2010年12月26日 (日)

“甘え”になる前に

早いものです。年が明ければ3年生最後の学期となり、4月には4年生、何ともう小学校後半戦に突入してしまいます。

妻の blog にあるとおり、24日はTO君のケース会議に臨んで来ました。
気合いだけは入れて臨みましたが、これまでだったら話す内容のメモを作ったりと準備万端で行ってたのに、この日は前日に妻と打ち合わせをし、妻がノートに数行のメモをしていっただけ。私達もこのケース会議に“場慣れ”してきたのでしょうか?!
学校側の出席者は、今回は支援級の担任と交流学級の担任のお二人、いつもは校長・教頭先生も出席して下さるのですが、ご出張だったのか、休日の谷間でお休みを取られていたのか? まぁ今回は、担任の先生お二人とざっくばらんに話が出来ました。

“就学前の”ケース会議から、学校側には私達の意向はお伝えしてきたつもりですが…、
私達の期待・希望としては、TO君には小学校の高学年のうちに支援級を卒業してもらい、通常学級のまま中学校入学を迎えてもらいたいと考えています。
理由には、TO君は療育手帳を持っていない、持つことができない(手段によれば可能かもしれませんが…)。…ということは、将来、高等学校は通常のお子さんと同じところに進学することになると思います(もちろん、受験をパスすることができれば…ですけど)。そして中学校もです。今は、中学校に支援級が存在しますが、少なくともTO君が小学4年生に進級した時に、中学1年生に在籍者がいなければ、TO君が中学1年入学時に支援級を継続してもらえるという可能性もなくなります。現状ではそれも難しい、おそらくTO君が中学入学する以前に、中学校の支援級は在籍者がいなくなり閉級してしまう可能性が“大”なのです。
とにもかくにも、TO君はいつか、障害は持ちつつも“普通の人”と同じように、この社会で仕事をし、生活をしていかなければならない。だから、そのために、今、どのように小学校生活を送ることが最善なのか、学校の先生方をはじめ支援者の先生方とともに、親の責任において導いていかないといけないと考えています。

3年生でのTO君は確実に成長をしていると感じています。それは運動会や表現集会などを見ているとわかります。これまでいつもと違う行事ごと等に不安がっていたTO君とは別人のように落ち着いて、みんなと一緒の活動ができています。そういう姿を見てて、私達も評価をしていたので、4年生からは支援級を完全に卒業するわけではないけれども、交流学級主体でいけるのではないだろうか…という気持ちになっていました。

しかし、参観日の時に妻が支援級の担任に話を聞いてくると、「TO君は頑張っています。でも、情緒的に課題がある場面もまだあるし、支援級での授業をなくすのはまだ難しいのではないか。支援級での時間がクールダウンになっている。云々…」とのこと。

う~ん。これはちょっとまずい。
…というのも、最近、TO君が学校であった、マイナスの出来事を家で話さなくなってきているのです。下校途中にKO君には話しているみたいですが、KO君に話したことで消化しているのか、帰宅してKO君がTO君に「お母さんに話さなくていいの?」と言っても、「うん、もういい。」という感じで話さないことがあるのだそうです。プラスのことはいっぱい話してくれるそうですが…。これも一つの成長ではあると思って、妻も必要以上には聴かないようにしているのですが、だからこそ、先生方からのフィードバックが不可欠なのです。

就学時からずっと先生方にはお願いしてきたことですが、TO君に学校であった不適応な行動・言動等は「連絡帳」を通じて、家庭にフィードバックして下さるようお願いをしてきました。そうすれば、家庭でもTO君に対し、何らかの療育的な支援ができるからです。
しかし、これもTO君の成長と言えば成長ですが、先生に「これは連絡帳に書かないで」とお願いすることもあるようで、どうも伝わってきてない情報もあるようなのです。

念のため、全ての先生方の対応を非難しようとしているわけではありません。先生方は、TO君の頑張りを認めて下さっており、その中で、TO君の特性も理解し、日々の学校生活でのTO君への対応を気を使ってしていただいていることも、今回のケース会議でよくわかりました。ありがたいことです。私達も全てを知らなければならないと思っているわけではありません。そんなことは無理な話です。ただやはり、TO君のような子供は、通常のお子さんと違って、「自然の成長」だけを待っていれば成長するわけではない(それはKO君を見てればわかります)、支援する側がタイミング良く教えて、経験と共に、「適正な行動・言動」がとれるような“引き出し”を出来るだけ多く作ってあげる必要があると思います。

お友達との関係でも、2年生の時までは、やはり少しは友達の方がTO君に遠慮したり、優しくしてくれていたところがあったようですが、3年生になり、良い意味でみんながTO君を「特別扱い」せず、「対等である」存在として接してくれているようです。先生方としては、だからこそ、TO君はその中で頑張っているので、全く支援級での生活をなくすのは厳しいのではないか?…ということのようでした。

今回のケース会議、時間も短かく、話し足りないこともあったのですが、私達の想いは伝えたつもりです。上記に書いた「私達の将来への期待」に導くために(もちろんTO君に無理強いにならないように…)、今、支援級をどう使っていくか、情緒面をどう育てていくかなどについて、先生にご理解とお願いをしてきたつもりです。
支援級の存在が、TO君にとって“心強い”存在ではあって良いと思いますが、決して“甘え”の場所になってはならないと思っています。

先生方からも、また、支援級・交流学級の先生方の間で話し合って、TO君の支援級と交流学級の使い方を話し合って、後日、私達に相談して下さると言っていただきました。また、情報のフィードバックについても再度、お願いをしてきました。
3学期に入ってどのような対応をして下さるかはわかりませんが、私達の意図を汲んで下さることを期待して待ちたいと思います。

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2010年9月30日 (木)

