけどね。普段からお世話になってますから…。でも、これほど見たくないオープンスクールはありませんでした。

私としては、極端な話、TO君に「この子は支援級在籍の子供です」ってラベルか何かを貼られてでも、交流学級の授業に出てもらって、こんな子でも必要な支援と環境さえ整えられれば通常学級でちゃんと授業が受けられるんです…っていうオープンスクールにして欲しかったです。実際はできないですけど。

この「オープンスクール」ネタのついでに言わせていただくと、平日に地域の特別支援クラスの子供ばかり集めて運動会やレクレーションするのも反対です!(だから、うちは参加させてません)。
学期毎に、支援級の生徒だけで誕生会(お菓子や寿司作ってパーティー)するのも大反対です!(仕方ないから行かせてるけど、うちの場合、双子のKO君のフォローがたいへんなんだから…)。しまいにゃ、「自立活動」だって、授業でファミリーレストランでお食事させる。何でそんなことをしなきゃいけないんですか?

何を目的にしているのか、私にはわかりません。
「特別支援教育」とは、一人一人に合った必要な支援・手だてを行うことによって、それらと環境が整えば、彼らでも充分、地域の学校で、通常の学級で他の子供達と一緒に授業や活動ができるというのが本来の主旨であって、特別扱いしたり、特別なことをしたりして、通常学級の子供達と“違う”ことをさせるってことではないと思うのだけど、そうではないのでしょうか? 名称が変わっただけで、してることは旧来の「特殊教育」と一緒ではないのでしょうか?

これでは、通常学級の子供達からすれば、何でTO君達は自分達が勉強してる時間に、お菓子作ってパーティーなんて楽しいことしてるの? 何で学校で給食以外にお菓子やお寿司が食べられるの? 勉強せずにファミ・レス? いいなぁ。…だけならまだいいですが、しまいには、「あの子達は仕方ないんだ。」 あの子達は「特別扱いをされても仕方ない、自分達とは“違う”子」ってことになりはしないでしょうか?

「特別支援教育」って何? 考えさせられたオープンスクールでした。

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2010年10月17日 (日)

「かがく」には必要だが、今のボクにはわからない

「“かがく”には必要だが・・・、今のボクにはわからないなぁ。」

…と言ったは、TO君です。
科学= science だか、化学= chemistry なんだか定かではありませんが、私が二人の宿題を見ながら読んでいた本を居間に置きっぱなしにしていて、それを見つけた二人が、中身を覗いたようです。表紙が黄色く目立つ本だったので、興味をそそられたのかもしれませんね。

私が読んでいた本は、

ExcelでR自由自在」というもの。
「R」というネットで公開されているフリーの統計プログラムを、「RExcel」や「Rcmdr」を介して、MicrosoftのExcel 上で使おう…という内容の本です。

「今のボクにはわからない。」
…当たり前です。お父さんだって必死扱いて読んでるんだから…。でも、将来はわかるようになってくれるおつもりで?
「“かがく”には必要だ・・・」って、この本の内容が“かがく”に必要なことはわかったんですか?(KO君は、「わからん、つまらん」で終わったらしい・・・)。 だいたい、将来何になるつもりなんですかね?

一応、TO君の夢は“恐竜博士”。
世界中を飛び回って、○○○サウルスやファーストダイナソーを見つけるんだ!…と壮大な夢を持っています。…確かに恐竜博士になるためには「かがく」は必要です。もちろん統計の知識も必要です。

そのTO君の夢に対し、KO君は「まずは日本で勉強してから…」と、TO君が世界に出て行くことに消極的・・・と言うか、KO君自身があまり外に出て行きたくないようです。

だからと言って、KO君の夢も“サッカーワールドカップ日本代表”と、これまた夢は壮大です。しかし、妻の blog にもあるとおり、「家の近くで一番近いJリーグのチームはどこ?」と、あくまで“家の近く”が基本。
「一生、この家に住むから」「結婚して子供が出来ても一緒に住むから」「お母さんボクの子供の面倒見てね」と言ってます。お子様です。