告知・カミングアウト…とりあえず今思うこと

前記事と同じ勉強会でのことです。

あるお母さんが、娘さんの虫歯治療に悩んだ末、支援者の方に紹介された歯科医院での出来事を話されました。

その歯科医院の先生は、特にそのお母さんがお願いしたわけでもないのに、娘さんが肌身離さず持ち歩いているお気に入りの人形を、

「ちょっとお借りしていいですか?」

…と言って借りた後、30分くらいして戻って来られたら、その人形を使った虫歯治療のスケジュールを作ってくれたんだそうです。

先生は、その人形を娘さんに見立て写真を撮り、ラミネート加工までして、虫歯治療の段取りを書き込んで、とてもわかりやすい視覚支援スケジュールを作ってくれたのです。

「こういうお子さんには、こういうのが有効なんですよね。」…と先生。

お母さんはとても感激されたそうです。そして無事、娘さんは虫歯治療を終えることができたんだそうです。

実際、そのスケジュールを勉強会に持って来られていて見せていただきましたが、本当にわかりやすかったです。

○○ちゃん、いすにすわろうね。
 ↓
うしろにゴローンするね。
 ↓
いまから、コロコロするね。たのしみワクワク。(=歯のそうじのこと)
 ↓
そうじきでお水をとります。お水が出るよ。
 ↓
うがいしましょうね。ぐじゅぐじゅペー。
 ↓
ねんどつめたら終わりだよ。

…といった具合。

それで、そのお母さんの提案は…、
障害を持つ子供をいろいろな診療科に連れていくのは一苦労。理解を得られないことが多いし、どこに連れて行っていいかわからない。
だから、この勉強会にその歯科医の先生をお呼びして、何がきっかけでこの障害に対する理解を深められたのか、どうやって勉強されたのかなど伺うことができたら…そしてその理解を広げていけたら…というものでした。

基本的にこの提案には大賛成です。
精神科医でもなく、まして小児科医でもない歯科医の先生が、ここまでこの障害に理解があり、一人の子供のためにスケジュールを作ってくれるなんて、すごい驚きです。

しかし…、
うちにとっての驚きは、それだけではありませんでした。
なんと、その先生のご自宅は、うちのめちゃ近所、なおかつ、先生のお子様は、KO君・TO君と同級生なのでありました。

これはちょっと…、いやかなり微妙です。


ここで、記事名の「告知・カミングアウト…とりあえず今思うこと」につながるのですが…、

うちのTO君は、まだカミングアウトしていません。本人にすらはっきりとは告知していません。

おそらく、同級生のご家庭では、「TO君には何かあるから支援級に在籍しているんだろう。」と、うすうすは思っていらっしゃるでしょうが、障害名等をこれから先も含め、積極的にカミングアウトする気はありません。できれば、そんなことをすることもなく、学校生活を送ることができればと期待をしています。

それに、TO君には知的な遅れがあるわけではないので、本人自身が知らないことを、TO君に関わる支援者以外の無関係な他人に先に知らせるべきではないと考えています。
例え、カミングアウトすることになったとしても「障害名」だけが一人歩きするようなカミングアウトはしない方が良いと思っています。

以前、この勉強会でも言ったことがあるのですが、障害名が伝わった時に、それを本当に理解している方が、当事者と直接関わる者(当事者が子供の場合なら、そのお友達)に説明し、わからないことがあったらまた再度説明できる…そんな体制があれば、まだ良いと思いますが、子供達に伝えた場合、「障害名」だけがその子供達の親に伝わることになると思います。基本的に普通の親は、発達障害について無知だと思います。まして「自閉症」と聞いたら、「自分の殻に閉じこもり、他人とコミュニケーションがとれない人」と理解してしまうだろうし、そして子供にどんな“適当な”説明をするかはわかりません。もちろんそういう親を非難しようとしているわけではなく、自分も含めて、もしこの障害のことを知らなければ、そういう理解しかしていないと考えるからです。

とりあえず、現状では、TO君はお友達からありのままを受け入れられています。「TO君は不安が強く初めてのことが苦手。うるさい音や声に敏感で、それで算数は集中できないから支援学級で勉強している。でも、絵が上手で、みんなと仲良くしたい。」…今はそれでいいと思っています。これから先も、お友達に「ちょっと変わってるけど、TO君はおもしろいよね。」…そういう理解のされ方をされたいと願っています。そのように育つように支援していきたいと考えています。

一方、告知の方は、いつかタイミングを見計らってする必要性はあるのだろうと考えています。ただ今のところ、TO君本人が全く自覚してないんですよねぇ(笑)。KO君の方が、「発達障害って、TO君のことでしょ。」とか(TO君にも聞こえるように)言ってくるので冷や汗ものです。タイミングとしては、TO君自身が、KO君や他のお友達と自分との“違い”に気付いた時かなぁとは思っていますが、のんびり屋のTO君にそれもあるのかどうか…。
かかりつけの精神科医の先生には「『適度な自閉』が良い方向で出てるんでしょうねぇ。」と言われてます。

とりあえず、今は、告知やカミングアウトについては、こんなふうに考えています。また、年齢が上がったりしたら変わらざるを得ないところはあるのかもしれませんが…。

TO君の将来像を見極めながら、支援者の方々のお知恵を借りながら、目標に向かって育てていければと想う日々です。

それで前半の話に戻りますが…、
この歯科医の先生をこの勉強会にお呼びする企画…是非、実現することを願っています。
ですが、私たちは上記の理由により、参加はできかねます。
それでも、この勉強会でやる意義は充分にあると思っています。

是非実現して、できれば誰か結果を復命して下さるとうれしいなぁと思います(←うわー、勝手ですね。申し訳ない m(_ _)m)。

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2010年9月18日 (土)

「愛情」という言葉で片づけないで

月1回参加している勉強会で、少し気持ちが「ざわめく」ことがありました。

この勉強会のことは、何度か blog に書いていると思うけど、いわゆる「親の会」のように、障害を持つ子の親だけが集まっている会ではなく、福祉や保育、教育関係の支援者も集い(…と言うか、支援者が主導で立ち上げたもの)、「発達障害」について共に勉強しようという会です。

その勉強会で、今回、私が気になってしまった発言をされた方がいました。
その方にとって、その言葉はそれほど人の気に障るほどの言葉になるとは思ってなかっただろうし、普通に使用する言葉だと思って使われたのだと思います。

私もいつもならスルー(聞き流し)してたかもしれません。


話の筋を書き出すと長くなるので、要はその方が、

(障害を持つ子供を育てるのに親は…)
「先のことを考えるのではなく、今、その時を“愛情”をもって育てればいいのではないでしょうか。」

…みたいな発言されたことに、私の気持ちはざわめいたのです。
その「愛情をもって…」という言葉に違和感というか、どちらかと言うと…、

「その言葉を使うな~!」
…という、“憤り”に近い気持ちを抱いてしまいました。


それは…、

最近、この勉強会の始まりは、参加者各自の近況報告を含めたフリートークから始まることになっており、その時に…、

あるお母さんが、小学校の高学年になる息子さんのことで、「クラスのお友達と問題がありお友達の親に謝罪に行ったら、『愛情が足りない』などと30分間くらい説教され、その時は子供のためにと耐えたけど、その帰りには脱力して悲しんだ。」という話をされたこと。

また、初めてこの会に参加したという若いお父さんが、今回参加した理由を、「就学前の子供のためでもあるけど、自分もイライラすることがあり、自分のためにも来てみた。」という話をされたこと。

更に、この発言された方は、自分の息子さんが障害を持っているということではあったものの、教育関係者でもあったこと。

そして、今回、私がこの会の進行担当者だったこと。


そのようなことから、つい一言、言ってしまいました。
(…あ~、また言ってしまった。また今晩眠れなくなるよ。…いつも勉強会の夜は自分の発言が人を傷つけてないか、言い過ぎてないかなどと反省して、興奮して眠れなくなります。)


息子さんがお友達と上手くいかなかったと言うお母さんは、よそのお母さんに「愛情が足りない」と罵倒されたんです。

就学前のお子さんをお持ちのお父さんは、子育てをする中で、子供への愛情と、子供への接し方、障害に対する受容、これからの対処・進路等に悩み、自分の気持ちも整理できてない頃だと思います。

ただでさえ、発達障害を持つ子の親は、自分の子供の育て方が悪いのかなど、子への“愛情”を他人からだけでなく、自ら責めている場合が多いというのに…、また、ついさっき、そんな話をされた方がいるというのに、「“愛情”があれば…」などと、よく言えるなぁと配慮の無さに“憤り”を感じてしまいました。


その方も、障害を持つお子さんがいるのでしょう? どんなあふれんばかりの“愛情”で子育てされたんでしょうか?

子を持つ親に、表現の仕方はまちまちでも、子供に“愛情”を持っていない親なんて、ほとんどいないはずです。

それもこの方、一応、教育者でしょ。
まさか、何か問題のあるお子さんをお持ちの親に向かって、「“愛情”が足りないんじゃないですか。」なんて、言ってないでしょうねぇ。

“愛情”があれば、発達障害の子供を上手く育てることができるんでしょうか?

その“愛情”ってどんな“愛情”でしょうか?
「何でもかんでも受容できる」…ような“愛情”でしょうか?

逆に、発達障害を持つ子供を上手く育てられていない親には、子供に対する“愛情”が足りないのでしょうか?

私はそうは思いません。
発達障害を持つ子供を上手く育てるためには、その子の特性(得手・不得手、長所・短所、強み・弱いところ)をよく親が理解し、勉強し、その子に何が必要か支援のしどころをよく考えて、過不足なく、「丁寧な子育て」をしていくことが必要だと思います。そのためには知識と技術が必要なのです。そのために努力することは必要だと思います。決して、“愛情”だけでは育てられないと思います。
この努力を“愛情”だと言うのなら賛成しますが、そうでないのなら賛同しかねます。
だから、簡単に「“愛情”があれば…」などと言って欲しくないのです。

この会に初めて来られた親御さんが、「自分の子供に対する“愛情”が足りないのかなぁ…って悩みました。」
…という発言を耳にすることはよくありますけど、

まさか、親の気持ちをわかっているだろう、そして教育者でもある方から、このような言葉を聞くとは思いませんでした。

「愛情があれば」…、子育てに悩む親にとって、酷な言葉のように思います。

それともう一つ、「先のことはあまり考えずに…」もちょっとムカッときました。
先のことをある程度想定して、もちろん、その子供の成長具合にもよりますが、どのような子供→少年・少女→青年→大人になって欲しいか考えて、今の時期に何を教えるべきか、どんなスキルを修得させるべきか、どんな手を打つべきか考えて支援を実行することは、重要なことだと思います。

そういうことが、特に、発達障害を持つ子供の子育てをする上での、本当の“愛情”ではないのでしょうか?

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2010年4月 2日 (金)

世界自閉症啓発デー

4月2日は、「世界自閉症啓発デー(World Autism Awareness Day)」と国連で制定されています。

また、日本では、4月2日から8日までの1週間を、「発達障害啓発週間」とし、自閉症を含む発達障害全体の啓発を行っています。

「世界自閉症啓発デー」の日本実行委員会〈公式サイト〉は、次のurlをご参照下さい。
http://www.worldautismawarenessday.jp/htdocs/

今回の「世界自閉症啓発デー」を前に、自閉症の研究などへの支援活動をされている、故ジョン・レノンさんの妻で芸術家のオノ・ヨーコさんが、国際的な支援団体「オーティズム・スピークス」から初代の啓発大使に任命されたそうです。

今朝のNHKニュースでも、「発達障害」が取り上げられていました。

これからも、正しく理解されるための啓発活動が進むことを望みます。
そして、私たち個人や地域でできることも継続しなければならないですね。

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2010年3月15日 (月)

映画「ぼくはうみがみたくなりました」

私が参加している発達障害・勉強会の主催で、映画「ぼくはうみがみたくなりました」の上映会を行います。日時は、3月22日(土)、午前10時開演です。

…と、blog 上で広報しても、自分がどこの某か公表していないので、何の宣伝にもならないかな?

でも、自閉症をテーマにした映画の存在がある、それがこうして日本全国のどこかで上映されていることの事実を、小さな小さな blog でも公表することも大切だと思います。

映画の内容等は、次のURLをご参照下さい。
http://bokuumi.com/
http://homepage2.nifty.com/bokuumi/

そしてこの映画の宣伝とともに…、
◎4月2日は「世界自閉症啓発デイ」です。
◎4月2日~8日は「発達障害啓発週間」です。

最近、ホントに忙しく、勉強会のある日に出張が入っていたり、その前後に研究発表会等が入っていたりして、ほとんど勉強会に参加していません。
この勉強会では、毎年、専門家の方の講演会等を企画・実行しているのですが、今回は当初、この「発達障害啓発週間」に合わせて何か企画するというお話でした。
今回は、勉強会に参加してなかったので、何をするのか全くわからない状況だったのですが、勉強会の中心メンバーであるHI氏からメールをいただき、この映画上映会のことを知りました。