まぁ、まだ子供ですから現実味のない話ばかりですけどね。

さぁ、子供達も9歳の誕生日を迎えました。
二人とも、私の弟から買ってもらった「ガンダム三国伝」のガンプラ作って大はしゃぎです。TO君は誕生日プレゼントをもらえることを純粋に喜んでいるだけですが、KO君は「誕生日プレゼントをもらえることはうれしいんだけど、年をとるのは嫌だ~」と何とも年寄り臭いことを言います(変な奴、自分が子供の頃は、18歳くらいまでは年をとることは別に気にしなかったけどなぁ。早く大人になりたいと思ってたけど・・・、さすがに二十歳になったらショックだったけど)。

いずれにしても早いものです。来年は2ケタ台になりますし、もう3年半で小学校卒業、その後3年で中学卒業&高校受験、その後は・・・。
あっという間に「将来」が「現在」になっていくようです。


「今のボクにはわからない」が、“わかる”ようになってくれたら、どんなにうれしいことか・・・です。

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2010年10月11日 (月)

大きく返事をしたのは・・・

先日、ノーベル化学賞の発表があり、またも日本人お二人の方が選ばれました。
とても素晴らしいことですね。

私も一応、試験・研究に携わる身ですが(大した研究者ではないけど・・・)、
北海道大学名誉教授の鈴木章先生の受賞インタビューに、とても共感し、好感が持てました。

一つは、「研究者は皆、新しいことを発見しようとしているが、なかなかできない。しかし、地道な努力を積み重ねていれば、そのラッキーは案外に簡単にやってくる。私はラッキーだった。」

もう一つは、「資源のない日本で、われわれ日本人が生き残るためには、頭を使った、物作りだったり、新しい発見だったり、そういうことをしていかなけらばならない。」

あと、研究に関わった学生に感謝の意を表していたのも、とても印象的でした。


政権が変わって、「コンクリートから人へ」と言ってたはずなのに、
「事業仕分け」とやらで、国の研究公募事業予算は削られる一方のようです。
この国は、何を大切にしていこうと考えているのでしょうか。

「2位ではダメなんですか?」
っていう言葉で格好良く切ったつもりなのかもしれませんが、「2位では意味のないこともある」と思います。もちろん1位に拘る必要のないこともあると思いますが、研究や技術開発等の世界では、2位では意味がないことが多いと思います。

今回のノーベル賞なんかもそうですが、スポーツの世界でも、何か偉業を達成した方は賞賛されますが、それまでの苦労は皆、それぞれ個人の努力です。国が支えるべきこともあると思うのだけど、この国の指導者達は何を大切にしたいと考えているのでしょうか?


NHKニュースでの受賞インタビューを家族で見てて、終わった直後に、

私の向かい側に座っていたKO君に向けて、

「どうですか? ノーベル賞目指してみませんか?」

って振ったつもりだったんですが(もちろん冗談ですけど・・・)、

「はい!」

っと、力強い返事が戻ってきたのは、私の隣に座っていたTO君からでした。

KO君は、鳩が豆鉄砲くらったような目をして私を見て、

「でも、それはボクが選んでいいんだよね。ボクは(将来)サッカー選手目指してるから・・・。」

いや、もちろんいいんですよ。

私の方は、TO君から返事が返ってくるとは思ってもみなかったもので、こけてしまいそうでした。

いかん、いかん、KO君は「有り」で、TO君は「無し」なんて、勝手に決めつけてはいけませんね。

TO君は確かに、「ボクは理科大好き。」とよく言います。
細か~い観察力は、確かにあるようです。

正確な知識力は、まずKO君にかないませんが、「好きこそものの上手なれ」という言葉もあります。
もしかしたら、物好きが乗じるかもしれないし、常人にはない突拍子もない発想力が何かを産むかもしれない・・・かな?