それで、チケットのことなどを、同じく中心メンバーであるKA氏に連絡とらなくてはいけなかったんですけど、毎日バタバタしてて連絡をとれないでいましたが、あるところでばったりお会いすることができまして、チラシとチケットをお預かりすることができました。

とりあえず、私の方は、職場内+研究補助員に回覧、それから職場の近くの保育所、幼稚園、小学校へお願いをして回りました。保育所、幼稚園にはうちの双子達も通っていたので、先生方が、特にTO君のことを「どうしてますか~」と聴いて下さいました。それだけ、TO君の印象が強烈だったということでしょうかね?
あと、役場の保健管理センターの保育士さんにもお願いをしてきました。

それから、先週、労働組合支部の学習会がありましたので、会終了後に映画上演のご紹介をさせてもらい、また、各職場でチラシの回覧をしていただけたらうれしい…とお願いをしてきました。

この学習会の講師は組合本部の方だったのすが、ご本人は何が原因かはわかりませんが、足に障害をお持ちのようで、以前から松葉杖を使っている方です。

私の映画の紹介は、ほとんどプライベート的なものだからと思い、簡単な紹介程度で済ませたのですが、私が話した後に、その方が「障害」についてフォロー的な話をして下さいました。

後で二人でお話をさせていただきましたが、その方の息子さんもADHDがあるということでした。ですから、フォローもとても的を得たものだったのですね。私が伝えたかったことも含めてお話していただけました。本当にありがたかったです。

私のできる範囲で広報活動しているつもりですが、チケット購入等のお問い合わせはまったくです(力不足で申し訳ないです)。まぁ、身近にこのような障害をお持ちの方がいなければ、通常、あまり関心はないでしょうからね。私だってTO君になければ全く関心はなかったでしょうし…。
でも、その境遇に立ったからこそ、知ったからこそ、伝えられること、伝えなければならないことがあるのだと思います。私のできることなどたかがしれてますが、微力ながら頑張って広報したいと思っています。

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2008年10月 9日 (木)

「輪の中」に入れたら…そして医師の役割

いつでしたかね? もうだいぶん前のことですねぇ。
まだ、夏真っ盛りの時期、今年2回目の福祉作業所・『○め○ま○』さん企画の勉強会に参加してきました。
参加した後、この記事を途中まで書いてたんですけど、自分でも何が書きたいのかよくわからなくなって、そして仕事も忙しくなったもんだから、しばらくそのままになってしまっていました。


講師の先生は、私達が住んでいる□□市から秘境の▽▽村まで、とても広域に渡って「発達障害」に関わる療育支援コーディネーターをされている H先生です。
私も参加している月1回開催の勉強会の立ち上げからのメンバーでもあります。
とても腰の低い温厚な方で、この方が怒ることがあるのだろうか?と思うくらいのお方です。←すぐ激高する私なんかは見習わなくてはなりません…(;^_^A 反省。

『○め○ま○』さんスタッフからの講師紹介でも、「お仕事でおつき合いをさせていただくようになって10年程ですが、H先生が声を荒げたのを聞いたことがないです。」とおっしゃっていました。確かにH先生が声を荒げる姿は想像できないです。でも、こういう方が怒ったら実は怖いんですよねぇ。違いますかぁ?←昔は私もそう言われてたんだけどなぁ。普通は年とるたびに温厚になりそうなもんだけど、私の場合、年とるたびに怒りっぽくなっているような気がします…再び(;^_^A 反省。


演題は、『発達障害へのアプローチ それぞれの立場から考えること』。

H先生が受けている相談事例を取り上げながら、乳幼児期・学童期の支援の重要性をお話していただきました。また、併せて、学校卒業後の支援=社会の受け皿について、そして、社会生活を営む上でのスキルについて、わかりやすくお話をしていただけました。

H先生の温厚なお人柄、話しぶりに隠れてしまっているのだと想像しますが、さまざまな困難事例を抱えていらっしゃるのだと思います。一つ一つの事例にH先生が、穏やかにそれでいて諦めずに対応していらっしゃるのだと思います。それでも、特に強調されていたことは、できるだけ早い時期においての障害への気付きと支援の重要性を訴えられていたのだと思います。

その中でも、H先生をはじめ、私も参加させていただいている勉強会の支援者の誰か一人にでも出会えた当事者、保護者の方々は…、そうこの支援の「輪の中」に入ることができた方々は、幸せなのだと思いました。
本当に私達が知り合った支援者の方々は、親身になってお話を聴いていただけます。


ご講演の最後、「何か先生にご質問は?」と言うことで、私も何か質問しようかなぁと考えていたのです。
その間に、私の隣の席の方(学校の先生)が、質問されました。
その質問も聴いとかなきゃなぁと思ってはいたのですが、何だか次に指名されるような予感がして、質問を一生懸命考えていたんですよ。
そしたら、私に「他にありませんか?」というフリではなく、その学校の先生の質問に対して、H先生から「どんなですか?」っていうフリで聴かれたもんだから、正直、私、何の話だったのか全く理解をしていませんでした。
それで、おそらく、トンチンカンな返答と質問のようなことをしてしまったと思うのですが、H先生、たいへん失礼をいたしました。


それで、結局私は何を質問したかったのかと、もう一度考えてみると…、
私は、H先生をはじめとする支援者が主宰してくださっている勉強会など、何某かその支援の「輪の中」に入ることができた当事者や家族は、いろんな問題は抱えておられても、やはりそれは幸せなことではないだろうかと思うのです。
しかし、H先生もご講演の中で強調されていたと思うのですが、「乳幼児期・学童期の支援の重要性」、「できるだけ早い時期においての障害への気付き」が必要・重要なのだと思います。
その気付きの段階の時に…、
保護者なのか、保育士さんなのか、あるいは幼稚園・小学校、中学校の先生なのかはわかりませんが、“誰か”がその子供に“何か”、“違和感”を感じた時、気付けた時に、“誰に”、“どこに”相談するのがいいのでしょうか?
…ということだったのだと思います。

例えば、保護者、特に母親は乳・幼児期に一日中子供の相手をしています。上に「きょうだい児」でもいれば、何かの不安を感じているかもしれません。 【その時に…】
もし、保護者が気付けなくても、乳・幼児期から保育所や幼稚園で、数多くの同年代の子供達を見ていて問題意識のある保育士さん、幼稚園の先生は気付いているはずです。 【その時に…】
そこを通り抜けたとしても、やはり発達障害について勉強され、理解を深められている小学校や中学校の先生は、その“違い”を見抜いてくれるはずだと思うのです。

しかし、その保育士さん、幼稚園や学校の先生達は、自分たちでその子の障害を診断することはできない。“何か”あるのでは?と気付けたとしても、そういう判断はできない。
別に診断名をつけなければならないわけではありませんが、その子のパニックや不適切な言動・行動などが、その子のわがままだとか親の躾、家庭環境などの問題ではなく、別の何かもっと根っこにある“困り感”に根付いているものだと理解し対処するために、その子の“特性”はきちんと“知る”べきだと思うのです。

じゃぁ、“その時に”に“誰が”必要なのか?
私は、やはり、「医師」だと思うのです。
障害の有無を診断することができるのは医師のみです。私達が受診をしたある病院でも、検査をしたのは心理士の先生でしたが、その結果を元に「広汎性発達障害です」と診断を下したのは医師でした。

もちろん、ただ、「診断を下せばいい」、そういう医師がいればいいと言っているわけではありません。
私達がTO君の主治医として、TO君への「告知」を相談した医師は、親身になって相談にのってくれました。
本当にいろんな話を聴いてくださり、その主治医とお話をしていると、本当に気持ちが軽くなる想いがしました。


『○め○ま○』さん企画の勉強会の講演終了後、引っ越し前にKO君、TO君がT幼稚園・年中時にお世話になったK先生と、会場の出口で30分ほど語り合いました。
K先生も、私の(支離滅裂だった?)質問に賛同してくださっていたようで、その必要性、重要性を感じていらっしゃいました。

先生方も、今までの経験から「この子はちょっと…」という気付きがあるのです。しかし、それをどう保護者に伝えて良いかわからないし、また、「専門家に診てもらった方が良い」と思っていても、どこに相談して良いのかわからないというのです。その情報がきちんとあれば…ということでした。


mixi のコミュニティのトピックスでも、「某地域の専門病院についての情報を求む」ような記事が掲載されていました。
特に地方では、専門病院、専門医師の不足という問題が大きいと思います。

先ほどから「輪の中」に入れたら幸せだと書きましたが、その「輪の中」にはちゃんと専門病院、専門医師がきちんと役割を果たして入って欲しいと願います。
私達家族の最初の相談窓口は児童相談所でした。児童相談所でも病院と同じように聴き取りと発達検査をしましたが、「どちらかというと正常です」という曖昧な結果でした。もし、あの時、この言葉を信じ込んでいたら…、とても恐ろしいことになっていただろうと思うのです。


「鬱(うつ)は心の風邪」というような言い方をします。以前、「気軽に医師に相談しましょう」みたいなCMが流れていたような記憶があります。
「発達障害」…おそらく、かなりの割合の人が持ち合わせている、もしくはグレーゾーンと呼ばれる範疇にいるような人を含めれば、相当数の人が何らかの“発達障害的な特性”をお持ちだと、私は思いますが、「発達障害」も「鬱(うつ)」と同じように気軽に相談できる(まだできてないのかもしれませんが)医療体制になるべきと思います。

次のようなことは、もっと詳細に調べてから書く必要があるのでしょうが、あくまで個人的な考えということで…、
「発達障害」と診断された方の中で、特性に合わせた支援が受けられなかった時の二次障害として「鬱(うつ)病」など精神疾患になってしまうことがあります。もしかしたら、現在、鬱病とされている人達の中には未診断の方がおられるのかもしれません。
それと、鬱病の相談窓口としては、「精神科」とか「心療内科」とかいう名称で診療科がありますが、「精神」って何なのでしょう、「心」って何なのでしょう? これらは全て「脳の機能障害」に起因する問題なのではないのかなぁと思うのですが、私の認識は間違っているでしょうか? 「精神科」や「心療内科」という診療科名自体、何かよくわからないものにしてしまっているような気がしてなりません。

いずれにしても、この「発達障害」を専門とする病院および医師の数が増えることを切に望みます。
この「発達障害」というものにきちんと向き合うことができれば、この社会が抱えている多くの問題も解決できると考えるのは、これも間違いでしょうかね?


ところで、話は変わりますが…、『○め○ま○』さん!
?回目かの勉強会に、この私に話をしてくれ…というのは悪い冗談ですよね。
1回目の特別支援学校のM先生、今回の療育支援コーディネーターのH先生、そして次回は特別支援学校のY先生と、素晴らしい支援者の方々がご講演されるこの勉強会に、何の肩書きも、実績も、理論も持ち得ない、全くのド素人…ただの保護者である私に話をしてっていうのは、う~ん、ちょっと困ってしまいます。勉強会に来られる方々にお話できることは何一つ持ち合わせていませんもんね。

もし、いつか…ですよ。遠い将来に可能性があるとすれば…。
うちのTO君を、私達夫婦の『最大の目標である納税者』に育て上げることができた時には…、少しは何か皆さんにお役に立つようなお話ができるのかなぁと…、いつか、そういう日がくればいいなぁと思ってはいます。
今はとてもとても、そんな勇気も確固たる自信も何もありません。
丁重にご辞退申し上げたいと思います。次のY先生のご講演、楽しみにしていますので、またご案内よろしくお願いします。

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2008年4月 1日 (火)

妻の無念

もう2ヶ月くらい前のことになりますが、支援センター主催のセミナーがありましたので参加しました。

講師は、「それいゆ相談センター」の服巻(はらまき)智子氏です。
私が時々視聴している「プロフェッショナル 仕事の流儀」にも出演されていましたし、この分野ではとても有名な方なので皆さんご存じのことでしょう。

会場までの公共交通機関で事故があり(服巻氏が乗っていたわけではありません)、講演開始時間が遅れるというハプニングもありました。
しかし、服巻氏は、講演冒頭からこのことについて、「こういう時に定型の方は何ともありません。私なんかは、この遅れをどうやって修復して、講演を行おうかとワクワクします。でも、発達障害をお持ちの方は、物事が予定どおり進まないと不安になったり、パニックになったりするのです。」と言って始められました。

講演内容について、詳細を blog に記載することはできませんが、私が日々感じている疑問、訴えたいことについて、全て語ってくれたような気がします。
やはり、専門家それも著名な方のお話なら説得力があります。