KO君、TO君が10年後、20年後、何してるのか楽しみ(≒怖い)です。


北海道大学・鈴木章先生の言葉…

「学生には重箱の隅をつつくような研究ではなく、白いキャンバスに絵を描くような研究をしなさいと言ってきた。」…私もしてみたいですね。そのためには、私ももっともっと勉強しなければいけません。少なくとも、KO君、TO君には、まだまだ大きな背中を見せ続けられるように、頑張りたいです…(実際のサイズじゃないですよ、笑)。

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2010年10月 7日 (木)

それぞれの「チャレンジ△○□」

「チャレンジ△○□」とは、進研ゼミの「チャレンジ3年生」のことです。

2年生の時から、KO君が自分から「やりたい!」と言い出して始めました。
それを見ていたTO君…、自分もKO君と同じ事をしたいと思ったのか?、はたまた、教材と一緒に送られてくる様々な付録につられたのか? 「ボクもやりたい!」と言い出しまして、うちには同じ教材等が2セット送られてきます。

まぁ、学年が違う兄弟であったって、二人ともしたいって言えば、2セットは送られてくるんだから仕方ないんだけど、双子の場合、同じ教材、同じ付録が2セットずつ送られてくるというのが、もったいないような…どうしてもそういう気持ちになります。

TO君は、KO君と同じことをする=安心、そして同じ事をしたい…のでしょうかね。

でも、確実にTO君のキャパオーバーなんです。
学校から毎日するように言われている、宅習(漢字の書き取り)、読み声(国語の教科書音読、算数+-カード、九九)、それに宿題と、これを終わらせるのに、ほとんど約2時間(日によってはそれ以上)コースなんです。一応、1時間30分を目標にはさせているのですが…。

こんなですから、毎日、「チャレンジ」を1ページずつするとかは無理^3。
だから、土日にまとめてしたり、「赤ペン先生」を出す提出日前になって、あせってしたりと、とってもたいへんそう…。

誤解のないように、私達親の方から、「やりないさい!」って言ったわけでは決してありません。今でも、「いつでも止めていいよ。」と言ってます…いいや、どちらかと言うと、「やめようよ。」と言ってるくらいです。お金ももったいないし(私は、このために、月々のお小遣いを減らされました…泣)、完全にキャパオーバーでとてもするのがたいへんそうなのです。

「赤ペン先生」は毎回、ギリギリ提出か、完全に遅れて提出かで、これまで何度か、「頑張ろう」って葉書がTO君宛だけに来てました。おそらく、このままいったら止めそうな感じだから、会社側でもブラックリストにリストアップされているのでしょう。


一方、KO君はと言うと…、
完全に、「チャレンジ」=予習、授業と宿題=復習って感じで、どんどん勝手に進めてしまっています。
KO君の性格なのか、かなりチョンボは多いのですが、そのスピードだけは天下一品です。スピードを追い求めすぎて、字が汚いことを、私に怒られることもしばしばありますが…。

「赤ペン先生」もかなり日程的余裕をもって終わらせ、提出しています。

夏休みだって、ラジオ体操のために、いつも学校行く時よりも早めに起きて来て、フラフラしながら何を始めるかと思ったら、ラジオ体操が始まるまでのほんのちょっとの時間に、「チャレンジ」ひろげてするくらい、とにかく「先にー先にー」と進めていきます。

いったい誰の子だろう??? 妻の遺伝子ではないことは確かですけど、私だって、子供の頃、こんなに真面目に勉強したことはありません。「学研マイコーチ」ってのを、一時期とったことがありましたけど、ほとんど手を付けなかった記憶があります。

そして、今度は、「実力診断テスト」っていうものの返信に入ってた問題を、いつものようにさっさと解いたはいいんですが、私が○付けしてやったら、算数の問題で数カ所間違いがありました。ハイレベルの問題で、ちょっとひねってあるものばかりだったので、私も別にできないことを咎めたりしたわけではなかったのですが、よほど出来なかったのが悔しかったのか、泣きながら、何回も何回も解き直しては、私のところに持って来ました。

「ちょっとこの問題は難しいから、お父さんと一緒に考えようよ。」
…と言うんだけど、「いいや、自分で解く。」と、また、ワンワン泣きながら解き、また、間違えていたと泣き…、それの繰り返し。

この頑固さは…、
私(頑固) × 妻(頑固) = 頑固の二乗
…だから仕方ない???