例えば…、
日本は国際的に、「発達障害」の分野で法的にも遅れていること。
そのために、行政的支援を受けられなかった人がいること。
生まれた国によって支援が違えば、この国に生まれて良かったと思えるか? etc.
↑2ヶ月も前のことなので、服巻氏がおっしゃったことと多少ニュアンスが違っているかもしれませんがご了承を…。

そして、「発達障害が大きく影響しているグループの人たち」として、次のような項目がレジュメに挙げられていました。

「幼児/児童虐待」
「不登校」
「切れやすい子どもたち」
「学習の不振」
「ひきこもり」
「反社会的行動」
「家庭内暴力」
「NEET」
「精神科疾患」
「二次障害」
「ごみ屋敷などご近所迷惑さんたち」

本当にそのとおりだと思います。そして、これらは、全て、「わけわからない」とか「とても理解できない」と言わんばかりに、マスコミで騒がれたり、おもしろおかしく報道されたり、とても無責任にコメンティナーや評論家の発言があったりするものばかりです(←これは私の意見です)。

服巻氏は、これら現代社会の問題に対して、「成人期にどういう大人でいてほしいか?」と訴えていたように思います。そして、犯罪に関しても「95%は健常な人が犯している。しかし、残り5%、発達障害を持った人が犯罪を犯した事例は、社会的にとてもセンセーショナルなものとなる。」とした上で、発達障害を持つ人を「大人が注意深く見守り」、「幼い頃より、発達障害対応で丁寧に育て」、「うまく育てさえすれば誰よりも立派な社会人になる」と語ってくださったように思います。
→だからこそ、今だけではない(もちろん今も大事だけど…)、学校生活だけが上手くいくような育て方をしてはいけないと私達は考えています。やはり、将来の最低限の目標は、「TO君を犯罪者にしたくない」のです。

「支援の基本」として、「本人側の論理を理解」した上で、「辛抱強く、ユーモアをもって、明るく暖かく」、「叱らないで、禁止を教える」 etc.
会場からの「感情のコントロールをどうしたらいいか?」という問いに、「本人の“感情のコントロール”を話す前に、支援者側の“感情のコントロール”ができていなければならない。決して声を荒げず、“声色のコントロール”をして臨まなければならない。」とおっしゃっていました。

レジュメの量はかなり多く、全てについてお話していただけたわけではありませんが、後で読んだだけでも、その一つ一つの項目に納得がいくものばかりです。
また、「ソーシャルストリー」や「対人関係指導」「進学」「就労」「性問題」などについて、実際の支援でも使っているし、参考になる書籍ということで紹介もあり、帰宅してさっそく注文させていただきました。
これは、宣伝にもなるので、ご紹介しておいてよいと思います。下記 url に紹介されていますし、購入も可能です。

〈ブックストア・フロム・ア・ヴィレッジ〉
 http://www.from-a-village.com/

私にとって、良い話しばかり聴けたセミナーだったのですが、座った場所がいけなかったと言えばそれまでですが、聞こえてしまったもの腹も立ちます。

講演の10分間の休憩時間のことです。私のすぐ後ろの席に座っていた男性陣の会話です。

「あ~ぁ、眠かった。」
「あの…ADSL とか ISDN ってのは何のこっちゃぁ?」(←これはネット回線の規格です。正しくはもちろん AD/HD です)。
「おまえ、ちゃんと聴いて、今日はここに泊まってでも、復命書、書いとけよ。」

こん野郎ども! ここに発達障害児を持つ親がいるってこと知らんやろがー!
そんなこと思っても、他人に聞こえるような声で言うな!
どこの関係者だ? 「復命書?」 もしかして公務員か? 人集めに動員させられただけかぁ?
…所詮、当事者でなければ、そんなものなのかもしれません。

…で、何故、タイトルが「妻の無念」なのか?
当初、妻もこのセミナーに参加する予定で申込みをしていました。
ところが、ちょうどこの日に、子供達が入学する小学校の入学説明会が開催され、妻は泣く泣く参加できなかったのです。妻は「とても悔しい、残念だ。」と言っていました。
もちろん、自分がこのセミナーに参加できなかったということもありますが、小学校がこの日に入学説明会をしたということは、TO君が入学する小学校の関係者は誰一人として、このセミナーに参加していないということなのです。

会場で地元自治体・教育委員会のH氏にお会いしました。
H氏はとても理解のある良い方です。どうしようか悩みましたが、でも、どうしても黙っておくことができなくて、このことを話しました。
H氏も「そうでしたか~。こちらも連絡不足で…。」と申し訳なさそうな感じだったです。
いや、妻も私も「仕方ない」とは思っているのです。小学校側も、おそらく、このセミナーの日程が決まる前に、すでに入学説明会の日程はいろんな事情で決まっていたのだと思います(そう思いたい)。
でもねぇ。他の小学校の先生方は来られていたようなんですよねぇ(H氏もそうおっしゃっていました)。
支援センターについてもですが、おそらく支援センターは障害福祉課のようなところが管轄のはずです。なぜ、もっと教育委員会の方と連携をとれないのか? 疑問を感じています。結局、やっぱり公務員のすることは縦割りなのだと思われても仕方がないのです。

まぁ、しかし、問題意識のかけらさえなく、ただ会場に嫌々ながら座っていただけ(と思われる、上記男性陣のような…)の人たちのように参加されても困ります。
これから、小学校の先生方とは、TO君のことを理解してもらえるよう、個別にお願いをしていかなければならないと思っています(そういう意味では、『ケース会』はとても良い機会だったと思っています)。
結局は、対象になる児童生徒がいて、その子の『困り感』を実感して、そして理解してもらわなければ、こういったセミナーに参加してもピンとこないのかもしれません。
小学校の先生方の意識を変えようとまでは考えていませんが、TO君を育てる親の“想い”は一生懸命伝えていけたらと思っています。

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2008年3月21日 (金)

ホントの復命書

今回の記事は、少し批判的なことになるかもしれません…。
ただ、人の評価はまちまちです。私は、「しっくりこなかった、よくなかった」と言うかもしれませんが、ある人にとっては「良かった」と思うのかもしれませんので、その点はご了解を…。

まず、前提に…、現在、特に小・中学校で教員をされている方、教育委員会の方の多くの方々が、「発達障害」や「特別支援教育」が何たるかを熟知されているのでしょうか? 発達障害を持っている児童・生徒に対し、適切な対応がとれる知識と実践、技術をお持ちなのでしょうか?

もし、先生方の多くがそういう知識と実践、技術をお持ちであることを前提に、今回のセミナーが開催されたのであれば、私の批判は間違っているのだと思います。
でも、私にはそうは思えません。
それに、今回のセミナーの主催者側の挨拶でも、「今年度から現場の先生方全員を対象に、“発達障害”や“特別支援教育”について研修を受けてもらうようにしている。しかし、教育委員会の先生方を対象にはしていなかったので、今回このようなセミナーを企画しました…」と言っていました。

私は、今回のセミナーの受講対象者としたら完全に部外者です。私は発達障害児を持つ「保護者」ですから…。
もちろん、今回のセミナーは、「保護者」を対象にしたものではありませんから、内容の視点が違っていても仕方のないことだと思って、自分の中でもできるだけ、「保護者」の立場・気持ちは押し殺し、教師ではないので無理かもしれませんが、“教師になったつもりで…”席に座っていたつもりです。

内容全てを批判するつもりはありません。
「特別支援教育」について、歴史的背景や政治・経済・国際情勢などを踏まえてのご見識は、「そういう見方もあるのかぁ」と感心させられました。「保護者」向けの講演会等ではあまり聴く機会はない内容でしたので、それはそれで良かったと思っています。
ただですねぇ。1時間40分足らずの時間で、その話を40分以上も必要だったんですかねぇ? まず、そこに疑問を感じました。

その後の本題(講演題目)に要する時間が少なくて、全てが“さわり”だけみたいな感じになってしまって、“もしも”、ここにいる先生方が初めてこういった内容を聴くのでしたら、「わけわかんない」んじゃないかと思ったのは私だけだったのでしょうか? それとも、みんな熟知されていて、十分「ご理解」されたのでしょうか?

レジュメはすごい量だったんです。とても1時間40分足らずでしゃべりきれるものではないくらい…。
レジュメの最後の方についていた、「学級担任へのサポートガイド」…この内容をもっと丁寧にお話すべきだったのではないでしょうか? この資料を提供してくれたこと自体は評価しますが、レジュメはこれだけでも十分だったような気がします…。

そして最後に極めつけ、発達障害を持つ小学生が通常学級で、集中できずに教室に寝そべったり、奇声をあげている、そして担任や他の教科の専門教師が対応に苦慮している内容のビデオを見せて…その後、何か詳しい解説があるのかと思いきや特になし…。それじゃぁ、やっぱり発達障害児の担任はたいへんだぁ(=やりたくない)と思わせただけじゃないのでしょうか?

せっかく、講演の発言の中に、「発達障害に対応した特別支援教育を拡充することで、通常学級の他のお子さん(メインストリームとは言わなかったけど、そういう意味?)にもメリットがある」とおっしゃったんですよ。そのあたりのことをもっと説明していただいて、受講されている先生方に理解を求め、これからの教育委員会としてのリーダーシップの取り方・施策に反映させてもらいたいと言って欲しかったですねぇ(少しはありましたけど、それも“さわり”だけで十分とは思えませんでした)。

私が今までにお聞きした講演会(セロリ心強い感動挫折禁止 など)の講師の先生方のお話の方が、よっぽど説得力があったと思います。それはやはりこの先生方には、十分な知識と実践、技術があるからだと思いました。

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2008年3月18日 (火)

復命書

 「特別支援教育セミナー」に参加したので報告します。

○ 「発達障害」という障害をご存じですか?
⇒「発達障害者支援法(H17.4施行)」では、「自閉症」「高機能自閉症」「アスペルガー症候群」「その他の広汎性発達障害」「学習障害(LD)」「注意欠陥多動性障害(AD/HD)」「その他これに類する脳機能の障害」と定義されています。
⇒先天性もしくは生まれた直後の何らかの理由による脳や中枢神経系の器質的な障害です。「病気」ではないので完治することはありません。
⇒生まれつきの障害で、育て方や環境などが原因ではありません。以前から「母親の愛情不足」という誤った認識がありますが、そんなことは決してありません。また、「愛情かけて育てさえすれば治る」というものでもありません。
⇒見かけだけではわかりません。行動や生活場面に現れます。

○ 発達障害を持った人がどのくらいの割合でいると思いますか?
⇒統計調査や専門家の間でも数値が異なります。少なくとも 100人に1人はいるという調査結果もありますが、最近、調査・研究が進むにつれて約7%とも、それ以上1割~2割いると言う専門家の方もいます。そして、そのうち7割は知的障害を伴わないという調査結果もあります。
⇒診断には専門性が必要です。ただし、専門とする医師の数が少ないのが現状です。これまで、この障害を持ちながら、学校や一般社会の中で、悩み苦しみながら生活されてきた方も多くいるようです。
⇒ある専門家は、大学教授や公務員、警察官、自衛官にも、とても高い割合でいると言っています(っていうか、とにかく、身近にいるってことですね)。
⇒また、過去の偉人や現存する有名人にも多くいると言っています。ただし、誤解のないように…、この障害を持っている人の多くが、ある分野において高い能力を有しているというわけではありません。

○ 「自閉症」と聞いて、どのような症状の人を思い浮かべますか?
⇒「自分の殻に閉じこもって、他者とコミュニケーションをと(ら・れ)ない人」…もしこういう方が自閉症と診断された場合、このタイプは古典的自閉症(カナー症候群、1943、アメリカ)に入るかもしれません。しかし、自閉症には社会性から見て、「孤立型」「受け身型」「積極・奇異型」があり、特に「積極・奇異型」は積極的に他者と関わろうとするので、いわゆる“自閉的”には見えません。