TO君だったら、おそらく、最初から、「ボク、わっかりませ~ん。」だろうなぁ。

この「チャレンジ」…、KO君はまぁ、いいとして、
TO君は考えますわ。でも、KO君に引っ張られて、TO君も何とかかんとか、毎回、「赤ペン先生」までたどり着いているし、休みの日の朝、付録の「計算マスター」出してきて、二人で算数の計算問題やってるのを見たりすると、やめさせられないよなぁって気になってきます。 それに、本人が「止めたくない」ってもの仕方ないか~。

まぁ、ルールを作り、ある程度ケツを叩きながら、半分はお金ドブに捨てるつもりで…と思うしかない…?

あぁ、お父さんの小遣いを返せ~!

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2009年4月 8日 (水)

涙がでそうでした…

いよいよ2年生スタートです。
小学校には、2年生スタート前にケース会議を開いていただきました。

目的は、S先生が異動でいらっしゃらなくなった今、今度、支援学級でTO君を受け持ってもらう担任の先生、そして、交流学級の先生に、TO君のことを理解していただくためです。

支援学級の担任の先生は、別の小学校から赴任されたA先生(女性、ちなみにS先生は男性でした)です。前学校でも支援学級を受け持っていたそうですので、発達障害への理解はあるのだと思います。問題は…というと失礼ですかね?…TO君との相性ですかねぇ。何しろ、S先生とTO君の相性はとても良かったからですね。

そして、交流学級の先生は…、
なっ、なっ、なんと、1年生の時も交流学級でTO君を受け持っていただいたN先生(女性)でした。N先生のことも(S先生のことも)、ほとんど blog に書いてきませんでしたが、このお二人のお陰でTO君は素晴らしい小学校生活のスタートをきれたと思っています。N先生もとてもTO君と相性が良いのです。TO君が「小パニ」状態になった時に、とても良い「切り替え言葉」を言ってTO君の気持ちを切り替えて下さっていたのだと思います。N先生曰く、「私は普通の子供と同じように、悪いことは悪い、良いことは良い…と対応しただけで、特別なことは何もしていません。」…と謙遜されていましたが、またそのことが、交流学級のお友達もTO君を特別な存在として見るのではなく、クラス○○人の一員として、仲間として見てもらえることにつながっていたのだと思います。

もう、この事実に、私達夫婦はとてもうれしくて、学校側の配慮に感激し、お話を聞いた時には本当に涙がでそうでした。…っていうか、目はうるんでました。
この学校では、基本的に担任の先生の持ち上がりはない…と聞いていましたので、交流学級の先生はもちろん変わるのだろうと思っていました。S先生も異動で、N先生も変わる。TO君は本当に大丈夫だろうか? 私達親も「また一からやり直しだ!」という覚悟と不安でいっぱいでしたからね…。

校長が、教頭先生方の方を見て、「いや~、この先生達がそうしろ!(そうしなきゃダメだ!)って言うものだから、そうしたのです。」とおっしゃいました。
おそらく、教頭先生のご配慮はあったのだと思います。教頭先生もこの発達障害についてはとても理解のある方です。教頭先生の方から強く、校長に要望していただいたのだと思います(本当に感謝です)。
そして、更に校長が、「担任の発表をした時、N先生も「やったー!」とTO君を2年受け持てることを喜んでくれました。」と…。
もう、うれしくてうれしくてたまらない気持ちでした。
本当に、小学校の先生方に感謝です。これで、TO君も頑張っていけると思います。私達も少しホッとしました。

本題のケース会議では、妻がリニューアルして作成した「サポートブック」、新規に作成した「ボクの一日とボクの気持ち」、そして春休み中に支援学校の特別支援教育コーディネーターのY先生からしていただいた「K-ABC」の検査結果を持参して、先生方に妻が全て説明しました(Y先生…息子さんの大学入学式前に、まとめていただき本当にありがとうございました)。

私は妻の隣にどっかり座っているだけでした。上記の「サポートブック」等については、そのうち(いつになるかわかりませんが…)妻の blog に紹介があると思います。
皆さんに支えられて、TO君も無事2年生のスタートが切れそうです。

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2009年4月 6日 (月)

そんなに甘くない

4ヶ月以上 blog 放置してしまいました。久しぶりの更新です。
2年生進級に当たり、とりあえず近況報告をしときます。

いや~しかし、月日が経つのは速いものです。ついこの間、1年生になったばっかりだと思っていたのに、もう2年生になるのです。小学校は6年間と長いなぁ(自分自身も長かったと感じてましたけど…)と少しくらいはホッとできるかと思っていましたが、このペースで過ぎていくと思うと、6年間もアッと言う間なのでしょうね。

ところで、3月中~下旬、官公庁は異動の時期でしたが、私の異動はありませんでした。今の職場に新年度から実に9年目に突入することになりましたが、こんなに長くいさせていただいて、理解ある上司に感謝です(ホントかよ?!←妻のつっこみです)。

まぁ、それはさておき、小学校の先生方にももちろん異動があるわけです。
そして、とても残念なことに、TO君の支援学級の担任のS先生が異動することになってしまいました。この1年間、TO君のことを本当に理解していただき、国語、算数の個別指導はもちろんですが、交流学級での生活やお友達との関わり方でも、TO君の気持ちに寄り添いながら、TO君にわかるように丁寧に指導していただきました。昼休みもお友達と一緒に、毎日TO君と遊んでいただきました。
S先生のお陰で、学習進度も遅れることなく、ついていけましたし、お友達とのトラブルも目立ったものはなく、また、大きなパニックも起こすことなく、小学1年生の1年間を無事終えることができました。本当に良い小学校生活のスタートが出来たと、感謝しているところです。

S先生としては、「2年生もTO君の担任を…」という希望もしていただいていたようで、私達親も「もしもそうだったら、諸手をあげて喜ぶのに…」という期待と、「いやしかし、そんな期待をしていて違ったら…」という不安が入り交じった3月でした。
そして結果は、“そんなに甘くはなかった”のでした。

TO君も春休み中、KO君と仲良くは遊んでいるのですが、時折、「S先生がいなくなっちゃうし…」と不安な気持ちを漏らしてましたし、不安からKO君に八つ当たりすることもありました。
TO君には、「1年間で全員じゃないけどクラスのお友達も変わるし、担任の先生も変わるものなんだよ。それがルール、決まりみたいなものだからね。」と説明をして納得してもらいました。
私達親も、とても残念で仕方がないのですが、そう言ってるだけではどうしようもありませんので、やっぱり「(支援級の先生も)担任の先生は1年ずつ変わる」というつもりで、これからもまた、新しい先生(支援級も交流学級も)にTO君のことを理解していただくよう努力をしていかなければならないと思っています。

S先生には、異動が決まった後、妻の方からはご挨拶させてもらったと思いますが、私の方からは直接ご挨拶できませんでした。申し訳ありません。
風の噂で、新しい学校では生徒指導というお役目のようですが、こんなことを学校の先生に言うのは失礼かと思いますけど、きっとTO君を受け持っていただいた経験が活かせるのではないかと思います。S先生のその優しさで、生徒の気持ちに寄り添って理解をしてあげて下さい。もしかしたら、小学校で生徒指導が必要なお子さんっていうのは、TO君と同じようなところを持っている子供が多いのかもしれませんし…。

今度、S先生にお会いする時には、TO君もまた一つ成長しているといいなと思います。本当に1年間ありがとうございました。

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2008年10月25日 (土)

けが人続出

妻が骨折したのは、妻の blog に書いてあります。
本人、とても痛がっていますし、家事の何をするのも不自由だと、たいへんそうであります。私が手伝おうにも、妻でしかできないことがありますからねぇ。たいへんですねぇ。お疲れ様です。

そんな中、昨日(金曜日)、支援センターの療育に妻が双子達を連れて行った時のことです。
二人ともこの支援センターの療育を楽しみにしております。
その はやる気持ちがいけなかった(?)のですが、二人ともセンターの駐車場に着くなり、妻の「走るな-!」の声を遮って走り始めたそうです。

そしたら、TO君がおもいっきりこけてしまい、それも顔・頭から、地面のアスファルトに向けてぶつけてしまったらしいです。
とっさにかばおうとする手は出てないようなのですよ。顔面(鼻、目の下、額)および側頭部を打っているようです。どんなこけ方して、どんなところで、どうやって打ったんだ~?って感じです。ん~、でもやっぱりそういう時に、とっさに手が出ない人なのですねぇ、あなたは…。