○ 「自閉症スペクトラム」という言葉をご存じですか?
⇒「発達障害」のうち、「自閉症」「高機能自閉症」「アスペルガー症候群」「その他の広汎性発達障害」を含めて「自閉症スペクトラム」と言います。「虹」は赤から紫まで光のスペクトルが並んだものですが、その色の間はくっきりと区別できるものではありません。上記の障害(名)自体も、そのような連続性を示すという意味でウイング(2000、イギリス)が提案したものです。また、「青空」、つまり、この障害を持たない人達=「メインストリーム(主流派)」=「定型発達」=「健常者」との間もはっきりはしません。つまり、「あなたは△△障害で、私は違う」とは言い切れないかもしれないということです。その差は、「ある方は「自閉症スペクトラムの特性」がやや(かなり)強く現れる=支援が必要」か、「私はこの特性がそんなに強く現れない=何とか乗り切れている」くらいのものと言えます。
⇒ちなみに、「高機能」というと、社会適応が高いことを意味したり、知能も高いような印象を受けますが、単に知能検査で測定される知能に明かな遅れがない(IQ=70以上)ということを意味しているだけです。
⇒また、「アスペルガー症候群」は、アスペルガー(1944、オーストリア)が報告し、ウイング(1981)によって再整理されたものです。「自閉症」同様、次の「自閉症スペクトラムの特性」がありますが、それらの特性が非典型的な現れ方をし、多くは結果として知的障害を伴わず、どちらかと言うと言語能力も高いとされ、「一見、自閉症にみえない自閉症」とも言われます。

○ 「自閉症スペクトラム」の特性とは?
⇒「3つ組(みつぐみ)」の障害と呼ばれます。
⇒①社会性の障害(人と相互的にかかわって場にふさわしい行動をとる能力の不全)、②コミュニケーションの質的障害(相手との相互的コミュニケーションを楽しみ発展させていく能力の不全)、③イマジネーション(想像力)の障害(思考と行動の柔軟性の発達不全)…この3つがセットで認められれば自閉症と診断されます。ただし、人によって、その3つ組の特性の現れ方に違いがあります。
⇒その他にも、「視覚優位」「シングルフォーカス」「感覚過敏」「短期記憶が苦手」「フラッシュバック」等の障害特性を有する場合があります。
⇒これらの障害特性が絡み合い、特性の現れ方は一人一人異なります。同じ方でも、現れ方に(年齢や体調・状態によって)変化が見られます。
⇒また、幼児期から年齢を重ねる間に、他者から適正な対応(支援)を受けられないでいると、「二次障害(重ね着症候群)」を伴うことがあります。「パニック」「多動行動」「自傷行為」「他害行為」「強迫観念行動」「うつ」「各種の行動傷害(問題行動)」…etc. これらは全て「二次障害」であり、これらが真の問題ではありません。これらは「氷山の一角」、真の問題はその水面下に存在します。
⇒「二次障害」を伴わないためにも、早期発見が必要です(3歳児健診時…では遅いとされ、最近では1歳半健診で見つけようという動きのある県もあります。当然、5歳(就学前)では遅いです)。そして早期「療育」が必要です。更に、適正な支援が必要です(「特別扱い」ではありません→「特別な支援」=「子供一人一人にあった適正な支援」です)。「支援」は「愛情」や「同情」だけではありません→「特性への理解」と「適正に対応する技術」が必要です。
⇒「発達障害」を持った方の「困り感」への理解をお願いします。
⇒足の不自由な人に「松葉杖や車椅子を使わずに走れ!」と言いますか? 視力が低下した人に「眼鏡を外して夜道で車を運転しろ!」と言いますか?

○ 「インクルーシブ教育」という言葉を聞いたことがありますか?
⇒日本は、この分野=「発達障害」においての教育理念・体制が立ち後れています。また、一般社会においても理解が遅れています。北欧諸国等では、『インクルーシブ教育』という概念があって、障害があろうがなかろうが、すべての子供は住み慣れた地域の学校に通えるシステムになっているのだそうです。この考え方の前提には、障害のある子供も、できる限り教育環境を整備して、みんなと同じ学校で遊び、学ぶ権利があるのだという権利観に基づいている…ということです。また、障害のある子供だけでなく、移民や難民で移住してきた子供なども差別や選別をしてはいけない。むしろ通常の教育環境より手厚く教育を保障するのだそうです。
⇒残念ながら、日本はこれまで様々な事柄について、異質なものに対して、排他・隔離的な施策をとり続けてきました。それが「差別」等を生んでいる土壌だと言われています。また、「恥の概念」から、障害があることを隠したり、あることで「物言わぬ(えぬ)=権利を主張できない」ということもあるようです。
⇒ある専門家は、「特別支援教育の充実は、より良い社会人を多く輩出する。国と地域社会づくりの基盤である。」と言っています。

 今回のセミナーは、このような観点に立ち、今後、日本の学校教育現場において、学校を運営をする上で、この発達障害のための特別支援教育をどう理解し、対応していけば良いのかというものでした。
                              以 上

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職権乱用?

教育委員会職員を対象にした「特別支援教育セミナー」というのが開催されました。
講師は誰とは言いませんが、その道では著名な方のようです。
演題は、「学校マネジメントに必要な特別支援教育の理解と対応」。
教育委員会が何を考えているのか、このセミナーで学校側に何をどう伝えようとするのか、学校側の反応等々とても興味があり、私の職場の上司に参加したい旨を相談しました。

「あなたの業務とは関係ない!」…そう言われることを覚悟の上です。
でもね。主催者からの案内文には、「教育委員会関係者を対象としたものですが、広く理解を求めていただくために、幅広く呼び掛けてまいりたいと考えております…」とあるじゃないですか。
少し、難色を示しそうだった上司に、「同和研修は行かされるじゃないですか!(←語弊のある言い方ですが、この場合ご容赦を…) 何で、このセミナーがダメなのか説明してください!」と言いました。
庶務方の上司は案外すんなりとOKをくださいました。「案内文にも“幅広く呼び掛けて…”とあるし、この件についての職場リーダーはあなたということで、行ってきていいのでは…」と。←ご理解本当にありがとうございます。

ちょっと、「職権乱用?」かもしれません。かなり、プライベートな部分もありますからね。でも、職場内での報告(復命書と言います)はきちんとさせていただきます。
少しでも多くの方に、「発達障害」という障害への理解、「特別支援教育」への理解を深めていただくために…。それは、まず、私という人間の周りから…です。

その報告(復命書)の内容を別記事で up します。
ほとんどセミナーの内容は書いてません。「発達障害」等への理解を求めるためのメッセージ(?)になっています。これまでの講演会や勉強会、書籍等の資料から拾い集めてきたものばかりです。←私の認識が間違っていたらごめんなさい。
ちなみに、セミナーの内容には…、ちょっとしっくりきませんでした。勉強にならなかったわけではありませんが…、このことについては、また日を改めて記事にするかもしれません。

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