とりあえず、施設内にいらっしゃる看護師さんが手当をしていただいたようなのですが、額の部分および側頭部には、結構な「こぶ」&皮下出血の跡…。
看護師さんからも、一応医師に診てもらった方が良いとのことで、その看護師さんの知り合いの外科病院に連絡をしてもらって、連れていきました。

妻から私に連絡があり、私はまだもう少し就業時間があったのですが、上司に相談して早退させていただきました(今の上司はとても理解のある方々ばかりです。だから、最近“愚痴ログ”が少ないのか? いや愚痴はいっぱいあるのだけれど、それを書く暇もないくらい忙しいのです)。

病院に着くと、TO君は少し不機嫌そうな顔はしていましたが、まぁ落ち着いていました。頭ぶつけた時、そして、それで支援センターの療育が出来ないとわかった時は、そりゃーものすごい泣き方だったそうです。
妻が、「久しぶりに、TO君の“はわわ泣き”を聞いた」と言っていました。「病院に着いた時は、TO君泣き疲れたのか寝ていて、私、骨折してるのに、TO君を抱っこして病院に入ったんだから…」とも言っていました。そりゃーたいへんだったでしょう。最近のTO君の育ち(太り)具合は結構なものですからね。

TO君は今日もう1回、念のため同じ外科病院に行くことになっていました(…何ともありませんでした)。
しかし、今日は、私は職場対抗のソフトボール大会があり、妻と代わってやることができませんでした。
TO君のことは気になりながら、妻のことも気にしながら、「(TO君は)まぁ、大丈夫だろう」ということと、うちの職場の参加人数が6人しかおらず、他の職場から3人の助っ人を呼んでの出場ということで、直前のキャンセルは迷惑かけるよなぁということで、朝もはよから乗り合わせて県庁所在地にあるグランドまで行ってきました(片道1時間半かかります。毎年あるのですが、正直言って、休みの日をつぶし、遠くまで行ってしたくないと思っています。人数もいないのだから出場辞退すればいいのに!)。

しかし、今度は…、日頃運動不足がたたってか、私の足がつった(?) もしくは軽い肉離れ状態(?)になってしまいました。あぁ、情けないったらありゃしない。
帰って来て、近くのドラッグストアに行き、湿布とサポーター買ってきてしています。
歩くのは、少しかばいながらでも、それほどでもないのですが、じっとしていた後に動き出すのがとても痛いです。

妻の骨折→TO君の頭→私の足 と続いたら、今度はKO君でしょうか? KO君はどこを? 不吉です。
あいつも、スーパーボールみたいに跳ねまくって、あちこちぶつける奴なんです。何にないところでよくこけるし、心配です。
今から、「気をつけろよ!」と注意しているところです。

しかし、不注意、不摂生には気をつけなければいきません。
そして妻の不満…、「私が骨折してまだ治ってなくて、みんなに労ってもらわないといけないのに、何で今度はあんた達はけがしてくんのよー!、ゆっくりできないじゃない!」と言ってます。
そういう運命なんでしょうねぇ。治ったらまた手伝いますから、許してください。

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2008年10月22日 (水)

儀式(2)…父の願い?

TO君は、幼稚園の時もでしたけど、小学校に入学してからも、妻と毎朝決まった儀式を行ってからでないと、一人で教室には入っていけないようです。
決まったことが好き、逆に決まったことをしないと不安…、このタイプの子に、このような行動は特徴的なことなのだと思います。

それはそうなんですけど、TO君の長所(?、時として短所だけど…)に、「何でも忘れっぽい」というところがあります。

そりゃ、しなきゃいけないことをよく忘れるとか、忘れ物が多いとか、物を置いてた場所をすぐ忘れるとか(それでよくパニってますから)、そういうところは短所と言えば短所なのですが、
「しなくても良い」こと、「こだわり」になっているようなことでも、「忘れっぽい」というのは、長所と言えるかもしれません。
調子の良い時なのか? どうなのかはわかりませんが、いつもの儀式を執り行うこともなく、すうっと教室に入ってしまうこともあるようで、後で思い出してパニックになることもなく、その日は平然と1日を過ごせるという日もあるようです。
それを繰り返していくことで、この儀式がなくなればいいとは思います。


このような妻との儀式は、妻が学校まで送りに行っているので、教室に入る直前なのですが、一方で、自宅で行う お父さんとの儀式があります。

KO君とは、
「バイバイ・タッチ、いってらっしゃい・タッチ」
と言いながらハイタッチをして、「頑張ってねぇ」と送り出すだけで済みます。
KO君の場合、これは絶対にしなくちゃならないわけではなくて、下記のTO君がやってるから、自分もついでにやろうかなぁ~くらいのものです。現に、私がバタバタしていたり、トイレにこもっていたりすると、さっさと登校の準備をして、私にあいさつすることもなく行ってしまいます(←それはそれで、私としては少し寂しい…)。

しかし、TO君はひと味違います。
「バイバイ・タッチ、いってらっしゃい・タッチ」
をした後に、「お父さんに抱っこ & しばし抱擁…」という行為が追加されます。

そして、TO君は私(お父さん)の肩に顔を伏せ…、毎朝次のように私の耳元でささやくのです。

「ずっと、こうしていた~い。」(超ー甘~いお声です)

…まるで、遠距離恋愛の恋人同士が久しぶりに会って、また今度いつ会えるかと別れを惜しんでいる時のようです。ここ数年、妻とも、他の女性とも(←あってたまるか!?)やったことのない行為です。


私が毎朝、TO君を抱きながら考えることは…、
「TO君がこのままずっと、歳をとらないで、同じくらいの体格で、私(お父さん)がいつまでも抱っこして抱擁できるくらいであればいいんだけど…。」
「(ずっと、こうしていた~い)じゃなくて、ずっとこのままの状態でいてくれたら…。」

でもねぇ。そんなこと考えても無駄だってことはわかっています。1年1年、TO君の身体は大きくなっていきます。もうじき、抱っこなんてとてもできない体格になるでしょう。小学校の高学年、中学生…、そうこうしてたらすぐに、大人の男の身体と変わらないようになっていきます。
身体だけではありません。同年齢の子供…うちには双子の兄・KO君もいますけど、精神的にもみんな成長していきます。いつまでも親にゴロゴロ甘えている時期は、あと少しなんだろうなぁと思います。

周囲が体格的にも精神的にも成長する頃に、TO君だけいつまでも私(お父さん)に甘えている状態にはしたらいけないのだろうなぁとは思っています。もちろん、いつまでもTO君の理解者ではいたいし、精神的支えという存在ではいたいと思いますが…。

しかし、今は、この儀式を執り行うことで、安定して登校できているようです。
妻の話によると、私が出張でいない時や、朝バタバタして儀式が出来なかった時は、どうも登校してからの教室への入り方が、調子が悪いというのです。
朝忙しい時に何回か、「今日はもういいね。」と言って、儀式なしで学校に行かせたことがあるのです。そうすると、どうも不安がっていることが多いということなのです。
それで、「朝の儀式はちゃんと行うこと…」という、妻からのお達しが出てしまいました(調子の悪いTO君を相手をし、とばっちりがくるのは妻ですからね)。

TO君は、この朝の儀式以外にも、よくお父さんにベタベタくっついてくることが多いのです。私が心配していることにもう一つ、こういうことが、将来、妙な方向に向かわなければいいなぁと思っています。
つまり、このせいで、TO君が「太った男しか愛せない」とかなったら嫌だなぁ…と思います。
事実、今でも、特別支援級の担任の先生も男ですが甘えてます(ただし、この先生は太ってはいませんが)。スイミングスクールのコーチもやはり男で、水泳しているだけあってしまってはいますが、結構お腹の出ているタイプの方で、そのコーチにもかなり甘えています。先日、1回だけ女のコーチだったらしいのですが、その時は甘えてなかったらしいんですよ(まぁ、慣れもあるとは思いますが…)。

しかし、それだけは、どうかどうか勘弁してくださいよ。振られて結婚できなくてもいいから、ちゃんと女性を愛するようになってくださいねぇ~。お父さんからのお願いでした。

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